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【後編】優秀なのに、なぜ日本企業でエンジニアの地位は低い?

まつもとゆきひろ×茂木健一郎
「日本のエンジニア」

脳科学者の茂木健一郎氏と、Ruby開発者のまつもとゆきひろ氏の対談の後編です。前編は「言語デザイナーの脳」をお届けしましたが、後編は「日本のエンジニア」がテーマです。その優秀さはお二人ともが認めていました。

(取材・文 総研スタッフ/高橋マサシ 撮影/三浦健司) 作成日:12.09.14

エッジの立った個性が集まり、新しい何かが生まれる

まつもとゆきひろ

まつもとゆきひろさん

茂木健一郎

茂木健一郎さん

茂木 Rubyというプログラミング言語を、まつもとさんは独力で開発された。プログラムを組むより言語そのものに興味があったという話は前回お聞きしましたが、組織ではなく個人で活動をスタートさせたわけですよね。

まつもと はい。私のように個人ベースで言語をデザインする人は少なくありません。

茂木 ただ、個人の活動が必ずしもうまくいくわけではないですし、Rubyのようにヒットするケースはまれでしょう。パラノイアというと大げさですが、何かにすごくこだわっている個人が物事を成功させるのだと思うんです。
その半面、こうした人にはどこかに弱い部分があることも珍しくないです。まつともさんはどうなのでしょう。

まつもと 私は多分、他の人にはできないくらい長い間、プログラミングやプログラミング言語の開発を続けることができます。時間感覚がなくなって、気がついたら朝になっていたこともあります。
一面では長所なのかもしれませんが、ひとつのことだけを続けてしまうのは弱点でもありますね。特に家族には迷惑を掛けるので、たまに怒られます(笑)。あと、人とのコミュニケーションにはあまり自信がありません。都会の雑踏なども嫌いで、私が島根県に暮らしている理由のひとつでもあります。

茂木 なるほど。もうひとつ思うのは、個人で成功するにせよ、協力者が必要だということです。そもそも、エッジが立つ個性ばかりが多くても、それだけでは社会システムが成り立たないですからね。
シリコンバレーなどに行って最近思うのは、確かにエッジの立つヤツは多いのだけど、彼らにはいろんな方面に友達がたくさんいるんです。

まつもと 言語デザイナーばかりがいても、プログラミング言語は使われませんから(笑)。

茂木 そうなんですよ。いろんな方向にエッジが立っている個が集まって、彼らが協力し合うから何かが生まれるのだと思います。そうだとすれば、それがないのが日本の弱さじゃないかな。まつもとさんはどう思いますか?

まつもと エッジの立った人がうまく活躍できていないということですか?

日本の企業の中で、エンジニアの地位はなぜ低い?

茂木 日本で「個人としての活躍」を語る場合は、「大きな組織」対「個人」といった二項対立のようなイメージが多いと思うんです。
例えば、Appleでスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックが、互いの優れた能力を融合させて製品を開発するといった、飛び抜けた個性が協力し合うイメージはあまりない。
しかし、そもそも企業とは、従業員の個性を補い合いながら効率よく仕事を進めるために存在するのだから、対立関係にならなくてもいいはずです。なぜそこがうまくいかないのでしょう?

まつもと 日本の企業では、組織が大きくなると「組織の論理」なるものが生まれてくると思います。するとその結果として、従業員を代替可能な部品のように扱いたがる。ここが先ほどの「日本の弱さ」に通じるのではないでしょうか。
一理あることは認めます。確かに、巨大な組織の効率から考えると、メンバーのひとりを信じ切って大きな仕事を任せてしまうと、仮にその人が怪我や病気になった場合のリスクが高くなります。だから個人に依存できないと考えるのでしょう。
ですが、そんな考え方で個人の能力を生かし切れないのは、本当にもったいないと思います。

茂木 日本の企業に関して言えば、文系職ではなくエンジニアであっても、ある程度の年齢になると「下の者の面倒を見てよ」とマネジメントを任せるようになる。仮に現場ではかなり優秀なプログラマで、マネジメントに全く向いていない人であっても。

まつもと 私もマネジメントは苦手です(笑)。そもそも日本のソフトウェアエンジニアには技術職としてのゴールがなくて、30歳、40歳になると「お前、いつまでもエンジニアなんかしていないで、管理職になれよ」などと言われます。「エンジニアなんか」と下に見ているわけです。
つまり、技術職は代替可能な部品であり、管理職は彼らよりも社会的な地位が高いという認識です。すると上司は部品に対して、「この仕事をいつまでに片付けておけ」という発想で命令を出し、エンジニアの創造性を生かそうとは思わない。

茂木 エンジニアは下でマネジメント職は上という意識は、IT大国になったアメリカでも、最初はそうだったんじゃないかな。徐々にクレイジーなプログラマやハッカーと呼ばれる人たちが出てきて、その仕事が高く評価されたり、あるいは億万長者になったりして、地位を上げていったように思います。

まつもと そういう意味では、海外のトップレベルのクレイジーな人たちがRubyを使ってくれているのは、私の誇りですね。

茂木健一郎
まつもとゆきひろ
茂木健一郎

日本のエンジニアは優秀、個人の魅力をもっと出すべき

茂木健一郎
まつもとゆきひろ
まつもとゆきひろ
茂木健一郎

まつもと ただ、日本も少しずつ変わってきています。今では個人のオピニオンをブログやTwitterで発信できますし、会社の仕事でなくても、オープンソースコミュニティを通して社会に貢献できるようになった。
企業という組織に依存することなく個人として踏み出せるのが、インターネット社会の大きな特徴だと思います。

茂木 そういう場だったら、空振りしてもいいと思って、フルスイングができるのかもしれないですね。学生の勉強なんかもそうだと思うのですが、受験のための詰め込み教育ではモチベーションが上がらないもの。だって、面白くないんだから。でも、「Ruby開発プロジェクト」という勉強だったら、好きな人はとことんやる。

まつもと 私もやっていたかも(笑)。

茂木 アメリカの学生は日本が学生の3倍勉強すると聞くけれど、こうしたプロジェクト型の勉強が多いからだと思います。テストのための勉強じゃない。
そのためか、アメリカのソフトウェアエンジニアは個性的かつ優秀な人が多く、日本のエンジニアは創造力を発揮していないように思われがちだと思うのですが、まつもとさんから見てどうですか?

まつもと 日本のエンジニアは、一人ひとりの能力は高いものがあると思っています。

茂木 そうであるならば、彼らの能力が十分に発揮できていないと思うのはなぜでしょう。

まつもと 理由のひとつは、先の「組織の論理」にとらわれて、その中でしか動いていないこと。あるいは動けないこと。もうひとつは、特に日本発のプロダクトを海外に出すケースにおいて、組織が個人の力を使いきれてないからでしょう。
エンジニア個人の能力は高いと思います。私はたまに海外に行って、Rubyが好きだというエンジニアにカンファレンスなどで、アメリカのエンジニアたちと話し合うことがあります。すると、日本のエンジニアのほうが能力が高いのでは、と感じることが多々あるのです。

茂木 ちょっと話は違いますが、スタンフォードやMITでの授業を見ると、教える教授の授業がつまらなかったりするんですよ(笑)。僕の友達の日本の教授のほうが、授業は面白いし、内容も有意義だったりします。日本人の能力って決して低くないですよね。

まつもと 私の場合はRuby関連に限定されますが、全くそう思います。日本人は没個性で、集団となったら能力を発揮するように思われていますが、実は集団としても個人の能力を活用しきれてないのかもしれない。
それでも、日本人集団の力が評価されているのですから、個人個人がもっと外に能力を出していけば、日本もかなり変わると思います。

言い出しっぺに必要なのは、周りの人を巻き込む力

茂木 日本のエンジニアがその能力において外国人に引けを取らないとしても、皆がプログラミング言語を開発できるわけではない。というより、やりたいことはそれぞれです。エンジニアが仕事を、あるいは技術を楽しむためには、何をしたらよいと思いますか?

まつもと エンジニアには「これが好き」を持っている人は多いんです。ですから、やりたいことはわかっているでしょう。だとしたら、小さくてもいいから好きなことができるプロジェクトをつくって、進めて、「こんなことをやり遂げました!」と周囲にアピールする。会社でも、個人の活動でも構いません。
そうなれば、「これいいじゃん」みたいな声も出てきます。そんな実績を積んだ人たちが集まれば、その交わりの中で個人のパワーが増幅されます。個人のパワーが高まれば、コミュニティのパワーも膨らみます。
私だってRubyという言語をつくったことで評価されていますが、ここまで来られたのはコミュニティの力であって、個人でできることは限られています。

茂木 何かを最初に始めた人は評価されるべきでしょうけど、人とつながることで仕事でも何でも前に進んでいくのは確かですね。

まつもと はい。ですから、言い出しっぺに必要なのは、どうやって周りの人を巻き込んでいくか。私はたまたまそれがプログラミング言語でしたが、人の好き好きですから、対象は何でもありだと思います。
ただ、私は本当に人づきあいが苦手ですし、コミュニケーション能力も乏しいのですが……。

茂木 つまり、そんな人でも好きなことであれば、Rubyのコミュニティをつくることができたわけですね。
それでも、メタ認知を使ってのプログラミング言語開発の能力、プログラミング自体の開発能力と、まつもとさんの場合はかなり特殊でしょうね。人にはさまざまな幾多の能力があるわけですから、それらを組織の中で育み、伸ばしていける企業が、日本に増えてほしいです。

まつもと 社会全体としてそうあってほしいですが、現実問題としては「裏口」を広げていくしかないのかと思っています。私が会社勤めを続けながら、Rubyを開発してきたように。

茂木 なるほど。まずは「裏口」で、アンダー・ザ・テーブルから個人の力を出していく。コミュニティ活動もその一部になるのかもしれませんね。今日はどうもありがとうございました。

まつもと こちらこそ、ありがとうございました。

茂木健一郎
まつもとゆきひろ
まつもとゆきひろ
茂木健一郎

お二人のプロフィール

まつもとゆきひろさん

1965年生まれ。オープンソースソフトウェア「Ruby」の開発者。Rubyアソシエーション理事長。ネットワーク応用通信研究所、楽天技術研究所のフェロー。米Heroku社のチーフアーキテクト。松江市名誉市民。筑波大学第三学群情報学類卒業後、ソフトハウスなどを経て、ネットワーク応用通信研究所に入社。

※まつもとゆきひろさんの近著、『コードの未来』(日経BP社)が発売中。
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1106156657/subno/1

茂木健一郎さん

1962年生まれ。脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、慶應義塾大学特別研究教授。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。専門は脳科学、認知科学。

※茂木健一郎さんの近著、『挑戦する脳』(集英社新書)が発売中。
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1106182153/subno/1

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