プロ論。

なぜ、あの人はいい仕事ができるのか。 第一線で活躍する人物の「こだわりの仕事術」を紹介します。

不幸なことは必ず起きる。問題は、それを正しいと思えるか

津川雅彦(マキノ雅彦)さん(俳優、映画監督)
つがわ・まさひこ●1940年、京都府生まれ。祖父に日本映画の父、牧野省三、父に戦前のスター俳優、沢村国太郎、母方の叔父に映画監督のマキノ雅弘、父方の叔母叔父に沢村貞子、加東大介、兄・長門裕之など、芸能一家に育つ。56年、『狂った果実』でデビュー。73年、女優の朝丘雪路と結婚。78年にはおもちゃ販売会社グランパパ設立。81年『マノン』で、第24回ブルーリボン賞最優秀助演男優賞を受賞。『マルサの女』『スーパーの女』などの伊丹十三監督作品に数多く出演、評価を得る。98年、『プライド・運命の瞬間』で東條英機を演じ日本アカデミー賞優秀主演男優賞。06年『寝ずの番』でマキノ雅彦として監督デビュー。9月には監督第2弾作品『次郎長三国志』が、来春には監督作品第3弾『旭山動物園物語〜 ペンギンが空をとぶ〜』(西田敏行主演)が控えている。
2008年9月22日

親族には日本映画の黄金時代を築いた
映画監督や俳優がずらり。
芸能一家に生まれたが、
早くからこの世界を志したわけではなかった。
実はデビュー後も、苦しい時期が続いた。

見てくれの良くない仕事に宝は転がっている

僕は生まれた時からいい顔してたから、「コイツが跡継ぎだ」と両親から役者として将来を期待されて育った。だから余計、俳優にはなりたくなかった。逆に顔立ちが劣ると判断され、期待されなかった兄貴(長門裕之氏)は、ハングリー精神が育ち真剣に役者を目指したから、26歳でブルーリボン賞主演男優賞を取った

デビューは16歳。石原慎太郎原作脚本の映画『狂った果実』で主役に抜擢され、これが大ヒットして僕は一躍スターになった。ブロマイドの売れ行きもアイドルナンバーワンを抜いた。でもね、役者への意欲もなければ苦労もなくアイドルになったから、すぐ人気も落ちた。兄貴との確執でファンに担がれている身分も忘れ、所属映画会社を移籍したから、以来、奈落の底へ転がり落ちる羽目になった。

若い人たちに言いたいのは、今の人生は、自分だけの力で手に入れたんじゃないって自覚すること。誰だって生まれてからこの方、何百人もの手にかかり、その人たちの思いや期待を背負って今日がある。感謝しなければいけない人がたくさんいる。それを忘れて一人でやって来たように自惚れたり、勝手に孤独だと悲観したりしては、運に見放される。特に会社を替わる決断なんてものは、安易にしちゃ必ずツキが落ちしっぺ返しを喰らう。

その後の僕は30歳で不倫スキャンダルにもまみれ、仕事が全くなくなった。すべての週刊誌で4週続けて取りあげられる。悲惨な状況だった。でも、このどん底の体験が後に生きた。

「このスキャンダルを宣伝費にしたら何十億もの価値だぜ。活かさないでどうする」と友達に言われた。「日本の男はあの野郎もてやがってと嫉妬してる。女も、あんなプレイボーイ大嫌いだと、評判はガタ落ちだ。今世間の男や女からお前は最高に嫌われているんだ。だから敵役や、いやらしい嫌われる役をやれば、みんなに喜ばれるに違いない」ってね。これは目からウロコだった。運命に逆らわず、むしろ逆境を利用する。嫌われてるのに、ジタバタ好かれようとすれば、かえって惨めだし徒労になる。

人がやりたがらない職業は儲かるとよく言われる。実際、見てくれの良くない仕事こそ、宝は転がってるものでね。悪役をやってわかったのは、敵役は、物語の中では最初はいい人に見えて、後で裏切るから憎く思われる。だから善悪の両面を演じることができる。さらに、主役と違って好感度を気にせずに思い切った芝居ができる。役作りのための人間のリアリティを出すアイディアや方法論をこの時期に築けたわけさ。

人生不幸なことは必ず起こる。でも、その時「起こったことは、すべて正しいと信じること」が大切。僕の娘は生後5カ月で誘拐されたが、奇跡的に戻ってきた。おかけで僕の人生は変わった。役者は、いい役者になるために父親を捨ててしまうことが多い。会社人間も同じ。高度成長期やバブル期にエコノミックアニマルと言われた父親たちが、子どもを孤独に追い込んだ。僕は不幸のおかげで、それをしなくてすんだ。親として、子育ても精一杯頑張ったから、人生は倍に広がった。交際範囲も広がり、考え方も深くできた。娘と遊び、コミュニケーションすることで、おもちゃ屋グランパパを興し、実業の大変さも経験できた。これが今、役者や映画監督の仕事にも活きている。

「不幸」には、神様が試練という意味を持たせているんだと信じられたら勝てる。「あの不幸があったから今があるんだ」という将来にすればいい。と、事の最中に思えれば、前向きなバイタリティが出てくる。実は不幸こそが、本物の幸福をもたらしてくれるんだ。


小さな役から少しずつ実績を作り上げ、
力をつけていった。
42歳で初めての演技賞を受賞。
2006年からは映画監督デビュー。
最新作『次郎長三国志』が話題になっている。

いつクビになるか…それこそ理想の仕事環境

次郎長の子分たちはやくざといえどもすべてを捨てたからこそピュアなんだ。杯を交わしただけで親分に命を預けられるようになる。男女の仲も、裕福になると、家付きカー付きババア抜きと条件がつき、心と心の結び付きがおろそかになる。純粋な夫婦になるには、物欲から解放されることが大事。ホリエモンに憧れてる連中には、男にも女にも本物の幸せはおとずれない。

父によく言われた。役者は宵越しの金は持つな、と。実際、今もって貯金はない。そうするとね、いつも役者という稼業にピュアに接しられるし、前向きでいられる。振り返っても「後ろ」は断崖絶壁(笑)。その意味では、雇用を法律で守られる会社員はかわいそう。一番人間が磨かれるのは、いつクビになるかわからぬ環境で働くこと。必死にならざるを得ない。この仕事を逃したら、明日はないと、自分を追い込めば、ハングリーに仕事に挑める。

大事なことは、今の自分が能力もなく経済を保証されていると自覚した時に得をしたと思わず、劣悪な環境だと自認すること。僕は大根役者と言われ、その通りだと認められた。

僕は不器用だから下手だった。が、ある日「役者は不器用じゃなきゃいけない」と教わった。不器用が器用になるためには努力をする。この努力が人間の魅力になる。器用にすぐうまくできちゃう人よりも、不器用で努力した人のほうが、より大きな魅力が手に入れられるんだ、とね。

今日より明日、明日より明後日、一歩一歩さ。飛躍なんてものはない。才能もないし、器用でもない亀さんは、コツコツ努力するしかない。一心不乱に10年経って気づいたら、遅くとも確実に階段は上がっている。若いときは、まだまだ未来はあると兎さんのように昼寝ばかりして努力を怠る。でも、亀さんはコツコツやるから兎に勝てる。世界も開けてくるんだ。

天職とは自分で決めるもの

若い時、兄貴に「役者は天職か」と聞かれたが、即答ができなくて厳しく怒られた。天職というのは、差し出した指に自動的に札束が巻き付いてくるような才能のことだと思ってたが、役者をやってもちっとも巻き付いてこない(笑)。こんなの天職じゃないと思ってた。でも、親父が死んで、その時初めて気づいた。役者を愛していることにね、自分は逃げていたんだとね。親父の仏前に手を合わせて、これからは天職と思いますと誓った。その後遅かったが42歳でブルーリボン賞を取った。

僕は遅咲きだった。でも、若いうちに苦労して、年を取ってから咲くと、一番無駄なく人生を楽しめるんだ。亀さんはなかなか成功が近づいてこないが、札束が指に巻き付かないからって、心配することはない。兎さんには先に行ってもらって、自分で決断できるまでじっくりと自分の天職を見極め、根気よく努力するのが最高の才能なんだ。仏教でも能力の源を「器根」という。つまり「根気」なのさ。

苦労なしの成功は続かない!! どこかの国の首相みたいに首相になったことが最悪の苦労だったからくじけちゃうんだ。人間、一度、地獄を見ないとダメ。人生は、絶対ヌクヌクとはいかない。つまずき、こけて、どん底まで落ちる。これこそが成功の素、どん底こそが確かな幸せの兆しだと思えるかどうかに将来がかかっている。

information
『次郎長三国志』
マキノ雅彦監督作品

艶っぽく小粋で笑えるオトナの映画と評判になった初監督作品に続く挑戦は、叔父・マキノ雅弘監督の名作シリーズ。今回は、情が厚くて義理堅い東海道一の大親分、清水の次郎長の婚礼から恋女房の死までの物語。義理人情に心意気、粋なセリフに恋物語、そして大迫力のチャンバラ…。マキノ監督自慢の日本映画界を代表する豪華キャストが登場する痛快時代劇。出演:中井貴一、鈴木京香、岸辺一徳、北村一輝ほか。9月20日より角川シネマ新宿ほか、全国ロードショー(配給/角川映画)

©2008「次郎長三国志」製作委員会 www.jirocho-movie.jp

EDIT
高嶋千帆子
WRITING
上阪徹
DESIGN
マグスター
PHOTO
栗原克己

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