会社を辞めると言い出したら、妻は、会社の親友は、親はどう反応する?

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Photo by paul bica

 僕は19年にわたって百貨店に勤め、悩みに悩んだ末に退職し、自分で商売(アンティーク着物、リサイクル着物のネット販売)を始めて現在に至っているわけだが、実際に会社を辞めるまでには、かなり長い期間、逡巡した。

 いつから悩みだしたのか、はっきりとは思い出せないのだが、辞めるべきかとどまるべきか、辞めて何をするべきか、辞めても食べていけるのか、少なくとも2年間は悩み続けていたと思う。

 おそらく、いま現在、会社を辞めるかどうかで迷っておられる方は多いだろうと思う。

 どうすべきかということについて、見も知らないひとにアドバイスなんかできない。

 しかし、独立しようとしたときに、嫁や、会社の同僚たちや、親がどんな反応をしたのか、またそれを受けて僕がどのように感じたのかという話は、いくらか役に立つかもしれないと思い、この文章を書いてみることにした。

■ 退職時の状況

 僕の場合、会社を辞めたのは42歳で、一般的に見てかなり無謀な独立だった。僕の退職時の境遇を簡単にまとめてみるとこうなる。

  • 小学生と中学生の娘がいた
  • 嫁は小さな英語教室をやっていたが、ほぼ専業主婦だった
  • 貯金はほとんどなかった
  • 19年勤めたおかげで、退職金を1000万円程度用意してもらえたが、値下がりしたマンションのローンが1500万円ぐらい残っていた 
  • 会社での評価は「中」もしくは「中の上」
  • 辞めてから始める仕事として、今から思えば実現可能性の低いBtoBのプランをつくっていた

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Photo by I. V.

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■ 1. 嫁は賛成した

 嫁には反対されなかった。

 そう言うと、意外そうな顔をされることが多いのだが、本当である。

 嫁は世間知らずだ。起業とか商売を始めることの大変さを理解していなかったと思う。だから、実際に自分たちで商売を始めてめちゃくちゃ忙しくなったとき、嫁はときどき弱音を吐いた。

 それでも嫁が僕の退職と商売を始めることに反対しなかったのは、退職前の何年か、僕がかなり無理をして長時間働き続けていたのを見ていて、このまま僕を会社にいさせたら燃え尽きて病気になってしまいそうだと心配していたからではないかと思う。

 それに、会社に没入しきっていて、ぜんぜん家にいないよりは、一緒に働いたほうがましと思っていたのかもしれない。

 ともかく、そんな具合だった。

 いよいよ辞めることを上司に言おうとしたとき、ちょうど、大阪の下町に荷物を届けた帰りだった。潮の匂いのする運河のそばの町工場の間を歩きながら嫁に電話をして、「会社に帰ったら、上司に退職の件、言うけど、ほんとにいいのか?」と尋ねた。

 嫁の返事は「いいよ。長い間、ご苦労様」であった。

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■ 2. 会社の親友は、心底心配して引き止めてくれた

 僕と親しく付き合ってくれた会社の同期のNくんは、僕が辞めると決まってからも、辞めないほうがよいのにと、とても心配してくれた。

 極めつけは、同期で催してくれた送別会だった。二次会に流れ、小さなスナックで飲み直していた深夜2時頃、ほんとうの最後の最後に、本社の人事部にいたNくんは僕に、顔を近づけて、断固として言ったのだ。

 「家族で路頭に迷うぞ。やりたいことがあるんやったら、会社にいながらこっそりやったらええやないか。絶対に、失敗する。いまから、辞表を撤回しろ。辞表を出したあとに、頭を下げて取り消した人は、過去に何人かいる。いまやったら間に合う」

 僕はため息をついて、こう返すしかなかった。

 「ほら、お前は、オレが『独立して自分で商売を始めるほどの力がない』と思ってんだろ? それが、人事とか会社のオレに対する評価だろ? それが間違ってたことを証明してやるよ」 

■ 3. 父と母

 相談はしなかった。

 相談すれば猛烈に反対されることは目に見えていたからだ。

 辞めてしばらくしてから、事務所を借りるのに保証人が必要となり、保証人になってもらうことと、報告をかねて実家に帰った。

 辞めたことを報告すると、ふたりとも言葉を失った。

 まるで治る見込みのない病気になったことを報告に行ったみたいに。

 僕がやろうとしていることを説明してみたが、そもそもインターネットに接続したことのないふたりに、わかるように説明するのは無理だった。

 会社勤めから解放された特権とばかりに放置していたヒゲを見た父は、「そんな貧相なヒゲ生やしていたら、お金も客もよりつかんわ」と嘆いて、大きなため息をついた。

 それでも、なんとか事務所の保証人になってくれることには、合意してくれた。

■ 4. 嫁の父と母

 もちろん、事前に相談できるような相手ではないので、あとで報告した。

 どういう返事が帰ってきたかといえば、「いちろうさん(注:僕のことだ)なら、ちゃんと考えてはるやろ、大丈夫」というものだった。

 お母さんは嫁と同じく世間知らずで気の優しいひとで、口に出してそう言うことで、自分の心配を抑えておられるような感じだった。

 お父さんは会社勤めが長く、相当心配されたかと思うのだが、それを口に出さず、定年まで会社にいることの辛さを強調して、激励してくださった。

  お母さんが、「事前に相談されなくてよかった」とおっしゃっていたそうなので、おふたりとも本音は「えらいことやってくれたな」であったのかもしれない。でも、実際に退職日も決まった以上、後ろ向きなことを言っても仕方がないと気持ちを切り替えてくださったのだと思う。

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Photo by NASA Goddard Space Flight Center

 さて、会社を辞めて独立すると言ったら、周囲の人たちがこんな反応をするのも当然と言えば当然だ。長年勤めた会社を辞めて独立するということは、「新天地を探す無謀な冒険の航海」に出ることに等しいからだ。

 僕が退職のときに気づいたことが3つある。

■ 1. 会社の親友と両親は、力を過少評価する

 僕に個人で商売をする力がないと断言したのは、会社の親友と両親。僕を一番知っているはずの人たちだった。このほかに「絶対に失敗する」と言った人間はいなかった。

 もっとも、身近な人たちというのは、知っているようで、じつは「昔の自分」しか知らず、何年もの間に成長していることを、見ていないのである。親にとっての僕は、子供のころの意気地なしの自分のままに映っているし、会社の同期の親友には、入社当初に「こういう男だ」と判断したままの人間に映っている。

 もちろん、それだけではない。

 会社の親友は、会社の外で生きることについて何も知らず、そもそも、独立することが良いことなのかどうか、判断する材料ももたない。さらに、無意識に「自分が会社に残って理不尽に耐えているのに、自分より頼りのないと思われる仲間が、会社から出てなんとかなるとすれば、会社に残る自分こそ間違えていることになる」と感じるので、反対するのである。

 ともかく、独立を迷っていたら、会社の親友と親には相談すべきではない。

 必ず「お前にはその能力がない」と言い、「お前のために」全身全霊で独立を阻もうとするだろう。

■ 2. なにがなんでも嫁(パートナー)は説得せよ

 うちの嫁は反対せず、会社にいるときよりも裕福にはならないかもと言っても、逆に、「冒険の航海」に出るという高揚感を感じているようにも思えた。

 いざというときは、女性のほうが思いっきりがよく、強いなとつくづく感じたものだ。

 そして、うちの嫁のように反対しない奥さんは、「なんとかなる」という親友や親とは逆のバイアスをもっている。しかし、そのバイアスは、根拠のないものだから、バイアスのかかっているうちに、なんとか商売を軌道にのせないと、「こんなはずじゃなかった!」となってしまう。

 だが、奥さんの反応は、子供の数や年齢、奥さんの都合などによって、千差万別だろう。

 とくに、まだ若いうちは、絶対反対!という奥さんも多いかもしれない。

 しかし、奥さんの強い反対を押し切って会社を辞めて独立した人を僕は知らない。

 たいていの場合、配偶者は事業の最初にして最高のパートナーとなる。

100%信頼できるパートナーがいるということは、新しい商売を始めるにあたって、これほど能率がよく精神的にも心強いものはない。*1

 パートナーが絶対反対のままでは、独立はできないはずだ。会社と家庭をふたりで支えるのか、会社は仲間と支えて家はパートナーと支えるのか、という違いはあっても、パートナーの支えなしには、なにもできないと思う。

 パートナーを説得するためには、なぜ自分がそうしたいのか、なぜ会社を辞めなければならないのか、長い時間をかけて、じっくりと伝える以外に方法はないように思える。

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Photo by Visit St. Pete/Clearwater

■ 3. アドバイスを求めるなら自営業の先輩に

 もしアドバイスを求めるのなら、会社の人間に話を聞くのではなく、自営業の先輩の声を聞いてみればよいと思う。会社の仲間が知らない外の世界のことを、ありのままに教えてくれるだろう。

 ただし、自営業で成功している人のアドバイスには、いわゆる「成功者バイアス」がかかっている可能性がある。自分ができたのだから、ほかの人間もできるはずと考えてしまうのだ。

 僕の経験上では、あまりそういう人はおらず、それぞれ冷静に、自分が食っていけている理由を認識している人が多かったが……。

 また、直前に相談するのはあまりおすすめしない。

 海千山千の自営業者でも、その人の運命を左右するようなアドバイスは、躊躇せずにはいられないからだ。

* *

 当たり前の話だけど、「辞めるか」「辞めないか」を決めるのは、自分自身だ。会社の親友や上司や奥さんや両親は、それぞれ、心配してさまざまなことを言ってくれる。そして、それらのアドバイスには、強いバイアスがかかっている。それらを鵜呑みにしていたら、絶対に独立なんてできない。

 だが、もし、あなたがすでに独立を決意しておられるなら、信頼していた取引先の方に以前、教えていただいた言葉を贈りたい。

 その言葉が誰にでも正しいかどうかはわからないが、独立したいなら、少なくとも、この言葉を信じて新天地を探す冒険に向けて出港するほかないからだ。

「会社を辞めたからといって、死ぬはずがない。世の中にはこれほど多くの自営業者がいるではないか。アタマが良いひとはアタマを使って、カラダが強いひとはカラダを使って、どちらもダメなひとは情にすがって生きていける」

著者:Ichiro Wada (id:yumejitsugen1)

id:yumejitsugen1 profile

1959年、大阪府生まれ。京都大学農学部卒業。大手百貨店に19年勤務したのち、独立。まだ一般的でなかった海外向けのECを2001年より始め、軌道に乗せる。現在、サイトでのビジネスのほか、日本のアンティークテキスタイルの画像を保存する活動を計画中。

ICHIROYAのブログ

*1:もちろん、奥さんとは無縁に独立される方もおられる。僕のように徒手空拳で会社を飛び出すのではなく、アイディアが素晴らしいとか、しっかりしたネタがあって仲間と一緒に会社を興すとかいう人の場合だ。そういう場合は、奥さんの手助けや関与がなくても、独立できるだろう。

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