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仕事と育児を両立。計算機リソグラフィを究めて20年
東芝のきらめく女性エンジニアと、進化する半導体技術
今、改めて企業における女性社員の活躍や、責任ある立場への抜擢が推進されている。東芝グループにおいては女性役職者の割合が3.8%。これを2016年度中に5.0%に引き上げるのが目標だ。東芝セミコンダクター&ストレージ社(以下、S&S)にも女性技術者は多いが、その一人、半導体研究開発センター(CSRD)の小林幸子主査に仕事やキャリアについて、そして仕事と育児との両立について、話を伺った。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/伊藤理子 撮影/刑部友康)作成日:15.10.28)
コンピュータ・シミュレーションでホットスポットを削減

 研究開発の第一線で活躍する小林幸子主査の専門領域は、一般には計算機リソグラフィ技術と呼ばれる。マスク(遮光体)原版に描画された微細な回路パターンを、露光装置を介してウェーハ上に高精度に転写し形成するのがリソグラフィ技術だが、絶えざる微細化追求に応えてその技術は革新を続けてきた。1980年代以降は光リソグラフィ技術が主として使われていたが、90年ごろにはその解像限界が懸念されるようになった。微細化が進展するなかで高い歩留まりを実現するには、最適な設計ルール、設計レイアウト、照明条件、マスク形状などを求めるため、高速計算機を使った膨大なプロセスシミュレーションと図形処理を繰り返す必要がある。こうした技術分野を総称して一般に計算機リソグラフィ技術と呼ばれている。

小林 幸子氏
東芝セミコンダクター&ストレージ社
半導体研究開発センター(CSRD)主査
小林 幸子氏

「20〜30年前は、まだ微細化も今ほどは進んでいなかったので、露光技術やレジスト材料などを工夫すれば、求めるパターンをそのまま作れていたのです。しかし、今は線幅が可視光の波長の10分の1以下と微細になってしまった。ウェーハ上に焼き付けなければならない最小パターンは、露光機の光源波長よりもずっと小さい。そうすると、光の屈折や干渉の効果で、パターンの角が丸まるなど、ウェーハ上で所望の寸法や形状に仕上がらない。プロセスのばらつきにより、パターン同士がつながったり切れたり、寸法が所定のスペック内に入らないこともあります。これらのプロセスばらつきにより不良となるパターンをホットスポットと呼びますが、ホットスポットが多いと製造の歩留まりが悪化したり、製品の故障の原因になります。これを回避するために、どうしても設計段階でのコンピュータ・シミュレーションが不可欠になってくるのです。計算機上でモデルを作ることで、開発期間を短縮することもできます」

 微細化の限界は常に指摘されるが、そのたびにそれを革新的な技術で乗り越えてきたのが東芝である。小林さんも現在は、線幅20nm以下をターゲットとして、新たなリソグラフィプロセスの確立を目指している。しかし、斬新なアイデアは突然、天啓のようにひらめくものではない。

「学会で最新の研究情報を収集したり、技術者同士で実験結果を囲んで議論したり。一つの問題が解決しても必ず予想を超えた次の問題が出てくるので、それを一つひとつ潰していく地道な作業の連続。技術の進展はその果てに初めて生まれるものなのです」

光近接効果補正が今でも東芝の半導体技術を支える

 小林さんは1994年の入社。大学・大学院では工業化学を専攻し、化学・生命系研究室に属していたため、東芝でも化学実験系の仕事に就くのかと思っていたが、配属されたのは半導体プロセス開発をコンピュータ・シミュレーションで支援する分野。
「科学に向き合う姿勢や手法には変わりはないので、大学時代とは異なる分野でもやっていけるのではないかと思っていました」

 東芝に入社を決めたのは、当時の女子学生の就職状況もある。バブル崩壊直前までは修士課程の女子学生に門戸を開いていた企業も不況に直面。小林さんがいざ就活を始めようとすると、とたんに門を閉ざすようになっていた。

「東芝だけでした、ぜひ来て欲しいと言われたのは。歓迎してもらえたのが純粋にうれしかったですね。もともと決まった道がないところに道を拓くことに興味を持っていたので、これまでとは違う分野のテーマを与えられて、むしろワクワクしました。未知の分野だけに、できるかどうかという不安はもちろんありましたけれど」

 入社早々に小林さんがグループで取り組んだ光近接効果補正(OPC)技術は、いまでも現役で使われている。パターン寸法が露光波長より小さくなると、光の干渉や屈折の効果により、設計した回路パターンをそのままマスク原版にして露光しても、所望の形状・寸法にウェーハ上に転写することが難しくなる。そこで、所望のパターンをウェーハ上に転写できるように、あらかじめマスクパターンを補正しておく技術だ。OPCをマスクデータ処理ツールに組み込むことで、高い補正精度を維持したまま、チップ全面を高速に処理することが可能になった。

 その技術が東芝の半導体プロセス技術の一端を担ってきたことが、小林さんのささやかな自負である。

 無論、20年の技術者生活の中では、挫折を味わうこともあった。
「半導体を取り巻く状況の変化などで製品計画が変更になり、開発した技術が日の目を見ないこともあります。しかし、そこでめげている場合ではありません。そのとき自分が一生懸命考え抜いたことは、別の技術を展開するときも必ず役に立つ。挫折は次の成功を生むのだと信じてきました」

31歳で出産。子育てしながら、博士号を取得

 女性ならではという言い方には語弊があるが、結婚、出産などのライフステージ上の変化と仕事との両立を、男性以上に強く意識せざるを得ないのが女性技術者の現状だ。

「結婚してもしばらくは生活の変化はなかったのですが、31歳で一人目の子供を出産し復職してからが大変でした。子供は突然熱を出すことも多くて振り回されますし、電車が遅延すれば送迎に間に合わず、保育園の先生にご迷惑をおかけしますし……。しかも、子供が1歳になる前に技術者の夫が中東に海外単身赴任することに。これは本当に大変でしたね」

 それでも辛かったときの記憶は意外と忘れてしまうもの。現在、子供は中学生と小学校高学年。塾の送り迎えなどはあるが、手がかかることも減り、家事を分担するようになり助かっているという。

 仕事と子育てを両立させたうえで、小林さんはもう一つ努力を重ねた。社会人大学院に通い、論文を書き、2010年に博士号を取得したのだ。

「夫が先に論文博士を取得したので、自分も取り組みたいと思っていた矢先、社内で回ってきた話に迷わず手を挙げました。社会人大学院だったので、今まで書き貯めた論文を考慮に入れていただきなんとか博士号を取得できました。ただ、論文指導は厳しかったですね。それこそ“てにをは”の間違いから指摘され、根拠となるデータを厳密に求められ、審査会の口頭試問でもどんどん突っ込まれて(笑)。博士論文を書くことで鍛えられたことがたくさんありました」

「もっと頑張る」ための補助をしっかり用意してくれる会社

「東芝の中でも半導体部門は、当時から大卒・院卒の女性技術者を採用してくれたし、きちんと育成してくれて、期待もしてくれました。これはもしかすると、半導体が比較的新しい産業であることとも関係しているのかもしれません。技術が日進月歩で進化し続けていることが、社内の人財活用でも新しい仕組みや考え方を取り入れやすい土壌につながっているのかも」と、小林さん。

 それでも、入社当時は、会議に出ても女性は一人。結婚・出産時の周囲の「気遣い」に戸惑うこともあった。

「男女とも同じだけ仕事して同じだけ評価されたら同じようにステップアップできると思っていたけど、やはり多少なりとも壁はあった」と振り返る。

 ただ、今は女性技術者も増えてきた。S&Sだけでも主査などの女性役職者も決して珍しくなくなった。育児休職は最大3年間まで可能、ベビーシッターを雇う際の補助制度もある。横浜事業所には託児施設もできた。こうして育児を行う男女が活躍するうえでの障害が一つひとつ取り払われ、今では女性だからと過剰に配慮されることはなくなった。

「今のS&Sは、自分がこうしたいと言うと、辞めずに続けられる選択肢を、あるいはもっと頑張るための補助を、しっかり用意してくれる会社だと思います」

 東芝は2004年に社長直轄の組織として、男女共同参画推進組織「きらめきライフ&キャリア推進室」を設置し、2005年〜2006年に女性役職者を増やす施策として「きらめき塾」を開催するなど、多様な人財が活躍するための風土作りを行ってきた。2012年度には優れたダイバーシティ経営企業を表彰する「ダイバーシティ経営企業100選」に選出され、2014年度には女性の活用を積極的に進める企業「なでしこ銘柄」に選定されている。

 小林さんは「きらめき塾」の卒業生の一人だ。

「プレゼンテーションスキルや会計知識、目標管理を改めて学ぶ機会になりました。それ以上に同年代の女性たちとつながりができ、先輩女性社員と話ができたことが良かった。きちんとステップアップを目指す女性社員がほかにもいることがわかったことで、私にも目標ができ、それが励みになりました」

 インタビューの最後に、自身の20年間の歩みを総括してもらった。

「いま思えば、入社後の右も左もわからない自分を、直属の上司だけでなく、周囲の人たちも支えてくれて面倒を見てくれました。“この技術は大切だから取り組んでみなさい”とか“海外の学会に出て発表してみなさい”とか、いろいろな機会や励まし、アドバイスをいただきました。今の自分があるのは、こうした上司や先輩方、同僚の方々のおかげ。東芝で働いていることを、ずっと誇りに思っています」

 おそらく女性だから男性だからということではないのだろう。より技術の高みを求めて努力する若手には支援の手を惜しまない。これこそが東芝の技術風土なのだ。

東芝セミコンダクター&ストレージ社 半導体研究開発センター(CSRD)主査 小林 幸子氏(こばやし・さちこ)

工学系大学院で工業化学を専攻後、1994年東芝に入社。研究開発センターULSI研究所に配属。システムLSI事業部設計支援技術担当、マスクデータ変換(OPC)業務を行うためのグループ会社出向、プロセス技術推進センターにおけるDFM(Design for Manufacturability)開発などを経て、現在に至る。

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