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2011年にミクシィと早稲田大学大学院商学研究科は、「mixi」上のユーザー一人当たりのつながりとコミュニケーションの関係性について研究を行った。大学と企業が直結したSNS研究の背景と取り組みについて取材した。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/栗原克己)作成日:12.03.26
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早稲田大学大学院商学研究科教授
早稲田大学IT戦略研究所所長 根来 龍之氏 |
日本の産学共同研究──これまで製造業企業と理工系学部との産学共同研究の中から、新製品開発のヒントが生まれることはよくあった。最近はサービス系企業が市場分析やマーケティング手法の開発などで、経営学などの社会科学系学部と連携する例も見られる。 IT企業と大学との産学共同研究も進んではいるが、これまではコンピュータやネットワーク技術といった技術面での提携が主だった。ところが、今回のミクシィと早稲田大学大学院商学研究科(ビジネススクール)との取り組みでは、データ解析を通して、SNS(ソーシャル・ネットワーキングサービス)上のつながりとコミュニケーション投稿数について研究するというものだ。
「ミクシィとは実は上場前からお付き合いがあり、2006年には笠原健治社長を取材して、経営学の観点から無料モデルとしてSNSを分析した本を出したこともあります(※)。他事業者や利用者の参加を得て、ネットワーク・サービスを提供するプラットフォーム型ビジネスの成功メカニズムを探ることは、私にとっても重要な研究テーマだったのです」 |
一方で、ミクシィ社内でソーシャル分野における先端技術を調査している技術研究開発グループ・マネージャー、木村俊也氏もこう語る。 SNS企業にとって最も重要なポイントは、SNSを日常的に利用するユーザーのつながりやコミュニケーション投稿数だ。「mixi」を利用するユーザーがいかに心地良くそして活発に仲の良い友人とコミュニケーションを楽しめるかは、エンジニアであれ企画担当者であれ、日々取り組まなければならない重要な課題の一つである。 しかし、現在「mixi」を利用しているユーザーは月間1,500万人を超える。ユーザーのコミュニケーションを科学的に捉えようとすれば、膨大なデータの分析が欠かせない。最近でこそ大規模データ分析など、データマイニングの重要性が語られてきている。しかし、日々の業務で必要とされる分析と、「ユーザーがより心地よくコミュニケーションできる変数は何か」といったテーマはまた別のもの。こうした産学共同の機会だからこそ新たに発見できる内容である。 |
株式会社ミクシィ
技術部 研究開発グループ 木村 俊也氏 |
※『mixiと第二世代ネット革命──無料モデルの新潮流』(根来龍之監修/早稲田大学IT戦略研究所編/東洋経済新報社)
木村氏は、根来教授と出会って、mixiについての知識に驚いた。
その意味では最適の研究者を得たプロジェクトだったが、実際にスタートするまでにはいくつもの課題があった。 テーマ設定のための打合わせは2011年4月から3カ月かけて行われた。どこまでのデータをどれぐらい提供できるかは、ポイントの一つだ。mixiの持つデータはユーザー一人ひとりの個人情報になるものもある。守秘義務契約を交わした研究とはいえ、データの取り扱いには最大限の注意が必要だ。検討の結果、ユーザー属性は年齢と性別、そして都道府県だけに絞ることになった。これであればユーザー一人ひとりを特定できる個人情報を渡すことはなく、研究に取り組める。データ解析の作業はすべてミクシィ社内のPCで行うこととし、作業にあたっては、早稲田大学から学生を派遣してもらうことにした。 |
大嵜 昌子氏
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さらに、膨大なデータを解析しやすいように処理する作業も必要だった。
「誰と誰がいつコミュニケーションしたかという総コミュニケーション投稿数は1カ月に約8億件にものぼり、ものすごい量があります。今回の実験には6カ月分のデータを用いました。そこから対象のデータを抽出するためには、計算機的にはかなりのコストがかります。大量のデータから分析者が必要するデータを柔軟に抽出するためには、Hadoopなどの分散技術を利用する必要があります」(木村氏)
ミクシィが提供したのは、個人が特定できないようランダムに抽出した5万人の会員のコミュニケーションのデータ。mixiの会員総数からすれば、0.19%ほどのものだが、統計学的には十分以上の数字だ。
「これだけの実データの協力をしてくれる企業はそうはない。実際は5000人分でも統計的には有意な結果を得られるが、5万人分のデータがあれば、mixi全体の傾向をほぼ99%以上の確率で把握できる」
と、根来教授は言う。
実際のデータ解析にあたったのは、当時、早稲田大学ビジネススクールの社会人学生で、根来教授のもとで研究を続けていた大嵜昌子氏だ。前職のオンラインゲーム会社で経営企画に携わっていたこともあり、SNS企業のビジネスには強い関心があった。
大嵜氏は、「mixiのコミュニケーションを研究するといっても、最初は漠とした課題。貴重なデータを提供していただいた上、木村さんたちにプログラムを書いていただきました。果たしてできるかどうか、最初はかなりプレッシャーがありましたね」と、振り返る。
解析のためには、統計解析の専用ソフトであるIBM SPSSが用いられた。主要な分析対象は、mixiの日記やボイス(つぶやき)などのサービスの投稿数と、友人とのコミュニケーション頻度。解析期間は8月から12月の5カ月。大嵜氏はこの間、ミクシィ本社に通い詰めた。
さてこの共同研究の成果はいかに──
「同じmixiのユーザーでも友人の多い人、少ない人ではmixi上でのコミュニケーションに差があります。ある一定の人数の友人(登録された仲間)がいて、その友人と頻繁にコミュニケーションしているタイプの人は活性化しているのですが、問題はつながる友人の数です。SNSにおけるつながりが大きければ大きいほど良いというわけではない。友人も全員がコメントをしてくれる必要はない。一定の人数が頻繁にコメントしてくれるだけで、そのユーザー自体も活性化することが証明できたのです」
と、根来教授は語る。
その鍵となる人数が何人は、現時点では非公開だが、「友人」という変数がmixi上のコミュニケーション投稿数に重要な意味を持ち、その人数規模までが科学的に証明された、というのはとても興味深い。
ネットワーク上の友人の最適規模が分かれば、SNSを運営する側としてはユーザーがより心地よくコミュニケーションできるような環境作りのための具体的な方策が浮かぶ。
例えば日記の公開範囲を細かく設定できるようにする。日記の公開範囲を大きくするよりも、適正な範囲に止めたほうが、そのユーザー自身も心地良く投稿することができる。ただ、あまり細かく公開範囲を設定できるようにしても、ユーザーの利便性から考えると実際には使われない。
「これまでのSNSを運営してきた中で蓄積されたユーザー利用動向などから、このぐらいではと思っていたものが、学問的に実証できたことの意味は大きい」
と、木村氏も言う。
「日々の業務でやらなくてはいけないことはたくさんあるのですが、学問的にユーザーがより心地良くコミュニケーションができる変数が見えてきたことで、自分たち自身もサービスの改善に向けた作業にプライオリティをつけることができるようになりました」
そもそも大学と共同で研究を進める意義について、木村氏はこう語っている。
「私たちの研究開発、中でも私が担当しているデータマイニング領域は学生時代の研究がそのまま直結する分野です。研究と実社会がこのように直結していると分かれば、研究がもっと楽しくなるはずです。そのことを、こういった研究を通して学生たちに伝えたいと思っています」
それは木村氏自身の「私も学生時代の研究がこれほど役に立つとは正直、ミクシィに入るまでは想像もしてなかった」という経験に基づくものだ。企業が大学との共同研究の領域を広げることは、企業における研究成果を大学に還元することにもつながる。ソーシャルネットワークの世界をより進化させるための学問は、コンピュータサイエンスだけでなく、経済・経営・商学などの社会科学領域にもあるということを、今回の共同研究は示している。
人はなぜ「人と人がつながりコミュニケーションする」SNSを利用するのか?それは楽しいあるいは心地良いからだが、その「楽しさ」を科学的に実証しようという思いが、ミクシィ側にも、根来教授の側にもある。
「経営学的に言えば、ソーシャルメディアを運営する企業はどうすれば経営的に成功できるかということが最大の関心です。しかし、企業は単に儲ければいいというものでもない。持続的な経営を行うためには、ソーシャルメディアが、これからの社会にどのような影響を与え、どのように役立つのか、ということにも関心を持つ必要があります。本来、企業活動の社会的影響というのは社会学のテーマかもしれませんが、これからの経営学は、そうした視点抜きには役立つものにならないと思います」
と、根来教授は言う。
企業と大学が互いの知見や研究リソースを提供しあって、SNSの楽しさの本質を追究していく。そうすることで、SNSは、より多くの人に楽しくそして心地良くコミュニケーションをしてもらえるサービスになるだろう。
2007年、ミクシィ入社。レコメンデーションや広告ターゲティングなど、大規模テキストやリンクデータを分析し、サービスへの応用に従事。また、大規模データ解析に関する雑誌の執筆や、アカデミックな情報系学会での委員としての活動をしている。 |
早稲田大学大学院商学研究科(ビジネススクール)教授。ビジネススクール・ディレクター(統括責任者)、早稲田大学IT戦略研究所所長。京都大学卒業(社会学専攻)。慶應義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。鉄鋼メーカー、英ハル大学客員研究員、文教大学などを経て、2001年から現職。 |
オンラインゲーム運営企業などを経て、早稲田大学大学院商学研究科(早稲田ビジネススクール)に社会人学生として入学。2012年同院修了。同院在学中に転職し、現在は、サービス業の経営戦略や広報を担当している。 |
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