何もない“ゼロ地点”からできることを考える
僕が医者になる前に経験したことから言わせてもらうと、医師免許がなかった学生時代、医療倫理の観点から、患者さんにほとんど触れさせてもらえなかったんですね。静脈注射さえ経験したことのない“未経験”の状態で、研修医として病院に放り込まれたんです。
医師は基本的に教えてなんかくれません。そこで僕がやったことは、超多忙の看護師さんたちにウザがられながら、すごく恥ずかしい思いをして、「すみません、わからないので教えてください」って、頭を下げることだったんです。なんとか教えてもらうために、相手の様子や周囲の状況をうかがいながら、少しでも怒られないようなタイミングを見計らって聞いていたわけです。
そういった僕らの医療界が特殊だったのか、教えてもらえないから転職しようかというあなたの考えが常識かはわかりません。しかし、その後の僕の経験からすると、相手側の言う条件通りでないというのは、当然のようにあること。そこから知恵を働かせ、どうやって教えてもらうのか。未経験で何もない“ゼロ地点”から、まず試行してみないことには始まりません。その上で、どうしても納得できないことがあれば、ぶつかってみてもいいじゃないですか。
世の中の不条理を利用してこそ社会人
たとえ不条理な状況に置かれても、自分がそれを受け入れ、今の自分に何ができるかという経験をしないと、他人はあなたを大人とは認めないでしょう。「これ、俺の責任じゃない」ということが突然降りかかってきて、それをなんとかしなければならないのが大人ですよ。世の中は不条理なことで満ちています。不条理にどれだけ耐えうるか、また解決できるか。もっと言えば、不条理を利用したり応用できて、初めて社会人になったといえると思うんです。
じゃあ、具体的にどうするべきか?それは、僕からは教えられません。よく心理学はハウツーを教えてくれるものだと思われているようなので断っておきますが、違いますから。「自分で認識する」ということが大前提で、認識できたことによる変化を待つのが、心理学の考え方。「認識するだけ?」と、不思議に思うかもしれませんが、人間は自己認識ができて初めて変われるのです。
極端な例をいうと、どうすれば恋人が喜ぶかというハウツーの情報ばかり集めても、肝心な相手の気持ちはわかりませんよね。でも、自分でよかれと思ってやっていたことが、恋人にとって苦痛だったと認識したら、その行為はやめるでしょう。つまり、認識するという行為が、最も人を変えることなんです。そして、認識できたら、しばらく自分で考える。考えた末にやったことの結果が思うようにならなかったときに、精神科医は助言をするんです。だから、あなたへの助言はまだ。まずは認識することからです。