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デバイス事業部の開発拠点を東京に設立した狙いは何か?
デンソーデバイス技術トップが明かす東京進出の真意
デンソーの車載半導体開発を担うデバイス事業部は2014年夏、東京に開発拠点を設立した。クルマの安心・安全技術に寄与する車載デバイスの開発を強化する狙いがある。関東首都圏のエンジニアに求めるものは何か。これからの開発・人材戦略について聞いた。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/馬場美由紀 撮影/早川俊昭)作成日:13.10.09
車の安全技術確立を目指し、2014年夏に東京に開発拠点設立

 デンソーは2014年7月、車載半導体回路の設計開発体制を強化するため、東京都内に新たな設計開発拠点を設置。当初は30人規模でスタートしたが、2020年には100人規模に拡張する計画だ。

加藤 之啓氏
常務役員 デバイス事業部担当
加藤 之啓氏

 デンソーはグループ企業を含めれば広範に全国展開する企業ではあるが、本体の工場・製作所・研究所はこれまで愛知・三重の中部圏に集中していた。もちろん、2012年4月に富士通子会社から資産譲渡を受け、デンソー岩手を岩手県金ケ崎町に設立するなど、半導体関連で東日本に拠点づくりを進める動きはあった。関東中枢への進出もまた、そのひとつである。

 その背景にあるのは、まず全社あげての環境や安心・安全への取り組みの強化である。2013年4月に発表したデンソーグループの2020年長期方針では、「地球と生命を守り、次世代に明るい未来を届けたい」と謳い、これからもクルマが世界の人々に愛され続けるためには、地球環境の維持と安心・安全は不可欠の命題であると宣言している。

「こうした全社的なスローガンのもと、車載半導体開発を担うデバイス事業部では、とりわけ安全分野を強化することになりました。安全系というとこれまでも、自動車の加速度を検知するGセンサや、回転角の変化速度を検出するヨーレートセンサなど有力な自社製品はありました。ただ、クルマの安全技術はそれだけではない。レーダー、カメラ等の予防安全技術をもっと高める必要があるのです」
 と言うのは、デンソーでデバイス事業を統括する加藤之啓常務だ。

社内に基盤技術をたくわえ、システム開発に生かす

 ただクルマの台数が増えれば、それだけ数も増えていくパワートレイン系の部品に比べると、安全系の部品は将来の需要予測が読みにくいこともたしかだ。レーダーにしても、カメラにしても、通常はオプション部品。安心・安全への意識が強いユーザーでないと、なかなかそれを自分のクルマに装着しようとはしない。また、安全分野のシステムは、様々な原理・方式のものが開発されているが、それぞれ一長一短があるため将来どの技術が主流になるか見極めることが難しい。加藤常務いわく、「安全技術への注力には、事業リスクが伴う」のである。

「だからこそ、やりがいがあるという言い方もできます。予測しにくい領域では、マーケットを先読みする力が問われるし、何より必要なのは私たちの“意志”です。世界から交通事故を根絶するという、自動車産業の一員としての強い意志と責任感。これらをもって開発を行いたい」
 と、加藤常務は強調する。

 もちろんレーダー、カメラ等を使って対象物を認識し、衝突を回避する予防安全技術は、デンソー社内にすでにいくつかの蓄積がある。今後はそのどの部分を強化しようというのか。

「たしかに部品を購入して組み立てることはできます。ただ、安全系にこれまで以上に注力するためには、現状のままでいいのか。他社製品との差別化を進めるためには、安全系の機器やシステムに使われる技術をデバイスレベルまで理解して使いこなす必要があります。しかしながら、そのための基盤技術は社内でもバラツキがある。低周波アナログ系の技術者は社内にも数多くいますが、高周波アナログ系技術者は、正直少ない。それが現在のデバイス事業部の弱みでもありました」
 と、加藤常務は率直に現状を語る。

最近の安全システムの例
エンジニアが二の足を踏んでいるのなら、我々が出かけていきます

 このように、社内技術マップのバランスを是正する上でも、関東への開発拠点設置は重要な意味をもつ。端的に言えば、関東圏に多数いるアナログ半導体設計や高周波回路設計のエンジニアを、愛知県刈谷市の本社で採用するのではなく、開発拠点を関東にも設立し、住居の移動を伴うことのない転職を考えてもらおうというのだ。

「今回私たちが主要な採用ターゲットにしているのは、車載カメラシステムの半導体デバイスおよび高周波帯デバイスやモジュールの開発経験者ですが、その半数は関東圏にいると、人材紹介会社のデータにはあります。そのうち90%の人たちはたとえ転職意向があっても、関東圏での勤務を希望していると聞いて、愕然としました。これではいつまで経っても、安全系技術の強化は図れない。だったら、いっそのこと我々が関東に出向きましょうというわけです」(加藤常務)

 昔から、エンジニア転職において、給与や仕事内容に比べると副次的な問題に見えるが、実は容易に越えることのできない壁は、“地理”であると言われていた。これだけ世界が狭くなった現代でも、「箱根の山を越える」「大井川を渡る」ことも容易ではないのだ。とりわけ関東から西への移動は困難が伴う。

 ある半導体技術者は、かつて筆者にこう語ったことがある。
「私自身は北海道の生まれですから、東京も名古屋も九州も実は同じ。アメリカだっていい転職先があれば引っ越しますよ。ただ、東京生まれの家内が、ウンと言わない。『私立の小学校にやっと入れた子供をどうするの?』と言うのです。特に家族持ちには転地を伴う転職は、結構ハードルが高いですよ」
 せっかく優れた技術があるのに、そうした事情で転職に踏み出せないエンジニアがもしいるとすれば、そのバリアを企業の側から壊していく必要がある。

 デンソーの車載半導体回路の新たな設計開発拠点は、現時点では「東京都内」とされているだけで、まだ公表されていない。ただ、「かなり都心にも近い」場所が有力視されているという。刈谷本社のような静かな環境で仕事をするのもいいが、どうせ東京に出るのであれば、大都会のど真ん中にオフィスを構えるというのも悪くない。2020年オリンピックで華やぐ街の空気を身近に感じながら、将来のクルマの安全技術を確かなものにしていく。これもまた東京に住むエンジニアの醍醐味であるはずだ。

産官学共同研究を加速するきっかけにも

 デバイス事業部の東京進出には、実はもう一つの意味がある。
「東京に拠点があれば、つくば市を含む首都圏に点在する独立行政法人の研究機関や、異業種を含む他企業とのコラボレーションもよりスムーズになる」
 と、加藤常務は言う。

 デンソーはこれまでも、新しい自動車関連技術に関して、産官学連携の共同研究に積極的に取り組んできた。共同研究のテーマは生産技術からITS(高度道路交通システム)まで多岐に及んでいる。半導体分野では、画期的な低損失電流制御デバイスの実現が期待できるSiCデバイスの開発について、経産省の国家プロジェクトに参画し、産業技術総合研究所(本部:つくば市)などとの共同研究が大きな成果を生み出した。現在も産総研とは複数の共同研究が進む。

 クルマの安心・安全技術の中には、民間企業1社だけでは、時間も人材リソースも手におえないものがある。国や独法と組んだ国家的プロジェクトでないと、研究開発の効率が高まらないケースも多い。中部地区での産学共同研究を進めることはもちろんだが、関東圏での共同研究を加速する上でも、東京への開発拠点進出は大きな転機になるだろう。

常務役員 デバイス事業部担当 加藤 之啓氏

1984年入社。1989年から1993年まで、デンソードイツ出向。2005年にIC技術2部部長、2010年デバイス事業部部長、常務役員就任。現在に至る。

デンソーが抱える多彩な分野の技術者たちとの交流

 当面、募集対象はアナログ半導体、高周波回路の経験者に重点を置く。年齢幅は広い。中堅・ベテラン域に達する40代・50代技術者への関心も高いが、これはアナログ系の技術がその年代層に蓄積されているためだろう。

「一般的に、アナログ技術者は、デジタル系の人に比べると、自分なりに技術にこだわりをもつ、いい意味での頑固な人が多いというのが私の印象です。そういう人こそ大歓迎。頑固一徹よし、オタク的こだわりよし。これまでのデンソーにはないタイプの技術者を積極的に採りに行きたい」
 と言うのは、デバイス事業部半導体回路開発室・室長の越田信吾氏だ。

 その一方で越田氏は、「せっかく東京に進出するのだから、これまでにない新しい技術にも取り組み、デンソーの技術のすそ野を広げていきたい。これは私自身にとってもチャレンジなんです」と語る。越田氏は入社来33年の半導体一筋のベテランだが、車載半導体だけに関わっていたわけではない。自動車以外の民生機器向けの半導体を、社外との協業を含めて開発してきた経験もある。

 新技術、新事業へのチャレンジは、エンジニアであればいくつになっても心ときめくはず。東京拠点を率いることになる幹部技術者たちが、自ら新しいチャレンジに心躍らせているとなれば、その部下になる人は幸いというべきだ。

 その多くが半導体専業メーカーや家電業界で仕事をしてきたと思われる、アナログ・高周波系の技術者たち。技術内容は一緒でも、自動車部品という異なる業界への転職にあたっては、二つ返事ですぐに答えが出せるものではない。ましてや、これまでのデンソーに足りなかった、この分野を強化してほしいと託されても、責任の重さに足がすくむのではないのだろうか。

「そういう心配は無用だと思いますよ。究極の安全運転である自動運転に向かって技術は進んでいく。そこにはクルマ固有の課題もありますが、それ以上にクルマ以外の経験が活かされる領域でもあるはず。したがって自動車のことを知らなくても大丈夫です。また、東京にオフィスがあるからといって、本社から隔絶されているわけではない。デンソーが抱える多彩な分野の技術者たちとの交流も頻繁に行われます。アナログ・高周波の技術者が自分の強みを活かしながら、そのスキルの幅を広げるチャンスもたくさんあります」
 と語るのは、デバイス企画室技術企画課・課長の磯部良彦氏だ。

越田 信吾氏
デバイス事業部 半導体回路開発室長
越田 信吾氏
磯部 良彦氏
デバイス事業部 デバイス企画室
技術企画課長
磯部 良彦氏
デバイス事業部 半導体回路開発室長 越田 信吾氏

1980年入社。IC技術部において、車載用カスタムマイコン、カスタムICなどの開発・設計に従事。2006年からIC技術1部長。2011年から現職。今回の関東拠点立上げでは、中心的役割を担う。

デバイス事業部 デバイス企画室 技術企画課長 磯部 良彦氏

半導体デバイスメーカーの研究職を経て、1988年デンソーに入社。プロセス開発畑を歩むが、先行的なマーケティング視点をもって技術全体を捉えたいと、2013年よりデバイス技術企画室へ。関東拠点立上げでは採用活動を担当。

ものづくりの原点に還る歓び──「デンソーTOKYO」は台風の目になるか
吉田 貴彦氏
IC技術2部 情安デバイス開発2室長
吉田 貴彦氏

 コアの技術を自社にたくわえ、基本設計から応用開発、量産へと技術を垂直統合する。さらにそれぞれの工程や他部署のノウハウをすり合わせながら、一体となって最終製品を仕上げていく。これは、デンソーに限らず日本のものづくりの特徴でもあるが、残念なことに、半導体業界の再編の中でその醍醐味を味わえる半導体技術者は少なくなってしまった。

「買ってきて組み立てるだけ、設計だけしてあとは手放すだけ、そういう状況に不満を感じるエンジニアも多いと思うんです。自分たちで作って仕上げる歓び。自分が考案したアイデアの結果を実感できる面白さ。そういった技術者をわくわくさせる原点が、デンソーにはまだ残っています。それを一緒に分かち合いたい。私の職場は、半導体センサのモジュール開発をやっていますが、難しい課題がいくつもある。個人的には、それをあっさり解決してくれるエンジニアが来てくれると嬉しいんですけどね(笑)」
 と、現場からのニーズを語るのは、IC技術2部情安デバイス開発2室・室長の吉田貴彦氏だ。

 東京進出と、それに伴う新しいタイプの技術者との出会い。デンソーの技術者たちはそれぞれの期待感で、そのことを楽しみにしている。受けて立つ関東圏在住の半導体エンジニアにとっても、その期待感は同様だろう。デンソーの東京進出が、この秋のエンジニア転職マーケットの台風の目になることはたしかだ。

IC技術2部 情安デバイス開発2室長 吉田 貴彦氏

1989年入社。研究所勤務が15年と長いが、その後希望して事業部門へ転じる。さまざまな部署をローテーションしながら、複数の技術軸をつくれるところがデンソーのよいところと感じている。

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