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東日本大震災以降、不測の事態が発生した際の事業継続計画に対する企業の関心が高まり、バックアップ機能として海外のデータセンター利用を検討する企業も増えている。こうしたニーズに即対応したソフトバンクテレコムプサンデータセンターを取材した。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/佐藤聡)作成日:12.06.01
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韓国第2の都市・プサン市(釜山、Busan)の中心街から車で約1時間。住所は隣のキメ市(金海、Gimhae)にあり、街を見下ろす高台に建つのが、ソフトバンクテレコムとKT社の合弁会社が運営するプサンデータセンターだ。東京・大阪からのプサン直行便を使えば、データセンターまで半日でたどりつける。
設立の発端は、2011年5月、ソフトバンクグループ代表の孫正義氏と、韓国の通信事業者KT Corporation(以下、KT社)のCEO李 錫采(イ・ソクチェ)氏との会談に始まる。東日本大震災による甚大な被害やその後の電力危機を背景に、国内の企業では事業継続計画(Business Continuity Plan)への関心が高まっていた。ソフトバンクテレコムは、国内でデータセンターサービスを提供しているが、遠隔地でのバックアップの可能性について、震災後問合わせが急増したという。
孫代表も、日本の震災復興を後押しし、より顧客のニーズに合ったBCPソリューションを提供するため、海外でのデータセンター設立を検討していた。それが日本復興支援に関心を寄せていたKT社李CEOとの会談につながる。話はとんとん拍子にまとまり、2011年11月にはソフトバンクテレコムとKT社との合弁会社kt-SB data Service Co. Ltd(以下、kt-SB社)が発足した。
KT社はもともと国営企業で、韓国内最大の通信事業者だ。NTTドコモやチャイナモバイル社と日中韓事業協力契約を結ぶなど、グローバルなビジネス提携にも熱心だ。ただ、データセンター事業については、まずはソフトバンクテレコムと手を組んだ形になる。
合弁会社kt-SB社の運営によるプサンデータセンターは昨年12月に開所。今年2月には本サービス運用にこぎつけた。もともとKT社の研修施設だった建物・敷地を譲り受けたとはいえ、データセンター仕様にするため建物はスケルトン状態から全面的に改修。それでもトップ会談後、わずか9ヶ月でのサービスインは、ソフトバンクならではのスピードといえる。
ソフトバンクテレコムは、プサンデータセンター建設中にも、KT社のデータセンターの一部を借り受ける形で、ソウルデータセンターが昨年11月から運用を開始しており、韓国内では2極体制になる。ソウルはKT社に運用を委託しているが、プサンは日本からの出向者を中心に、日韓合弁会社のkt-SB社が運用の責任を負う。現在、kt-SB社のスタッフは約20名。ほかに現地採用の韓国人オペレーターや協力会社の技術者などが詰めている。
「韓国の通信事業者のデータセンターは外観も内装も見映えが派手なものが多いのですが、プサンデータセンターの内装は意外と地味でしょう。外観は韓国仕様ですが、耐震設計、内部の電源・防災設備、セキュリティポリシーなどはすべて日本の基準に準拠しています」 とはいえ、重要な企業データを海外に置くことに心理的な不安がないとはいえない。セキュリティの考え方も、それぞれの文化や国情を反映するものだ。千ヶ崎氏も、「日本からみるとセキュリティ・ルールに甘さを感じることもある」と認める。 そのため、プサンデータセンターの建設・運営にあたっては、日本基準を厳格に当てはめた。電力供給の安定性確保においては、異なる2カ所の変電所からの異ルートでの本線・予備線による受電のほか、24時間以上の非常用発電設備を備えるとともに、燃料供給体制も確保した。サーバーの水冷設備も施工を行ったのは韓国の業者だが、仕上がりに不満だった日本スタッフが何度もやり直しを命じたという。 館内・外には118台の監視カメラ網が張り巡らされており、死角はどこにもない。入所時のセキュリティチェックも門前と玄関で二重。入所するには、身分証明書の提示が義務づけられる。オペレーションルームで目を引いたのは、大型の液晶テレビだ。プサンで受信できるケーブルTVによるNHK放送を常時モニターし、地震・風水害など日本の災害速報をウォッチしているという。
「災害が発生すると、日本からプサンにトラフィックが向かってくるので、その情報源として日本の災害速報を役立てています」と千ヶ崎氏。 |
ソフトバンクテレコム
クラウドソリューション部部長 kt-SB社サービスオペレーション部本部長 千ヶ崎 貴久氏 |
ソフトバンクテレコム
クラウドソリューション部担当課長 kt-SB社サービスオペレーション部チーム長 松田 隆美氏
ソフトバンクテレコム
クラウドソリューション部担当課長 kt-SB社ビジネス戦略部チーム長 朴 宰賢氏 |
日本から最も近く、低廉かつ安定した電力が供給されるというメリットに加え、日本と同等の高いクオリティのサービスを提供するというのがプサンデータセンターの特徴。その特徴を最大限に活かすために派遣されたのが、千ヶ崎氏を含む4人のスタッフだ。それぞれの思いを聞いてみよう。
3.11の震災を受け止め「自分に何ができるだろうか」と自問したのは、松田隆美氏(kt-SB社サービスオペレーション部チーム長)だ。KT社との合弁の話が持ち上がると、真っ先に手を挙げた。かつて国際電信電話(KDD)時代に、韓国に駐在し、KT社のスタッフと協業した経験もあるからだ。 日本からの派遣者の中では最年長。いつも日本人には見られず、「現地に骨を埋めるつもり」と思われてもおかしくないほど現地にとけ込んでいる。
韓国との縁が深いのは、朴宰賢氏(kt-SB社ビジネス戦略部チーム長)も同じ。ソウル生まれで、大学卒業後、韓国の銀行勤務、アメリカ留学を経て、2002年日韓ワールドカップの年に日本テレコム(現ソフトバンクテレコム)に入社した。母国で仕事をするのは12年ぶり。すっかり日本流が身についてしまったのか、プサンデータセンター建設にあたっての韓国サイドとの交渉ごとには予期せぬ苦労があった。
めったに地震がない国である上に、日本人以上に合理的な思考をする韓国の人たち。なぜあえて費用をかけてまで、ラックを固定しなくてはいけないのか、なかなか理解してもらえなかった。 |
4人の中で一番の若手が、萩原稔氏(kt-SB社システムオペレーション部チーム長)だ。所属する会社が、国際デジタル通信→ケーブル・アンド・ワイヤレスIDC→日本テレコム→ソフトバンクテレコムと何度も変わったが、根っからの国際畑のネットワーク技術者だ。タイにSEとして派遣されていた時期もある。韓国での事業には昨年のソウルデータセンターの立ち上げから参画している。
プサンデータセンターでの共通語は英語だが、業務を円滑に進めるため、日本人は韓国語、韓国人は日本語の習得にも力を入れている。萩原氏も、「ハングルの文字自体は2週間もあれば読めるようになります。ただ、単語の意味を覚えるのはなかなか大変ですね」と漏らす。 |
ソフトバンクテレコム
クラウドソリューション部 kt-SB社システムオペレーション部チーム長 萩原 稔氏 |
その貪欲さでは、千ヶ崎氏も負けていない。自身が、日本の自動車販売会社を退職した後、台湾に語学留学、ITの知識ゼロで小さなソフトウエア会社に転職し、一からプログラミングを学んだチャレンジの人。領域を超える術にかけては、人後に落ちないのだ。
今後、プサンデータセンターには増員計画もあるが、新しい人材に求める要件は「技術力、外国語能力以上に、相手と打ち解け、コミュニケーションしようとする意欲だ」と言い切る。
プサンデータセンターではKT社から出向している技術者にも会った。雑談の中で、日韓両語に共通するものとして、語順・文法のほかに、漢語起源の単語があるという話になった。例えば韓国語のカムサハムニダ(ありがとうございます)の「カムサ」は「感謝」のハングル読み。「約束」は韓国語でも「ヤクソク」に近い発音で、同じ意味をもつ。こうした日韓共通語は韓流ドラマを見ている人にはおなじみのもの。互いの違いを踏まえつつ、共通点を探ることは、言葉の学習だけでなく、国際協業でも欠かせない。
プサンデータセンター設立にあたって、ソフトバンクテレコム、KT社の出向者たちの間で、自然に名付けられたプロジェクトネームは、「TOMODACHI」というものだった。日韓双方の利益を追求する共同事業は、異文化コミュニケーションの難しさを超えて、やがてスタッフ同士の友情を育んでいく。
「韓国語で友達は“チング”と言います。同じタイトルの、プサンを舞台にした韓国映画が有名ですね。この1年で私たちには友達=チングとしての絆が生まれつつあります。打ち上げのときの飲み会では、日韓のスタッフがあの映画みたいに“チング!”といいながら韓国焼酎を酌み交わしますよ」と、千ヶ崎氏。
プサンデータセンターは当面は日本企業を顧客としながら、今後は韓国企業にもサービスを提供する予定だ。今回の共同事業の開始にあたっては、日本─韓国間に冗長化されたデータセンターサービス専用の大容量の国際回線が用意された。これらを活用することで、プサンデータセンターは、東アジアのハブ・データセンターとして成長する可能性を秘めている。
「日─韓だけでなく、韓国を経由した日─中のインターネット・ルートを考えると、プサンの地の利は極めて重要です。東アジアからグローバルへの展開も見通せる位置にある。私たちの『TOMODACHI』プロジェクトが、その出発点になると思うと、わくわくしますね」と、千ヶ崎氏の視線はこれからの東アジア全域に向けられている。
国際電信電話(KDD)時代に、韓国駐在経験あり。2001年日本テレコム株式会社(現ソフトバンクテレコム株式会社)入社。ソフトバンクテレコムでは、法人向けヘルプデスクなどを担当。現在はkt-SBでサービスオペレーションチームを管理。 |
米国の大学を卒業後、自動車ディーラーに就職。退社後台湾に語学留学。帰国後、ソフトウエア会社でプログラムを学ぶ。外資系通信会社を経て、2002年ネットワーク・エンジニアとして日本テレコム株式会社(現ソフトバンクテレコム株式会社)入社。ソフトバンクテレコムでは国内金融系企業向けにサービスを提供。 |
韓国の大学を卒業後、韓国の銀行、米国大学院留学を経て、2002年日本テレコム株式会社(現ソフトバンクテレコム株式会社)入社。ソフトバンクテレコムでは主に法人営業・国際営業を経験。12年ぶりに母国で仕事をすることになった。 |
国際デジタル通信を皮切りに、ネットワーク技術者として日系企業向けの国際回線サポートなどを担当。ソフトバンクテレコムでは、海外キャリアに日本のサービスを提供する仕事がメインだった。 |
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