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発見!日本を刺激する成長業界27 低速EVが発進!コストダウンと法整備で普及を目指せ
人口の都市集中が進むにつれ、急速にクローズアップされている新マイクロカーLSV。そのEV版の開発が今、世界で加速している。日本でも軽自動車に代わるシティコミュータとして制度設計が行われる見通し。新市場の出現となるか!?
(取材・文/井元康一郎 総研スタッフ/高橋マサシ)作成日:12.10.29
2020年の世界市場は880億円!日本では法整備がカギ
 乗車定員1〜2人の低速自動車LSV(Low Speed Vehicle)は、都市部を走るのに大変適していることから、世界では普及率が年々高まっている。ここ数年は、そのLSVの動力源を内燃機関ではなく電動パワートレインに変更したものも登場。都市部の交通渋滞や大気汚染が深刻な問題となっている中国やインド、省エネルギー化を推進する欧州などですでに実車が登場しつつある。
 日本でも2011年に、軽自動車の下に位置する新しいトランスポーターとしてLSVの導入が議論されはじめ、そのEV版であるLEV(低速電気自動車)が同年の東京モーターショーに続々と出品されるなど、普及夜明け前の段階に差しかかっている。
 市場調査会社の富士経済は低速EVのグローバル市場について、2020年には11年の2.6倍となる約880億円に成長するという予測を発表。エンジン搭載LSVに比べると販売台数は少ないが、コストダウンに関する技術革新が起きるたびに、飛躍的に普及率が高まるものと考えられる。
LEV(低速電気自動車)の世界市場予測(2012年は見込み、2015年以降は予測)出典:富士経済 2011年:337億円, 2012年:540億円, 2015年:750億円, 2020年:880億円
AZAPA/エンジン制御のノウハウを転用して、新プラットフォームを開発
 低速EVの一番の泣き所は高コスト。その解消を目指し、エンジン制御アルゴリズム、シミュレーションなどを手がけるAZAPAが新しい発想のEVプラットフォームを開発した。メーターにiPadを利用して計器類を削減し、クラウド利用も進めるなど、次世代感に富む注目技術だ。
パシフィコ横浜で大注目!オープンスポーツルックの「AZP-LSEV」
低速EV「AZP-LSEV」
低速EV「AZP-LSEV」
 年に一度、パシフィコ横浜で開催される「人とくるまのテクノロジー展」。自動車産業にかかわるさまざまな企業が自社の先端技術を競って出展する、大規模な技術展示会だ。今年、会場で次世代モビリティの形を期待させるクルマとして注目を浴びたもののひとつが、オープンスポーツルックの2人乗り低速EV「AZP-LSEV」だった。
 開発を手がけたのはエンジン制御アルゴリズムやシミュレーションソフトの開発を手がけるAZAPA(アザパ)株式会社。通常業務はECUや、クルマとクルマ、クルマと道路の通信システムなどを自動車メーカーと共同開発しているが、AZP-LSEVは同社がすべて自らのアイデアで作り上げたフルオリジナルのコンセプトカーだ。
「最高速度70km/h程度とさほどスピードは出ませんが、屋根もドアもないオープンスポーツルック。来場者の方々からは、屋根がないと使えないといった反応もありましたが、非常にポジティブに見ていただけました」
 こう語るのは、研究開発部担当部長の高橋功氏。開発のきっかけは新産業育成を考えていた沖縄県から開発のオファーを受けたことで、開発開始は昨年10月。最低限の人員向けでゼロベースから開発を進めたが、わずか7カ月で実車の完成にこぎつけた。

「もともとエンジン制御は得意技術。エンジンに比べて実際に出ている出力、トルクをモニタリングすることが容易な電気モーターを使ったクルマもつくれるだろうという思いはありました。実物を開発できたことはとてもうれしかったですし、やれるんだという確信も持てました」
 政府はLSVについて、今年規格の概要を策定するつもりでいたが、政局の混乱もあって構想は先延ばしになってしまっている。だが、車体が小さく、走るのに使うエネルギーも少なくてすむため、未来の都市におけるパーソナルモビリティの有力候補であることに変わりはない。
 AZP-LSEVは後ろの両輪にインホイールモーターを1個ずつ装備。規格が決まっていないため、定格出力を原付にあわせて300W×2、トータルで600Wに抑えている。自重が400kgのボディでは「さすがに加速は鈍い」とのこと。
 ただ、エネルギー消費はきわめて少なく、5kW/h分の電力(日産自動車の本格EV「リーフ」の5分の1強)で150kmもの航続距離になるという(30km/h定地走行時)。バッテリー容量が小さいため、急速充電器を使わずとも、3時間でフル充電が可能というのも低速EVならではのメリットだ。

「400kgという車重は、初回作ということでボディを相当ガッチリと作った結果。軽量化を進めれば、動力性能や航続距離はもっと向上させられると思います。低速EVはこれまでのクルマの概念とは全く異なる、新しい価値を持つクルマになる可能性を秘めている。今後も技術開発をさらに進めて、便利で楽しいクルマを世の中に問いたい」
 まだモビリティの提案段階にある低速EVだが、海外ではすでに普及が始まっているケースもあり、グローバル商品に成長する可能性も十分にある。衝突安全基準の厳しい軽自動車以上のクルマに比べて参入障壁は低く、ベンチャー企業にとっても格好の商機になり得る。今後の法整備の行方次第というところもあるが、大いに期待できるニュービジネスと言えそうだ。
高橋 功氏
AZAPA株式会社
研究開発部 担当部長
沖縄研究事務所 所長

高橋 功氏
ただのミニカーにはしない、運転もコミュニケーションも楽しめる工夫
「人とくるまのテクノロジー展」で出展した様子
「人とくるまのテクノロジー展」で出展した様子
「人とくるまのテクノロジー展」で出展した様子
「低速EVという商品の潜在可能性は非常に高いものがありますが、現時点ではコストが高いのが絶対的なネックになっています。私たちは開発にあたって運転を楽しんだり、クルマとクルマ、クルマと道路のコミュニケーションを濃密にしながら、それをより低いコストで実現することを念頭にシステムを作りました」
 アザパはクルマのエンジンを制御するECUの開発を手がけるメーカーだが、実車をつくった経験があるわけではない。その同社が独自性のあるクルマ作りをするとしたら――。AZP-LSEVの開発を手がけた高橋功氏は、ECUのエキスパートとしてのスキルを徹底的に生かす道を選んだという。

 現在登場しているEVは、クルマのコントロールをパワーコントロールユニット(PCU)で一括して行う。アザパはそのトレンドとは逆に、インバーター部分と指令部分をあえて分け、2つのユニットの間で通信をやり取りするシステムを作った。「EVプラットフォームECU」と名付けられた指令部分の役割は普通のクルマのエンジンや変速機、車両安定装置などに指令を送るECUと同じ。自社の得意技術であるECU開発から着想した、独特の構造である。使用OSは自動車制御システムの標準規格のひとつ、OSEKである。
「EVを開発してみて思わぬ苦労をしたもののひとつが、制御システムを入れるケースの設計でした。耐熱性、耐震性、放熱等々、考えなければならないことがたくさんあり、コストも意外にかかる。ですが、PCUのすべての部分が同じスペックを要求されるわけじゃないんですね。熱をあまり持たない指令部分を別体にしたら、そのケースは極端に言えばプラスチックでもいいのではないかと」
 現時点では両者とも頑丈なケースに収められているが、商品化の過程でコストダウンが必要になった場合、そういう工夫を盛り込むことが可能だという。

 また、EVプラットフォームECUが担当するのは走りの制御だけではない。AZP-LSEVのコクピットにはスピードメーターや電池残量計がない。車両情報はすべてiPadに表示され、それを計器がわりに使うのだという。コクピットの計器類を廃止することも、低速EVの実用化のカギを握るコストダウンに直結する重要な工夫だった。
 路車間、車車間通信など、IT機能もECUが受け持つ。アザパは大手自動車メーカーとの共同開発を通じて、クルマ同士のコミュニケーションをどう取ればドライバーが楽しめ、より安全に、エコに運転できるかといったノウハウを蓄積してきた。
「AZP-LSEVのECUは、クラウドと連携することを前提にしています。例えばドライバーのブレーキ操作。クルマの動きがすべてクラウドに蓄積され、それを統計化することで、ドライバーにどのようにブレーキを踏めばエネルギー回生(ブレーキによる発電)量を増やせるかといった、具体的なアドバイスを送ることができるでしょう。また、車体サイズが小さい分、車車間通信によって衝突を未然に防ぐといった予防安全機能やSNS連携など、EV化の中で社会から期待されている機能も持たせています」
 アザパは2008年、大手自動車メーカーのエンジニアがスピンアウトして設立した新興企業だが、自分の得意分野を生かせばEVに存分に創意工夫を凝らすことができるのだ。AZP-LSEVはそのことをアピールするためのモデルでもある。
 次世代モビリティの有力候補である低速EV。EV以外のエンジニアがその開発に携わりたいという場合、どのようなスキルが要求されるのだろうか。
「自動車工学を知っていればもちろん有利なのですが、自動車を深く知らないエンジニアにもチャンスはあると思いますよ」
 そして、最もニーズが高いのは、やはり電気まわりだという。
「よくEVは強電分野ができなければと言いますが、私たちのECU方式の場合、インバーターやモーターは他社から供給を受けるという形でも大丈夫です。ECU自体は低電圧なので、コンピュータの回路まわりを設計したことがあるような人なら十分戦力になる。車体づくりでは構造設計を知っていれば勉強次第で何とかなるでしょうし、シミュレーションの経験者、物理学に長けた人も活躍の余地があるでしょう。つながるEVづくりの面では、情報通信のスキルも重宝されますね」
 既存の大手メーカーでなくとも参入の余地が生まれるかもしれない低速EVは、これまでクルマそのものを開発していないエンジニアにとっても、自動車の世界に足を踏み入れる好機と言えそうだ。
高橋 功氏
AZAPA株式会社
研究開発部 担当部長
沖縄研究事務所 所長

高橋 功氏
電気、メカ、通信、ソフト……自分の得意技術でチャレンジ!
現時点では高価なミニEV、今後はコストダウン競争が本格化するか
 軽自動車未満のクラスに位置づけられるLSV。日本では行政による仕様、税制がまだ固まっていないため、実際にどのようなモビリティになるかは不透明な部分が多い。自動車メーカーは研究開発は進めているものの、採算が取れるクルマになるかどうかも含め、様子を見ている段階である。
 そのLSVのなかで将来が有望視されているのが低速EVだ。バッテリーの性能向上やコスト低減を進めるための技術開発がまだ途上の段階にある今日、EVは軽量コンパクトであればあるほどいいと言われている。近距離、低速、少人数乗車を基本とするLSVは、より大きなモデルに比べて、小さなコスト増でEV化できると考えられているのだ。

 現時点で低速EVの規格に合致しそうなモデルを実際にリリースしている大手メーカーはトヨタ車体1社。1人乗りで最高速度60km/hの「コムス」がそれだが、価格は個人ユーザーをターゲットとしたモデルで79万8000円と、ちょっとした軽自動車並みの価格だ。
 今後は価格をどう引き下げるかをめぐり、参入を目論む自動車メーカー各社やアザパのような新興企業による研究開発競争が巻き起こるのは必定。エンジニアにとってはEV開発に参画する格好の機会だろう。
従来型のクルマ関連以外にも多様なスキルにニーズが
 低速EV開発は普通車のEVと同様、エンジンを搭載した従来のクルマとは異なるスキルセット、経験にもニーズがあるのが特徴だ。アクセルやブレーキ、車両安定装置など、ほぼすべての機能が機械的接続ではなく、情報通信技術を用いたバイワイヤによって接続される。
 出力制御もエンジン車と異なりモーターのトルクをリアルタイムに調節できることから、角速度センサーやパワーのモニタリング技術といった、メカトロニクスとの親和性が高い。また、APAZAのようにWi-Fiや携帯通信、あるいはUWBなどのプロトコルを利用し、クルマ対クルマ、クルマ対道路、クルマ対クラウドの双方向通信を利用したEVならではのサービス(充電スポット情報、走行データロギング・解析、SNS連携など)も各社が開発にリソースを割いている。転職市場でも今後、興味深い動きが出てくる公算大だ。

 対象となりそうなエンジニアとスキルを挙げていこう。自動車メーカーや部品メーカーで設計経験を積んだ人材は、基本的に低速EV開発にすんなり移行できるだろう。バッテリー制御やモーター、インバーター関連の経験がなくとも、軽量化必須の車体構造設計、それに使われる軽金属や樹脂などの新素材、簡素な構造のサスペンションでも安全に曲がったり止まったりできるような車両チューニングなど、いろいろな面で活躍の場がある。

 自動車分野以外では、バッテリーパックやモーター、インバーターの開発では強電系のエンジニアがまず求められる。熱シミュレーションを含む大電流回路、交流同期モーター、バッテリーセルのセンシングなど。自動車メーカーだけでなく、EVに強いサプライヤーでも活躍の場があるだろう。エアコンや冷蔵庫、調理器といった家電分野の経験でも、勉強次第で十分に活躍できそうだ。
 また、情報通信分野については自動車メーカーが比較的手薄なこともあって、ハードウェア、ソフトウェアともに人材ニーズが高い。携帯電話や無線機器の端末、エンベデッドOS、アプリケーションなどの開発経験者は、クルマへの適用のアイデア次第で転職は十分に可能と考えられる。
 自分の得意な技術を生かせば参入可能な新分野、それが低速EVなのだ。
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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ 高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
今、低速EVの開発が活況なのは中国です。特に山東省。いわゆる「スモールハンドレッド」の中小企業が続々と参入しているのですが、技術優位性は日本企業のほうが高いと思います。遅れを取る前に、早く本格参入してほしい!

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