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研究開発に比べると地味なイメージを持たれがちな生産技術。だが実は、生産技術が世界を変えるイノベーション創出の担い手だったりする。単に工程設計、生産性検討をするだけにとどまらなくなった、生産技術開発の世界をレポートする。
(取材・文/井元康一郎 編集/宮みゆき 撮影/伊藤ユリ)作成日:12.01.06
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モノづくりにおける生産技術の役割は、いかに低いコストで合理的に生産するかを考えること――これが一般的なイメージだろう。もちろん工程設計や生産性検討などが生産技術エンジニアの主な仕事であるのは事実だが、実は今日、生産技術の役割はそれだけにとどまらなくなってきている。とりわけテクノロジーのコモディティ化がまだ進んでいない先進的な商品分野において、研究開発が生産技術エンジニアの新たな重要ミッションとなってきているのだ。
生産技術が商品開発と共同で仕事をすること自体は、これまでも珍しいことではなかった。より低コストでモノをつくるためには、そもそもこういう材料、構造であるべきといった生産技術の知見を設計段階から盛り込むために両者が同時並行的に仕事をするというやり方は、今では多くの業界で普通に行われている。
サイマルテニアス(同時性)エンジニアリング、通称サイマルなどと呼ばれているこの開発手法の中で、生産技術の担当範囲は拡大する一方だ。単にコストのことばかりでなく、商品力アップに直結する新材料、新工法、新構造の研究など、設計よりさらに上流の仕事をやることも珍しくなくなってきている。
サイマルのボーダーレス化の傾向が特に強い業界の一つに、自動車業界がある。クルマは車体の大小に関わらず、おおむね部品2万〜3万点という膨大な数の部品を限られた大きさの車体に凝縮して、つくられている。クルマのカッティングモデルを見るとスキマだらけのように思えるが、実は各部で激しいスペースの取り合いが起きている。同じ機能のものならば、小さく、軽量なほうが絶対的に優位なのだ。
アイシン精機株式会社
生技開発部 先行部品開発第二グループ 蜂須賀 譲二氏 |
既存の常識を打ち破るような小型軽量化は、設計に工夫を凝らすだけでは出てこない。工場、研究開発、素材メーカーをはじめ取引先などと連携し、自らも製法・工法、材料など多分野の研究を行う生産技術からの技術提案が不可欠だ。 自動車部品大手のアイシン精機は、研究開発と生産技術の協同体制を重んじるメーカーの一社だ。同社は生技センターを設置し、生産技術にも注力している。生技とはもちろん生産技術の略称だ。生技開発部で量産にまだ至らない先行部品の開発を手掛けている開発第二グループ・蜂須賀譲二氏はこう語る。 「いろいろな分野のエキスパートが多数在籍し、産学協同研究や他社との共同開発などの案件も多い、きわめて開発色の強いセクションです。私も生産技術エンジニアですが、ライン編成や設備仕様の策定はどちらかと言えば苦手で、そのぶん研究開発を頑張っています」
これまで数々の開発案件に関わり、ブレイクスルー技術創出をうながしてきた。その中でも思い出深いもののひとつとして蜂須賀氏が挙げるのは、クルマの安全装備であるアンチロックブレーキシステムの油圧ポンプ用モーターをコンパクト化することに成功した優秀な多くの担当者たちだという。夢を描いてチャレンジした結果、製品の容積1cm3あたりのモーターの出力密度は従来品に比べて一気に50%以上上がった。 |
実物の断面図を見ると、ケースの厚みは普通に作ったモーターに比べて半分強という薄さ。余剰スペースはモーターが回るのに必要なクリアランス部分以外、ほとんどないというくらいの小ささで、従来のモーターがスカスカに見える。
このモーターを小さくできた最大の要因は、コイルを巻くコアの部分を、最表面を絶縁化した粉末を用いて、圧粉成形することで製造する技術を確立したことにあったという。高い電気抵抗と強い軟磁性機能を合わせ持ち、同時に成形品であるため、複雑な断面形状のものも簡単につくることができる。巻線を隙間を埋めるような形で巻ければ、回転体全体が出っ張りのない円盤状になり、モーター全体を極薄にできるというわけだ。また、複雑な断面を作ることで、磁力を3次元的に有効活用できるようになり、その点でもエネルギー密度を上げることにつながる。
実はこうしたアイデアは、生産技術だけでなく研究開発部門の中でも出ていた。が、実際の商品開発を始めるまでにはなかなか至らなかった。
「磁力を3次元的に使いたい、そのためにはコアの形を複雑に作りたいという考えは、モーター技術者なら持っていること。しかし、複雑な形を積層成形で作ればコスト高になってしまう。彼らの方からはなかなか言い出しにくいことなんですよ。そういう時こそが、我々生産技術開発の出番」
積層成形で複雑なコアにすればいいことは分かっているが、コストが高くなる。ただ漫然とそのコストを下げようとすると、積層成形を安くすることにとらわれてしまい、早々に限界を迎えてしまう。そこで軟磁性材料の粉末を焼き固めてコアをつくれないか、とふと思ったという。
自動車以外の分野では、軟磁性粉末を使うための技術がたくさんある。ハードディスクや光ディスクのスピンドルモーターなどだ。だが、それらは超小型サイズ。クルマに使うモーターはそれらに比べてはるかに巨大。技術マッチングは悪いとされ、もちろん世界で実用化に成功した例は1件もなかった。
「できないことをできないと言っていては、モノづくりを変えることはできない。とにかくモノを作ってみなければ、何が問題なのかも分からない。まずはシンプルな円柱形の軟磁性粉末成形品をつくってみました。数十ナノメートルという極薄の絶縁コーティングがなされている粉末を用いて、成形した時に適切に絶縁された状態になるよう工夫を重ねました。その結果、性能自体は低かったものの、コアにも使えそうな粉体成形品をつくることに成功したんです。不可能でないことがわかったときの興奮は忘れられません」
こうしたトライは、アイシン精機の生技開発においては日常的なことだ。もちろんチャレンジした結果、モノにならないものもたくさんある。
「今は、EV、ハイブリッド、燃料電池などの電動化技術に、世界が一斉に向かっている状態。当然私たちも駆動用モーター、インバーターなど、次世代パワートレインを開発していく必要がありますが、それらはこれまでやってきたこと以上に、開発している技術がモノになるか、また競争力を発揮できるかわからない。プレッシャーは大きいですが、そのぶんやりがいも大きい」
ABSポンプ用DCモーターだけでなく、ハイブリッドカーやEVの主機となる大型電気モーター、またそれを制御するパワーコントロールユニットなども今後、アイシンの生産技術開発エンジニアにとって、格好の研究対象となっていくであろうことは想像に難くない。
電気以外の分野も、生産技術の出番は多い。世界の自動車業界で電動化と並ぶ将来技術の大テーマとなっているのが、ボディの軽量化技術だ。エンジンの改良やハイブリッド、EV化でエネルギー効率をアップさせていくのはすでに既定路線となった感があるが、これらの技術だけで得られる改善幅には限界がある。そこでパワートレイン以外の分野に期待がかかるのだが、期待がことのほか大きいのがボディの軽量化なのだ。
最近、欧州を中心に、引張強度がギガパスカル超級という超高強度のハイテン鋼やカーボンコンポジット材料などをクルマの市販モデルに幅広く採用する例が急速に増えた。自動車技術では世界のトップランナーである「日本メーカーが珍しく劣勢な分野」だ。
材料自体は日本の素材メーカーが強いのに、市販車については一向に採用例もコストダウンも進まなかったのは、技術者の技術力が高く、既存の開発手法で対応できたことも大きい。だが、生産技術開発部門からカーボン複合材を極めて速い速度で加工する技術、あるいは低い温度で成形できる技術といったブレイクスルーが登場すれば、日本メーカーは得意の“先端技術の大衆化”で一気に優位性を取り戻せる。アラミドやポリカーボネート、バイオプラスチックなど、新材料の研究や加工法の開発は、成長余地が高いジャンルである。
こうした厳しいモノづくり合戦が続く中、生産技術開発の役割は重要になるばかりだ。アイシン精機はもともと家族主義的な社風が色濃く、チーム力重視というイメージがあるが、一方で個々のエンジニアが持つ研究者としての資質を生かす機運もあるという。
「私は若手エンジニアに、仕事時間のうちの1割は水面下で温めているシーズ(萌芽技術)など、自分がいいと思う研究開発に使っていいよと言っています。多額の資金がかかるのでなければ、会社から予算をもらうよう頼んでもいい、と。もちろん新技術は空振りも多いのですが、打率を気にしていたらエンジニアが小さくまとまってしまう」
モノづくりにおける影のヒーローであり、イノベーションの仕掛け人でもある生産技術開発エンジニア。今、自動車業界に限らず、モノづくりの世界ではサイマルもこなせるような“デキるエンジニア”の人材不足が深刻だという。研究開発志向なのに案件が回ってこないなど、不遇にやきもきとしているエンジニアにとって、このジャンルは実は穴場といえる。その仕事にはどんな人が向くのだろうか。
「とにかく『自分の夢・思い』や『技術への拘り』を羅針盤にして、どうにかして実現させるんだ、という強い気持ちを持っている人。日々の業務を、確実に効率よく実施していくだけでは、物足りなく感じている人には、生産技術開発はぴったりです。やるなら世界一、世界初を目指したい、という人には、ぜひ生産技術開発の世界を覗いてみていただきたいですね」
1985年入社、スターリングサイクル冷凍機の生産技術に携わる。1992年より、生産技術開発部門に異動。以後、鉄鋼材料の熱処理を中心に生産技術開発に従事。2009年より生技開発部 先行部品開発第二グループ・マネージャー。2012年より生技開発部長に就任。
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