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離職率95%から奇跡の大変身!信頼関係を土台にした「働き方改革」と人財を生かす「働きがい改革」を進める中小製造業4代目の挑戦

筒井工業株式会社
取り組みの概要
2017年時点で深刻な人材不足に陥り、離職率95%という壊滅的状況にあった筒井工業。新たに社長に就任した前島さんは「人財を生かす経営」に舵を切り、外部コンサルタントのアドバイスをもとに若手社員向けのメンター制度を導入した。若手社員に頭を下げ、「助けてほしい」と呼びかけてメンタリング制度を導入し、以降6年間で採用した25名のうち22名が定着、社員数が5割増加する結果となった。コーチングを軸として互いに認めあい、高めあい、協力しあう文化を醸成。経営情報の開示や人事制度の再構築、全社員によるミッション・ビジョン・バリュー・スピリットの策定、社員が主体的に関わるプロジェクト制度の実施などを通じて、生産性向上・残業時間削減・大企業並みの昇給・働きがい向上などさまざまな好循環へとつなげている。
取り組みへの思い
「すべては『自社の社員はすごい人たちなんだ』と、心から信頼することから始まった。中小企業の経営者には、社員への期待を裏切られた経験を抱えている人も多いかもしれない。それでもまずは、会社が社員を信頼しなければいけないと思う。私は人材確保や生産性向上といった結果を追い求めるあまり、新しい仕組みや事業を動かすことばかりに目が向いていた時期があった。でも、社内の関係の質を向上することを第一に考えるようになってからは、自主性重視で一体感のある風土を作ることができた。環境を整えることで人は活きるし、自ら成長したいと思ってくれるのだと学んだ6年間だった」(代表取締役社長/前島 靖浩さん)
受賞のポイント
・コーチングを軸に、認め合う風土を醸成
・社員を信頼して経営情報を開示
・社員が主体となるプロジェクトを多数実施
→離職率を大幅改善し生産性向上も実現。関係性の質を高めることで、さらに社員が主体性を発揮する未来へ期待。

社長が腹を決め、社員を信じて行った「働き方改革」は、2年間で驚きの成果を生んだ

愛知県半田市にある筒井工業株式会社は、中小企業ながら粉体塗装を日本で初めて実用化したパイオニアである。粉体塗装は環境に優しい塗装技術として注目を集め、30~40年前から道路資材等の公共設備、住宅等の鉄骨部材に用いられ、近年では家電製品や自動車部品等へも使用範囲を拡げており、同社は高品質なコーティング技術で成長を遂げてきた。

しかしその反面、ここ数年は大きな課題を抱え続けていた。慢性的な人材不足である。

課題は深刻で、2017年度の新卒採用者の3年以内離職率は67%。中途採用者の1年以内離職率は95%という有り様だった。

「人財を生かすこと」こそが生き残る道。だから、高難易度の取り組みにも果敢に挑戦

そんな惨状から脱却するべく、2017年、新たに会社の舵取りを託されたのが現・代表取締役社長の前島 靖浩さんだった。

前島さんは創業家とは血縁もなく、一社員から就任した叩き上げ社長である。創業60年弱の会社を継ぐのはプレッシャーだった。が、ある意味で開き直りの覚悟も持ち合わせていた。

「当時は残業も多く、有給休暇の取得など夢のまた夢。社員も心身ともに疲弊し、毎週のように起こるいがみ合いで日々の業務もままならず、会社として顧客の信頼を失いかねない事態でした。まさに、人手不足に端を発した負のスパイラルです。かといって、この状況で新たに採用を行っても、すぐに辞めるのは火を見るより明らか……。何から手を付けてよいのやら、途方に暮れていました」(前島さん)

また一方で、前島さんにはもう一つ悩みの種があった。将来的な競合他社との差別化戦略、つまり「優位性の創出」である。

人材不足に頭を抱えるのは、何も筒井工業だけに限ったことではない。業界に共通して行き渡る巨大な課題なのである。その渦中にあって「優位性の創出」とは……?

「設備投資か? 技術開発か? いろいろ思考を巡らせました。結論は『人財を生かすこと』、ここでした。結局、設備を入れても使うのは人。開発を成し遂げるのも人。事業を継承していくのも人なのですから。『人財がイキイキと躍動してくれる会社になること』こそが『優位性の創出』。そう考えると腹は決まりました。採用、定着、戦力化に向けて、まずは四の五の言わずに現状を打破する『働き方改革』を実現させるんだ、と」(前島さん)

代表取締役社長/前島 靖浩さん

はじめに着手したのは、新卒者を定着・育成させる「メンター制度」の導入だ。

実は同社では、同年に高校新卒者6名の内定が決まっていた。しかしこのまま受け入れてもほぼ全員離職してしまうことが予想されたため、ハローワーク主催の「若者定着支援セミナー」を受講した。その講師から言われたことは信じられない一言だった。「若者には、寄り添ってあげないと全員辞めますよ」。

「正直、当時は『寄り添うって何だ』とムッとしました。私たちの世代は寄り添ってもらった経験がないのでどうしたらいいかもよくわからないですし、そもそも『寄り添う』なんて甘やかしたりしたら、気が緩んで仕事をしなくなるのではないか、とも思いました」(前島さん)

同様の葛藤は、前島さんとともに改革の旗振り役を担った沢田 高訓さん(取締役製造部長コンサルティング事業部 チーフリーダー)も感じていたという。

「私も前島とともに苦労し続けてきました。それまでは人手が足りなくて派遣会社に頼っても、すぐに辞めてしまう。その結果ベテラン社員や現場リーダーたちは『教えたってどうせすぐ辞めちゃうでしょ』という冷めた反応を取るようになっていました。私たちだけ外部コンサルタントからのアドバイスを理解していても、すぐに現場リーダーを巻き込めるわけではありません。それでも、人財で勝てれば、筒井工業は他社から抜きん出た存在になれるかもしれない。それなら教わったことを必死に実行し、前島をはじめとした会社の仲間たちと一緒に変わっていきたいと思いました」(沢田さん)

「沢田が『みんなでやろう』と言ってくれたことは本当に心強かったですね。それからはやらない・やれない理由を考えるのはやめました。メンター制度を勧めてくれたコンサルタントの先生は『メンター制度はほとんどの会社が失敗する。なぜならメンターである先輩社員がやる気を失くしてしまうからです。でも、成功すれば高い確率で離職を防止できるとともに、そうやって育った社員が次々にメンターを継承してくれるようになります』とおっしゃっていました。高難易度の取り組みですが、会社の今後を左右する『人財を生かすこと』の土壌を育むには至極当然の挑戦だと考えを転じました」(前島さん)

社長は自らの意識の変化をありのままに伝えた。そして会社は変わった

しかし、ここまではあくまで経営陣の思考。実際にメンター制度を実施し、人財を活かしながら優位性を創出するためには、その思いや考えを社員一人ひとりに腹落ちしてもらい、一緒に取り組んでもらう必要があった。

そこで前島さんは社員を集めミーティングを実施。冒頭すぐに頭を下げ、開口一番お願いを申し出た。

「実は来年、新卒を6名採用しました。でも、放置すれば今までのように全員離職してしまいます。何をすべきか分かってはいますが、私一人では無理です。どうか、みんなの力を貸してほしい——と。そもそも私が考えを改めたこと、そして本気で取り組んでいるんだということを、自らの口で伝えなければならないと思ったのです」(前島さん)

この一件が同社の風土を変化させるきっかけとなる。メンター制度構築に若手社員の意見を取り入れ、ともにルール作りをしたことで社員の主体性が引き出され、それ以後、「社員の可能性を信じ、頼り、任せる」という文化が根付き始めたのだ。

メンターを務めることになった高木 宏さん(製造部リーダー コンサルティング事業部T-CXコーチ)は、「制度の実施が決まってから、若手みんなで勉強会を開いて面談の進め方を学んだ」と振り返る。

「新卒7名が入社したタイミングで実践に移し、新卒に対し1人ないしは2人の先輩がメンターとしてつきました。当時学んだのは、相手の話を否定しないこと、アイスブレイクを交えながら打ち解けることなど。メンターの中には、何を話せばいいか分からないと悩む人もいましたし、ついアドバイス調になってしまう人もいました。それでもとにかく新卒の話をじっくり聞くことに徹していましたね」(高木さん)

竹内 勝哉さん(製造部)は、新入社員時代にメンティーとして「話を聞いてもらった」世代だ。

「メンターとは、土日に何をして遊んだかや、付き合っている彼女との出来事など、どんなことでも話をさせてもらっていた。そうやって何でも話せる場があるだけでも心強かったんです。僕が元気がなさそうにしているときも、声をかけて話を聞いてくれました。日常のささいな話は同期ともできますが、先輩たちには仕事の深い悩みも相談できました」(竹内さん)

メンター制度が始まって7年。2〜3年目の若手同士、メンター・メンティー同士で集まるイベントなども増え、仕事の枠組みを超えた関係性の強化が続いている。

また、メンター制度を取り入れた採用活動はというと、その後さまざまな学びとブラッシュアップを経て、6年間で25名採用、22名定着。全社社員数でみて5割増加という、以前では到底考えられない成果につながった。現在では新人メンティーだった社員が成長してメンターとして活躍。好循環が生まれ、採用における重要なアピールポイントにもなっている。

その影響は他にも波及。結果として人員余力の確保、生産性2割向上、残業時間3割削減につながり、そして夢のまた夢だった有給休暇の取得率は2割も向上。「働き方改革」は2年をかけひと段落を迎えた。

「働きがい改革」で会社を元気に。ホワイト企業のその先にあるものは——

しかし、前島さんはそこで止まらなかった。会社を託され、働き方改革に取り組んでいく中で、自然とこう思うようになっていた。

「『働き方』は大切。でも今度は、それを礎にみんなが全力で『仕事っておもしろい!』と思える『働きがい』を伸ばしていきたい!」

互いに「認めあう」「高めあう」「協力しあう」文化を目指して

すぐさま前島さんは『働きがい改革』に着手する。取り組んだのは大きく分けて3つのアクション。

一つ目は風土改革。お互いに「認めあう」「高めあう」「協力しあう」文化を構築するために、前島さん自らコーチングを学び、社員の意見に耳を傾け、承認し、任せて見守り、自主性を引き出す実践をした。さらに前島さんはコミュニケーションスキルの講師資格も取得し、そのスキルを惜しみなく社内に広めた。こうした取り組みが功を奏し、経営層を含めた社員同士の信頼関係は強まり、社員一人ひとりが前向きで、助け合い、誇りに思える風土に変化した。

二つ目はエンパワーメント戦略。社員が仕事を楽しみながら成果を挙げられるフィールドを用意すべく、主に「情報の共有」「全員でのルール決め」「チーム自走のためのトレーニング」の観点から取り組んだ。例として「情報の共有」では、経営情報と経営に関する数値の開示、人事評価制度の再構築と情報開示などを行った。「全員でのルール決め」では、既存の会社ビジョンを一度白紙に戻し、全社員のディスカッションのもと新たにミッション・ビジョン・バリュー・スピリットを構築した。

三つ目はプロジェクト制度の導入。特徴としては、会社からはリーダーに「最終的にこうありたい」という目的だけを告げ、その後一切、目標設定からやり方、メンバー選定もリーダーに任せ介入しない。その結果、現在「採用」「人財開発」「広報」「5S」「SDGs」「デジタル化」など、30ものプロジェクトが自走。多くの社員が複数のプロジェクトを掛け持ちしながら、それぞれがチームの個性を活かして成果をあげている。また同時に、社員の成長も促されている。

人に寄り添う文化が当たり前になれば、仕組みや制度は必要ない

遠藤 唯莉さん(コンサルティング事業部 広報担当)は、プロジェクト制度を活用して自ら「広報プロジェクト」の立ち上げを提案した。

「私は筒井工業に入社して後悔したことがなく、とても魅力がある会社だと思っています。それを世間に知ってもらえないのはもったいないと感じて、若い人をターゲットに公式インスタグラムなどの運用を社長に提案しました」(遠藤さん)

前島さんはその場面を苦笑いしながら振り返る。

「遠藤は入社2年目にも関わらず立派な企画書を書き、提案してくれたんです。その際には『投稿内容については社長は一切口を出さないでください』と言われました」(前島さん)

「せっかくのインスタグラムなので、堅苦しいものにはしたくないと思っていたんです。社長は自身でブログを書いているので、そこで踏みとどまってもらうようにしました」(遠藤さん)

広報プロジェクトを進めるにあたり、遠藤さんは自ら5人のメンバーを集めた。先輩陣を代表して参加する高木さんもその1人だ。工業見学などのコンテンツをやわらかく伝え、徐々にフォロワーを増やして、2023年にはインスタグラムをきっかけに入社してくれた人も。社員の発案が大きな成果につながった好例と言えるだろう。

社員のみなさんにとって、「働きがい」とは何なのだろうか。ここまでにご登場いただいた3人の声を紹介したい。

「言いたいことが言える環境で、自分の提案によって会社に貢献できたときに働きがいを感じます。社内の信頼関係があるからこそ意見が出せるんです」(高木さん)

「自分の意見を発表できる場があり、自分で『やりたい』と言ったことには会社が後押ししてくれます。普段の業務でも自分なりに考えて動いたことを肯定してくれるので、どんどん意見を出したいと思えるようになりました」(竹内さん)

「私にとっては、自分の存在を認めてもらえることが大きいですね。自分の意見も行動も、すべて受け入れてもらえている安心感があります。求められているからこそ、期待以上のパフォーマンスを発揮したいと思えます」(遠藤さん)

社員の声を受け、経営陣もまた思いを新たにしていました。

「今後も、みんなのさらなる活躍の場の創出をしたいですね。私たちにできることは土壌と環境を整えることなので、そこに尽くしていきたいと考えています。将来的に関係性の軸がさらに強化され、人に寄り添う文化が当たり前になれば、仕組みや制度はいらなくなるのかもしれません」(沢田さん)

「私が経営という仕事を通じてやっているのは、理想論への挑戦だと思っています。どうすれば人がいきいきと働けるのか、働きがいを感じられるのか。そこに人生をかけて挑戦しているんです。結果的に会社が成長すればうれしいし、他社も含めてそんな幸せの連鎖が広がれば、もっともっと日本はよくなるのではないでしょうか」(前島さん)

(WRITING:多田慎介)

※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。