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ワーキングマザーが「私が悪いのかな……」から脱却するまで

働くママたちのコラム

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「子どもを産まないという選択肢もあったのに、そうしなかったあなたが贅沢なんじゃないですか?」

 

これは、私が実際にTwitterで言われた言葉です。

もちろん、こんなリプライばかり来るわけではありません。極端な意見であるとも思います。でも、これまで数年間、ワークライフバランス・カフェ(子育てと仕事の両立について、SNSを活用していろんな企画をしています。リアルで交流会なども実施しています)やブログでの活動を通して、いろんなワーキングマザーの皆さんに会ってみて、「仕事と育児を両方しようなんて考えた、私が悪いのかな……」と思っている人は、決して少なくないように思いました。

私は、母親がフルタイムのワーキングマザーだったので、共働きに対して特に偏見はありませんでした。まったく未知の領域に取り組むというよりは、自分が「ワーキングマザーの子ども」として育ってきた分、知識も理解もある方だと思います。でも、そんな私でさえ、「私がおかしいのかな……」「私が悪いのかな……」と思ってしまった時期がありました。初めて復職したばかりのころの話です。

この記事では、そんな自分自身の「私が悪いのかな」から脱却するまでの話を書きます。「ワーキングマザーなんか選ぶんじゃなかった……選んだ私が悪いんだ」と思っている、今まさに悩んでいるお母さんや、お母さんの周囲にいる人たちに、この記事が届けば嬉しいなと思います。

 

■ 自分が悪いのかなと思ってしまった理由

【理由1】職場で「マイノリティ」であるが故の難しさ 

私の会社は全体的に社員の年齢層が若いので、独身男女が多く、時短勤務をしているという時点でマイノリティです。マイノリティって、本人も周囲も気をつけないと、「数が少ない=悪い」という発想になりかねないんじゃないか、と思います。

子どもの病気などで、急に予定を変更しなければならない。自分だけ「17時以降の会議には出られません」と、繰り返し言わなくてはならない。何度も何度も「すいません」「すいません」を繰り返していると、本当に「すまない=悪いことをしている」という気持ちになってくる……。

実際に、他の社員と異なる動きをするわけだし、急な休みでカバーしてもらうシーンもあるので、周囲への感謝は忘れないようにしています。必要以上に偉そうに振る舞うつもりなんて、もちろんありません。でも、必要以上に卑屈にもなりたくないんですよね……。

周囲に比較対象=同じワーキングマザーがいないが故に、難しさを感じることもありました。「仕事が終わらない」というときや、「求められている成果を返せていない」と感じるとき。はたして「労働時間が短い」からなのか、「自分の能力・努力が足りない」からなのか、比較対象がないので、分からない。復職前の自分と比べると、ブランクのせいで頭がボーッとしていたり、授乳の影響で体調が整わなかったり、保育園からの呼び出しがあって仕事「外」でも仕事のようにToDoを調整しなければならなかったり……。そんな中で、周囲に比較対象がいないため、「昔の自分はもっとできたのに」と落ち込んでしまう、ということはあったように思います。

  

【理由2】会社や社会から「歓迎されていない」と感じた

ワーキングマザーとして、時短勤務で復職している先輩の数が少ないことは、なんとなく想像していました。組織においてイレギュラーな存在として復職するのだから、「会社にとって、自分はどういう風に見られるんだろう」という不安や引け目がありました。

何人かの先輩に、「勤務時間が短くなっても雇ってもらえてるんだ。会社は、あなたのプライベートなど知ったことではない。『私にはこれができます』と自分からアピールしろ」というニュアンスのことを言われました。正直、ちょっと戸惑いました。そのときから私がずっと考えていたのは、「自分の方が、会社より立場が下なのか?」ということです。

私はこれでも仕事を一通り経験してきた社会人です。働くこと、会社に労働力を提供することに対して「必要以上に卑屈になりたくない」んです。だからあのころ、「労働者として半人前だ」「イレギュラーで迷惑な存在だ」という扱いを受けた……という経験は、今も強く印象に残っています。

 

少し余談ですが、マイノリティはいつも、意見表明や権利主張をするときに「何を言うか」だけでなく「どう(マジョリティに対して)言うか」をチェックされているように思います。杉並区の田中ゆうたろう議員が、待機児童が多すぎて保育園に入れないことに声をあげたお母さんたちに対し、「一抹の遠慮も忸怩(じくじ)の念もなく、声高に居丈高に『子供を持つなということか』『現状のおかしさに気付いて』などと世を恨むかのような態度は、それこそどこかおかしい、どこか的を外している。『お願いです。私達の子育てをどうか手伝ってください』、これが待機親に求められる人としてのマナー、 エチケットというものではなかろうか」とブログで主張したことが記憶に新しいと思います。これってつまりは「数が少ない人間は、多い方に対して『低姿勢で』お願いしろ」ってことですよね。私は自分の経験から、こういうコミュニケーションが、マジョリティ/マイノリティの間で散見されるな、ということに気がつくようになりました。

当時は、ワーキングマザーの存在自体を疑問視するようなメディアの扱い方も多く見られました。「ワーキングマザーは腰掛けか」とか、「育休KY社員」とか、電車の中吊り広告も出すようなビッグネームの雑誌が、堂々と特集していました。経営者や、フルタイム男性社員向けに発行されている雑誌だし……と、こちらがリテラシーを発揮しろという話かもしれませんが、ワーキングマザーも通勤電車に乗っているのだから、当然、目にしますよね。シャアみたいなスーパーウーマンが、復職してくるワーキングマザーに「甘えは許されない」といった説教をする記事も散見されました。それらを見て、自分は世の中から歓迎されてないな、という気持ちにもなりました。

 

【理由3】職種が変わってしまい、仕事に自信が持てない 

子どもを産んだ時点で、もう社会人10年目くらいになっていましたから、仕事にはそれなりに自信はありました。ですが私の場合、育休明けに職種が変わってしまい、なにもかも初めてで、叱られてばかりで自信をなくしてしまいました。そんな状態で子どもの病気を理由に「休む」と言いづらい、という辛さもありました。

復職直後の人事考課で評価が下がるというのは、ワーキングマザー的にはよくあることらしいです。育休で休んだだけで復職後の評価が下がる会社もあるそうです(休んでいるのに評価するという意味が分かりませんが)。私も、評価が下がり、やはり落ち込みました。

一方で同僚からは「はあ? お前が●●職? 向いてないよなー。前の仕事の方がいいよ」と言われたりもしており、会社という場所での自分を巡る見方や扱いの違いにモヤモヤが高まりました。

 

【理由4】子どもの側にいてあげられないことへの罪悪感

私は、共働きをすること自体が子どもに悪影響だとは思っていないので、罪悪感というのは、実はありませんでした。しかし、そういう感情を持ってしまう母親も少なからずいるようなので、「理由4」として書きます。

おそらく、育休明けで1歳を過ぎると、子どもはいろいろな状況を理解できるようになるので、保育園で別れ際に泣かれたりするお母さんも多いのだと思います。そのときに動揺して感情を持っていかれそうになる、ということですね。「うちの子がお迎えで一番最後だと、申し訳ないなという気持ちになった」という方もいるように思います。

 

 

■ 「自分は悪くないのかも?」と思えてきたきっかけ

そんなこんなで悩んだ日々がありましたが、復職から1年が経過するころには、だいぶ前向きになっていました。その間に何があって、どう行動していたのか? 思い出してみます。

 

【きっかけ1】味方をしてくれる先輩ワーキングマザー、一緒に悩んでくれるワーキングマザーがいた 

とても悩んでいたので、とりあえず思いつく先輩ワーキングマザーに相談しました。気持ちを分かってくれて、アドバイスしてくれた人たちがいました。その存在に、かなり救われました。

同じ道を通過してきた人だからこそ「どんなワーキングマザーにもありがちなこと」が分かるらしく、普遍的なアドバイスを聞けたように思います。

 

【きっかけ2】私の違和感は個人の問題とは言い切れない「社会問題なんだ」と気付く

評価が下がってしまいショックを受けていたころに『迷走する両立支援』(萩原久美子著  太郎次郎社エディタス)という本を読みました。「仕事をさせてもらえるだけで私は恵まれている。でも……」の「でも」の言葉の後に、ボロボロと泣いてしまったお母さんの話が載っていました。ああ、この人、私と同じだと思いました。

本の帯には「仕事にうちこみ、生活とよべるだけの経済的基盤をもち、子どもや家族との時間を大切にする。ただこれだけの暮らしが、なぜこんなにも遠いのか」と書いてありました。問題を抱えているのは彼女たちを受け止めきれない「社会」の側である、というスタンスが貫かれており、初めて、自分の辛さ悔しさは「あなたのせいじゃない」と言われているような気持ちになりました。

そうか、私の両親(共働きでした)は公務員で、企業社会とはある意味、隔絶したところにいたんだ。民間企業においてワーキングマザーというのは、まだまだ試行錯誤の過程なんだ。とにかく「自分が」「自分たち夫婦が」という風に視野狭窄になるのをやめて、もうちょっと横(他の会社や組織、他の国など)と縦(自分たちが、歴史や時代の中でどう位置づけられるのか)の視点を持とう、と思うようになりました。

 

【きっかけ3】自分の会社や業界固有の問題に気付く

ちょうどそのころ、Twitterやブログで知り合った他の会社の人たちと会うようになりました。彼ら彼女らと一緒に「ワークライフバランス・カフェ」の活動をする中で、自分の会社や、業界ならではの慣習・ルール、進んでいる部分と遅れている部分を客観的に捉えることができました。

ワーキングマザーなど、ケア責任を担う人が、やりがいを持って働き続けることを否定しない企業があるということも分かったし、また実際に「腰掛け」と言われるような人、ならざるを得なかった人がいること……なども、分かってきました。

 

【きっかけ4】(これは最近ですが)メディアの後押し

先日、NHKの朝のニュースで(ワーキングマザーに対する)「過剰な配慮」の話が報道されていました。私はまさに「過剰な配慮」によって、自信ややる気を失ってしまったタイプなのですが、私が悩んでいたころには「過剰な配慮」という言葉はありませんでした(異動や職種転換後は、それも経験と考えて……という論調が主流だったので、当時の私の考えはおそらく「ただのわがまま」でした)。言葉ができて、新しい共通認識ができてきて、ほんとうに良かったと思っています。メディアの影響は、良い方にも悪い方にも大きいと感じます。

 

* *

 

もうすぐ4月。これから慣らし保育や、復職するワーキングマザーの皆さんも、慣れない新生活の中、自分を責めてしまう日があるかもしれません。そんなときは、この記事を思い出していただければと思います。

「明けない夜はない!」ということで、次回はこれらを踏まえて、より具体的に「自分が悪い」から抜ける方法や、周囲の人に支援してほしいこと、などを考えます。

著者:kobeni (id:kobeni_08)

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6歳と1歳の男児を子育て中の母親です。はてなで「kobeniの日記」というブログを書いています。仕事は広告系です。4月から長男が小学校へ。断絶の壁、じゃない小一の壁を乗り越えるぞ!

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