41歳のとき、
『イギリスはおいしい』で作家デビュー。
イギリスの食文化について書かれたこの本は、
発売後すぐベストセラーとなった。
彗星のごとく出版界に現れた林氏だが、
世に出るまでには、大変な苦労があったという。
寝る間を惜しんで勉強した20代
小さいころから、詩人か小説家になりたいと思っていました。しかし、そう簡単になれるものではない。それで国文学者を目指しました。文学が好きでしたし、私の家は学者一族でしたので、学者になることには抵抗がなかったのです。
ただし、うちには親子で同じ分野の研究をしてはいけないという家訓がありまして(笑)。親戚一同、見事に違う研究をしている。そうなると、親の七光りは全く通用しないわけです。まあ、実力がないのに脚光を浴びても長続きはしませんからね。長い目で見ればそのほうがいいわけですが、自分の力で道を切り開いていくというのは、相当に厳しいものがありました。
家族もいましたから、生活するためには研究とは別に働かなくてはなりません。私の場合は、週4日、非常勤講師として高校で国語を教えていました。授業の準備もありますから、それだけでも結構な時間を取られます。3、4時間の睡眠で研究を続けました。
苦しかったですね。6年かかって論文を書いても注目されない。希望する大学からも声が掛からない。やってもやっても報われず、先が見えないという状態は非常に辛かった。
学者は、努力すれば大抵なれる職業なんです。でも、悔しいことに努力した人全員がなれるわけじゃない。努力は必要条件だけど十分条件ではないということです。ただ、努力は決して無駄にはならない。予定した形ではないかもしれないけど、何らかの形で報われる。これが人生の非常に面白いところなんですよ。
与えられた仕事に不満を持つ人は成功しない
30歳になった私のもとに、ある話が舞い込んできます。東横学園短期大学の先生にならないかという誘いでした。当時、私は母校である慶應義塾大学の研究員になりたかった。そのために必死で努力してきたといっても過言ではない。それが、こう言っては申し訳ないけど、ほとんど知名度のない短大です。果たして自分が教えるべき場所なのかと考えても不思議はなかったと思う。でも、僕はそうは考えなかった。せっかく東横短大が「専任講師になれ」というチャンスをくれたのだから、そこで頑張ろうと決意したのです。
ここで東横短大に行っていなかったら、私は作家として世に出ていなかったに違いないと思います。この選択は、後に大きなチャンスを運んできてくれました。
チャンスというものは、自分の思いとは違ったかたちで訪れるもの。だから、意にそぐわない仕事でも、まずは満足することが大事なのです。つまらない仕事だと思わずに、「ああ、この仕事をもらえて光栄だ。大いに奮闘努力しよう」と力を注ぐと、次のチャンスが来る。与えられた仕事に不満を持って憂さ晴らしばかりしている人は、まず成功しません。
林氏を待っていた次のチャンスとは、
イギリスへの留学だった。
渡英を機に、
思いがけず作家への道が開けることとなる。
大英図書館に行き、文献カードの間違いを指摘した
東横短大には久保田芳太郎先生という素晴らしい学科長がおられましてね。この先生は、必死で努力を続ける私にイギリス留学を勧めてくれたのです。
しかし、私は国文学者ですから、イギリス留学が役に立つとはなかなか思い難い。しかも、この留学には究極の選択のようなところがありました。奨学金をもらう代わりに、5年間は他大学には移らないという契約を交わさなくてはならなかったのです。
いろんな可能性を捨ててもいくべきか。しばらく考えていたところに、前から希望していた慶應義塾大学の研究職がほかの人に決まったという知らせが届きました。悔しかった。でも、イギリス留学の話こそが、チャンスなのではないかと思い直したのです。新しい可能性を広げるためにはちょうどいいと。
努力をすると誰かが見ていてくれる
是が非でも自分の力を認めさせてやる。そう思ってイギリスに旅立ちました。でも、東横短大で教えていると言っても、キャリアとして認めてもらえなかった。そこで私は、大英図書館に通って、和書に関する文献カードの間違いを図書館員に指摘し続けました。毎日です。もちろん、そんなこと頼まれていませんよ。イギリス人はプライドが高い民族ですから、最初は愉快ではなかったと思う。でも指摘は正しいわけだから、続けるうちに耳を傾けてくれるようになった。
そこで今度はケンブリッジ大学の図書館でも同じように自分の方法論を示していきました。しばらく続けるうちに、「こいつはただものじゃないぞ」と思ってくれたのでしょう。大学が所蔵する和書の文献目録を作ってみないかと、正式に依頼がきたのです。
当初は2年くらいで完成する予定でした。しかし、実際に取り掛かってみると、ケンブリッジ大学にある1万冊の蔵書を調べるわけですから、想像を絶する大変な作業でした。帰国後、東横学園短期大学に戻ってからも作業は続き、結局、完成までに6年を要したのです。でも努力すると誰かが見ていてくれるものですね。国際交流基金が国際奨励賞を授与してくれました。
『イギリスはおいしい』を書いたのも、ちょうどこのころです。「林君は書誌学なんていう面白からぬ学問をやっているのに、論文が面白い」と言ってくれた人がいて、その人の紹介でイギリスの食に関する本を出版することになりました。この本は初版4000部だったのですが、発売後すぐに完売。瞬く間にベストセラーとなった。奇しくも同時期に、作家と学者、2つの道が開けたのです。
それから9年間は、二足のわらじを履いていました。1冊売れただけでは、作家として食べていけるかどうかはわからない。それに本当に書きたいのは随筆ではなく詩や小説でしたしね。9年かけて様子を見て、小説や詩や古典関係の依頼が増えてきたところで、作家活動に専念します。
才能は自分で決めるものではない。他人が見て判断すべきものだと、私は思っています。向いている仕事もそうです。自分でわかる人はそうそういるものではない。だからこそ、他人が向いているというなら、自分では思わなくてもやってみることが大切なのです。自分をよく知っている人の言うことに耳を傾ける。そういう「天の声」を聞き逃さないことが大事なのですよ。
美しい文章を書くためにはどうすればいいのか。100冊以上の著作を発表しているリンボウ先生による文章作成講座である。「読まれる文章の秘密とは」「文章を仕上げる前の必須作業」「句読点のつけ方」「改行の正しい仕方」など、内容は実践的。職業作家でなくとも、さまざまな場所で文章を発表する機会の多い昨今。正しい日本語を使えるということは、信頼を得られるという意味でもビジネスパーソンにとって大きな強みとなる。この本を読んで、自分の文章を見直してみてはいかがだろうか。(朝日出版社刊)
- EDIT/WRITING
- 高嶋千帆子
- DESIGN
- マグスター
- PHOTO
- 栗原克己
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