




個性派俳優として、
数々のドラマや映画に
出演している酒井氏。
かつては自動車販売会社で
働いていた時期もあったとか。
安定した生活を捨て、
役者の道に進んだ理由とは

車のある生活に憧れて、自動車の販売店に就職
僕が演劇に興味を持ったのは、高校生の時です。僕の家は岐阜で製陶業を営んでいて、どんぶりなどの陶器を作っていました。後を継ごうと思っていた僕は、地元の工業学校の窯業科に進んだんです。工業高校って、男子ばっかりなんですよ。ある日、たまたま演劇部をのぞいたら、数少ない女子がトランプをしていた。「楽しそうだなあ」と思ったんですが、自分から入れるような性格じゃなかった。そしたら運よく友達が誘ってくれて。それで演劇部に入部して、毎日トランプばかりしていました。
そのまま、なんとなく過ごしていたんだけれど、3年生になったとき、学園祭で演劇をやることになって。たまたま演劇の養成所に通っていた先輩が東京から戻ってきていて、毎日稽古をつけてくれたんです。その後、地区大会に出ることにもなって、そのとき初めて人前で演じることの面白さを知りました。
つかこうへいさん(注:劇作家・演出家。『蒲田行進曲』で直木賞も受賞)が主宰する劇団の芝居を観たのも、ちょうどそのころです。テレビで『戦争で死ねなかったお父さんのために』という、つかさんの芝居をやっていて。「今まで観ていた演劇とはまるで違う」と、ものすごい衝撃を受けました。つかさんに興味を持っていろいろ調べたりもしたんですが、田舎だったし、すでに自動車販売会社に就職も決まっていたので、上京するまでには至らず、そのまま就職しました。
自動車販売会社を選んだのは、なんとなくです。実は、高校2年の時に実家が家業をたたんでしまったので、後を継がなくてもよくなっていた。それで、学校に来ている求人票を見て、なんとなくこれかなと。うちには車がなかったし、車のある生活に憧れてたのもあって。車で通えるし、まあ勤めてみようかなと。そんな感じです。
オーディションに受かってもいないのに、会社を退職
自動車の販売店といっても、営業ではなく整備の仕事です。特にやりがいを感じるわけでもなく、家と会社の往復で最初の1年が過ぎていきました。「仕事は嫌だけど、何をしたらいいのかわからない」というのが正直なところでしたね。
でも、つかこうへいさんの舞台を見た感動はずっと残っていて。入社して1年たったある日、思い切って上司に言ったんです。「会社を辞めて、役者になりたい」と。
上司は驚きましたよ。「役者になりたい」と言っても、具体的に何かやっているわけでもないし。それで引き止められて説得されて、結局、辞められなかったんです。それからは休みを利用して、東京につかさんの舞台を観に行くようになりました。
何度か見ているうちに、気持ちが抑えられなくなって、ついに、つかさんの事務所に電話するんです。「入れてください」と。そしたら、「近々、劇団員募集のオーディションがあるから、少し待っていてください」と言われて。こりゃあ働いている場合じゃないと、すぐに会社に辞表を提出しました。それからオーディションがあるまでアルバイトをして何カ月か待っていたんです。採用されてもいないのに会社を辞めちゃって、周りからはいろいろ言われましたよ。「役者になんかなれるわけないだろう、たわけ!」とか。いろんな人から「たわけ!」「たわけ!」と言われました(笑)。まあ、若かったんでしょうねえ。
しばらくしてオーディションの募集があって、自己紹介と『飛龍伝』のなかのセリフを吹き込んだカセットテープをつかさんの事務所に送りました。そしたら手紙が来て、「電話ください」と。僕、応募用紙に住所しか書いてなかったんですよ。すぐに事務所に電話したら、つかさんが電話口に出られて「明日、上京してこい」と。それで次の日、事務所に向かいました。そしたら事務所には誰もいなくて。6時間大人しくじっと座って待っていた。後で聞いたら、それがよかったみたいです。ひと言もしゃべらず、ひたすら待っている姿を見て、我慢強いと思ったのかなあ。とにかく見込みがあると感じてくれたみたいです。
ちょうどその時期、つかさんはテレビの深夜ドラマを撮影していたので、僕も学生役で出させてもらいました。当時のことは全く覚えていないですよ。ものすごくあがっちゃって。うまくなんて全然できなかったと思います。



そこから3年間、つかこうへい氏の
運転手をしながら、
芝居の練習に励んだ酒井氏。
偉大な劇作家・つかこうへい氏から
教わったこととは
何だったのだろうか。

変に背伸びして言葉に色をつけるな。持っている言葉で演じればいい
上京して3年間は、つかこうへいさんの運転手をさせてもらいました。同時にアルバイトもいろいろやりました。つかさんから「声量を上げるためにやってみろ」と言われてやったんです。車内販売とか魚河岸とか。でも、実際はほとんど声を出さない仕事で舞台の役には全く立ちませんでしたけど(笑)。
実はつかさんの運転手を始めて2年後に、つかこうへい事務所が解散してしまうんです。23歳の時でした。そこからは役者の仕事をお休みしてアルバイトをして、つかさんが復帰するのを待っていました。その後、つかさんが復帰してからは、2年ほど一緒に仕事をするんですが、なんとなく方向性が違ってきたような気がして。そこからはつかさんとは離れて役者の仕事をするようになりました。
つかさんから教えてもらったのは、「よけいなことはするな」ということです。言い換えると、芝居をするなということ。変に背伸びして言葉に色をつけるのではなく、今、自分が持っているものでセリフを言え。自分が持っている言葉で、自分ができる範囲の役を演じろと。そのことではよく怒られましたね。あと、「時間が解決してくれる」というのもよく言われました。今はできなくとも、時間が解決してくれる。時間が経って、自分の中にたくさんの引き出しができたら、いろんな役をこなせるようになるんだと。
30過ぎに人を怒る役が来たんです。そのときのセリフは「殺すぞ、こら」。でも「殺すぞ、こら」って、人に対してどうしても言えなかった。だから何度もNGを出してしまって。でも最近になって、本気で「殺すぞ、こら」と思う経験を何度かしたので、今ではすんなり言えるようになりました。本当に時間が解決してくれるんだなあ、って思いましたよ(笑)。
自分から壁を作らない。そのほうがいい作品になる
2017年の1月からは『スター☆ピープルズ!!』という舞台をやります。いろんな能力を持った個性的な宇宙人7人が資源を求めて地球に向かう話です。目的は一緒でも、いろんな思いや考えがあって話がなかなかまとまらない、というはちゃめちゃコメディです。この舞台は架空の話だけど、実社会でもいろんな人と接していかなきゃならないのは同じだと思うんですよ。
僕もこれまでいろんな現場で仕事をしてきました。みんな仲良しで楽しい現場もたくさんあったけど、そうじゃない現場もやっぱりあった。もちろん、仲がいい人や気が合う人と一緒にできる仕事は、楽しいし、すごく盛り上がるし、思っていた以上にいい作品に仕上がります。お客さんもそのほうが入ってました。だから、現場の雰囲気ってすごく大事だと思うけど、いつもそんないい環境ばかりとは限らないわけです。それでも、なんとかやっていくしかない。つかず離れずとか、嫌な人とは絶対つかないとか(笑)、自分なりにうまくやっていける距離感を見つけるしかないんじゃないかなあ。仕事ってずっと続くものじゃないですしね。どんな仕事でも終わりはあるし、いつも同じメンバーとやるわけではない。だから、つらい環境であっても、いつかは終わると思ってやったらいいんじゃないかな。
あと、自分から壁を作らないっていうのも、うまくやる方法の1つかなと思います。若い役者さんと一緒に芝居をしていてもったいないなと思うのは、周りと話さないこと。ずっと楽屋でスマホやってるでしょ。前に一緒に芝居した子が、終わりごろになって「酒井さんと芝居できて嬉しかったんです」と言ってきてくれたんですが、だったらもっと早く話しかけてくれればいいのになあと。そしたら教えてあげられることもたくさんあったのに。僕からはなるべく自分から壁を作らないようにしているんですけど、やっぱり話しかけづらいのかなあ。でも、もったいないから、いいなと思う人には話しかけたほうがいいですよ。そのほうがいい結果につながることが多いと思います。
30代のころ、ちょうどつかさんと方向性が違ってきたなと感じ出したころかな。「何で役者をやってるんだろう」と、思うようになったんです。答えが見つからないまま、役者の仕事を続けていて。そしたらマネージャーから「やることがないからだよ」っていわれたんです。それを聞いて、やっと気づきました。「好きだからだ」と。役者が好きだから、この仕事を続けていたんですね。それに気づいてからは、いやなことがあっても、好きだからしょうがないと思えるようになったし、もう一度原点に戻って好きなことをやってみようと、気の合う仲間で劇団を作ったりするようにもなりました。
僕は好きな仕事をやっていますけど、つらいことのほうが多いと思うんですよ。やりたいことしかやらないで食べていくっていうのは、本当に難しい。でも、そういうのも好きだからっていう前提があれば、乗り越えていけると思うんです。そうしているうちに、やってよかったなあっていう仕事に巡り合ったりする。仕事って、その繰り返しなんじゃないかなあ。


池田純矢が作・演出を手掛ける「エン*ゲキ」シリーズ第2弾。舞台「スター☆ピープルズ!!」が上演される。重大な危機に直面している惑星から、「地球」に7人の男たちを送り込むことに…。重大な任務を課せられた7人には、それぞれアビリティと呼ばれる<特殊能力>が備わっているが、 それはどれも役に立たないものばかりで…。はじけた演出が楽しみのハイテンション・コメディ。
日程:2017年1月5日〜11日 会場:東京・新宿東口・紀伊國屋ホール
[作・演出]池田純矢 [出演]鈴木勝吾 / 透水さらさ / 赤澤燈 / 井澤勇貴 / 吉田仁美 / オラキオ / 池田純矢 / 酒井敏也
問い合わせ:サンライズプロモーション東京:0570-00-3337
http://www.enxgeki.com/
- EDIT/WRITING
- 高嶋ちほ子
- DESIGN
- マグスター
- PHOTO
- 栗原克己


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