日本品質とスペック至上主義の呪縛を超えろ!

石井裕×及川卓也が語る「イノベーションの流儀」とは

「未来を創り出す」ために、いま何をすべきなのか。これからのイノベーションはどこからどのように生まれるのか。MITメディアラボ副所長である石井裕教授と、Googleシニアエンジニアリングマネージャー及川卓也氏による白熱の対談をお伝えします。

2012年8月22日

思い込みやラベル付けから離れて、オープンにものごとを考える

マサチューセッツ工科大学
メディアラボ副所長
石井 裕氏

グーグル株式会社
シニアエンジニアリングマネージャー
及川 卓也氏

石井 コンピュータの世界でもかつては、日本人にメモリは量産できても、オリジナルなマイクロプロセッサなんて設計できないと言っていた人がいました。しかし、「Cellプロセッサ」のような実績もあります。とはいえ、インターネットの世界ではアメリカ発の世界企業の優位性が厳然としてあります。Googleはアメリカから来たし、FacebookもAmazonもAppleもMicrosoftもそうです。及川さんはその一つの企業の社員でもあるわけですね。インサイダーとしてはどう見えていますか。

 
及川 Google社員でGoogleがアメリカの会社であると意識している人は少ないと思います。そもそもインターネット技術そのものがそうで、TCP/IPやWebは確かに欧米でできましたが、それはむしろ国を超えてつながり、より自由な世界を求めたいという人たちによって担われてきたものです。最初からボーダーレスなわけで、Googleもまたそれを体現している企業だと思います。
 
私は「日本品質」という言葉に違和感を持つことが多いのです。品質確保のためにコストが高くなることの言い訳のように使われているような気がします。こうした思い込みやラベリングが、イノベーションを起こす土壌をダメにしている。イノベーションを生み出すためには、単に技術だけでなく、社会や組織文化を含めての変革が必要です。キーワードは「徹底的にオープンであること」だと私は思います。
 
石井 私もボーダー(境界)というのは一種のイリュージョン(幻想)だと思います。その幻想にとらわれてはならない。イノベーションを起こすためには、ボーダーを超えて突出した個が集まり、互いに切磋琢磨して、刺激し合う。そういうオープンな関係性が大切です。
 
イノベーションを起こす人は、職種分類のどれかに属するかというのではなく、それらすべてを融合した存在であるべきじゃないのか。エンジニアと呼ばれる人だって、一つのプロダクトの価値を人々に広く訴求するとき、相手によってはアートやデザインの視点で語る必要があります。もちろん、その背後には確かな技術、さらに言えば哲学やビジョンがなければ、人に訴えることはできません。
 
「日本品質」についての指摘も深い問題を含んでいますね。日本には技術的に完全であることについてのドグマ(教条主義)がある。技術も変わるし、ニーズも変わる。そのためにはアジャイルな作り方が必要なのに、そこがなかなか理解されない。「ガラパゴス化」と呼ばれる技術の閉鎖性を生んだのも、その背景には日本品質へのこだわりすぎがあったのではないでしょうか。
 
及川 品質にはたぶん2つの意味があるのだと思います。日本の金型職人はコンマ何ミクロンというものすごく薄い板を作れる。それは品質そのものが差別化要因になる例で、それを極めれば世界で闘える武器になるでしょう。Googleにしても、いかにレイテンシーをミリセカンド・レベルで高めるかに命を削っています。しかし、もう一方では、たとえ品質が悪くても、それがたった1秒で直せるものだったら、問題ではないという考え方があります。このレベルで話される品質とは、極端にいえば、ユーザーから指摘があったら直せばいいものです。
 
品質主義とスペック主義は表裏一体のものですね。ユーザーはカタログの機能一覧で全部にチェックに入ったものを買いがちなので、開発者もそれがユーザーニーズだと思い込んでいる。しかし、スペックがよいものだけが売れるわけでもありません。スペックシートにこだわるよりも、まずは開発者がその製品をしっかり使い込むこと、「これならうちのおばあちゃんにも薦められる」というところまで使い込むこと、そのほうが優先されるべきだと思います。

日本人の「おもてなし」精神を技術にどう活かすか

石井 ユーザーエクスペリアンス(UX)がますます重要になる世界では、UXの品質ということについても考えを改める必要がありそうです。私たちは、例えば電子書籍を購読する時、AmazonもGoogleもAppleもMicrosoftもすべてのマシンの上で使いたい。しかしそれぞれUIが違う。だったら、それらを組み合わせてマッシュアップしてしまえばいいんです。完璧に統一された UI、UXなんてあるわけがないんですから。

 
及川 UXという概念は、Webアプリを書いているような人にはおなじみですが、社会全体には浸透しているとは言えないですね。ただ、実はこの考え方は日本にも昔からあって、それは「おもてなし」という言葉で言い表されてきました。これまではいかに機能が豊富かどうかが重要でしたが、これからはいかに気持ちよく使ってもらうかがカギになります。
 
石井 おもてなしというのは、つまりユーザーの期待や次の行動を予測するということですね。適切な応対は人生経験を積まないとなかなかできないものです。人間にはそれができるけれど、機械にはやはり難しい。おもてなしの世界をコンピュータやネットで技術的に再構築することが、果たして可能なのか。どう思います?
 
及川 Web上の行動履歴を活用し、過去のデータから未来の行動を予測し、ふさわしいサービスを提案する──これもWeb時代のおもてなしではないかと思うことがあります。私が開発を担当しているGoogle Chromeも、検索や閲覧履歴、ブックマークのデータを分析して、ユーザーが数文字タイプするだけで検索したいワードを予測して提示することができるようになっています。ユーザーの行動パターンを予測する技術は、スマホでも威力を発揮するでしょう。これからは、ユーザーの位置情報と予定表のスケジュールを見て、「そろそろお出かけの時間ですよ。いま出ないと間に合いませんよ」と促してくれるような機能が入ってくるでしょう。
 
石井 いま私たちは望むと望まないにかかわらず、自分に関するとんでもない量の情報をネット上に記録されてしまっているわけですね。それらを総動員すれば、次の行動を予測することは容易かもしれません。ただ、AIのようなコンピュータ技術は、explicit(明示的)なデータに基づいたアドバイスはできるけど、implicit(暗黙の)な感情はなかなか拾えない。例えば一流の日本旅館に泊まって、きめ細かい心遣いのできる女将から最高のおもてなしを受けた経験、それに匹敵するようなサービスを再現してくれない。私はむしろそこに、技術が目指すべき永遠のロマンのようなものを感じています。
 
及川 これからのコンピュータは、implicitな情報も採り入れることができるようになりますよ。いまのスマホだって、自分の位置や画像や音声はもちろん、センサーをつければ手のひらの温度や外気温だって、ユーザーが無意識のうちに測れるようになります。まさに人間の五感の延長。「いま嬉しくてしようがない」という状態をコンピュータが感じ取ることで、ここに行けばまた同じようなことが体験できるよと、アドバイスすることができます。

複数のサービスの有機的でアジャイルな連携からこそ価値が生まれる

及川 私たちのソフトウェア開発が、OSIモデルでは不十分だということがあからさまに見えるようになったのは、やはりWebアプリ、中でもHTML5の登場からだろうと思います。例えば「Webは便利だけれど、地下鉄の中に入ったら使えないじゃないか」と以前よく言われましたが、HTML5ではオフラインでもデータを持てるようになっている。そのオフライン機能とクラウド・アプリを上手に組み合わせて使うことが、これからのコンピューティングのスタイルだと思います。

 
私たちは「Google Chromeって何ですか」と聞かれたとき、「ただのブラウザでもない、インターネット閲覧ソフトでもない」と答えるようにしています。Chromeは、Gmail、Googleマップ、YouTubeなど無数のクラウド・アプリを使う上での重要なフロントエンドという位置付けなんです。クラウドとブラウザがインターネットの世界をうまく分担しながら、ユーザーにサービスを提供する。必ずしもネットの世界に閉じる必要はなく、最終的なアウトプットは紙でもいいかもしれない。そこまで、エンド・ツー・エンドということを考えながら、サービスを継続することが重要です。
 
石井 いま求められているのは、単一のmonolithic(一枚岩的な)なサービスじゃないんですよね。複数のサービスの有機的でアジャイルな連携からこそ価値が生まれる。サービスやプロダクト間の連携がどこまでもつながりあう、一つのエコシステムという考え方が重要です。モノは必ず壊れる。安全なんて幻想だ。完璧な品質というのも蜃気楼だ。UIやUXは一つではない──そうやって一つひとつわれわれを縛っているイリュージョンから解放されることで、私たちはようやくグローバルでエコロジカル、かつレジリアントな世界を考えることができるようになるのだと思います。

 

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WRITING
広重隆樹
EDIT
宮みゆき
PHOTO
栗原克己

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