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超こだわりの“一筋メーカー”探訪記 この分野なら任せなさい!

バイオリン

バイオリン一筋125年!
    音質と音量の完成形を追う

鈴木バイオリン製造の創業者である鈴木政吉。彼が初めてバイオリンをつくったのは1887(明治20)年でした。それから125年。アインシュタインも賞賛の手紙を送ったその高い技術力は、今も職人たちに受け継がれています。

(取材・文・撮影 総研スタッフ/高橋マサシ) 作成日:12.11.12

「楽器の女王様」を美しく飾り立てる秘密の配合

材料加工、手工、塗装、仕上げと続くバイオリンの製作工程

バイオリン

谷口氏の作業台に置いた、価格100万円の高級バイオリン

「バイオリンは、機械加工された荒削りの状態から木材を削る『手工』、ニスや着色剤を塗る『塗装』、各部品を取り付ける『仕上げ』を経て完成します。ほぼすべてが手作り。うちは分業制で、それぞれの工程を熟練の職人が担当しています」
こう語るのは鈴木バイオリン製造株式会社の工場長である谷口昭夫氏。バイオリン製造全体の進捗を管理すると同時に、「塗装」の職人でもある。

「塗装は木の材質やバイオリンのグレードに合わせます。まず、下地のニスを塗る『下塗り』をして、次が着色する『色ニス塗り』、最後に透明なニスを塗る『仕上げ塗り』で完成します。塗る回数は合計で30回ほど、色ニスには15回程度をかけますね。こうすることで、木目の柔らかさを生かしたつややかな表情が出るんです」
職業訓練校で塗装を勉強。金属や木工製品など一通りを覚えたが、「木をやりたい」と考えて同社に入社したという。バイオリン一筋52年の大ベテランだ。

ヨーロッパの天然樹脂などを使って、自分で色をブレンド

鈴木バイオリン製造

鈴木バイオリン製造株式会社
取締役 工場長
谷口昭夫氏

塗装に使うのはニスや着色料で、そのための溶剤や天然樹脂の配合は谷口氏自身で行っている。最大の理由は「要望を実現できる塗料メーカ―がないから」。天然樹脂はヨーロッパからの輸入品で、10種類程度をブレンドするというが、その内容は職人の企業秘密。
「バイオリンはほかの楽器と違っているでしょう。形もそうですが音も雰囲気も、そして塗装もね。だから『楽器の女王様』と呼ばれるのです。大事にしてあげないと」

バイオリンの色は大きく、「アンティークフィニッシュ」と「ブリリアントフィニッシュ」に分かれるという。塗り方もそれぞれに異なる。
「イタリアの名器をイメージさせる古色のアンティークフィニッシュには、その趣を出すために特殊な塗装が必要となります。一色のブリリアントフィニッシュは、バイオリン全体をむらなく均一に塗装するため、深みと輝きを持たせた塗装方法になります。今はアンティークを好むお客さんのほうが圧倒的に多いですね」

表板と裏板は2枚を張り合わせ、数種類のかんなを自作

乾燥木材をドイツから輸入し、日本の気候になじませる

バイオリンづくりで重要となるのは「材料」だと谷口氏は語る。バイオリン本体の顔とも呼べる「表板」は松の一種のスプルース、「裏板」や「側板」、手で支える「ネック」などはメープル(楓)が一般的だそうだ。こうした材料にはドイツから乾燥木材を輸入しているが、そのままの状態で使うわけではない。

まず、入門用や高級品といったグレード別に木材を選別し、最低5年間は倉庫に置いて自然乾燥させる。夏の湿度や冬の寒さなど、四季のある日本の気候になじませるためだ。含水率をさらに減らすという目的もあり、古いものほど価値が高くなるという。
「含水率0%が理想ですが、実際には難しい。今、うちで一番古いのは30年ほど寝かしたものですね。毎年新しい木材を補充しているのですが、弊社には歴史があるのでこうした古材も揃っています」

乾燥させた木材は加工用に機械で荒削りする。表板と裏板は反りやねじれを避け、均一な振動板で効果的に音を出すために、左右対象の2枚の板を中央部分で接着させる。接着剤はにかわだ。出来上がった板をかんなで削って形にしていくのだが、かんなは職人の手作りだという。

バイオリン

工場内には過去の作品が並ぶ

かんな

職人さんが自分用につくったかんな

コツコツと叩いて音を聞き、微調整を繰り返す

バイオリン

表板の製作工程

バイオリン

ネック部分の「スクロール」を削っていく工程

バイオリンには多くのアーチがある。特に表板には多いので、各アーチをつくるためにそれぞれのカーブに合ったかんなを、職人が自作するという。その数はおよそ7〜8種類。これらで表面を削った後は、裏面を削って厚みを調整していく。音量と音質を決定する大切な要素がこの厚みだそうだ。

「木の材質は一つひとつ違いますから、材料に適した厚みにします。(ノックをするように)コツコツと板を叩き、そのタップ音を聞きながら微調整を繰り返します。また、表板、裏板、側板などを組んだ後で音が微妙に変わりますから、この段階でも再度調整します」

ネックの部分も手で削られる。ネックは演奏者が手で支える唯一の部分であり、特にスクロール(渦巻き状の部分)は構造が複雑なので、正確な技術が必要となる。
「こうした作業は経験を積んで初めてできることです。仮にマニュアルがあっても、その通りにいくことは絶対にありません」

材料がよくても、職人が手をかけても、最後の決め手は「音」

塗装の技術で「傷」をつけ、演奏者の使用感を演出

次が塗装の工程で、先のようにニスや着色料を塗っていく。色ニスは単色を塗り続けるのではなく、ゴールド、オレンジ、レッドブラウンなど色を変える。色を変えながら「塗って乾かす」を繰り返して色を層にしないと、バイオリンらしい雰囲気が出ないのだそうだ。

塗装の大変さは「材料に合わせること」という。例えば、「虎杢」(とらもく)という、木目に対して縞模様が垂直方向に出ている木材がある。主に高級品に使われるのだが、この虎杢を塗装でどう表現するかも職人の腕の見せ所だ。
また、安定的なクオリティを保つことも大切になる。一つひとつのバイオリンは材料も違えば、グレードも異なり、手作業なので仕上がりも当然変わる。多くの条件が異なる中で一定の品質を保つのも技なのだ。

その一方で、職人ならではの遊びもある。谷口氏はバイオリンの表板に、塗装で「傷の跡」をつけたことがある。もちろん、本当の傷ではない。楽器を長く使えばその間に小さな傷がつき、それがなじんだ味わいにもつながるが、その跡を最初から色でつけたのだ。
「本来の傷は凹んでいるものですが、新作のバイオリンにそんなことはできません。まあ、ちょっとしたお遊びです(笑)」

バイオリン

塗装を繰り返すことによる色の変化

バイオリン

使用感を出すためにわざと付けた「傷」(横の縞模様が虎杢)

品質を決めるのは音質や音量、仕上げ後にやり直しも

バイオリン

谷口氏が塗装に使う溶剤や着色料の数々

バイオリン

同社ではコントラバスやチェロも製作

塗装が終わったら「仕上げ」となる。駒、魂柱(こんちゅう)、糸巻き、指板、テールピース、弦など、本体に音を響かせるためのパーツを付ける工程である。例えば、表板の中心近くに取り付け、弦の振動を効果的に表板に伝えるのが「駒」だ。
駒がアーチ状の表板の面にぴったりと合っていないと、安定性を欠くばかりか、音が効率的に伝わらなくなる。仕上げは単なるセットアップではなく、木製品を楽器へと変える重要な作業のひとつなのだ。

仕上げが終わっても本当の完成とはならない。バイオリンはグレードによって品質や値段が大きく異なるが、この差は材料や精度だと谷口氏。虎杢の材料なら値段は高くなるし、高級品には職人が何度も手を入れる。そのため、製作期間は入門者用で約50日、中級品で約90日、最高級品で120日以上にもなるのだそうだ。

「ただ、いくら材料がよくても、職人が手をかけても、音がよくなければ高いお金はいただけません。バイオリンの品質を決めるのは音質や音量なのです。そのため、仕上げ後の音でグレードを変えることもありますし、思ったような音が出なければバイオリンを分解して板を削り直したり、板自体を変えることもあります。こうしてようやく完成です」

バイオリンづくりには「完成形」がないから、追及ができる

音を出して刺激を与えなければ、いい楽器にはならない

バイオリン

音は当然ながら、弾きやすさや色の好みにも個人差がある。木材などの知識や削る技術に習熟するのにも時間は必要だが、これらを判断できるようになるまでにも、時間がかかるのだそうだ。数値化できない、まさに職人のカンによる判断だ。

ただ、「耳がよい」のと「腕がよい」のは必ずしも一致しないと谷口氏。極端な話、著名なバイオリニストがいいバイオリンを作れるかということだ。これまで多くの職人を見てきた谷口氏は、「腕のある人が弾き方を覚えるのが理想」という。

「時間がたつとバイオリンがいい音を出すようになるのか、逆に悪い音になるのか、私にはわかりません。ただ、楽器は音を出さなければよい状態になりません。刺激を与えて、共鳴させることで、音質がよくなり音量も出るものです。この音の追求がいちばん難しいと思いますし、数をこなすしか方法がない。早くて5年、普通で10年はかかるでしょう」
バイオリンには完成形がないという。
「こうつくれば絶対的なバイオリンができる。そんな方法があれば皆がやっています。解明されていないから、それを追求できるからこそ楽しいんです」

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