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自動車部品で培ってきたロボット・センシング技術で世の中に貢献
デンソーが新たに健康・医療分野に取り組む真意とは?
デンソーが自動車部品で培ってきた技術をベースに健康・医療分野へ新たに事業展開を進めている。なぜいま医療機器なのか。非自動車領域に新たに取り組む同社の狙いは何か。そのために必要な技術者人材とは?
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/早川俊昭)作成日:13.01.30
車載センサを応用し、無呼吸症候群を家庭で簡単にチェックする装置を開発
徳島 一雄氏
新事業推進室
事業企画担当次長(医療・健康機器担当)
徳島 一雄氏
スリープレコーダSD-101
スリープレコーダSD-101

「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」という言葉を聞いたことがある人も多いだろう。寝ている間に自分では気づかないまま、口や鼻からの気流が停止する病気だ。睡眠中の筋弛緩により舌根部や軟口蓋が下がり気道を閉塞することが主な原因とされるが、他にも脳血管障害や心不全が疑われるケースもある。

 当然深くは眠れないわけで、昼間のオフィスで集中力が失せたり、会議中に居眠りしてしまったり、最悪の場合は、列車や車の運転中に強い眠気が発生し、それが重大事故につながることもある。

 家族が隣で寝ていて無呼吸状態に気づくこともまれではないが、一人で寝ている場合には発見が遅れる。鉄道、バスなどの交通事業者を中心に最近は職場の健康診断にSAS検診を導入する企業も増えてきた。ただSASの可能性があるかどうかをチェックするためには、自宅や病棟のベッドで、特殊な検査機器を装着して眠ってみなければならない。機械とつながったマスク装置で口や鼻を覆いながら、いわば拘束状態で眠るのは、なかなかハードルが高い。検査が面倒という理由で、受診したがらない人も多いという。

「ほかにも簡易検査装置として指に装着するものなどがありますが、それでも不快感は残ります。その問題を取り除き、単にマットを敷いて眠るだけで、睡眠時の呼吸を測定できるような、無拘束の検査装置が待たれていました」
 と言うのは、デンソー新事業推進室の事業企画担当次長・徳島一雄氏だ。

 より簡単で、被験者に優しい無拘束のSASスクリーニング(ふるい分け)検査機器として、デンソーが開発したのが「スリープレコーダSD-101」。開発は5年前に終り、薬事法上の医療機器として認可され、ようやく2010年末に健康保険適用対象となった。

 装置は162個の感圧センサを埋め込んだマット状のもので、背中に敷いて寝るだけで、横隔膜の動きによる身体の圧力変化をとらえ、呼吸しているかどうかをチェックできる。専用の解析ソフトを使えば、無呼吸・低呼吸指数を自動解析、検査結果を画像などで出力することも可能になる。

 しかし、クルマのデンソーがなぜ医療機器を手がけるのか? 実はこの装置は、クルマの座席やステアリングに埋め込んで着座状態などを感知する車載センサの横展開製品なのである。

生活習慣病の予防と早期発見──私たちには大義がある
小山 俊彦氏
研究開発3部
特定開発室ME 室長
小山 俊彦氏

 現代のクルマはセンサ技術のかたまりといっても過言ではない。車室内にもたくさんのセンサーが組み付けられている。車速やステアリング角を測るセンサ、録画装置と連動するカメラシステム、ドライバーや同乗者の着座状態を検知する着座センサはすでに実用化済み。さらに、デンソーでは基礎研究所が、ステアリングにセンサを組み込み、ドライバーの心電、脈波、発汗を感知して、居眠りなどの異常状態を警告する安全システムの研究を10年以上前から進めてきた。
「ステアリングセンサは自動車メーカーにも提案し、さらにこのセンサを組み込んだデモカーを、循環器や心電など医学系の学会で発表したこともあります。クルマでこんなことまでわかるんだと、お医者さんたちには評判でした」と、特定開発室ME室長・小山俊彦氏は言う(MEは医療機器=メディカル・イクイップメントの略)。

 目的はクルマの走行安全性を高めるというものだが、脈の状態までわかる装置となると、自動車部品を離れ、医療機器の分野になってしまう。当然、薬事関係法規の規制対象。クルマの開発とは勝手が違う。クルマの開発スケジュールに合わせていたら、いつになっても投入できないのだ。

「そのためクルマからいったん離れ、これらの技術を医療機関や家庭で使える医療機器としてまず展開することに注力しよう。そこで培ったノウハウを最終的にはまたクルマに戻そう」(小山氏)という長大な計画が練られることになった。

 その第一弾が先述のスリープレコーダーだ。さらに、光の血管吸収率と反射率を検知して脈の動きを知る脈波センサ、心臓から出る電位の差を検知する心電センサと組み合わせた商品などの商品化計画もある。病院に行けばこれらの検査はできるが、それでは車載技術を活かす意味がない。小型化されたセンサは、例えば壁に埋め込んだり、便器に内蔵したり、バスルームに置いたりすることを前提にしている。普通に生活をしながらセンサで身体状態を常にモニタリングできるような装置なのだ。

「検査の負担をかけずに疾病の予防に役立つ製品を目指しています。“生活習慣病の予防と早期発見・対応を支援し、人々のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)向上と医療費の削減に貢献する”というのが私たちの大義。少々大げさかもしれませんが、医療・健康分野の事業には相当な苦難が予想されます。こうした大義を抱かなければ、やりぬくことができませんから」
 と、徳島氏が言う。その言葉からも、新規事業へかける意気込みが伝わってくる。

エビデンスの積み上げ。精緻なアルゴリズムの開発が命

 デンソーはいま売上のほぼ98%を自動車関連分野で挙げている。しかし、将来のマーケットを見通したとき、そこに安住するわけにはいかない。自動車部品で培った技術をベースに、非自動車分野でより人々の生活に密着した製品展開を進めるという新規事業戦略を2年前に打ち出した。対象となるのが「トータルライフサポート」「マイクログリッド」「電動モビリティ」「食流通ソリューション」「セキュリティ」そして今回取り上げる「健康・医療」の6つのドメインだ。

 新事業推進室がビジネスの開拓を、それぞれの特定開発室が技術開発を担当するという二人三脚。医療・健康分野は時間も手間もかかる。医療機器として認められるためには、長期にわたる臨床試験が必要だし、それをクリアするためには医学的なエビデンスの積み上げが不可欠だ。実際に医療機器が使われる現場を知るという意味でも、大学医学部や医療機関との密接な連携が欠かせない。

「スリープレコーダーの例で言えば、一番難しいのはセンサそのものの技術ではなく、それによって得られるデータが、従来の方法で取得したデータと同様に呼吸や無呼吸の状態を正しく判断できているかどうかを証明すること。そのための精緻なアルゴリズムの開発と臨床試験が必要でした」
 と言うのは、特定開発室ME担当課長・河内泰司氏だ。

河内 泰司氏
研究開発3部
特定開発室ME 開発1課長
河内 泰司氏

 スリープレコーダーは3年以上にわたり数百に及ぶ臨床試験を重ねてきた。その結果、これまでの手法による睡眠ポリグラフ検査と同じ結果が得られることが証明され、ようやく実用化に至った。現在はデンソー社内の健診にも使われ始め、刈谷本社だけで月に10名程度の活用実績がある。その実績を示すことで、他企業の健保組合も関心を寄せ始めた。いまは医薬品商社に任せている販売戦略だが、今後はデンソー独自の販路開拓も強める方針だ。

「事業が独り立ちするためには、デンソーの場合、年間100億円以上の売上が求められます。スリープレコーダーだけではとうてい無理な数字。今後次々に商品化を進めていく必要があります。10年後には医療・健康事業だけで500億円規模まで伸ばしたい」
 と、徳島氏はこれからを見据える。医療機器は自動車とは異なるカルチャーがあるだけに、メディカル・エレクトロニクス分野の他企業とのアライアンスも見越した事業戦略だ。

自動車部品技術から新事業分野への拡がり
自動車部品技術から新事業分野への拡がり
いまだからできる。これまでにない新しい医療機器のビジネス開発

 新規事業の成否は、「人々のQOL向上に貢献できる健康医療機器とはどんなものか?」を探り続け、新しいニーズを創り出すマーケティング活動を強化すること及び潜在的な技術シーズをいかに量産体制にまで磨きあげ、マーケットニーズを先取りする形で商品化するかだ。とりわけ技術的課題としていま直面しているのは、量産設計技術の内製化だ。

「医療機器に関わるハードウェア、ソフトウェア両面での量産設計技術を自前で持つことが不可欠です。いつまでも外に丸投げしていてはノウハウが蓄積できませんから。ソフトウェアでは機械装置一般の組込みソフト技術者、ハードウェアではマイクロプロセッサ開発やアナログ回路のノイズ対策などを経験した人なら、十分活躍できると思います。もちろん、電子医療機器の開発経験者がいれば理想的ですが」
 と言うのは、小山氏だ。もともとは「マジンガーZ」に憧れロボット開発を目指したエンジニア。医療事業ではいずれは手術ロボットを作りたいという夢を持っている。

 とはいえ、デンソーを目指すエンジニアといえば、やはり自動車開発に関わりたい人が多いはずだ。「デンソーで医療機器事業」と言われてもなかなかピンとこないかもしれない。
「ただ、自動車よりも面白い面はあると思うんです。膨大な作業工程の一部を担うのではなく、完成品まるごとの設計に関われるという面白さがまず一つ。いまだったら、機器の使われ方までイメージしながら、自分たちで一から仕様決めができますしね。さらに、医療機器は自動車コンポーネントのように外からは見えない技術ではなく、エンドユーザーに直接タッチできる商品です。そこに技術の醍醐味があると思います」
 と、河内氏がフォローする。

「医療・健康機器は、人々の生活の質、QOLを直接的に高め、新しいライフスタイルを提案できる仕事だと思っています。それだけに責任は大きく、新規事業ならではのストレスは覚悟してもらわなければなりませんけれど、これまで言われたからやるという“やらされ仕事”ではなく、自分から進んで商品開発に関わってきたような人であれば、即戦力になってくれるでしょう」
 と、徳島氏も中途採用エンジニアへの期待を語っている。

 センシング技術で人々の健康を増進するというドメイン戦略=大義のもと、デンソーが切り拓く医療・健康分野の新事業。これからどんなメディカル・ヘルスケア製品が飛び出してくるか楽しみだ。きっとそこには、他社の真似でも追従でもない、驚くべき技術が込められているに違いない。

研究開発3部 特定開発室ME 開発1課長 河内 泰司氏

学部卒で1993年デンソー入社。ヘッドアップディスプレイ開発を経て、豊田工大へ留学し修士号取得。基礎研究所でドライバーの脈派・心電などを測る生体センサの研究を進める。特定開発室MEの立ち上げに伴い、2年前に異動。

新事業推進室 事業企画担当次長(医療・健康機器担当) 徳島 一雄氏

学部卒で1985年にデンソー入社。冷暖房事業部でカーエアコン開発設計、車載冷凍機開発設計などを担当。一時は、バイオテクノロジー利用の商品開発といった新規事業に携わった経験もある。新規事業には再度のチャレンジ。

研究開発3部 特定開発室ME 室長 小山 俊彦氏

大学院卒。1986年デンソー入社。社内工場で使う産業ロボットの開発に従事。米MIT留学の経験がある。産業用ロボットを開発する関連会社デンソーウェーブ出向を経て、現職。

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