「子どもは預けたいけど、働きたくない」と言われた保育園。余裕を持った人員配置やICT化で保育士の働きやすさを実現し、「遠くても、通いたい保育園。」へ
社会福祉法人山ゆり会
「子どもは預けたいけど、働きたくない」と言われた保育園。余裕を持った人員配置やICT化で保育士の働きやすさを実現し、「遠くても、通いたい保育園。」へ
社会福祉法人山ゆり会社会福祉法人山ゆり会は、1993年の創設以来、保育に力を入れてきた。茨城県の一部に5つの保育園を運営している。もともと、保育内容の評判は高く、保育士の就業規則も用意されているなど、一見すると労働環境は良いように見えた。しかし、創業者の長男で、都内の不動産企業での勤務経験を持つ松山 圭一郎さんは、園の運営や保育士の労働環境に違和感を抱いていた。
「実家へ戻ってきたのは、2009年。スマホが普及していた時期でしたが、保育園ではパソコンの台数は数台にとどまり、デジタルツールを活用できていませんでした。連絡帳は手書きでしたし、イベント前には持ち帰り残業が当たり前の環境で、保育士は保育以外の業務を抱えていました」
業界の先輩に状況を打ち明けたところ、「こんなものだ」とのこと。「過去に自分が身を置いていた業界での当たり前が保育園ではそうでないことを痛感しました」と松山さんは語る。
保育士の労働環境とは違い、保育内容についての評判は上々だった。この状況から松山さんは、「保育士の待遇改善をすれば良い」と、理想とする保育園像は明確だったと振り返る。
異業種で働いてきた自分だからこその視点を生かし、改革へと動き出した。
改革の壁となったのは、創業者である両親や既存スタッフとの意見の相違だった。
松山さんは両親から園長職のバトンを次世代に渡してもらい、現場の若返りを目指した。保育士たちの年齢に近い者を園長に据えることで、コミュニケーションを取りやすい環境を作る狙いがあった。
「両親は改革の必要性をわかってはいたものの、『やり方を変える=これまで自分たちがやってきたことを否定される』ととらえてしまいました。創業者に賛同するスタッフも多く、私との関係に溝が生じました」
松山さんは対話を重視し、早急な改革を避けた。背景には、松山さんが東京で味わった痛い経験があった。
社内ベンチャーで、とある事業に関わったときのことだ。松山さんは自分のやり方が正しいと思い込み、現場で働く人に対して高圧的な態度を取った。結果、現場からは最低の評価をつけられてしまった。
「自分と保育士とは考え方が違うこと、仕事をしてきた環境が違うことを理解し、時間をかけて進めました。自分と相手の『当たり前』は違うわけです。2代目の経営者だと偉そうな印象を与えないよう、積極的に草むしりもして現場との距離を縮める努力もしました」
もちろん、反対意見はあった。アナログのやり方が当たり前だった環境でICT化を進めたため、違和感を抱いた保育士は多かったのだ。
現場では、「手書きの方がはやいし、デジタルツールの使い方に慣れるための時間がもったいないように思えた」(木村理恵さん、入社20年目、保育士)といった意見が出た。
退職者も出たが、こうした状況について松山さんは「人それぞれ考えが違うので、それは仕方がないことだと割り切りました」と振り返る。
ICT化については松山さんがリーダーシップを発揮して進めたものの、それ以外の施策については現場で働く保育士から意見を聞き、保育士の要望を基本的には全てかなえるように努めた。
以前は保育士が経営層に考えを伝えづらい雰囲気だったため、思っていることを言いやすい空気作りを意識した。
入社8年目の人事総務担当、中澤 裕子さんは、「保育士、事務スタッフともに『こんなことを思っているので、こうしてほしい』と園長や本部長に意見を言いやすい」と話す。
松山さんは保育士同士がコミュニケーションを取る際には、否定する表現を極力使わないよう提案したという。たとえば、「仕事が遅い」ではなく「仕事が丁寧だ」のように、ポジティブな表現に変換した。相手の良いところを見出す習慣を形成したことで、保育士間の関係性が良くなり、横の連携が強まる効果を実感。以前から心理的安全性が高い組織を作りたいと思っており、この2年くらいで理想にたどり着いた感覚があるという。
松山さんは、改革でどのような施策を取り入れたのか。
まず、連絡帳をアプリ化し、保育士が手書きをする負担を取り払った。保育風景の写真は、かつて現像して保護者に販売していたが、連絡帳アプリへ送ったものをダウンロードして使ってもらう形にした。
「ICT化で特に良いと思ったのは、延長保育の処理です。過去には保護者が延長保育のチケットを購入し、事務員に渡して精算していました。遅番の保育士が時計を見て延長かどうかの判断をしましたが、時間ぎりぎりの場合『通常保育内でお願いしたい』と保護者から泣きが入ることがありました。登降園の管理もICT化したことで機械が時間を判断、清算もキャッシュレス決済で現場の負担が減りました」(木村さん)
保育士からは、「1時間単位での有給休暇の取得」の評価が特に高いという。
「半日や1日の休みを取る必要はないが、小学校の旗振り当番のために抜けたい。子育てをしていると、このような短時間の休みを求めるケースが多いものです。たとえば、運動会の観覧に数時間行き、その後保育現場に戻ることができます」(松山さん)
また、年間でシフトを作成し、先の予定を立てやすくした。保育業界では、シフトを週単位、月単位で出すことが多く、数ヶ月先の予定を立てづらい問題があった。
休みやすさで言えば、土曜保育のシフトで考え方をあらためた。法律により、朝夕の受け入れと引き渡しの時間帯には保育士2人を配置する必要がある。この場合、法定労働時間内で収めようとすると、保育士4人の出勤が求められる。しかし、土曜出勤をした保育士は翌週に代休を取得する決まりなので、翌週に4人が休むこととなる。つまり、有給休暇を取りたいと思っても休みづらい環境ができあがっていた。
「皆で話し合い、土曜日に出勤する保育士を2人とし、残業をしてもらうことにしました。こうすれば、翌週に代休を取る人数は2人です。土曜日に出勤した人が頑張り、より多くの保育士が平日に休みやすいようにしました。土日は休みたいのが保育士の本音ですから」(松山さん)
スタッフの副業を認めたほか、より明るい色に髪を染めることも認めた。それまでは自腹で払っていた駐車場代を園が負担するようにした。親睦会費を月額1000円徴収していたが、年額500円へ大幅に減額した。
松山さんは、保育士を含め、職員のキャリアプランを重視している。
具体的には、「入職して○年目には○○○を求める」といった持つべきスキルや経験、得られる見込みのある収入の目安を提示。保育のミッションやバリューは以前から伝えていたが、キャリアパスの提示が欠けていたことに気づき、「まつやま保育園グループで働いたら自分のキャリアを今後どう展開できるか」を明文化した。
「年に3回、1on1によって自己評価と他者評価を行なっています。目標のチェックは、正職員は年3回、契約社員は年に1回。面談時間は、30分〜1時間ほど。職員と話す機会を定期的に持つことで、何か問題が生じても深刻な状況に発展する前に対処できます」(松山さん)
保育士の篠原 千春さんは、「前職では、保育士のキャリアパスなどはなかった。ここでどうキャリアを築けるかが明文化されていることを知ったときには、驚いた」と話す。
評価については、同じく保育士を務める芳住 佳緒里さんはこう語る。
「まつやま保育園グループでは、自分の良いところや得意なこと、詳しいことを保育の場で実践する機会が持てます。園長や本部長が『この人はこのスキルがあるからここを伸ばそう』と思い、適切な評価をしてくれていると感じます』と話す。現に、芳住さんはSDGsの教育を企画したことがある。
職員の採用については、一緒に働きたい人を明確化。「愛をもって接する人」「自分で考え行動する人」「素直で正直な人」の3つとした。保育業界の採用では珍しい適性検査を実施しているが、これにより採用のミスマッチが起こりづらくなったという。
松山さんは面接で、「自分の好きなところを10個教えてください」と伝えている。
「子どもと接し、子どもの自己肯定感を養ってもらうことを目指しているので、保育者が『自分に良いところなんてない』と決めつけていては、子どもの良いところを見出せないと考えているからです」
様々な施策の成果は、数字に表れている。2013年度には17.70%だった離職率は、2022年度に4.10%にまで減少した。その結果、今では「遠くても、通いたい保育園。」と評価されている。子どもを預ける保護者にとっても、保育園で働く人にとっても、まつやま保育園は魅力的に映るということだ。かつて「子どもを預けたいと思うが、働くのは別の園がいい」と言われた園は、働きやすい園へと生まれ変わった。
(WRITING:薗部雄一)
※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。
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