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東日本大震災で得た教訓と1年間のドキュメント
被災地の基地局復旧──ソフトバンクモバイル技術者の奮闘とは
深刻な被害をもたらした「3.11」の東日本大震災。ライフラインの一つである、携帯電話もつながりにくい状況になった。東京と被災地で基地局復旧に奮闘した3人のエンジニア。彼らはそこで何を体験し、何を学んだのか。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/栗原克己)作成日:12.05.07
揺れる高層ビルの窓から、見た状況で「これはただの地震じゃない」と感じた。
小宮山 陽夫氏
ソフトバンクモバイル株式会社
モバイル・ソリューション本部 開発統括部
モバイル開発部 部長
小宮山 陽夫氏
中谷 敏之氏
ソフトバンクモバイル株式会社
モバイル・ソリューション本部 オペレーション統括部
屋外無線建設部情報管理課 課長
中谷 敏之氏

 2011年3月11日に発生した東日本大震災では、固定・移動体通信ともに電話がつながりにくい、または利用できないという状況が一部の地域で発生した。ソフトバンクモバイルの移動体通信サービスも同様だ。3月12日午前中には3,786局の基地局に影響が及んだ。その復旧のため、ソフトバンクグループは延べ789人の技術部門のメンバーと延べ440人の技術部門以外のボランティア社員を派遣する。東京本社でネットワーク復旧に全力を注いだ技術者も数多い。

 同社は、移動基地局車・移動電源車の出動や、衛星回線とIP携帯電話基地局の機器を組み合わせた臨時基地局の設置などの対策を進め、4月14日には震災前とほぼ同等のサービスエリアにまで回復させた。地震・津波によって流出・損傷した基地局についても、安全性を確認した上で、修復や同じ場所へ新しい基地局の建て直しを実施し、4月28日には、震災前と同等の通信品質提供の実現するために、現状出来得る携帯電話基地局の復旧作業が完了した。これは復旧活動の一端を伝えるドキュメントである。

 小宮山陽夫氏は3月11日の地震発生時、東京・汐留にあるソフトバンクモバイル本社にいた。船酔いするような大きな揺れ。窓の外をみると、火の手が上がるのが見えた。テレビは徐々に被災地の状況を伝え始めた。「これは尋常な災害ではない」とすぐに悟った。

 東北管内のネットワークセンターも被害を受けていた。ただ、センターでは常時、基地局の状態をモニターしていた。被災後すぐに停波した基地局は、おそらく地震・津波で損壊していることが予想され、ただちに復旧するのは困難だ。ただ、搭載している予備電源により、震災発生後も数時間、電波を発し続ける基地局も多くあった。それらも数時間のうちにバッテリーが切れて停波したが、そこなら電源さえ確保すれば復旧の可能性は高い。

 通信のつながる現地のセンターと本社とをテレビ会議でつなぎ、基地局のステータスを地図上にマッピングした。通信状況の復旧のためには、基地局そのものの電源を確保し復旧する以外に、新たに移動基地局車・移動電源車や臨時基地局を設置することが不可欠だった。

 臨時基地局とは、基地局そのものや伝送路に障害が発生したときに、避難所などに設置する衛星回線とIP携帯電話基地局等の機器を組み合わせた可搬型の基地局を指す。衛星アンテナを車に積んだ移動基地局車も設置した。
「一刻も早く被災地のお客さまに通信手段を届けることが大切。電話の一声が、安否確認につながる。そのためには、全社的な動員が不可欠だ。通常の事故発生時の復旧体制では間に合わない」

 小宮山氏の直感を察したように、翌早朝、本部長クラスが出席した復旧本部の緊急会議では、即時に開局できる通信手段として、多数の臨時基地局を被災現地に運ぶことが提案され、了承された。「いますぐ機材を運んで臨時基地局を組み立てるんだ」という怒号のような号令が飛んだ。そういうものがあるのは知っていたが、社員の多くはそれを組み上げた経験はなかった。

基地局建設のための資材を全国から集めろ。施工業者を確保しろ

 衛星基地局の建設を担当する中谷敏之氏も、本社で揺れを感じていた。東日本大震災発生当日はどうやって家に帰り着くかのほうに心がとられていた。帰宅したのは翌朝午前4時頃。テレビやTwitterを見ながら、深刻な状況であることをあらためて感じた。呆然とした状態から脱し、すぐに頭が回り出した。

 臨時基地局のための設備機器を全国から集めなくてはならない。無線機、アンテナ、電源、部材一切合切。本社にも在庫はあるが、とうてい間に合わない。まずは全国から資材と業者の数を確保するために、土日返上で電話をかけまくった。
「上からの指示というより、現場判断でした。災害復旧では通常は現地の施工業者を使うのですが、今回はそれどころではない。関東だけでも足りない。全国から業者を集めるだけ集めなくてはと思いました。結果、北は北海道から南は九州までの業者を集めることとなりました」

 屋外無線建設部工事開発課の三瓶邦康氏はより建設現場に近い部署だ。しかし彼は3月11日、北海道にいた。たまたま休暇を妻と一緒に楽しんでいた。テレビから次々と伝えられる東北沿岸部の被災状況に言葉が出なかった。
「歯がゆい思いで、休暇どころではなくなりましたね。ただ休暇を早めに切り上げようにも、なかなか飛行機の手配がつかなかった。日曜日(3月13日)にようやく東京に戻ると、すぐに出社し、資材の手配に回りました」

三瓶 邦康氏
ソフトバンクモバイル株式会社
オペレーション統括部
屋外無線建設部工事開発課
三瓶 邦康氏
このままじゃ東京に張り付けだ。「俺、行きます!」前のめりで手を挙げた

 各地の避難所リストが復旧本部に上がってきた。緯度経度など地理情報がついていたので、そのエリアの基地局の状態と照らし合わせることができた。当初から臨時基地局は、携帯電話のサービス復旧を心待ちにしている人々がいる避難所のそばに設置することが決められていた。「避難した人びとにワンコール(電話の一声)、ファーストコール(最初の一声)を伝えよう」が、誰ともなくスタッフの合い言葉になった。

 現地の道路情報も刻々と本部に届くようになった。「ここは陥没して通行止め」「この道なら、ここまで行ける」……。その前に復旧活動を支える現地ベースキャンプをどこに設置するかも課題だった。東北にいくつか設置されたベースキャンプのうち、中谷・三瓶氏らが担当したのは宮城県仙台市北東部・宮城野地区のキャンプ。

 次の課題は誰が現地に赴き、復旧工事を指揮するかだ。基地局建設はさすがに工事業者に委ねるしかないが、それ以外の、発電機、ガソリン給油、現場でのお客さまのケアなどは、専門家でなくてもできる。この作業に、他部署の助けが必要だった。基地局建設が出来てもその後の運用が出来ない。運用する為には人手が足りなすぎる。会議の席で訴える。即座に人事が呼ばれ、緊急で社内公募することとなった。

 中谷氏には焦るような気持ちがあった。あれだけメディアで被害の深刻さを伝えられれば、黙って一人東京に残るわけにはいかない。
「もう前のめりも前のめり。行きたい気持ちでいっぱい。仕事というより、正義感みたいなもの」

 しかし、これは中谷氏だけでなく、全社員に共通する思いだったに違いない。汐留に残ってネットワーク構築を管理した小宮山氏にしても、心の中は現地に行きたい気持ちで一杯だったのだ。
「行きたい人がたくさんいて、その配置をどうするかがむしろ問題になりました。放っておくと倒れるまで仕事をしそうな連中。時には彼らの頭を冷やし、ローテーションで回すことも重要でした」と、振り返る。

 臨時基地局の現場コントロールをする中谷氏や三瓶氏が、ベースキャンプに到着したのは3月下旬のこと。東北新幹線は不通なので、仙台までの350kmを、資材を積んだ車で走った。基地局を運用する為に集められたボランティア社員はマイクロバスで現地へ向かった。これまでも地震や風水害時には緊急の復旧体制が組まれることはあったが、これだけの規模のボランティア社員派遣は初めてのことだ。

臨時基地局を建てるのにエンジニアの創意工夫。

 復旧部隊の宿泊地である仙台市郊外を朝6時に出発、宮城野のベースキャンプに立ち寄って機材を詰め込むと、宮城県内の避難所を回り、施設の前のグラウンドや空き地などに臨時基地局を組み立てては夜11時に戻るという生活が続いた。中谷氏の場合は長く、現地派遣は5月のゴールデンウィークの直前まで約1カ月半続いた。自ら志願し「前のめり」で現場に飛び込んだ彼だが、体力以上に神経が疲れた。住宅やビルが瓦礫と化し、流された自動車が山積みにされているのを、毎日眺めながら現場に通うのだ。

 避難所を回るとさらに疲れが襲った。
「避難されている方々の一言ひとことが重い。生死の話をさらっとされる。でも、私たちにやれることといえば、臨時基地局を開設することだけでした」

「臨時基地局」は、単管パイプで土台をつくり、さらにマストを垂直に立てて、アンテナを取り付ける。アマチュア無線のアンテナのようなものだ。設備重量は1基60kgにもなる。
「通常、基地局はコンクリートで土台をつくり、コンクリート柱を立てて装置を組み上げるもの。けれども急ぎだからコンクリート柱を立てる時間はない。確かに見た目はぱっとしないけど、臨時局でもきちんと機能するように強度設計しています。誰でも簡単に組み立てられるし、斜面にも単管パイプを組み合わせることで柔軟に対応できます」と、中谷氏。現場の状況に合わせて創意工夫する、エンジニアの即応性が求められた瞬間でもあった。

 来るのが遅いと、時にはユーザーのお叱りを受けることもあった。ともかくソフトバンクの携帯電話が使えない避難所があれば、それを一つひとつ潰していくことが肝心なのだ。

 臨時基地局が一つ開通すれば、それだけ心が救われる人々がいる。携帯がつながり「ありがとうね」と言われる。そのひと言が救いだった。同時に、被災者からのいただいた感謝の言葉はもったいない気持ちでいっぱいだった。

「私たち以上に頑張っていたのが、施工業者さんたち。髪を染めた若い作業者が、休工日にも関わらず、建てたアンテナが気になって点検に来てくれたり、時には食料を買い集めて避難所に届けてくれたり……。仕事を超えた絆のようなものを感じたんじゃないでしょうか。それは私たちも同じです」と三瓶氏は言う。
「臨時基地局は余震により、パラボラアンテナがズレて、衛星回線が不通になることが度々ありました。その度に我々が現場まで駆けつけ、臨時基地局を復旧させていました」(中谷氏)

 この問題に対して、衛星調整スキルを不要にし、また余震にも対応する、衛星自動追尾アンテナが現地に運び込まれました。臨時基地局運用を標準化し、通常基地局の復旧もすすんだことで、現地を後に東京へ帰還することができた。

一見思い付きのようなアイデアを実現していくスピードは半端ない

 今回の東日本大震災は、移動体通信事業者としてのソフトバンクモバイルにさまざまな教訓をもたらした。まさに備えあれば憂い無し。この1年間の設備増強には目覚ましいものがある。

 まず、停電が発生しても24時間以上稼働する基地局の増設が重要な課題となった。現在はバッテリー容量を拡大し、停電後も24時間以上稼働できる基地局を2,200局、2012年中に設置するべく作業を進めている。ネットワークセンターも耐震性を強化し、最重要拠点については最長72時間まで無停電運転が可能なように設備増強を進めている。さらに移動基地局については、車載移動基地局を追加で、2012年8月までに100台、可搬基地局を5月までに200台を配備予定だ。

 東日本大震災発生時には、各拠点間の連絡手段を確保するのが大変だった。その教訓から衛星電話を配備したほか、3,000台以上の避難所貸し出し用携帯電話を準備するよう非常事態への備えが進んでいる。
「復旧対策では、被災を免れた基地局間をエントランス無線で結ぶことで、エリア内の通信を確保するという方式が採用され、効果がありました。これを教訓にバックアップ回線としてエントランス無線を配備した基地局も増えています」と、小宮山氏。

 ソフトバンクモバイルの技術者たちは、東日本大震災によって、携帯電話がライフラインであることを再認識した。普段の自分たちの仕事がいかに重要な社会的使命を背負っているのか、それを痛感したのだ。

「自分は現地にこそ行っていないが、現地派遣者からの情報がとてもリアルに響きました。阪神・淡路大震災のときはまだ学生だったので、社会人として初めて経験する大震災。この教訓をこれからの通信サービスに生かしていきます。まずは災害に強い基地局をつくること。そして、社内ボランティアを募る仕組みも含めて、迅速かつ効率的に動ける危機管理体制つくることが大切です」と小宮山氏は昨年の経験を総括する。

「復旧活動では、個人の力、組織の力が試されました。ソフトバンクモバイルは、普段はとても自由度の高い会社なんですが、いざというときは、強烈なリーダーシップを持つ社長を中心に、一致団結して動くことができる。インフラを支え、あらゆる人々にワンコールを届けるという思いの部分は皆共通なのです」と、中谷氏はあらためて自分の会社のすごさを実感した風だ。

「臨時基地局を設置しようと言ったら、すぐにみんなからアイデアが湧き出してきました。思い付きのアイデアかもしれませんが、それを実現していくスピードは半端ない。この柔軟な発想力とスピーディーな行動力というのは、実は普段の仕事から培われていたものなんですね。私の仕事で基地局の設備構成を考えるときも、アイデアを出してはすぐに実践し、技術的に検証するという繰り返しをやっていましたから」

 確かに普段できないことは、非常事態にもできるはずがない。この震災復旧活動を通してエンジニアたちは成長したが、その基盤は日常の仕事の中に胚胎されているものだったのかもしれない。

ソフトバンクモバイル株式会社 オペレーション統括部 屋外無線建設部工事開発課 三瓶 邦康氏

1981年生まれ。「Yahoo!BB」事業に業務委託先社員として参画し、FTTH、FTTR構築に従事。現職では基地局建設を担当。

ソフトバンクモバイル株式会社 モバイル・ソリューション本部 オペレーション統括部 屋外無線建設部情報管理課 課長 中谷 敏之氏

1975年生まれ。衛生陶器会社を経て、2002年「Yahoo!BB」立ち上げ時に派遣社員として携わり、2003年ソフトバンクBB入社。現在はソフトバンクモバイルで主に衛星基地局の建設・運用を担当。

ソフトバンクモバイル株式会社 モバイル・ソリューション本部 開発統括部 モバイル開発部 部長 小宮山 陽夫氏

1973年生まれ。ネットワーク機器ベンダーの技術者を経て、2003年ソフトバンクBB入社。FTTHの商用導入を担当。4年前にソフトバンクモバイルに出向。東日本大震災による復旧作業にあたっては東京本社で指揮を執る。

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