「仕事はそこそこでいい」は、勘違いだった。“自分には何もない”と気がつき挑んだ、勝負の10年間

築古ビルをデザイン力と技術力で再生し、クリエイティビティに満ちたクリエイター向けのオフィスやショップ、イベントスペースなどの空間創造を行っているリアルゲイト。私たちが事業を通じてどんな価値を生み出そうとし、どんな未来を描いているのか。代表の岩本裕(いわもと・ゆたか)が歩んだ道と共に振り返ります。

※本記事は、「PR Table」より転載・改編したものです。

スポーツも勉強も中途半端だった10代

▲リアルゲイトの代表を務める岩本裕(いわもと・ゆたか)の人生は、波乱万丈のひと言(2018年)

私たちリアルゲイトに興味を持ってくださった方はもちろん、まだ何も知らないという方にとって、代表の岩本はどのような人間に見えるのでしょうか?少し大きな身体から、ガンガン仕事を進めるコワモテ社長、といった風に映るのでしょうか。

世で活躍する経営者の立志伝に見るように、ごく若いころから強く熱い意志で仕事に対峙し続けてきたのは間違いありません。ところが岩本本人は、「ほんとうに何も考えてなかったんですよ…」と、駆け出しのころを振り返ります。

大学の建築学科への入学と同時に、アメリカンフットボール部に入部。建築の勉強はそっちのけでアメフトに明け暮れる4年間を過ごし、就職もそのままアメフト部があるゼネコンに誘われて入社。平日は現場監督を務めながら、平日の夜や週末に練習する日々が続きました。

アメフトをやっていれば、仕事はそこそこでいいと勘違いして過ごしていた岩本。そんな自分の考えの甘さに気づいたのは、入社して4年目、アメフトを辞めることにした26歳のときのことでした。

岩本 「周りにはアメフトが盛んな東大、京大出身のフットボーラー友達がたくさんいましたが、彼らは選手としても一流だし頭も切れる。片や自分は、選手として突出しているわけじゃないし、仕事もなんとなくやってきた。こんな中途半端ではまずいぞ、と、そこで初めて危機感をおぼえたんです」

この時期に、自らの「何もなさ」に気づくきっかけに出会えたのは幸運だったといえるでしょう。そこから岩本は、動きます。ステージを変える意味で大手マンションデベロッパーに転職。新しい職場に移るまでの4カ月の休みのあいだに猛勉強し、一級建築士の学科試験に合格。さらに1年をかけて製図の試験もクリアして一級建築士、同時に宅建の資格も取得しました。

岩本 「資格を取れば周りの見る目も変わるし、仕事が進めやすくなりますしね。それまでの自分を変えるためには、やるしかない。そう思って必死になってやったのが、ひとつの転機になりました」

“一級建築士の営業”で関東トップクラスの成績をとるも、さらなる勝負のため大手を出る

▲「theSOHO」オープン1年前のプロジェクト発表会にて。プロジェクトメンバーの片山正通氏(中央)、株式会社トランジットジェネラルオフィス中村貞裕(右)と共に(2007年)

27歳で大手マンションデベロッパーに転職した岩本は2年ほど、マンションの施工チェックなどを行う現場監理を務めます。ときおり顧客に対して、耐震性や構造の説明をするような接客の機会もありました。

ある日のこと、横浜元町の現場で顧客と話をしていると、岩本の接客の様子を見ていた事業部長から、「君は口がうまいから、営業やったほうがいいよ」とスカウトされます。

岩本 「一級建築士の資格を持っている営業、ということで、お客様にとってみれば安心感があるんでしょうね。技術屋ですし、説明の仕方もほかの営業担当とは違っていて。あれよあれよという間に営業成績が伸び、関東でトップクラスになりました。そうなると営業の仕事が面白くなってきて、2年間くらいはかなりのめり込んでやってましたね」

営業の仕事を通じて仕事の実力と自信をつけていった岩本。しかし多くの顧客と接するうち、このままでいいのか、と考えるようになります。不動産営業の立場で、さまざまな職業、年齢、立場のひとの年収を見ていくうちに、自分の将来の限界値が見えてしまったような気がしたのです。

岩本 「思ってしまったんですよね、『俺がいま売っているこの億ションを、このままじゃ俺は一生買えない』と…。
不動産に関しては建築の現場もわかるし営業もできるし、自信もだいぶついてきてたころです。そこで、小さなデベロッパーに転職して、自分が社長や役員になってやっていくくらいの勝負をしたいと思うようになったんです」

そこで再度、転職活動をし、マンション開発の中小デベロッパーに移ります。ほかにも大手不動産会社の内定もいくつか出ているなか、面接で出会った社長の人柄に惹かれて入社を決意。岩本が30歳のときのことです。

「いまの私のビジネスマインドは、すべてここからもらった」と岩本は言い切ります。それほど、ここで積んだ経験は大きなものになったのです。

リアルゲイト前夜、不動産企画販売のすべてを学ぶ

▲2010年にお台場に誕生した世界最大級のSOHO専門ビル「the SOHO」

転職先の社長の仕事のやりかたは、土地の仕入れから物件の企画、販売まですべて一手に担い、プロジェクトを進めるというスタイル。土地を仕入れた者がプロジェクトリーダーになり、成功すれば利益の何パーセントかがボーナスとしてメンバーに還元されました。

土地を仕入れさえすれば、プロジェクトリーダーになれる――。転職当初こそ、同僚の手伝いに追われましたが、休みの日や夜には自分がリーダーになるための土地の仕入れに奔走しました。その結果、1年後にはいくつか物件を仕込むことが可能になり、どんどんプロジェクトリーダーの経験を積んでいったのです。

岩本 「土地を仕入れて、メンバーを使ってプロジェクトを成し遂げ、利益を出す。それって、会社経営そのものですよね。そんな経験をいくつもやらせてもらって。その経験があるからこそ、いまリアルゲイトを経営できているんだと思います」

短期間で多くの実績を積み、入社3年後には部長に。そして33歳になったころに会社がジャスダック市場に上場し、入社最短で執行役員となりました。

そんな絶好調の岩本のキャリアを、否応なく方向転換させる出来事が起こります。そう、2008年に起こったリーマンショックです。会社は債務超過に転落しました。

しかし、この不幸な出来事こそが、リアルゲイト誕生の契機でした。

会社の債務整理の折に岩本が担当していた物件は、2010年にお台場に誕生した世界最大級のSOHO専門ビル「the SOHO」。その完成間際に会社が債務超過に転落したため、施工を担った建設会社が建物を引き取ることに。そこで、引き続き運営を任せたいと依頼されたのです。

岩本 「『こんなの君しかできないでしょ』って頼まれて2年契約で施設運営を請け負いました。とりあえず、プロデュースを担当していたトランジットジェネラルオフィスの中に不動産会社をつくって、社員1人連れて2人で仕事を始めました。それがリアルゲイトのはじまりです」

ここまでが、リアルゲイト前夜の物語。リアルゲイトを立ち上げたことによって、またトランジットジェネラルオフィスの代表である中村貞裕に出会ったことによって、岩本はそれまで培ってきた不動産に対する概念をひっくり返されることになります。

不動産にブランド価値を。それを本気でビジネスにするという志

▲真ん中が岩本の人生に大きな影響を与えた、トランジットジェネラルオフィスの代表・中村貞裕。トランジットジェネラルオフィス第1号店カフェ「office」にて。(2015年)

ブランディング・プロデュース事業を展開するトランジットジェネラルオフィスの代表・中村貞裕と岩本が出会ったのは、岩本が33歳でリアルゲイトを立ち上げる2~3年前。日本のSOHO施設の先駆けとなった「the SOHO」をクリエイターが集まるコミュニティにしようと企画が立ち上がった際、そのプロデューサーとして紹介されたのが中村でした。

中村は一流のクリエイターを惜しみなく岩本に紹介してくれました。カリスマ・バイヤーの故・藤巻幸大氏、アーティストの藤原ヒロシ氏、インテリアデザイナーの片山正通氏、写真家の蜷川実花氏、音楽プロデューサー・コンセプトプロデューサーの小林武史氏など――彼らに出会い、仕事を共にしたことで、岩本のなかで不動産に対する概念に化学変化が起きたのです。

一般に不動産の価値は、「立地と箱(建物)」で決まるもの。デザインによって値段が大きく左右されることはありません。一方、飲食業やアパレルでは、1杯のコーヒーが100円にも500円にもなり、Tシャツにブランドのタグがつけば5万円にも。デザインの力がお金に換わる世界です。

私たちリアルゲイトが生み出すのは、そういう世界と不動産の世界をミックスさせた事業。不動産の価値だけで動いていたビジネスに、デザインや企画の力を加えることで、より大きな価値が生まれるようになるのです。

岩本はクリエイターの仕事をリスペクトし十分に予算を配分して仕事をしてもらい、それを付加価値としてきっちり利益を上げていきました。このビジネスモデルを確立したことで、岩本はクリエイターの信頼を得ているといえるでしょう。

岩本 「ふつうの不動産会社の思考だったら、クリエイターの仕事に予算配分を十分行い賃料を上げるという判断はなかなかできないものです。私だって、かつてはクリエイティブな考えなんかなくて、ゴリゴリの不動産屋思考でした。
でも、中村に連れられて海外のホテルや街の賑わい、ちょっとした遊びの空間を見ていくうちに、それらがきちんとデザインされてそれが商売になっているのが肌でわかったんです。ちゃんと空気感まで共有してきたことで、私の“不動産屋脳”も変わっていきました。机上の議論や写真で見るだけでは、きっとわからなかったでしょうね」

いまでも中村は世界の街を飛び回っていますが、LINEで岩本に1日に何十枚も街やカフェ、オフィスなどの写真を送ってきます。「自分でおぼえておくのが面倒だから、自分とのLINEをメモ帳代わりに使ってるのでは?」と苦笑しつつも、それが新しい施設のヒントにもなっています。

人との出会いを無駄にせず、機を見て一つひとつステップアップのための糧にしてきた岩本。「古いものに価値を、不動産にクリエイティブを、働き方に自由を」をコンセプトに、これからも変化いちじるしい東京で、世の中のニーズを敏感に感じ取りながら、経営者として、臨機応変に舵を取っていくことでしょう。

会社説明会では語られない“ストーリー“が集まる場所「PR Table

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