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現地対談!グローバル人材に必要なのは、他流試合を厭わないこと
MIT石井裕教授と語る“世界で闘える人材”育成とは
マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ。世界を刺激し続けているデジタル技術の研究・教育拠点だ。今回はそのMITメディアラボにリクルートの社員が訪問。ラボの最新事情と、所長である伊藤穣一氏、石井裕教授との対談の模様をレポートする。
(取材・文/広重隆樹 編集/宮みゆき)作成日:13.07.11
ビット時代を先取りする研究。発信地ボストンに乗り込んだ

「アトム(実体のあるもの)からビット(デジタル情報)へ」──今ではありふれたフレーズが、ニコラス・ネグロポンテの1995年の著書『ビーイング・デジタル─ビットの時代』で繰り返し主張されたとき、人々は半信半疑だった。デジタル革命はまだ始まったばかりで、人々はそれが世界をどう変えるのか、具体的なイメージを持てないでいたからだ。

 しかし、その10年も前からネグロポンテは、ジェローム・ウィーズナーと共に、MITメディアラボを設立し、情報環境の変化が社会と人間に及ぼすポジティブな影響を考え続けていた。ウェアラブルコンピュータ、デジタルシューズ、音楽家ヨーヨー・マのために特別に製作した「ハイパーチェロ」など、他の研究機関では真似のできない独創的な研究は、絶えず世界を刺激しつづけた。それらの研究は、ビットの時代において、人々が知的社会的高揚感=エンパワーメントを感じるためには、新しい器、新しいメディアが必要なことを示唆していた。

 ネグロポンテらのビジョンを引き継ぐ人々──近年は日本人の伊藤穣一氏が所長を、石井裕教授が副所長を務めていることでも知られている──によって、MITメディアラボは今なお、デジタル技術の重要な研究・教育拠点となっている。

「ゼクシィ」(結婚)、「リクナビ進学」(進学)、「カーセンサー」(車)などライフイベント領域に関わり、IT製品検索サイト「キーマンズネット」の運営や、Webサイト集客支援サービスを提供するリクルートマーケティングパートナーズ(以下、リクルート)は、今年(2013年)1月には、『10年先未来の「ライフイベント」×「テクノロジーを語ろう!」』と題して、石井裕教授を招き都内で公開ディスカッションを行った。

 今回は、リクルートの社員がボストンを訪れ、メディアラボのプロジェクトのいくつかに触れた後、伊藤穣一、石井裕の両氏との情報交換を行った。今日本の企業はあらゆる領域でグローバル社会を前提とした事業展開を迫られているが、メディアラボは30年も前からそれに取り組んできた、グローバルイノベーションが生まれる場所の一つ。ショッキングともいえるほどの、刺激がそこには満ちていた。

日米で共通の「学び」の現状。家庭を、学校を、外に開け

 今回のMITメディアラボ訪問の大きな目的は、研究所のトップたちとの意見交換にあった。メンバーはまず伊藤穣一所長のオフィスを表敬訪問。eラーニングを通して学ぶ面白さを伝えながら、日本の詰め込み授業を打破しようという、進学領域におけるリクルートの試みを聞くと、伊藤穣一氏はこう話した。

「今子どもたちはアメリカでも日本でも、家でゲームなど学びと関係のない遊びに没頭していて、それに割く時間は無視できないほど長い。家庭での遊びを、どうやって学びにつなげていくか。エンターテインメントと教育、文化と教育をつなげながら、子どもたちを刺激することが重要だ。例えば、TEDのビデオを家で見ながら、家族と話をすることがカッコいいというように意識が変われば面白い。従来の学校教育ではできない、新しい試みはアメリカでも注目されている」

 伊藤氏は、インターネットを活用したグローバル規模での“社会知”とのコラボレーションの重要性も指摘。短い時間ではあったが、今後のリクルートの事業プランにとって重要なヒントをいくつも提示した。

伊藤 穰一氏
MITメディアラボ所長
伊藤 穰一氏
事業の存在意義を脅かすような本質的な問い
石井 裕氏
MITメディアラボ教授
石井 裕氏

 つづいて臨んだのは、石井裕教授へインタビューだ。本質的な問いを次から次へと速射砲のように浴びせる石井教授のトーク。今回は、ボストン・ホームということで、その切れ味はさらに冴え渡る。

 メンバーを代表して、山口文洋執行役員(進学事業本部メディアプロデュース統括部部長)が「進学、結婚などのライブイベントの意思決定の場をクリエイティブに変化させ、社会のニーズに応えることが私たちの事業目的」と話すと、さっそく「価値観の多様化は想像を超えるスピードで進んでいる。従来の、いい大学、いい結婚というコース設定自体が意味をなさなくなっている。そこにあなたたちはどう応えていくのか」と、斬り込まれた。

 事業の存在意義(レゾン・デートル)を脅かすような、本質的な問いである。石井教授が指摘するのは、偏差値や大学のブランド、小市民的な価値観だけで人生のコースを設定する、そのパラダイム自体を疑え、ということ。そうしなければ日本はこのまま沈没してしまうという危機感がそこにはある。世界中から自分自身の価値観に基づいた強い目的意識を持った学生が集まってくるメディアラボにいるからこそ、それは切実な感想なのだろう。

 石井教授の問いは、単にリクルートのメンバーだけに向けられたものではない。国際化の重要性を言いながらも、あえて冒険することをせず、海外への留学志向さえ低減傾向にある日本の若者すべてに向けられた問いだ。ドメスティックな市場環境のなかで、製品や技術開発を考えることに慣れた、日本のエンジニアたちへの“挑発”でもあるだろう。

強烈な飢餓感にドライブされた破壊的創造者を育てる

 常にエンジニアや事業家にはイノベーションが求められる。ただ、そもそもイノベーションとはどういうことだろう。従来の価値観に沿ってメニューを増やすことなのか。それとも旧態依然とした価値観を覆して、新しい価値体系を生み出すことなのか。る。


山口 文洋氏
執行役員 進学事業本部
メディアプロデュース統括部
統括部長
山口 文洋氏

 石井教授は、飛行機の機内食サービスでよく聞かれる「ビーフですか、チキンですか」というクリシエ(常套句)を使いながら、ディスカッションをより高い次元にもっていこうとする。
「ビーフかチキンのどちらを選ぶかという問題は、正解の存在が保証された極めて限定的な文脈における選択問題に過ぎない。しかしメディアラボがやろうとしているのはそのような次元の問題では決してない」と言うのだ。深く本質的な問いを生み出さなければ、「1%か2%のすごい潜在価値をもった人たちの創造意欲に火をつけることはできない」。強烈な飢餓感、強迫観念に近いような推進エンジンをもった一握りの人が目覚め、トップリーダーとして世界を変えていく。その創造力に石井教授は期待している。

「実際、地方の高校を回ると、すごい大志を抱いたやる気のある高校生と出会います。いい大学を出て官僚になるという選択だけでなく、MITに行って最先端の量子力学を研究するとか、アフリカに行って人口問題に取り組むとか、より大きなチャレンジができるかもしれない。若者のそういう可能性を広げるのが僕らの仕事だと思うんです」
 と、山口氏は石井教授に食い下がる。

 日本の高校生にシリコンバレーのスタートアップ企業やその他新興国を見学してもらい、彼らのイノベーション魂に火をつけるという、新しいサービス構想を一定評価しながらも、石井教授は、
「実際、メディアラボには毎週とても対応しきれない程の多数の見学者が訪れる。ただ、ほとんどの人は国に帰ったらそのインパクトを忘れてしまう。もちろんそこで受けた刺激で自分が変わったという人もいる。要はそれぞれの人のマインドセットの問題。受動的に見学するだけの人と、そこに強い関心を持って深く突っ込んだ議論ができる人の違いは大きい。どうしてもやらなくちゃいけないという飢餓感や強迫感念がその人にあるかどうかが重要だ」
 と、指摘する。

行ってみて初めて心震えたメディアラボの最先端研究

 伊藤氏・石井教授とのディスカッションの前に、メンバーはメディアラボの各研究室を案内された。例えば、幼児期の創造的な学びのプロセスを研究する「Lifelong Kindergarten」では、子どもでも簡単に組むことができるビジュアルプログラミング言語「Scratch」のデモに触れることができた。Scratchはオープンソースとして提供されていて、一人の子どもが面白いソースを書いたら、世界の子供達と共有し、ソースコードをマッシュアップするコラボレーションが自然に行われている。

 それは小学生の天才プログラマを育てる教育というのとは、ちょっとわけが違う。従来の学校における知識詰め込み型の学習を、コラボレーション型へ進化させようというモチーフが重要なのだ。

 石井教授率いる「Tangible Media」プロジェクトは日本でも多くの紹介事例がある。アトムとデジタルが相互にインタラクションする次世代インターフェイスを開発しながら、それがもたらすユーザ・エクスペリアンス(UX)を研究しているグループだ。メンバーは、譜面台と鍵盤に有名な演奏者の上半身と指先が投影されるピアノを実際触ってみた。「亡くなったおばあちゃんと一緒にピアノを弾けたら」という時空を越えた連弾の夢が発想の原点だと聞いて、人々の想像力こそがニーズに原点だということを、訪問メンバーはあらためて思い知るのだった。

「これからの情報提供は、単にテキストや画像だけでなく、より肌ざわり感を大切にした五感をフルに刺激するものであるべきだ」と感想をもらすメンバーもいた。

 近年、ビッグデータのビジネス活用が言われるが、メディアラボの「Macro Connections」グループが取り組むのは、マクロデータを可視化するための分析ツールの開発だ。例えば、ある国の産業構成の経年変化やその複雑性、国ごとの文化的成熟度など、データの量ではなく質に着目して、それらを可視化することで、政策や事業の意思決定につなげようとする。ドミニカの野球選手の人気は、どのように世界に伝わっているかというデータ分析を通して、国際間の文化輸出の様子を可視化することも可能だという。

Lifelong Kindergarten
Lifelong Kindergarten
Tangible Media
Tangible Media
Macro Connections
Macro Connections

 どんな道具を作るかも重要だが、それによって世界をどう変えてゆくかというビジョンこそ、より重要である。エンジニアのイマジネーションがそこまで及ばなければ、イノベーションとはなり得ないことをあらためて痛感した。

 こうした研究アイデアそのもののビジネス化も重要だが、それ以上に、ラボにおける研究開発の様子を実体験することで、そこから自分たちのビジネス・コンセプトを引き出すことが大切だ。まさに「行ってみて初めてわかる」ことは多いのだ。

「他流試合」を厭うな──石井教授からのメッセージ

「みんなグローバル化が必要だというけれど、その本質は他流試合を厭わないということ。今世界では、かつてのモハメド・アリとアントニオ猪木の異種格闘技的な状況があらゆる分野で起きつつある。そこで闘うためには、どれだけ多様な価値観がしのぎを削って切磋琢磨しているかをきちんと理解し実践できるが大切だ。一つの集団が一つの価値観で統一されているなんてことがあれば、むしろそのことのほうが怖ろしい。世界で闘える人材をつくるというのなら、まずはあなた方一人ひとりがそうならなければならない」
 石井教授は最後にそう語った。

「他流試合を厭うな」──その言葉の持つ意味は重い。今回のメディアラボ訪問がまさに他流試合の一つだった。そのリング上で、激しいカウンターパンチを食らいつつ、食い下がった2時間半。それは、日本はこのままではダメになるという危機感をあらためて石井教授と共有できた時間でもあった。その危機感を、本稿に触れたすべてのエンジニアと共有できればと思う。

MITメディアラボ教授 石井 裕氏

1956年生まれ。北海道大学大学院修士課程修了。1980年電電公社(現NTT)入社。86年〜87年、西ドイツのGMD研究所客員研究員。88年よりNTTヒューマンインターフェース研究所で、CSCWグループウェアの研究に従事。92年工学博士。CSCW、CHIなどの国際会議の常連となる。93年から1年間、トロント大学客員教授。95年マサチューセッツ工科大学準教授。メディアラボ日本人初のファカルティ・メンバーとなる。2006年、国際学会のCHI(コンピュータ・ヒューマン・インターフェース)より、長年にわたる功績と研究の世界的な影響力が評価されCHIアカデミーを受賞。現在、MITメディアラボ副所長。

石井 裕氏
伊藤 穰一氏
MITメディアラボ所長 伊藤 穰一氏

日本のベンチャーキャピタリスト、実業家で、MITメディアラボ所長。愛称はJoi。 実業家として、PSINet Japan, Digital Garage and Infoseek Japan など多数のIT関連会社を起業。ブログ・IRCチャンネルも運営している。

執行役員 進学事業本部 メディアプロデュース統括部 統括部長 山口 文洋氏

ベンチャー企業にてマーケティング、システム開発を経験。2006年、リクルートへ入社。進学事業本部にて事業戦略・統括を担当した後、メディアプロデュース統括部に異動。社内の新規事業コンテストでグランプリを獲得し、『受験サプリ』の立ち上げを手掛ける。12年に統括部長に着任。現在に至る。

山口 文洋氏
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