




大学卒業後、
NTTで法人系のシステム営業を担当した。
幼い頃から親しんでいたはずの
「書」の価値に目覚めたのは25歳のとき。
書道家、武田双雲の誕生だった。

会社員生活を最高に楽しめる自信があった
親父もいとこも、みんな自営業。だから会社員といったら、テレビドラマの中の人みたいな、遠いイメージだったんです。その会社員になったのは、うん、なんとなく。将来のこともよくわからないし、大学も出たんだから、就職しないといけないんだろうと思って(笑)。ゆるいんです、僕は。
それにまだ、20代でしたからね。分からないことや不安なことがあるのが自然だと思っていました。不安を持っちゃだめ、決めなきゃいけないというプレッシャーは、僕はいや。実は今も、そうなんですけど。明日のことも決められないので、スケジュールはいつも妻が握っている。
NTTでは営業の仕事をしていました。好きとか嫌いとか、向いているとか向いていないとか、そんなこと何も考えなかったな。確かに僕は、やりたいことが見つかっていない。でも、ちょっとずつ良い方向に進んでいる。10年後、20年後にはやりたいことも見つかるはず。そんな、漠然とした感じ。良い方向に進んでいると信じていたから、転職するなんて選択肢も、頭にありませんでした。
ただまあ、あるとき途方に暮れたことは覚えています。「長えな、このマラソン。この先40年も、満員電車が続くのか」と。
でも、楽しくないことを見つけたら、具体的に1つずつ楽しくなるように変えていくのが、僕のやり方なんです。普段はぼーっとしていても、楽しいことを思いついたら試したくなる。学校の授業がつまらなければ、隣のやつに手紙を回していたずらしてみたり。満員電車だって我慢しませんでした。通勤は毎日グリーン車です。往復1000円の出費は痛いけど、十分もとはとれる。満員電車のイライラから解放されて、機嫌よく仕事ができましたから。
そうやって僕は、何十万人といるNTTグループの社員のなかで、一番NTTを楽しんでやるつもりでした。だからきっと、書道家にならなくても最高に楽しい人生を送ることができたと思う。それは自信があるんです。
人間には突然火が燃えさかるときがある
実際、もう少しで手応えが得られるところでした。僕には、NTTという会社のすばらしさを全国に広めるというビジョンがありました。これほどのインフラを整備していて、全国に電話を安定供給できるっていうNTTは、こんなにかっこいいんだって、全国に知らしめたかった。そんなビジョンを実現させようと頑張って、なんとか自分に火をつけようとしていたんです。
別に、NTTでなくてもよかったんだと思います。どんな場所でも、自分を生かすことができるはず。そういうビジョンをもって働ける場所なら、どこでもね。だって、僕たちが当たり前に過ごしている日常が、すでにすごいんですから。洋服を普通に選べる、食料がなくならない、水道が使える、電車が時間どおりに来る。これ全部、前の世代の人間の、汗と涙の結晶なわけですよね。そう考えたら、世の中につまらない場所なんてない。そんなすごい世界に生きていることのありがたさがわかったら、前の世代に恩返しをしたくなる。次の世代にもっといいものを残したくなる。どんな場所にいたって、エネルギーがどんどん湧いてくるじゃないですか。
ところが突然、書道のほうに火がついちゃった(笑)。僕の母が書道家なんです。だから3歳から習っていましたが、それまでは自分が書道家になろうだなんて、全く考えていなかった。
それが、あるとき実家に帰って母の字を見た瞬間に、「書道かっこいい!」って。その感動の力で、僕の運命は変わったんです。もう、その日から眠れません。テレビの題字とか看板とか、世の中の字を全部筆文字にしたら超楽しいとか、名刺も全部筆文字したらその人らしさが出せるとか、アイデアがどんどん湧いてとまらないんです。変な話ですよ。ほんの一日前まで、書道が自分にとって特別な意味のあるものだなんて思いもしなかった。それが、いきなりです。
人間には、突然火がついてしまうことがあります。手が器用だとか、友達がたくさんいるとか、そういう何の意味もないように思えたことが、ある日いきなり、宝物のように輝き出す。僕の場合は、それが書道だったんでしょう。
なんで火がついたのか、今思えばたぶん、NTTを最高に楽しもうとしたこと、それがよかったんじゃないかなあ。小さいころから、勉強も部活もぜんぶ中途半端だった。その僕が社会人になって初めて踏ん張ったんです。これからの長いマラソンを、誰より楽しく走ってやる!そのエネルギーが、僕に火をつけてくれた。武田双雲を生み出した。そんなふうに思っています。
いつまでも求め続ける「餓鬼」になるな
今、年間100本以上のインタビューを受けていますが、サラリーマンだった頃は僕のほうがインタビューする側でした。相手は、職場の人間や営業先の社長さん。仕事に役立てようとか、そんなんじゃありません。まわりにサラリーマンがいない環境で育ったので、彼らに興味があったんです。これまでどういう人生を送ってきたのか、今の仕事をどう思っているのか、根掘り葉掘り、聞きました。
すると、みながうらやむような環境で働いているのに、すごく不満を持っている人がいる。文句を言う人はみんな一緒なんです。仕事がつまらない、給料が低い、上司が嫌だ。でも中には、給料の少ない中小企業であっても、「最高の会社だよ」と目をきらきらさせる人もいた。工場で泥だらけになりながら、夢をもって働いている人がいた。それでわかったんです。自分のとらえ方次第で、感情はいくらでも変えることができるんだって。
何か楽しいことをするから楽しくなるんだと思ってしまう人、多いけど、でも、それは大きな勘違いなんです。楽しさは自分の中にある。だから、最初から楽しい気持ちで仕事をする。お茶を飲むにも、美味しいお茶かどうかなんて関係ない。美味しそうに飲めば、美味しいんです。先なんです、気持ちが。仏教にも論語にも、同じことを教える言葉が残っています。「先出しじゃんけん」って僕は言ってるんですけど(笑)。
それがわかっていないと、人間は"餓鬼"になる。もっと他に楽しいことがあるだろう、飽きたからまた次だといって、いつまでも求めてしまう。出世しても、年収が上がっても、ずっと機嫌が悪いままです。
先出しじゃんけんの人は最強ですよね。いつ何をやっても楽しいんですから。僕、毎年元旦に六本木ヒルズの屋上で書き初めをしているんです。風がふいて気温はマイナス、僕もスタッフもがたがた震えている。でも書いているときは気合いが入って寒さを感じない。だったら、その状態を自力で作り出してやると思って、試したことがあります。つまり、寒いイコール嫌なもの、というつながりを断ち切ってみる。寒いイコール楽しい。だから、もっと寒くなれ、寒くなれって心のなかで念じました。そしたら、超寒いし、超楽しい! 火の上を歩く修行をするお坊さんがいますけど、きっと同じことをしているんでしょうね。気の持ち方を変えれば、風も寒くないし火に触れてもヤケドしない。これってすごくないですか?



4年ぶりとなる作品集「絆」を発表した。
そのなかに「誰もが輝けるんだ。
輝ける場所と出会うだけで」という言葉がある。
どうしたら、輝ける場所に出会えるのだろうか。

思い描いたビジョンの通りに人は生きていく
心の底から楽しめるような仕事を手に入れたいなら、やっぱり、まず先に楽しむことです。いつもわくわくした気持ちでいること。すると、ベストな仕事やベストな出会いが向こうからやってくる。僕はずっとそうでした。これまで仕事を選んだことも、こういう人と会いたいと望んだこともないんです。
人は、思い描いた通りの人生しか生きられません。人間の差はビジョンの差です。もって生まれた才能や環境、経験、どこの国に生まれたか、そんなものは小さすぎて誤差にもならない。でも、ビジョンの差は無限です。武道館を満員にするのが夢の音楽家は、実現したらそこで終わり。でも、歴史を変えてやるとまで強く願った音楽家は、武道館を満員にしたぐらいじゃ満足しないはず。何を目指して生きているか、それだけが生き方を決めるんです。
ビジョンを実現させるまでの間に、疲れてしまうこともあるかもしれません。そんなときには、「気持ちが先だ」って思い出すといい。そうすればいつだって楽しくいられる。ビジョンをあきらめないですむ。僕のビジョンは、人類みなに感動を与えることです。昔は「50歳までに最低1億人に感動を与える」ってホームページに掲げていたんですが、1億なんて謙虚すぎた(笑)。
人類に、感動を与えたい。そのビジョンを掲げながら、僕は、人類のなかで一番感動できる人生を送るつもりでいます。だから、毎日起こることがありがたくてしょうがない。「なんて素晴らしい世の中だろう」って本気で思います。僕は、何を見ても感動できる「感動めがね」をかけているんですよ。だって、そのへんにあるガードレールを見ても感動できるんですから。「すげえな、事故で命を落とさないようにって言ってる」(笑)。コンビニなんて行ったら、もっとたいへんです、自動ドアが、速すぎず遅すぎず、かつストレスのない距離のところで開く。お店に入れば、靴についた土をなにげなく落としてくれるマットがおいてある。「おい誰だこれつくった奴!」みたいな。もう、めくるめく感動。
気持ちが先だと気づいたら、幸せも楽しさも、誰だって今すぐ、手に入れられるんです。幸せになりたかったら、幸せだなと思いながら生きていればいい。性格も実力も経験も関係なし。しかもタダ。幸せになるって、実は簡単なことなんですよ。


武田双雲著
「武田氏の4年ぶりの作品集。「絆」という字は、「糸」と「半」で成り立っている。人は欠けているからこそ、人と出会い、支え合って物語が生まれていく。自分の弱さから目を背けているうちは、自分の可能性は閉じられたまま。弱さと向き合うことで、力強い生を手にすることができる――。そんな思いを込めた書とメッセージ45点を収録。心が疲れた時に手にとってみると、生きる力が湧いてくる、そんな本だ。世界中の読者に届けるために、英語訳と中国語訳も掲載されている。
ダイヤモンド社刊。
- EDIT
- 高嶋ちほ子
- WRITING
- 東雄介
- DESIGN
- マグスター
- PHOTO
- 栗原克己


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