超こだわりの“一筋メーカー”探訪記 この分野なら任せなさい! |
|
南部鉄器一筋111年!
|
鉄瓶一筋20年、伝統工芸士が工房を案内する
大学を出て教師になるはずが南部鉄器の職人に、「ドストライク」
釜焼きから上げたばかりの南部鉄瓶
「お客さんには南部鉄瓶の全工程を65と説明していますが、細かな作業を入れると優に120はあると思っています。ただ、その120工程を終えても完成ではないんです。人に使ってもらって初めて『完成』するものですから」
こう語るのは、南部鉄器の老舗である株式会社岩鋳の伝統工芸士、八重樫亮氏だ。「三代目清茂」の号を持つ南部鉄瓶の職人である。地元岩手県の出身だが、子供のころからこの仕事を目指していたわけではない。地元の大学の文学部で学び、教員免許を取得した彼は、卒業を控えて「なんとなく先生になるのかな」と感じていたという。
ただ、スーツにネクタイが性に合わないという気持ちもどこかにあった。そんなとき、大学時代にずっとバイトをしていた居酒屋のマスターから、「就職活動がてらに見学に行ったら?」と勧められたのが岩鋳。出かけていって引き寄せられたのが、高熱で溶けた鉄が鋳型の中に注ぎ込まれ、真っ赤に焼けた鉄瓶へと変わっていく様。
「『すごい』ではなく、『作りたい』と思いました。もう、ドストライク(笑)」
20年にわたる職人人生がここから始まった。
南部鉄瓶の製作工程、デザインを起こして鋳型をつくる
株式会社岩鋳 |
しかし、鉄器のことも素材のことも全くの門外漢。理系学部であれば材料の知識も多少はあっただろうがそれも皆無。まさにゼロからの出発だったが、地道に努力を重ねて2010年に「伝統工芸士」となった。 製作はデザインから始まる。どんな鉄瓶にするかを原寸大の図面に起こして、次に厚さ1.5ミリ程度の「木型」に切り抜く。昔は木製だったので今でも木型と呼ぶが、現在の材料は鉄板だ。 |
手作業で続ける鉄瓶作り、オレンジ色に溶けた鉄が流れる
岩手の気質が生む「文様捺し」、震災のときは坩堝を守った
型が乾燥しないうちに「文様捺し」をする。岩鋳の南部鉄瓶の工房でも、この作業は八重樫氏と親方、もうひとりの職人しかできないそうだ。それもそのはずで、文様で有名なのが「アラレ文様」だが、これは真鍮の細い棒を使って、型に何千個もの小さなくぼみをつけていく作業。鉄瓶の大きさにもよるが丸1日はかかるという。動植物などの吉祥文様などを描くこともある。 鋳型は上下に分割されるようになっており、その中に「中子」を入れる。鉄は鋳型と中子の隙間に流し込むので、この間が鉄瓶の厚みとなる。中子は川砂を用いて手作業で作る場合もあるが、量産した「シェル中子」を使うこともあるという。 |
デザインから起こした木型 細かな手作業によるアラレ文様 電気炉である「坩堝」 |
鉄を鋳型に流し込み、真っ赤になった鉄瓶を取り出す
鋳型を並べて板を掛ける 鉄を4つの鋳型に順に流し込む 「返し湯」を湯汲みで受ける |
坩堝に鉄片を入れて15〜20分、1400度ほどで溶けた液状の鉄を、「湯汲み」という柄杓に移す。そのまま鋳型まで運び、上から流し込む(鋳込み)。溶解した鉄のオレンジ色は小さな溶鉱炉のようだ。 八重樫氏が4個の鋳型に続けて、一杯まで鉄を流し込む。鋳型の上まで注ぐのは、鉄自体の重みで圧を掛け、隙間の隅々まで鉄を行きわたらせるためだ。こうしないと、細かい模様がはっきり出ないという。 |
使われてこそ南部鉄瓶、使い手と作り手の気持ちが交差する
釜焼きから着色へ、漆を塗った後で「お歯黒」を塗るわけ
鉄瓶をしばらく冷ましてから、木炭で熱した釜に入れる。これは「釜焼き」と呼ばれ、鉄瓶の内部に酸化被膜を施すための工程。こうすることでさびを防止でき、沸かした湯がまろやかな味になるという。 後日着色をする。鉄瓶を約250度に加熱し、全体に「くご刷毛」で漆を焼付ける。次に100〜150度の温度で、錆び水と煎茶を混ぜた「お歯黒」を塗る。これは漆の艶をわざと消すためだという。 その後で取手を取り付け、鉄瓶と同様の工程でつくられた蓋を載せると、ようやく南部鉄瓶が出来上がる。この工房では多いときで月に200個ほどの南部鉄瓶をつくり、サイズ違いも含めると鉄瓶の種類は80ほどもあるそうだ。 |
上部の型を外すと、鉄瓶の尻が見える 鉄瓶を型から出し、砂を落とす |
使い手の生活が見える修理のときが、作り手の醍醐味
姿を現した鉄瓶 八重樫氏がつくった南部鉄瓶 |
八重樫氏が仕事のやりがいを感じるのは、「お客さんからの直しがきたとき」。南部鉄瓶は「孫の代まで使える」という持ちの良さが特徴のひとつだが、空焚きを続けて水が漏れるようになったり、漆がはげてしまうなどもある。そうしたときに修理の依頼がくるのだ。ただ、南部鉄瓶は一般的に高価で、数万円するものも珍しくない。修理にも5000円や1万円がかかるという。 鉄瓶は何年、何十年と使い続けると、その人なりの個性が出てくるという。例えば、台所で長く使えば油が付くし、居間で使用してふきんなどで拭き続ければきれいな状のままだ。 |
このレポートの連載バックナンバー
超こだわりの「一筋メーカー」探訪記
一筋、一筋、○○一筋××年! ひとつの製品・分野を究め続けるマニアックなメーカーを訪ね歩き、その筋の「こだわり話」を聞き出します。
このレポートを読んだあなたにオススメします
超こだわりの“一筋メーカー”探訪記 この分野なら任せなさい!
染物一筋104年!「藍染」の伝統を受け継ぐ女性職人
超こだわりの“一筋メーカー”探訪記 この分野なら任せなさい!
江戸箒一筋182年!シンプルで奥深いほうきの世界
「江戸箒(えどぼうき)」を知っていますか? 軽く、しなやかで、さっと掃ける、江戸でつくられた箒のこと。開発したのは天保…
超こだわりの“一筋メーカー”探訪記 この分野なら任せなさい!
砲丸一筋46年!辻谷工業は世界を相手に意地を張る
「一筋メーカー」の第3回目は、オリンピック選手に愛される「砲丸」を作り続ける辻谷工業さん、というより辻谷政久氏です。1988年の…
スカイツリーデザイン監修者・澄川喜一さんに聞く
東京スカイツリーに生かされた時空を超えた和のかたち
下町に新たなランドスケープをもたらす東京スカイツリーには、日本古来の技術が凝縮されている。デザインを監修した彫刻家・澄…
我ら“クレイジー☆エンジニア”主義!
川を浄化!魚型エコロボット開発の藤本英雄
触覚研究など次世代の“ネオロボティクス”で世界に知られるロボット博士であり、国内では川を浄化するユニークな「魚型エコロ…
広める?深める?…あなたが目指したいのはどっちだ
自分に合った「キャリアアップ」2つの登り方
「キャリアアップしたい」と考えるのは、ビジネスパーソンとして当然のこと。しかし、どんなふうにキャリアアップしたいのか、…
あなたのメッセージがTech総研に載るかも