世界から注目される現代建築の次世代リーダー

中村拓志×永山祐子…気鋭の若手建築家が語る「仕事論」

今、日本の建築業界において、30代半ば〜40代前半の若手建築家がこれまでにない活躍を見せている。新しい発想と個性を堂々と打ち出し、印象的な作品を残している。その代表と呼べる中村拓志氏と永山祐子氏に、アイディアの源泉、建築に対する考え、設計の手法などを語ってもらった。

2011年12月21日

建築家

中村拓志 「建築と緑の主従関係」を逆転させた、恵比寿の集合住宅

難しく考えず、「気持ちがよいこと」で決めていく

中村拓志

建築家
有限会社NAP建築設計事務所
代表取締役
中村拓志氏

「肌感覚や動物的な本能を大事にしていくことが今、重要だと考えています。難しく考えない。理念的に考えすぎない。いわば、原始人の気持ちになるということ。気持ちいいかよくないかで判断すること。こうした考え方は以前はレベルの低いことだと思われがちでしたが、時代は反転して、今では高度な知性につながっていると思います」

2008日本建築家協会賞、日本建築家協会2010年度新人賞など、数多くの受賞歴を持つ中村拓志氏はこう語る。彼の思いは「Dancing trees, Singing birds」と名づけられた、賃貸型集合住宅の設計に顕著に見える。

その木造住宅はまるで、林に埋まるように建てられているのだが、場所は東京・恵比寿近くの一等地。もともと40メートルにわたる傾斜地に、高さ15mを超える巨木の林があった。この木々を伐採して更地に住宅を立てるのが一般的だが、デベロッパーから「木を切るのは忍びない」と相談された。

「木を全く切らないで、最大容積を獲得する方法を提案しました。自然の保存を声高に叫ぶだけなら、仕事はほかの建築家に移ります。ビジネスと環境保護を調停するような仕事だったと思います」

樹木医、レーザー測量、3Dシミュレーション…を建築に

集合住宅

Dancing trees, Singing birds
(C Hiroshi Nakamura & NAP Co., Ltd. すべての作品の写真)

集合住宅

屋内

その方法は前例のないもの。土地を試掘して樹木医と共に根の状態を調べ、ギリギリまで面積が取れる位置に構造壁を立てた。根の切断が必要な場合は、壁の下の地中梁を蛇行させて根を避けた。「根切り」をせずに最大容積を確保するためだ。

木々は生き物なので枝葉を伸ばす。そこで、直径15センチ以上の枝はレーザーで測量し、3次元シミュレーションで木の生長や揺れを予測した。こうして作った「隙間」に住宅を建てたのだ。「建築と緑の主従関係が逆転した設計」(中村氏)になった。

「僕ではなく木々が建物の形を決めていった。だからこそ、居心地のよさが生まれ、癒しにもつながっていくのだと思います。サバンナに出る前の森の住人だったころの人間は、居場所を得るのに木を切るのではなく、木々の隙間を探して住居にしていました。この感性は、人の心の深いところに眠っているのではないでしょうか」

この工法だと確かに施工費は上がる。ただ、緑の空間が付加価値になって賃料に反映できる、落ち葉や虫などの対策には管理費が当てられると、中村氏は主張した。そして実際、この「Dancing trees, Singing birds」は賃貸ビジネスとして成功し、2008日本建築家協会賞も受賞する。

人と建築の関係性、「愛着」をデザインしたい

集合住宅

部屋のバスルーム

一方、「しわ寄せ」が来たのは施工作業。建物の外側に足場を作ろうにも、木があるので最適な場所を確保できない。木をまたいだり頭を下げたりなどの手間も増える。しかも、木や葉が多いので満足にクレーンが使えない。しかし、作業を続ける中で「やっぱり自然ていいよな」という気持ちが、現場の皆に芽生えていったという。

「春になったら、何とも言えないいい香りがしてきたんです。『自然を残すべきだ』といったスローガンではなく、体験として嬉しい瞬間が生まれていた。やっていることに間違いはないと確信しました。施工業者さんもしだいに変わって、最後のほうに僕が『この木は残念だけど切りますか』と言ったら、『いや、残すべきでしょう』とたしなめられてしまいました(笑)」

中村氏は「愛着」にこだわる。合理性や機能性、コストパフォーマンスももちろん大事だが、「それだけだと愛されない」と語る。ある機能が役立たなくなったからと安易にスクラップ・アンド・ビルドされる場合もあるが、愛されていれば建物は残っていくという。

「人と建築の関係性、愛着をデザインしたいと考えています。『人が空間に入って居心地がいい』という瞬間がいっぱい生まれるような建築です。だから僕は、建物を使う人がどういうふるまいをするかで設計を始めます。これは当然のことで、建築物は建築家のものではなく使う人物もの。長い年月そこで生活していく人たちのものです」

来春完成の「東急プラザ 表参道原宿」でも主従を逆転

中村拓志

中村氏は現在も多くの仕事を抱えているが、そのひとつが原宿のGAP跡地に建設予定の「東急プラザ 表参道原宿」だ。来春に完成予定の複合商業施設である。
「ネットで服も靴も買える時代に、わざわざ家を出て実空間の店舗に来てもらう動機づけは何か。僕は『体験』や『他者との関わり』だと思います。ここでも緑と人の主従関係を逆転させました」

商業施設に入る店舗の売り場は、たいていが正方形や長方形のスクエアだ。また、顧客が商品に集中できなかったり、商品が置けないという理由から、一般的に窓は嫌われる。

しかしここでは、売り場よりも緑を重要視して、樹木をふんだんに配置した。売り場は不整形になり、窓も作るが、「この場所ならでは」の風景、空間、自然などの「出来事」が生まれる。それを家族、恋人、友人、あるいは見知らぬ人々と楽しむ場所にする予定だ。もちろん、テクニックを駆使して容積率を上げることも忘れない。
「今の日本、やっぱり元気がないと感じます。だから、これからは日本が元気になるものを設計したいですね」

永山祐子 “偏光魔術”で表現した、ルイ・ヴィトン京都大丸店

「戸惑い」実現のきっかけは、実家で見た子ども用教材

永山祐子

建築家
有限会社永山祐子建築設計
永山祐子氏

「建築で考えているのは『一瞬では把握できないもの』です。全部がわかってしまうと人は興味がなくしてしまいますが、わからないことには興味が湧きます。『何だろう?』という疑問が起こって、知りたくなります。そんなふうに思わせる、瞬間に戸惑うようなものを作ろうとしています」

JCD(日本商環境設計家協会)デザイン賞2005奨励賞、イギリスのAR Awards Highly Commended賞などの受賞歴を持つ永山祐子氏は、建物だけでなくショップのインテリアなども手掛ける建築家。彼女が作る「戸惑い」の作品は多いが、「ルイ・ヴィトン京都大丸店」はまさに魔術だ。京都という土地柄からイメージした縦格子。ウィンドウを飾るシャープな黒の縦ストライプは、現実のものではなく偏光板による「幻影」だ。

偏光板はディスプレイのフィルムなどに使われるが、その特徴は特定方向だけの光を通過させること。そのため偏光板を組み合わせると、実際にはない像を浮かび上がらせることができる。
ある日、彼女が実家に帰ると、奇妙なものを見つけた。物理学の研究者である父親が持っていた、子どもの理科離れを防ぐための教材だった。偏光板を組み合わせて「ない像」を見せる、いわばおもちゃ。「これ何?」がきっかけとなった。

「前例のない建材」を猛勉強、自ら実験計画…「3層構造」へ

ルイ・ヴィトン
ルイ・ヴィトン

ルイ・ヴィトン京都大丸店
(C 阿野太一 すべての作品の写真)

しかし、偏光板を建築建材で使った例は見つからない。建材には多くの規制があり、施工業者も保証のないもの、前例のないものを使いたがらない。説得した結果、厳しい耐久テストを行うこととなった。ガラス面に偏光板を張り、水、紫外線、熱などの耐久性を試した。
「散々な結果でした。特に水に弱くて、複層なので偏光板が剥がれてしまうのです。段ボールを水に浸したようにペラペラになってしまって」

偏光板を張るのはガラスの内側(店舗側)なので、直接雨などが当たることはまずないのだが、その様子を見た関係者は腰を引いてしまった。そもそも前例がないから考察して解を出せる人がいない。そこで永山氏は自分で実験計画を立て、「偏光板とは何か」から猛勉強を始めた。

そして、車載用の高耐久な素材を選ぶなどで問題を解決していくが、複層という構成上やはり課題は水。雨には濡れなくても、ガラスの内側に張ると結露が起こる。この水による影響が懸念されたのだ。

「そこでガラスを3枚構成にしました。一番外側に内外を遮断する高透過ガラス、その内側にインテリア部材として2枚の高透過ガラスを立て、これら2枚の内側に偏光板を張りました。外側のガラスで結露が起こっても、湿度と温度は同じなので、内側の2枚に結露が起こることはないはず。偏光板に水をたまらせない仕組みです」

ガラスとフィルム、エンジニアの努力が彼女を支えた

ルイ・ヴィトン

しかし、施工は待ってくれない。いかに工期を短縮して開店を早めるかが店舗建築の宿命であるから、完成期日は厳守だ。そんな彼女に強力な協力者が現れる。1社は特殊なガラス工事を請け負う施工会社。彼女が組んだ実験スケジュールに合わせて、関連会社の研究所の実験設備を「特別に」提供してくれた。
「研究所の予定は埋まっていたのですが、担当の方がここの元研究者で、頼み込んで『隙間の時間』に使わせてもらったんです。そのおかげで、約1カ月でテストを終えました」

もう1社は偏光板のフィルムメーカー。建築では建材の保証が必要になるが、前例のないものに保証はつけにくい。ただ、知人のつてをたどっていくと、あるフィルムメーカーに当たった。そこは彼女が希望していた、高耐久素材で世界シェアの高いメーカーだった。

「実験が終わった段階で急きょ連絡を取る必要があったのですが、窓口からでは乗り気になってもらえません。つてを頼って社長に直で話すと、社長と話を聞いたエンジニアの方が面白がってくれました。了解してくれただけでなく、張り合わせる接着剤や製品へのアドバイスもいただけたのです」

「ルイ・ヴィトン京都大丸店」はJCDデザイン賞2005奨励賞を受賞した。店舗はすでに完成しているので、ぜひ自分の目でこの魔術を体験してもらいたい。ちなみに永山氏はこの仕組みで特許を取得した。父親の強い勧めによるものだそうだが、建築設計での特許取得は珍しいそうだ。

「新しい解釈での反応」に興味、今後は美術館や葬儀場の設計も

永山祐子

永山氏はほかにもテナントビル、ブランドショップのインテリア、カフェ、東屋、個人住宅など、幅広いデザインを行っている。それぞれに彼女は「把握できないあいまいさ」や「手の届かない空間への思い」など、表現したいコンセプトを決めている。

現在は10件ほどの案件を持つが、依頼された仕事に対して新しい解釈で反応することに興味があるので、「これがやりたい」という希望は特にないという。ただ、美術館や公共施設を手掛けたいという思いがある。
「以前に葬儀場の仕事があったのですが、事情があって中断してしまいました。祝祭の場所、特に葬儀の場所は設計してみたいですね」

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