




人前に出るのが好きな子どもだった。
そんな八嶋少年が、
数ある表現手段の中から選んだのは、役者。
彼は夢をかなえるために上京する。

みんな浮かれてたんです。だってバブルだもん
昔から目立ちたがり屋だったんです。役者を意識し出したのは中学3年生くらいからでしょうか。ちょうど小劇場ブームだったので、その影響もあったかと思います。中学や高校の学園祭では、自分で演出し芝居をやったりしていました。
僕は奈良で育ちましたから、役者になるためには、やっぱり東京に行かないとならないわけですよ。でも、「役者になりたいから、上京します」なんて言っても、親は理解できないでしょ。それでとりあえず、大学に進学しようと。
実は高校3年生になる春休みに一度上京しているんです。東京って、どんなところなのか見ておこうと思いまして。そのときに日芸(日本大学芸術学部)の方々とお会いする機会があって、進路相談をしたんですね。そしたら、「キミ、頭がいいなら東大か早稲田に進みなさい」とアドバイスされたんです。
当時、東大には野田秀樹さんの「夢の遊眠社」、早稲田には鴻上尚史さんの「第三舞台」があって、どちらの大学も演劇のメッカだったんですよ。
で、「僕、頭良くないです」といったら、「じゃあ、普通の学部でいいんじゃないの」と(笑)。それで、日大の文理学部哲学科にいきました。
大学生になって早々に、早稲田の演劇サークルに入るんですが、その人たちがどうにもやる気なくて(笑)。それで、自分たちで劇団を立ち上げようという話になった。ちょうど、中学、高校の同級生で同じように演劇好きな男がいたんですね。彼が早稲田の第一文学部だったので、一緒に劇団「カムカムミニキーナ」を旗揚げすることになりました。
劇団では看板役者でした、といいたいところですが、そうでもないですね。いちばん目立ちたがり度が高かったことだけは間違いないですが(笑)。劇団も超人気劇団というわけでもない。それでも、役者を辞めて就職しようなんて、全く思いませんでしたねえ。
だって、世の中バブルでしたから。僕に限らず、みんな浮かれていたんです。就職情報誌でも、「社員になるより、フリーターの方がもうかるぜ!」なんて特集を組んじゃうくらいで(笑)。売り手市場で就職しようと思えば、口はいくらでもあったんです。だからフリーターしながら役者を続けることに、不安なんて感じませんでした。たくさんアルバイトをして、苦労人を装ったりもしましたが、楽だし時給はいいしで、苦労なんて全然なかったんです(笑)。
僕を使うと、もっと面白くなりますよ
はっきり言って、僕は演技が飛び抜けてうまかったかというと、そんなことなかったと思います。ビジュアルがいいわけでもない。僕みたいな人、いっぱいいたと思いますよ。それなのにここまでこれたのは、もうラッキーとしか言いようがない。
僕は、出会い運がいいんです。ずっと誰かがチャンスを与えてくれた。でも、何もせずボーっと出会いを待っていたのかというと、そうではなくて、いろんなところに顔を出すようにはしていましたね。例えば、ほかの劇団を観に行ったりするでしょ。公演後、劇団員の人と一緒に飲みにいって「すごく面白い公演でした。でも、あの人はよくなかった。僕を使うともっと面白くなりますよ」なんて、いやらしい売り込みをするんです(笑)。
そうすると、プロデュース公演(プロデューサーが企画し、演出家、役者などを劇団員以外からも集めて上演する方式)なんかに呼んでもらえたりする。そういう公演には結構、野心家が集まりますからね。お互いに切磋琢磨するんです。そうして少し力がつくと、もっと活躍している人が見に来てくれたりする。この繰り返しで、大きなチャンスがきたりするんです。
ある日、三谷幸喜さんが僕の出ている舞台を見に来てくれたことがありました。楽屋にくるなり、「キミは石原さんの若いころに似ている」とだけ言って去っていった。
チャンスというよりは「変わった人だなあ」と(笑)。そのときはなんだかよくわかりませんでしたが、後日、ドラマ「古畑任三郎」にキャスティングされたんです。プロデュースはフジテレビの石原隆さんでした。毎回観ていた大好きなドラマだったので、本当に嬉しかったのを覚えています。



最初は知り合いもいない撮影現場に
行くのが嫌だったという。
慣れない仕事場で、
どうやってモチベーションを
高めていったのか。

思い切ってやってみると、必ずそこに何かがある
憧れのドラマの撮影現場ですが、最初は行くのが嫌でした。ほかの役者さんやスタッフの方々と、どうやって話したらいいのかわからなかったんです。楽しかったのは、撮影するときだけ(笑)。そのときは気を使わなくていいから、ほんと嬉しくて、はじけましたね。それで撮影が終わると、やっぱりどうしていいかわからなくて、あいさつだけして早々に帰る(笑)。
でも、ドラマの世界って狭いから、別の撮影現場に行くと前に会った人がいることもあるんです。もう、嬉しくて嬉しくて。昔からの知り合いのように「おー、久しぶり」って、大きな声で話しかけるんです。向こうはビックリしますけど。あれ、親しかったっけ? みたいな感じで(笑)。
だけど、知っている人が多い方が現場は楽しいですよね。リラックスできるから演技もよくなる。くつろぎつつも緊張感がある状態というのが、芝居をする上ではいいんです。緊張ばかりだと、萎縮してしまって存分に力を発揮できないから。
それで、調子に乗ってどんどん現場で知り合いを増やしていったら、その人たちが、次々と仕事をくれるようになったんです。僕が駆け出しのときにアシスタントだった人がディレクターになって、一緒に仕事をしようと声を掛けてくれたりね。そういうのって、本当に嬉しいんですよ。お互いにもっと頑張ろう、いい仕事をしていこうって、思いますもん。そんなふうに高め合える仲間が増えて、大きな連鎖となっていく。いい仕事って、そうやって生まれていくんじゃないかと思うんですよ。
今回、僕は『秋深き』という映画で初めての主演をさせてもらいます。重要な役どころで佐藤浩市さんも出演されているのですが、ハードな撮影スケジュールの中、若いスタッフにカチンコの使い方を教えたりするんですよ。「今はデジタル撮影が主流だけど、知っておかないと他の現場で怒られるぞ」ってね。そういう姿を見ていると素敵だなあと思います。役者の仕事以外のことですから、本当はしなくていいわけです。でも、一緒に映画をつくっていく仲間だし、よくなってほしいって思われたんでしょうね。もちろん、それだけ日本映画に愛情を注いでるってことですが。
そんなふうに佐藤さんは一つひとつの仕事をちゃんとやってこられたわけです。そういう人の演技は本当にすごい。重みがあるんです。僕自身も非常に勉強になりましたね。
現場って、学ぶことが多いんですよ。僕は、ちょっと無理かなと思う仕事も、思い切ってやってみることにしているんです。必ずそこに何かが待っているから。不安だからとか、どうしていいのかわからないからって、行動しないのはもったいないですよ。どんなことでも「何かした」ってことは、一歩、前に進んだっていうことですからね。



八嶋智人初主演作品
仏具屋を営む両親と同居するマザコン中学校教師が、大阪・北新地のクラブで働く胸の大きなホステス一代に一目ぼれ。2人は結婚し幸せに暮らし始めるが、ある日、一代の乳房が痛くなり…。純情な夫婦愛を描いたハートフル映画。八嶋さんは不器用ながら一途な愛を貫く中学校教師を好演。大阪を代表する個性派俳優からも浪速の人情が伝わってくる心に響く映画だ。泣きたい夜にぜひ。原作/織田作之助『秋深き』『競馬』 監督/池田敏春 出演/八嶋智人、佐藤江梨子、赤井英和、渋谷天外、山田スミ子、佐藤浩市ほか 配給/ビターズ・エンド 2008年11月8日よりシネマスクエアとうきゅう、梅田ピカデリー ほか全国順次公開。
©2008「秋深き」製作委員会
- EDIT/WRITING
- 高嶋千帆子
- DESIGN
- マグスター
- PHOTO
- 栗原克己


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