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つくば市の一軒家でスマホアプリ開発のミニ企業が動き出した。一人を除いて全員が高専卒業生。全国の後輩たちに夢と刺激を与えながら、自らも世界を目指す。いま跳び出す高専系ベンチャー「FULLER」の仲間たちを紹介しよう。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/佐藤聡)作成日:13.02.15
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FULLER株式会社
代表取締役 Founder & CEO 渋谷 修太氏 |
「ハードからソフトまで工学全般、ものづくりの基本をひと通り学べるというのがいいところですね。情報系学科の学生でもプログラミングだけじゃなく、ハンダゴテを握ったり、ガス溶接やNC旋盤をいじったりしますし。高専の5年間で培った“ものづくり×IT”の素養が僕らの武器になっていると思うんです」 社員10人のうち一人を除いて全員が、高専でエンジニア人生をスタートさせた。ものづくりの面白さを全身で吸収してきた少年たち。その後、大学に進学した人も多いが、いまでも彼らは「高専卒業生だからこそできる仕事をしたい。全国の高専生を応援したい」と口々に語る。これほど“高専色”を売りにする会社は、日本広しと言えどおそらくほかにないだろう。 |

「寮生活をする学生が多いことも高専の特徴かもしれません。さまざまな地域から学生が集まり、寝食を共にします。僕も久留米高専時代は学生寮の寮長をしていて、寮改革のリーダー。組織づくりの大変さを身に染みて感じましたが、このときの経験はいまの仕事にも活かされていますね」 社屋はつくば市郊外の2階建て、家賃16万円の4LDKの一軒家。そこに社員の内、4人が住み込んでいる。例えばP氏の部屋は、2階から折りたたみ式のハシゴで上る屋根裏部屋。ほかにもリビングルームの一角にカーテンを引いて、そこを自分の居室にしている人もいる。 つくば市で創業したのは、創業メンバーの何人かが筑波大卒だったのと、東京だと家賃が高いから。ソフトウェア開発は東京にいなくてもできるし、寝食忘れてコーディングにいそしむためには、いっそのこと通勤時間をカットできる共同生活スタイルがいい。そんな理由からだった。 跳び起きればすぐそばにオフィスがある。這ってでも行ける職住極接近。大きな一軒家のくせにみんな狭い一室に集まって肩寄せ合ってコーディングする。いまどきの若者には珍しく、濃密なフェイス・トゥ・フェイスの人間関係も嫌いではないようだ。ランチはじゃんけんで負けた当番が、みんなの分を作るのが掟。取材で訪れた日はちょうど蕎麦が茹で上がっていた。 夕飯時にはダーツで負けた人がライトニングトークで今日の反省をしたり、晴れた日には近所の公園で野球をみんなでやったり、体育館でバレーボールに興じたりと、まるでそこは青春のシェアハウスのようだ。 |
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FULLER株式会社
取締役副社長 Co-Founder & CFO P 章充氏 ![]() |


FULLERは現在、iOSとAndroid向けに3つのスマホアプリをリリースしている。その内、Android用の「ぼく、スマホ」は、不要なアプリのアンインストールや起動中のアプリのタスクキルを促して、動作速度を改善したり、バッテリーを節電できるというものだ。
「ソフトウェア・ベンチャーというと、受託開発をベースにした方が経営が安定するという話もあります。メンバーの中にも最初の会社が受託開発の企業だったという人もいます。ただ、受託は面白くない。僕ら自身の発想が活かされない。どんなに苦しくても当分は自社開発・自社製品で行きます」
と、渋谷氏は言う。
「受託開発の場合、用いられるのはたいてい“枯れた”古い技術。そればかりにリソースが割かれると僕ら自身の成長が損なわれる」
とP氏も言う。
高専時代の「ものづくり×IT」の総合力を発揮すれば、アプリだけでなくハードウェア製品だって開発できるだろう。ただ、いまスマホアプリにターゲットを絞っているのは、そこにビジネスの成長点があるからだ。市場拡大が見えているところで、まずは勝負しようという腹積もりなのである。

ただ、そのマーケットには必ずしも技術に詳しい人々だけがいるわけではない。開発にあたって最も気を使ったのは、逆説的ではあるが、“高専っぽさ”を抑えるということだった。
「初めは理系っぽいというか、カタいつくりのアプリでした。ただ、技術が生の形で外に見えていたのでは、一般ユーザーは使ってくれない。何度もユーザーテストをやって、ああ普通の人はこう使うのかと目からウロコが落ちたことがありました。それで、メンバー全員で徹底的に議論して、アプリのキャラやUIをガラリと変えました」と、渋谷氏は言う。アプリ開発の方針決定は全員協議が原則。社員10人中の5人が、chief officerの肩書きを持つ。誰にも主張・提案の権利があり、自分たちのプロダクトに強い責任感を持っているのだ。
ユーザーインターフェイス(UI)の重要さに関連して、P氏は高専時代に参加していたという「鳥人間コンテスト」の話をしてくれた。
「飛行距離を出すためには技術開発が重要ですが、同時に、観客に楽しんでもらうためには見せ方の工夫も大切だなとそのとき痛感しました」
確かな技術を、わかりやすく、万人にウケるUIで包み込む。その成果があってか、飄々としたメタボおじさんキャラが人気を呼び、「ぼく、スマホ」はリリース3週間で10万ダウンロードを突破。ユーザーの大半が女性だという。

FULLERは既存市場が確立し、マネタイズの手法も広告と課金しかないソーシャルゲームには食指が動かないという。
「ソーシャルゲームも一つのジャンルだとは思いますが、もっとユーザーに価値を還元できるような仕掛けをアプリに持ち込みたいんですよね。例えば『ぼく、スマホ』では不要なアプリをアンインストールするだけでなく、『同じ機能が必要でしたら、こちらのアプリのほうがメモリやバッテリー消費量も少ないからオススメですよ』というレコメンド機能も付け加えてみたい。そのほうがきっと喜ばれると思うんです」
と、P氏は懐中のアイデアの一端を明かす。
会社だけが利益を出せばいいのではない。ユーザー体験をリッチにし、かつユーザーに新しい価値を提供する。エンジニアリングを通して人々の便利で豊かな生活を実現するという基本姿勢が、彼らにはしっかり身についている。それをベースに、誰もやったことのないアプリ開発に挑戦する。
そのチャレンジと開発力が評価されて、昨年末には、ロンドンに本拠を構えるベンチャーキャピタル「m8 capital」とプロバイダーの「朝日ネット」から、合計1億円の資金調達に成功した。それに伴って、「ぼく、スマホ」も海外に展開する。「おじさんキャラ」は海外では受けないから、サカナのキャラに置き換え、タイトルも「AppQuarium」に変更した。日本の高専卒業生のスキルを世界に知らしめる、これはチャンスである。


FULLERが昨年11月から日本マイクロソフトと共同で取り組んでいるのは「全国高専キャラバン―エンジニア時代の高専キャリア」だ。スポンサーロゴ入りのキャンピングカーを仕立て、全国の高専を巡回する移動式オフィス。各地の高専で講演や最新のWeb・ITのトレンドをワークショップ形式で紹介し、これからの高専生のキャリアについて考えてもらう機会を提供しようというのだ。
すでに20校以上で講演をこなしてきた渋谷氏はこう語る。
「まずは僕自身が高専時代にどんな学生だったのか。それから大学へ進んで、起業の道を歩んだ経緯を話します。対象は3〜4年生。高専生活も中だるみをしているころで、そこに刺激を与えるという狙いもあるんです。とりわけ考えてほしいのは彼ら自身の次のキャリアですね。これまで高専生の就職というと、家電、自動車、電力、通信というのが主立ったところ。大学生と違ってビジネスを考える機会も少ないから、それが当たり前だと思って就職してしまう。ただ、自分たちが持っている高いレベルの技術をどのように活かせばいいのか、悩んでいる人も多いんです」



都会のど真ん中に立地する高専は少ない。寮生活は友情を育む上では最適だが、外部からの刺激が受けにくいという難点もある。基本的に大学受験がないことや、高い就職率を前に、学生たちはついのんびりと過ごしてしまいがちだ。
そこへ起業真っ直中のベンチャー経営者が学校にやってくる。講演のテーマは「今こそ、高専の時代──エンジニア時代の高専キャリア」。渋谷氏が高専生たちに提示するのは、Web、IT、インターネット、ベンチャー、スマホといったキーワードだ。「新しいテクノロジー領域で、自ら起業するぐらいの気構えで、キャリアを切り拓いてほしい。社会は君たちの実力に注目しているんだ」──先輩の熱弁の前に、学生たちの目の色が変わっていくのは想像に難くない。
「将来の夢の形が少し見えてきた」「大学への編入試験のモチベーションが湧いてきた」「これまで考えていなかったけれど、ITベンチャーも面白そうだ」──学生たちからはそんな反応が返ってきているという。
学生の中には国立高専機構と日本マイクロソフトが共同で主催するWindows8アプリ開発コンテストへの参加を目指し、開発を進める学生が続々と現れている。コンテストの優秀者は、同社主催の「Imagine Cup」へのチャレンジの権利を与えられる。「Imagine Cup」は、ビル・ゲイツ肝煎りで始まった、学生たちのアイデアや技術の発表の場。毎回180を超える国と地域から、35万人以上の学生が参加する。そこから第2、第3のFULLERが誕生する日も、そう遠くないかもしれない。
FULLERのメンバーたちがそうだったように、現在の高専生の中にもテクノロジーで世界を変えたいと思っている人は少なくないはずだ。
「後輩の高専生たちにもっと大きな夢と希望を与えたい。僕らが成功すれば、それはきっと彼らのよきロールモデルになるはず。そのためにも、まだまだやることがいっぱいあります」
高専生・高専卒業生の期待を一身に集めて、FULLERはさらに飛躍しようとしている。

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長岡工業高等専門学校卒業後、筑波大に編入学。経営工学を専攻。大手ソーシャルゲーム企業に就職するも約1年で退職し、2011年「FULLER」を創業。
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久留米工業専門学校卒業後、筑波大に編入学。大学院時代の専攻は社会システム工学。編入学の同期である渋谷氏の呼びかけに応じ、「FULLER」創業に参加。
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