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発見!日本を刺激する成長業界26 下町の中小企業発!海底資源を探る深海探査技術
世界で争奪戦が展開されているレアメタルをはじめ、資源が大量に眠る深海底。日本近海だけで採掘可能埋蔵量は300兆円以上とも言われるが、その探査はきわめて困難。そこで資源を見つけ出す深海探査技術の開発現場が今、大きく動いている。
(取材・文/井元康一郎 撮影/関本陽介 総研スタッフ/高橋マサシ)作成日:12.08.27
日本近海に300兆円超、海洋資源利用のカギを握る深海探査技術
 地球の表面の7割を占める海底は、石油やガスなど一部を除いてほとんど資源利用がなされていない未開拓の領域でもある。そこに、従来考えられていたよりもはるかに多くの貴重な物質が存在することが近年次々に判明し、世界各国がこぞって資源活用に動き始めている。
 日本プロジェクト産業協議会によれば、世界第6位という広大な日本のEEZ(排他的経済水域)内に存在する海底資源は、メタンハイドレート、コバルトやマンガンなどを含むコバルト・リッチ・クラスト、金、銀、セレン、ガリウムなどを含む海底熱水鉱床を合わせて推計300兆円。
 今年、南鳥島近海の深海底で永久磁石の原料となるネオジム、ジスプロシウムなどを含む泥が発見されるなど、推定資源量はさらに増大傾向だ。海洋開発の重要技術、深海探査機の開発が急がれている。
日本の領海、排他的経済水域内の海底資源推計賦存量(2008年)メタンハイドレート:120兆円, コバルト・リッチ・クラスト:100兆円, 海底熱水鉱床;80兆円 出典:社団法人日本プロジェクト産業協議会
江戸っ子1号/中小企業が得意技術を持ち寄って国産深海探査機を開発中
 深度8000m以上の探査を目的とするが建造費は安く、再利用可能でメンテナンスも容易――これまでの常識を打ち破る新発想の国産深海探査機を、東京と千葉のモノづくり企業が産学協同で開発中だ。まずは海底の撮影や泥の採集に挑戦、将来は資源探査も視野に入れる。
科学研究から商用探査まで幅広い用途、量産時は単価数百万円に
映像観測を行う観測球(ガラス球、市販の3Dビデオカメラ、カバー)
映像観測を行う観測球(ガラス球、市販の3Dビデオカメラ、カバー)
 太陽光も電波も届かない、漆黒の闇の超深海。深度8000mともなると、水圧は1平方センチメートル当たり約800kg。指先で軽自動車を支えるような猛烈な荷重で、分子が密な海水でさえ、自身の圧力で3%以上圧縮されてしまうという過酷な世界だ。その深度まで潜航可能な探査機や潜水艇は世界にもわずかしか存在せず、建造やメンテナンスには極めて高い技術とコストを要するというのがこれまでの常識だった。
 その常識を打ち破り、低価格でありながら世界中の超深海に潜航可能な深海探査機をつくるプロジェクトが、町工場が集積する東京東部で立ち上がっている。探査機の名称は「江戸っ子1号」。
 開発の主体は杉野ゴム化学工業所、浜野製作所、ツクモ電子工業、千葉のパール技研の中小企業4社。いずれも深海探査機とは全く無縁の企業で、海洋研究開発機構、芝浦工業大学、東京海洋大学などから技術やノウハウ、実験設備の提供を受ける産官学連携の開発スタイルを取る。進水予定は2013年度だ。
「深海探査機といっても、自律航行式の大掛かりなものとはコンセプトが全く異なります。推進装置は持たず、自重で沈降。探査終了後はバラスト(おもり)を切り離して浮上するという、シンプルでありながら再利用可能な方式です」
 中核企業の1社で、レース用部品や市販車の試作部品の精密加工を得意とするパール技研の代表取締役、小嶋大介氏は語る。
 江戸っ子1号はすべての機能を1つの船体に収めるのではなく、800気圧以上の圧力にも余裕で耐えられる特殊なガラス球に必要な装置を組み込んだユニットを複数個、船体代わりの枠に実装して沈めるモジュール方式を採用している。この方式だと、初号機の開発・建造費は2000万円程度ですむという。自律航行式探査機や有人探査艇が通常、数十億〜100億円以上の費用を要するのに比べて格段に安い。
「2000万円というのはもちろん初期のコスト。海での実地探査を経て量産に移行すれば、1桁安い価格でつくれると思います。世界の研究機関や民間企業に探査機を買っていただいたり、採取してきた海底のサンプルを販売したりといった、いろいろな商業用途が考えられます」
 モノづくり大国を標榜する日本だが、深海探査に使われる装置については、国産品の割合はきわめて低い。江戸っ子1号は純国産深海探査機を目指したが、耐圧隔壁については独企業のボロシリケートガラス球を使うことになった。かつては日本にも同様の耐圧ガラス球をつくるメーカーがあったのだが、十数年前にやめてしまったという。
「ガラス球に限らず、日本では大量生産、大量消費にそぐわないものは、たとえよい技術であっても失われやすい。また、技術提供をいただいている電機メーカーさんの技術ライブラリーの中に、素晴らしい性能の近距離無線転送装置がありました。深海で通信を行うのにはうってつけの技術なのですが、ビジネスにならないということで塩漬けになっているそうです。深海探査機づくりを通じて、日本独自のレア技術を生かすことができればいいなと考えています」

 深海探査の世界では、自律航行式の探査機で海底を面でスキャンするのがトレンドとなっているが、江戸っ子1号が進むのはその真逆の点観測だ。
「深海底は本当に一期一会の世界。海底の泥は着底地点が1m違うと、成分やバクテリアの性質が全然別物だったりします。低コストでの実地観測は強味になると思います。もっとも、最初の目標は深海での魚類撮影や泥の採取。初潜航を予定している日本海溝での魚類確認の最深記録(シンカイクサウオ:深度7703m)は超えたいですね」
小嶋大介氏
株式会社パール技研
代表取締役

小嶋大介氏
 江戸っ子1号を通じて海洋探査技術のノウハウを蓄積したあかつきには、範囲を浅深度に限定した低価格の海中カメラや、海底ケーブルなどの設備点検装置など、別の製品も需要をみて開発、販売したいという。
「海の中を見ることに関してはこれまで市場性がほとんどなかったため、ニーズも明確化されていない。だからこそ、自分たちで市場を開拓できるというもの。チャレンジしがいのある分野です」
深海探査機づくりに生かす、精密金属部品メーカーの技術と発想
パール技研の精密部品と3Dビデオカメラ
パール技研の精密部品と3Dビデオカメラ
カバーを閉じた観測球
カバーを閉じた観測球
 江戸っ子1号を構成するガラス球モジュールは、3Dビデオカメラを仕込んだ観測球、浮上した時に探査機の位置をGPSで知らせる通信球、深海底を照らすLED装備の照明球の予定。サンプル採取モジュールなどの開発も行いたいとのことだが、現時点では映像観測がメインだ。パール技研が手がけるのは探査機の目となる観測球である。
「現在(2012年7月)、ガラス球の中にカメラを収めるための機構を試作しているのですが、ノウハウの関係でまだお見せできないんですよ」
 そのため、現時点では内部に収めるカメラとガラス球しか見せられないのだが、機構の原理について説明をしてくれた。
「洋上から深海へは電波が届かないため、ラジオコントロールはできません。海底に接地した後、探査機の傾きや揺れによらずカメラの姿勢を下向きにするには、電動式などではなく、カメラの自重で自然とそうなるような機構が最良だと考えています」
 パール技研はもともと自動車メーカー向けの試作部品やレーシングマシン用部品、航空機エンジン部品など、ミクロンオーダーの精密加工を得意としてきたメーカー。だが、深海探査機についてはまるで知らなかったという。
「2011年1月に江戸っ子1号プロジェクトが立ち上がるというニュースを新聞で読んだんです。先代社長が『これは面白そうだ』と言って、取引銀行に情報を教えてもらって加えてもらいました。チタニウムの切削加工が得意なので開発に活用できないかと思いました。結局、耐圧隔壁はガラス球を使うことになったんですが、内部のカメラ架装機構に自分たちの技術とアイデアを生かせるところがあった」
 深海探査機づくりは可動フレームの設計だけで事足りるわけではない。水の中に物を沈めるとはどういうことかなど、海洋関連の基礎の基礎から勉強する毎日だったという。
「海洋研究開発機構で有人探査船の『しんかい6500』を見学したり、専門家の話を聞いたりしていますが、それまでクルマの部品をメインにやってきた自分にとっては、見るもの聞くものすべてが新鮮で面白く思えました。今は客員研究員として図書館に出入りできるので、時間を見て勉強に行っています」
 観測球を完成させるだけでは江戸っ子1号は動かない。他のモジュールと自動的に連携を取るための双方向通信システムや電力供給システムなどを実装しなければならない。
「800気圧、1000気圧といった高圧環境下では、ちょっとした傷でもガラス球が粉々に砕け散る要因になる。圧力調整弁以外、穴を開けることはできないため、充電は非接触のインダクティブ方式を使うのですが、観測球内部の受電側コイルをどう置くかということひとつとっても、他のモジュールを開発している企業と綿密に連携しなければなりません。ちなみにモジュール間通信では面白い特殊ゴムがあって、連結すると水中でも無線LANが使えるようになるんですよ。他企業や研究機関との共同研究のノウハウも蓄積されますね」

 超高圧環境に耐えながら観測を的確に行う性能が求められる深海探査機。どのようなエンジニアが開発にかかわることができるのだろうか。
「世の中にないものをつくるという側面が強いので、キャリアはあまり関係ないと思いますよ。私も精密加工会社を営んでいますが、大学時代の専攻は情報工学でしたし。求められるのは、物事を面白いと思う好奇心、まずはやってみようという腰の軽さ、そして自分と違う分野の専門家と積極的にコミュニケーションを取れる能力でしょうね。あと、大事なのは自分の夢やビジョンを人に伝えられること。他人に話をしているうちに、自分の中アイデアが具体化することがあるでしょう。この分野ではそれが大事なんですよ。ついつい熱く語っちゃうような人ほど向いていますよ」
 かつてない低コストで海底探査を。深海を知らない企業群が言い出しっぺとなって始まった江戸っ子1号。今後、世界が開発にしのぎを削る探査機業界の中でどういうポジションを得るのかは未知数だが、海底資源探査、水産資源探査など社会的ニーズはすでに増大している。日本初の商用機としてリリースされる日が待ち遠しい。
小嶋大介氏
株式会社パール技研
代表取締役

小嶋大介氏
右肩上がりの海洋開発ニーズ、新探査技術の創出にも期待
探査艇だけじゃない! 情報通信からセンサーまで意外に広い技術分野
 海底に眠るレアメタルやレアアースを探索したり、なぜウナギはマリアナ海溝で産卵するのかといった生態系を解明したりと、海洋探査のニーズは各方面で高まるばかりだ。その主役となる深海探査機は、ともすれば特殊商品でごく限られた分野の企業しか参入できないといったイメージがある。
 もちろん大型の探査機、探査艇の本体にはそういう傾向があり、基本的には造船会社や研究機関が開発を手がけているのだが、ほかにも浅深度用のコンパクトな自律型探査機を開発するメーカーが存在している。また、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス、カナダ、ノルウェーなど海洋開発先進国を本拠とする外資系企業の活動も活発で、有人探査艇を含め多様なプロジェクトが発表されている。

 日本企業が強味を発揮しそうなのは、船体以外のアプリケーション部分。船内のエネルギー源となる燃料電池、耐低温リチウムイオン電池、またロボットアームをはじめとするメカトロニクス、通信システムなどだ。
 また、観測技術を向上させるセンサー類の開発も深海探査の重要分野。光を当て、そのスペクトルから物質の種類を判定する光学センサー、海水に混じった資源成分を検知する化学センサーなどは、技術革新次第で探査レベルを飛躍的に高める可能性があるだけに、大きな期待が寄せられている。
自らのスキル、ノウハウを生かすアイデアを積極提案すべし
 深海探査機エンジニアに求められるスキルだが、自律航行型などの大型探査機については造船に関する専門知識を要する。ただし、燃料電池車の水素ボンベや高圧配管など、数十〜数百メガパスカル級圧力系統の設計技術や材料工学、流体シミュレーションなどのノウハウがあるエンジニアについては、転職受け入れの可能性は十分にあるだろう。
 一般のエンジニアにとって活躍の場がありそうなのは、むしろアプリケーション分野。水中赤外線通信、LAN、非接触給電、照明、また自律航行する機材に使用するジャイロセンサー、姿勢制御のためのソフトウェアなどは、いずれも探査機を成立させるのに必要不可欠な技術だ。

 それらのスキルを持ち合わせているエンジニアが開発に携わりたい場合、まずは海洋関連の学会や研究機関にアプローチして、海洋の勉強をしながら自分のアイデアを相手に伝え、自社のビジネスとして形にしていくのが手っ取り早い。同様に、前項で挙げたセンサー類のエンジニアも、海洋資源探査のニーズを汲み取り、対応可能なセンサーを開発することで、海洋開発の世界で一旗上げることも可能だ。
 なお、モノづくりとは少しジャンルが異なるが、海洋探査の世界では探査機のオペレーションを専門に行う企業が世界中に存在する。海洋探査の実務や科学研究を通じて探査機メーカーと共同開発を行っていくのもひとつの手だろう。独学でもいいので、深海海洋学や地質学も含めた地球科学全般に関する基礎知識を身につけることで道が開ける。
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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ 高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
船で運んで、海に落下させ、海底に着いたら作業を開始。終了したころにおもりを切り離して浮上させ、GPSで場所を特定して回収する。こんなシンプルな仕組みになったのは予算の関係もあったようですが、何か愉快じゃないですか? 江戸っ子1号から始まる深海探査に期待大です!

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