僕たちは、誰よりもハードに働きながら、自分の時間や家族との生活を大切にできるのだろうか

Photo by Rachel Wilder

 第二子の里帰り出産のため、山梨県に嫁いだ長女が我が家へ帰省中です。おかげさまで第二子は安産で、病院到着後わずか2時間で生まれました。

 第一子、つまり、僕を生物学的なお爺ちゃんにした初孫の「いち乃」は2歳。普段は僕と妻、次女の3人しかいない我が家は現在、長女と孫ふたりが増えてとても賑やかです。楽しい毎日ですが、とても大変でもあります。妻とは普段一緒に自営で仕事をしているため、長女の帰省・出産にあわせて彼女が店に来なくても回る体制を整えました。まだ生後1カ月の子どもの世話をしなくてはいけない長女の代わりに、妻がいち乃の面倒を見ています。

 ところで、僕と妻も30年ほど前、同じような状況になっていました。

 妻は実家で第二子を産んだあと、公営住宅の我が家に帰ってきました。当時僕らが住んでいたのは、エレベーターがない5階建て住宅の最上階。いったん外に出たあと、妻はどうやって部屋に戻ったのでしょうか。まだ生後何カ月かの次女を抱き、ぐずる長女をなだめすかして歩かせたのでしょうか。

 僕は当時の状況がほとんど思い出せないのです。たとえば、今、いち乃はトイレトレーニングの最中で、我が家のトイレには子ども用便座や絵本が置いてあり、トイレが間にあったといえば家族で歓声があがります。しかし、僕には長女のトイレトレーニングの思い出がまったくないのです。もちろん妻はたくさん覚えていて、いろいろと話してくれるのですが、僕は「そうだったっけ」という程度で、動画のように鮮やかに思い出すことはないのです。

 どうやら、僕は、大切なたいせつな瞬間を、きちんと脳裏に刻み込まずに生きてきてしまったようです。

■ 若い世代のワークライフバランス問題は解決しているのか

Photo by Paul Inkles

 リクナビNEXT ジャーナルさんから今回、「仕事と家族」についてというテーマを頂戴しました。「ワークライフバランス」というのは、働く人にとってある意味永遠のテーマで、人それぞれ違いがあります。

 僕らが若かった2,30年前に比べると、今の若い方は男性も子育てに熱心で、ワークライフバランスをよく考えながら働いている印象を受けます。長女の夫(いち乃の父)も子どもが大好きで、まだ手のかかるいち乃を外へ連れだして1日遊ばせるなど、お手のものです。先日も、生まれたばかりの下の子が黄疸で入院する際、夜中に自宅から5〜6時間かけて駆けつけてきてくれたぐらいです。

 彼の子どもに対する関心の深さや手間をかける時間の長さは、僕が新米の父だったころと比べれば雲泥の差のように感じます。しかし、若い方のワークライフバランス問題が解決したのかというと、そうではないように思えます。

■ サクセスへの王道は「誰よりもハードに働く」こと。しかし……

 アメリカの起業家で、人気ブロガーでもあるゲイリー・ヴェイナチャックのある記事が最近人気を集めていました。

 そこには、成功するための「秘密」はシンプルなものであるとして「ハードに働くこと。すでに一番ハードに働いていると思うなら、さらに深く働くこと」と書かれていました。たしかに、どんなライフハックをもってしても、資質が同程度であれば、競争相手に負けない方法はよりハードに働く以外にないように思えます。

 しかし「誰よりもハードに働く」ことと、「父親として極力子育てをする」ということは、並立するのでしょうか。

 特別な才能があったり、特別に頭が良かったり、あるいは、生まれ持って多くの人に愛されるような資質を持っている人ならそれも可能なのでしょう。しかし、普通のビジネスパーソン、普通の父親に「誰よりもハードに働く」ことで社会的に成功することと、「父親として十分な子育てをする」ことを、簡単に、並立させることはできるのでしょうか?

 父親であることよりも、自分ができることを最大化したいという思いが強い僕には、なるべく多くの時間が必要でした。たとえば、作家になることを夢見ていた30代前半の僕は、会社からなるべく早く帰る(会社にいる間は全力をつくして、なるべくお金をいただく)、帰ったらなるべく長時間書く(もしくは読む)ことが、いつも第一優先でした。

 「誰よりもハードに働く」ことが成功のたったひとつの王道なら、結婚して子どもをもうけた男性は、家庭のことや子育ては妻に全部任せてしまえ、ということになってしまいます。

■ どんな成功者も解決できない、ワークライフバランスの問題

 僕が尊敬する、のちにとても偉くなられた上司のひとりは、かつて「家のことはあきらめた。会社のことにすべての精力を使う。誰かがそうなければ会社が生き残れない」と言いました。30年前の30代前半の僕ですら「それが組織人としての正しい生き方ならついていけないな」と思ったものです。かといって、僕の場合も「会社」の部分を「作家になる」と置き換えると、上司と全く異なるワークライフバランスでもなかったのです。

 今の時代、そんな夫は妻から容認されないように思います。

 会社で働く組織人も、自分の夢を追いかけている人も「誰よりもハードに働く」ことが昇進や自己実現のための王道であるとわかっているので、なんとか家庭とのバランスをとりながら、諦めずに頑張っているというのが実態ではないでしょうか。
 
 現代の日本では、子育てが一段落したあと、夫婦ともに働くことが一般的になっています。家族の生涯収入の合計を考えると、夫の自己実現や昇給のために、母親が子育てを一手に引き受けるというのも、けっして妥当なことではないように思えます。できることなら「誰よりもハードに働く」時期と、子育ての時期が重ならないような人生設計が望ましい。しかし、恋愛や結婚、子どもが生まれる時期などは、偶然に左右され、計画通りにはいかないものです。そして、それらが重なると、日々の大きな葛藤やストレスとなってしまいます。

 きっと、どんな成功した起業家やビジネスパーソンも、何か特別な解決方法を提示することはできないのではないでしょうか。誰もが同じように悩む、解決不能の問題だと思うのです。

■ 僕が見た不思議な夢

Photo by Petteri Sulonen

 先日、久しぶりにとれた休みの1日に、僕は不思議な夢を見ました。
 
 会社の仕事はありませんでしたが、ブログの更新や、頼まれている本の原稿を書く必要がありました。また、書きかけている小説の続きを書けるまたとないチャンスでした。ただ僕は相当疲れていたらしく、長女の部屋にある自分の蔵書を見ながらベッドに横になっていたところ、次第に眠たくなりました。夢うつつで「寝てはいけない、今日という大切な1日が無駄になる、絶対に寝てはいけない」と思っていたのですが、とうとう眠り込んでしまいました。

 そして、部屋が暗くなってきたころ。うつらうつらとしながら、1日を無駄にしてしまったという強い後悔の念を抱いていたところ、突然、妻や子ども、孫、愛犬たちと、ダイニングルームで朝ごはんを食べてくつろいでいる光景が、映像として鮮やかに蘇りました。

 僕は急に、ほんとうに急に、思い出しました。

 ああ、さっきの朝食の時間、最高に幸せだったんだ。今日、もし、予定していたことができなくても。たとえ、小説が完成せず、作家になる夢も、発売する本がベストセラーにならなくても、ビジネスがとても大きくならなくても。これ以上の幸せなんかない。すでに、僕は、これ以上幸せになれないほど幸せなのだ。こうやって寝転んで1日は終わってしまうけれど、この今日こそがこの上ない幸せで大切な1日で、何もしなくても、無駄な1日になってしまうわけじゃないんだ。

 僕はそんなことを考え、また、しかし今度は何の焦りも不安もなく、眠りの世界に戻ったのです。

■ 二度と帰ってこない「今」と向きあう

 僕があの時見たものは、白昼夢だったのか、それともただの夢だったのか。白昼夢であるなら、子育てをしていた時期に見ればよかったかもしれないと思いました。

 30年前の僕はきっと、はっとしたに違いありません。結局、僕のワークライフバランスはさほど変わらなかったかもしれませんが、ひょっとしたら、長女のトイレトレーニングの思い出や、長女が生後間もない次女にヤキモチをやいたエピソードのひとつやふたつ、思い出の引き出しから取り出すことができるようになっていたかもしれないと思うのです。

 今から何かを成そうとしている人、頑張っている人に、ライフワークバランスについて、僕は何かをアドバイスをできるわけではありません。答えはないのです。「今という瞬間を大切に生きよ」ということがわかっていても、何が大切なのか、あとになってしかわからないこともあるのです。

 子育ては、一瞬一瞬に成長の足跡を見ることができる、奇跡の瞬間の積み重ねのようなものです。

 しかし、配偶者や親との生活、友人たちとのかけがえのない交友、あるいは趣味なども、子育てと同じく、人生の大切な要素です。それらは、当たり前のように僕らの身体を通り抜けて行きます。目的地に急ぐことばかりではなく、その一瞬一瞬にこそ価値があるという意味で、旅と人生はまったく同じものなのかもしれません。

 とくに頑張っている若い人、仕事と家庭とのバランスに悩みながらも、何かを成し遂げたいと思っている人にこそ、僕は、二度と帰ってこない「今」という時間と上手にバランスを取りながら、その道を邁進して欲しいと願っています。

著者:Ichiro Wada (id:yumejitsugen1)

ICHIROYA

1959年、大阪府生まれ。京都大学農学部卒業。大手百貨店に19年勤務したのち、独立。まだ一般的でなかった海外向けのECを2001年より始め、軌道に乗せる。現在、サイトでのビジネスのほか、日本のアンティークテキスタイルの画像を保存する活動を計画中。

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