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Webアプリやコンシューマゲームの経験者が続々とソーシャルゲーム開発に参入している。彼らの技術シフトを加速するのは、「Unity」「Adobe® AIR®」など、ネイティブアプリの経験がなくてもスクリプトが書け、複数のスマートフォンOSに対応できる開発エンジンの整備だ。その最先端の現場がグリーにあった。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/佐藤聡)作成日:12.03.13
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開発本部 エンジニア
芳賀 洋行氏 |
芳賀洋行氏は、ハイエンド3Dグラフィックスソフト「Maya」の開発に関わってきたエンジニアだ。カナダのAlias wavefront社を経て、その後同社の製品を買収した米Autodesk社で働いてきた。Autodesk社では、米西海岸を拠点に日米を行き来しながら、主にゲーム会社向けに「Maya」「MotionBuilder」「Softimage」などのカスタム開発、コンサルティングを提供してきた。
世界のゲーム業界の動きを、コンサルタントの冷静な視点で分析する。アプリケーションエンジニアとして開発現場をよく知っていることが彼の強みだ。ソーシャルゲームについても、
ソーシャルゲームの波が日本にやってくると、これは意外と日本人のものづくりのスタイルに合うのではないか、と芳賀氏は思ったという。 |
最初からすべてを決めてそれらをきっちり統合しようとするアメリカ人。作りながらすり合わせて融合していく日本人。まあ、どっちでもいいじゃないかと達観するフランス人……。Autodeskでも国籍混淆のチームで動いていたので、開発スタイルにもそれぞれの特色が出ることを肌身で感じてきた。
「そもそも、日本人は、小さくて可愛くユニークなものを生み出すのが得意。周囲とのコミュニケーションの取り方も独特のものがあります。ソーシャルゲームを生み出す豊かな土壌はあったと思いますね」
芳賀氏が今いるグリーの職場も国際色豊かだ。アメリカ、カナダ、フィンランド、中国、バングラディシュ、日本とさまざまなナショナリティを持つエンジニアが六本木に集合し、その個性がぶつかり合う。チームのミッションは、スマートフォンのネイティブアプリゲームの開発基盤の構築だ。スマートフォンゲームの開発を簡単かつスピーディに行うための、ゲームエンジンの評価、選定も重要な任務だ。彼らがゲームエンジンとして注目し、採用したのが米Unity Technologies社の「Unity」である。
Unityのどこが優れているのか。芳賀氏が挙げるポイントを整理してみよう。
1)拡張性が高い
「Unityはそのままでも使えますが、自社のゲーム開発環境に合うような拡張も自在にできます。スマートフォン向けの「GREE SDK」を拡張するにもプラグインを書くだけでいい。C、C++だけでなく、C#、JavaScriptでも拡張ができます」
2)ユーザーベースが大きい
「昨年春の段階で全世界に50万人の利用者がいました。ブログで情報を発信するエンジニアも多いし、コミュニティの活動も活発で、ハッカソン的なイベントもよく行われています。これだけの蓄積があれば、大体の“地雷”は除去されている。安心して開発に取り組むことができます」
3)すぐに使える
「インストールや設定が簡単。誰もがすぐに使い始めることができる。スタンダードのバージョンは、無料で使えます。ゲームに必要な音声、グラフィックスの使い方もスムーズ。PCやMac上でほとんどの開発が完了し、オーサリングしながらプログラミングが行える。しかも一つのプログラムソースで、Android™、iOS、Windows Media Playerなど複数のデバイス向けにアプリを開発できます」
Unityのユーテリティに惚れ込んだ芳賀氏らは、これをスマートフォン向けゲームエンジンとして選定。Unityの利便性をさらに高めた開発フレームワークを社内エンジニア向けに提供してきた。
「例えば、Unityはもともとコンシューマ機の3Dゲーム開発用につくられたもの。しかしソーシャルゲームでは2Dで十分であることも多い。逆にソーシャルの場合は、ソーシャルグラフのデータとの接続は重要。このようにソーシャルゲーム開発に特化、拡張した形で、開発環境のアーキテクチャを洗練させるのも私たちの仕事です」
Unityによる開発フレームワークのアーキテクチャ設計で芳賀氏が最も苦労したのは、「Unityという、Webアプリ開発だけをしていた人からみると、かなりリッチなクライアントを、複雑化させず、誰もが容易に開発に取り組めるようモジュールを切り分けた」ことだ。
中でも「デザインパターン」と呼ばれるモジュールが重要だった。開発したいゲームの構造は確かにソースコードを全部読めば分かるが、あらかじめデザインパターン化しておけば、「ああ、このゲームはこういう感じになるのだな」と一目で理解しやすい。開発プロセスをいくつかのモジュールに分けることで、全体を統合したときにバグが出ても、バグの発生箇所を特定しやすくなり、修復しやすくなる。結果として全体にロバストネス(堅牢性)を持つ設計ができるようになる。
また、モジュール化によって、グラフィック作業に回せる部分はそこだけを切り出して、デザイナーに任せることもできる。エンジニアはエンジニアリングに集中できるようになるのだ。
「このあたりは、オブジェクト指向のよさだと思います。Unityはオブジェクト指向プログラミングをよく活かした開発環境。加えて、開発プロセス全体の見通しがつき、かつ堅牢性の高いアーキテクチャを設計することで、エンジニア同士のコミュニケーションも取りやすくなりました。アーキテクチャというのは、開発組織のあり方をも変えるものなのです」
と、芳賀氏は語っている。
開発本部 エンジニア
レンス・ヴェルステゲン氏 |
Unityと共に、もう一つのスマートフォンアプリ開発環境として注目されているのがアドビシステムズ社のアプリ実行環境「Adobe AIR」である。Adobe AIRは、HTML、CSS、JavaScript、Ajax、Flash®などの技術を使って、ブラウザを立ち上げることなくデスクトップで実行できるWebアプリの開発環境だが、Adobe AIR 3.0では、新機能「Captive Runtime」が加わり、ランタイムをAdobe AIRアプリのパッケージにして配布できるようになった。さらに「ネイティブ拡張」により、各OSのネイティブコードで記述されたライブラリを利用することもできる。ネイティブ拡張機能は、Android、BlackBerry® Tablet OS、iOSおよびテレビに対応している。 グリーはすでに昨秋の段階で、開発環境の一つとして「AIR 3」の採用を決定し、GREE開発パートナー向けに「Adobe AIR 3.1 Plugin for GREE SDK」を提供し始めた。これによって、WebエンジニアやFlashエンジニアは、これまでの知識を活かしつつも、開発コストと工数を低減しながら、ワンソースでAndroidやiOSネイティブのゲームを制作することができることになった。スマートフォン向けゲーム開発ツールとして、Adobe AIRテクノロジーを活用するのは日本では初めての試みだ。 グリーが採用するゲーム開発環境とゲームのタイプを相関させたのが図1だ。コンテンツのリッチ化という意味では、AIRは従来のWebゲームとコンシューマゲームの間に位置し、Unityによる開発よりややカジュアルなゲーム開発に向いている。ただ、AIR 3は、最新のFlash Player 11に搭載された「Stage3D」に対応することで、GPUによる2D/3Dのハードウェアアクセラレーション・レンダリングを活かしたよりリッチなゲーム開発も可能になる。したがってこの概念図は技術の進化と共に絶えず移り変わることになる。 |
現在、グリーはAIRによる最初の内製ソーシャルゲームを開発中だが、そのプロジェクトメンバーの一人が、オランダ出身のエンジニア、レンス・ヴェルステゲン氏だ。
「AIRを使ったソーシャルゲームはまだ世の中に存在しないと思います。でも、ソーシャルではないゲームは出てきていて、なかなか出来がいいことを私たちは知っています。AIRを使う利点は、Flashエンジニアのノウハウが活かせること。ActionScriptが書ける人なら、そのままネイティブなアプリが書けるようになります。JavaScriptの経験者が、ActionScriptに移行することも難しいことではありません。つまりWeb系のデザイナーやエンジニアのノウハウが最大限活かせるということです」
AIRの動作環境は「遅い」というイメージがあり、「CPUに負担がかかってフレームレートが落ちるということがこれまではあった」とレンス氏も認めるが、GPUモードを活用することでその制限も回避できるという。しかもソーシャルゲームは派手なアクションを動かすゲームばかりではない。「ゆる系」のゲームでは、AIRの表現力は現状でも十分に活かすことができる。
このようにAIR開発環境の優位性を語るレンス氏だが、実はエンジニアとしてAIRに触れたのは昨年9月にグリーに入社してから。前職の大手ゲーム会社では、C++でコードを書いていた。オブジェクト指向プログラミングやゲーム開発におけるデザインパターン設計、さらにはゲームロジックの開発などは得意だが、それらをAIRで動かすというのは初めての経験なのだ。
JavaScriptやActionScriptもほとんど未経験。「JavaScriptでゲームを書くなんてありえないと思っていたぐらい。最初はC++に似ているのではないかなと思っていましたが、実際は全然違う。特にサーバーサイドの非同期処理とかは初めての経験。頭の切り替えには苦労しましたが、なんとか書けるようになりました」
その間わずか3カ月。短期で何でもモノにしてしまう底力があるのだろう。それ以上に重要なのは飽くなき好奇心だ。
「新しい会社に移ったのだから、新しい技術に触れるのは当然。そういう新鮮な経験がしたくて、会社を移ったようなものですから」と、屈託がない。
前職のコンシューマゲーム開発とは違う、グリーの少人数かつスピーディな開発スタイルに最初は戸惑ったが、今はもう慣れた。グリーでもAIR開発経験者は少ない。チームメンバーと新しい知見を共有しながら、いずれはその知識と経験を社内の他のエンジニア、あるいはパートナー企業に提供していく。
グリーにおけるUnityやAIRによる開発環境は、Webエンジニアがスマートフォンのネイティブアプリを開発する上でもちろん役立つ。それだけでなく、これまでコンシューマ向けゲーム開発を担ってきたゲームエンジニアにとっても興味深いものであるはずだ。
「コンシューマゲーム会社では自社独自のゲームエンジンを開発してきたところが多い。それが各社の競争の源泉になってきた。しかしエンジン開発のためのR&D投資を継続できる企業は、アメリカでも大手数社にすぎない。他の企業は、自前のエンジンと遜色のないエンジンが一夜にして手に入るとなれば、そちらのほうに流れる。日本でもその流れがこれから出てくるのではないかと思います」
と、芳賀氏は言う。
実際、Unityについてはバンダイナムコゲームス社のように独自のノウハウを持つ企業も出てきている。UnityやAIRという新たな共通の開発基盤ができれば、一つの会社の中でもコンシューマゲームからソーシャルゲームへの移行の障壁は少なくなるだろう。さらに、エンジニアの職業という視点でいえば、コンシューマからソーシャルへ、企業の壁を越えた転職も容易になるはずだ。
「日本企業の自前主義の限界は随所に出てきています。ゲームの世界でも、自前のエンジンで迫力のあるゲームを作るのもいいが、これからはそれだけじゃない。オープンソースの基盤を活用しながら、そこで新しい競争をすればいい。ゲームが多様化していく中で日本人の繊細なセンスを活かせるのは、スマートフォン上の友達と一緒に遊んで楽しいカジュアルなゲームなのではないかと、個人的には思います。そのための開発環境づくりを急いで、日本から生み出すゲームで世界を席巻していきたい」
と、芳賀氏は決意を語る。
SNSから発展する形でソーシャルゲームが事業の主軸のひとつになったグリー。その一方で、ソーシャル化へ進むゲーム業界の流れ。その両方が重なるところに、よりよい開発環境づくりを目指すエンジニアたちがいる。
2003年会津大学コンピュータ理工学部ソフトウェア科卒。卒業後、カナダのAlias wavefront社に入社。「Maya」アプリケーションエンジニアとして2004年アジアNo.1エンジニア賞受賞。2006年からは、米Autodesk社で開発エンジニア・技術コンサルタントを経験。2011年5月グリー入社。現在内製ネイティブソーシャルゲームのエンジニア兼プロダクトマネジャーとしてエンジニアリング/プロジェクトを統括。
オランダ・アイントホーフェン生まれ。オランダとベルギーの大学でそれぞれ情報工学と日本語・日本文化を学ぶ。2006〜2007年は一橋大学に留学し「なぜ日本人は落とし物を交番に届けるのか」といった日本の社会文化を国際比較研究した。2007年からコナミデジタルエンタテインメント社に勤務し、家庭用ゲーム開発に従事。2011年9月、グリーに転職。Adobe AIRによる内製ゲームの開発にあたる。
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2004年2月に、ソーシャル・ネットワーキング・サービス (SNS) 「GREE」を公開、日本だけでなく米国・欧州などグローバル展開を進め、世界で億単位のユーザー数を目指すソーシャルメディア事業をはじめ、ソーシャルアプリケーション事業、プラットフォーム事業、広告・アドネットワーク事業等を展開しています。続きを見る
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