自分を見極め、研究して売り込んでみようよ
30 歳になるからあきらめるなんて、まだ早いでしょう。俺なんか芽が出たのは34、5歳だったからね。ただ、世の中には漫画家志望の絵が上手い人はたくさんいるから、個性のない漫画を描いててもだめなんですよ。俺はさ、絵が上手くないの。だから、ストーリーの面白さを認めてくれると見込んだ一誌に絞って持ち込んだんだよね。あなたも、自分の作風に合う雑誌の傾向をよく調べて、そこの編集者に喜ばれるような作品を持ち込んでみるといいですよ。
そして、自分のことばかり主張しないで、編集者の話をよく聞くことです。編集者は大勢の読者に喜ばれることを考えてアドバイスをくれるわけだから、そこに自分の特徴をはめ込んでいくテクニックも必要。何度も描き直して持ち込むうち、相手も情がわくだろうしね。漫画に限らず、お笑い芸人でもなんでも同じ。なりたいものがあるなら、自分を受け入れてくれるところを見極めて研究して売り込まないとね。
無理と決めてしまうことほど愚かなことはない
俺の漫画が初めて掲載されたのは25歳のときだったんだけど、それからずっと漫画の仕事がなくてね。嫁さんと子どもがいたから、サラリーマンになって営業やってたの。漫画は細々と描き続けていたけど、だんだん描く気が失せてきて、あなたみたいに漫画家になるのをあきらめかけていた時もある。でもね、33歳の時、俺の漫画を学生時代に見てファンだったという若い編集者から電話があって、連載を描くチャンスがやってきたんですよね。
それは無名の雑誌で、しかも2カ月に1回の連載だったけど、そのチャンスを絶対に逃すまいと思って、俺はそのとき、8年続けたサラリーマンをきっぱり辞めたんです。「漫画がダメならこっちがある」と思いたくなかったから。なんか、あなたは「漫画が無理なら結婚で、それが無理なら就職で」と、どれもこれもできない前提で考えている気がするんです。自分で無理と決めつけてしまうことほど、愚かなことはないと思うんですよ。そして、一番の望みは漫画家になることなのか、恋人ができることなのか。ひとつにバシッと決めて逃げないほうがいいよ。
もうひとつ、自分にチャンスが巡ってくるようにするのも大事で、それは単なる偶然じゃなく、ささいなことの積み重ねだと思うんですよ。例えば、俺の漫画が最初の雑誌に掲載されてたころ、「サイン会を開きたい」って頼まれると、それが地方の学生でも断わりきれんでね。どこでも行ったんですよ。そのときの学生が、後に仕事をする立場になったら声をかけてくれる、なんてこともあるわけです。小さなことでも、人とのつながりや、信用してもらうことを大切にしないとね。信用できない人に仕事は来ないから。
俺はそうやって、漫画だけでなく、東京に出て来た時からの「映画監督になりたい」という夢もかなえたんです。57歳になってようやくね。ことあるごとに「映画を撮りたいんです」と言い続けていたら、小さな短編映画をつくるチャンスが巡ってきた。そんなふうに、あきらめなければ、いつどういう形で夢がかなうかはわからないんですよ。漫画家になりたいと思うのなら、無理にあきらめようとしなくたっていいじゃないですか。夢を追っていれば、アルバイトであっても関係ないことですよ。