プロ論。

なぜ、あの人はいい仕事ができるのか。 第一線で活躍する人物の「こだわりの仕事術」を紹介します。 自分を見くびらないで。心地良いと思う世界に、思い切って飛びこめばいい 村山由佳さん(作家)
むらやま・ゆか●作家。1964年、東京都生まれ。立教大学文学部卒。不動産会社勤務などを経て、1993年、『天使の卵 エンジェルズ・エッグ』で作家デビュー。同作は小説すばる新人賞を受賞。2003年、『星々の舟』で直木賞受賞、2009年『ダブル・ファンタジー』で柴田錬三郎賞、島清恋愛文学賞、中央公論文芸賞をトリプル受賞。
2012年1月18日

ピュアで切ない恋愛小説で知られる村山氏。
28歳のときに書いた
『天使の卵 エンジェルズ・エッグ』は、
今なお読み継がれる名作だ。
しかし、その作品が生み出されるまでには
紆余曲折があったという。

2年間没頭したから「切ない恋愛小説」を形にできた

小説すばる新人賞をいただいた『天使の卵』が、私のデビュー作ということになっています。でも、この作品にたどり着くまで、ずいぶん試行錯誤がありました。それ以前にジャンプ小説・ノンフィクション賞の佳作をいただいた縁で、文芸誌に載せるものを書かせてもらったのですが、なかなか編集者のOKが出なくて。

そしたら「読者のことはいったん忘れて、村山さんが一番書きたい世界を書いてみてくれませんか」と編集者がいうんです。それで書いた作品を見せると、今度は「これは、うちの読者層には重すぎるから掲載できないけど、どこか別の文学賞に応募したほうがいい」と。それで書き直して生まれたのが『天使の卵』です。

それまでは、編集者の意見を聞きつつ、ジャンプノベルの読者に向けて小説を書いていたわけです。あ、ミステリの大賞に応募したこともありました。1000万円という賞金額に目がくらんで(笑)。でもあの頃、本当に私が書きたかったのは、読んだ人の気持ちをガクガク揺さぶるような、切ない恋愛小説でした。

なぜかって、自分がそういう小説を読みたかったからだと思います。今でこそ純愛小説を読みたいと思う人はとても多くなりましたが、当時は、“切なくて泣ける”小説に市民権がありませんでした。誰も書いてくれないなら、自分が書くしかないですよね。

実際のところ、編集者に「一番書きたいものを書いてみてください」と言われてから『天使の卵』を書くまで、2年かかっています。歌手に例えるなら、自分の歌声が一番伸びて、思いが込められる音域を探していた時期でしょうか。焦れったいですよ。探している間は、そんな理想の音域が本当にあるのかどうか、わかりませんから。もう少しで見つかるかもしれないし、もしかしたら永遠に見つからないかもしれないでしょう?

でも幸運にも、自分が自由に気持ちよく歌える音域が見つかって、新人賞までいただくことができました。あの頃は、とにかくたくさん書いて、たくさん読んで。いつだって小説のことを考えていたような気がします。台所に立って料理をしていても、小説のことだけ。あのぐらい濃い集中力があったから、本当に自分が書きたいものを見つけられたのかもしれない。今は、そう思っています。

仕事を転々としても「いつかは作家になる」と信じていた

6歳の時には「お話をつくる人になりたい」と思っていました。本もよく読んでいて、本棚に並ぶタイトルを見たら、作者の名前を全部言えるような子だったんです。今思えば、シンプルな動機です。ケーキが好きだからケーキ屋さんになりたいと思う子がいるのと同じように、私は本が好きだから、お話をつくる人になりたかった。それだけなんです。

初めて創作したのは、小学校2年生のときです。国語の教科書に載っていた、児童文学のお話の続きを勝手に書いたんです。それを先生に見せたら、全校生徒が聞くお昼の校内放送で読んでくれて、恥ずかしいやら、晴れがましいやら。それで、目覚めちゃったんですね。勉強でも駆けっこでも一番になれない自分が、認めてもらえるのはここなのかしら、と。

それから高校を卒業するぐらいまでは、大学ノートにひたすら小説を書きためる生活です。授業中も、帰宅してからもずっとです。友達が「もっと続きを」と言ってくれるのも、小説を書く原動力になりました。

ただ、作家という仕事につくために何か努力をしたかというと、何もしていないんです。大学を出てからは、十数個の仕事を転々としました。それこそアルバイトが載っている求人誌を買ってきては、興味のある仕事を探し、それに飽きたら、次の勤め先を決める前に辞めてしまう。不動産会社に生花店、モデル、塾講師…、ふとんを圧縮する袋の通販のCMにも出たことあります。「うちの押し入れ、せまいから助かっちゃうわ!」とか言って。

脳天気でしたね。バブルの雰囲気が少し残っていた頃ですし、とにかく日々楽しければよかった。それでも不思議と、私はいつか作家になるものだと信じて疑いませんでした。あまりに小さいときから「お話をつくる人になる」と思い続けていたので、地道に努力しなくちゃなんて考えが、頭から飛んでいた(笑)。物書きになった人って、結構同じこと言うんですよ。最新作『放蕩記』の主人公のセリフに「書くことは私の本能だ」というものがありますけど、あれはそのまま、私の実感なんです。


デビュー10年目で直木賞を受賞。
やがて「切ない恋愛小説」という作風を脱し、
大胆な性愛を描いて新境地を開拓していく。
最新作『放蕩記』も、母と娘の愛憎を
テーマとした、初の半自伝的小説となった。

一度すべてを手放さないと大きなものは手に入らない

作風を変えるということは、それまで作家として培ってきた技術やファンを手放すということです。でも私には、不安なんて全くない。

昔、仕事を転々としていた頃から、そうなんです。次の職場を決める前に、仕事を辞めてしまう。そもそも飽き性ですし、ひとつのことを突き詰めるということができなくて。たとえ大切なものを握りしめていたとしても、次の瞬間、いつでも両手をカラにできる。そのほうが、大きなものをつかめる感覚があるんですよね。小説を書くときも同じです。「このネタは次の作品にとっておこう」なんて思っていると、ろくなものは書けません。そのとき持っているものは全部、目の前の作品に出し切らなくてはダメなんです。

出し切った後の自分は、空っぽです。でも、空っぽになった危機感で、新しいことをすごい勢いで吸収できるんです。まるで自分がブラックホールになったみたいに、前よりたくさんのことを自分の中に入れられる。なぜだか、わかりませんけどね。でも、これまで48年間生きてきた私にとっては、それが真実なんです。

最新作の『放蕩記』は、「半自伝的小説」です。小説家を主人公にしたのは初めて。何より、母との関係を面と向かって描いたのが、初めてのことです。母との関係は、私の根っこにある部分です。一度、この問題を書かなければ、私は人間としても物書きとしても自立できないのではないかという気がしていました。それによって、今まで私の恋愛小説を支持してくれた読者が離れることがあっても、です。

良くも悪くも、厳しい母に育てられたおかげで今の私があります。つまり、母との関係は、今後小説を書く上での鉱脈でもある、ということです。これまで直接的に書かなかったぐらいですから、正直「思い出したくもないこと」とも言えます。

痛い記憶ばかりを芋づる式に掘り出していくんですから、私個人としては、執筆は苦しい作業でしたよ。でも、物書きとしては「よくぞ出てきてくれました!」という気持ちも湧いてきて、正直、エキサイティングでもありました。結局のところ私は、作品を良くするためなら、どんな鬼にでもなれるんです。ああしんどい、つらい、こんなことまで書いてしまって母に申し訳ない、と思うほどに、『放蕩記』という作品はいっそう深くなっていきました。

たった1つの成功体験を手にできるかどうかが人生を分ける

デビューしてから今までを振り返ってみると、小説がどんどん自分に近くなっている気がするんです。昔書いた作品だって、私の中の経験や感情を具体化したものなんですが、それでも物語が私の外側にあったように思います。

でも最近は、『放蕩記』もそうですが、「身体で書く」小説になってきています。自分の臓物をさらけ出すような書き方をすることが、怖くなくなりました。もともと、私が憧れてきた作家というのは、無頼で放埒。今、文壇には昔よりお行儀の良い人が多くなっていますけど、私はどれだけ後ろ指を指されても、無頼派でいたいんです。私の本質がそうなんだからそうするしかない、という諦めの気持ちもあるんですけど。でも、それって、だんだん我慢が効かなくなってきたとも言えます。私は買い物でも恋愛でも、本当に我慢ができない肉食系の戦闘機みたいな女ですから(笑)

だからどうしても、なんでも辛抱してしまう草食系の方を見ていると歯がゆいんですよね。自分勝手な衝動を抑えようとするだけならともかく、失敗を怖がって守りに回っている人が多いと思うんです。今、手にしているものを失ったら、そんなにも自分が揺らいでしまうのかと。それは自分自身を見くびり過ぎなんじゃないでしょうか。

人間って、ほんとはとても強かです。心配いりません。自分が心地いいと思うところに飛び込めば、新しい道がきっと開けるはず。そんなに甘くないよと言われるかもしれませんが、案外そういうものなんです。

やっぱり、2つのものを同時に手に入れることはできませんよ。例えば、つまらない仕事が本当に嫌なら、勝負をかけるしかない。勝負をかけるのが怖いなら、つまらなさを享受しないとならない。でもきっと、本気で勝負をかけたら、そんなにひどいことにはなりません。どうせダメだなんて、それこそ自分を見くびり過ぎです。転んだって命取られるわけじゃない、何とかなるんです、きっと。

一番大切なのは、勝ちをイメージすることだと、私は思います。例えばサッカーの世界でもそうですが、ひとりでも優勝経験のある選手が加わるだけでチームがすごく強くなるじゃないですか。あれは、勝ちを具体的にイメージできるからです。仕事をしていても、過去の成功体験が多いほど、次の勝負をかけることが怖くなくなる。問題は、初めのたった1つの成功体験をどう作るか、ですね。そればっかりは、思い切って勝負をかけなくちゃ、手に入らない。でも、そのたった1つが、人生を分けるんですよ。

information
『放蕩記』
村山由佳著

小説家である夏帆と母・美紀子の、愛憎に満ちた半生を描く。厳しく支配的だった美紀子のもと抑圧された幼少記を過ごした夏帆は、やがて母の呪縛から逃れるようにして奔放な性を生きるようになるが……。作者初の自伝的小説であり、「母が認知症になり、この小説を読めなくなったからこそ書けた」と語る衝撃作。かつてはさわやかな恋愛小説の旗手として知られた作者だが、2009年に発表され大胆な性描写で話題となった『ダブル・ファンタジー』に続いて、新境地を切り拓いた。
集英社刊

EDIT
高嶋ちほ子
WRITING
東雄介
DESIGN
マグスター
PHOTO
栗原克己

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