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今ゲーム専用機でネットの活用やネットワーク対応によるユーザー同士のコミュニケーションが活発化している。その開発最前線で活躍する任天堂のエンジニアを取材した。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/大江隆晴)作成日:12.02.27
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ネットワーク事業部
東京ネットワークシステム開発グループ 島岡 宏和氏
ネットワーク事業部
東京ネットワークシステム開発グループ 荻原 一平氏 |
任天堂に「東京ネットワークシステム開発グループ」が誕生したのは2010年7月のこと。ゲームのインターネット対応が進んでいくと、本社のネットワーク事業部だけではエンジニアが足りない。ネットワーク技術でも専任チームを東京に置く必要がでてきた。関東圏のエンジニアを広く集め、東京に多いIT関連企業との協業を深めるという狙いもそこには込められていた。 「任天堂でネットワーク、サーバの仕事と聞いても最初はピンと来なかった」と言うのは、島岡宏和氏だ。大手総合研究所で大規模ネットワークシステムを開発していたが、入社数年経つと自分の仕事は要件定義までで、あとは協力企業に任せることが多くなっていた。「ネットワークエンジニアとしてものづくりの感触を取り戻したい」──それが実現できる転職先を探していた。 最初は意外と思った任天堂からのオファーだったが、調べてみると、ゲーム機が扱うネットワークサービスの多彩さに驚く反面、自分のネットワーク技術が生かせるフィールドとして可能性があることに気づいた。入社後、挑戦を続けるシステム開発に携わる中で任天堂が、エンジニアとして本領を発揮できる場所だと感じるようになった。
転職先として任天堂を考えもしなかったというのは、大手ポータルサイトの最前線でWebエンジニアとして仕事をしてきた荻原一平氏も同じだ。
東京ネットワークシステム開発グループは、最初は京都のネットワーク事業部から異動した数名でスタート。その後、SIer、Web、メーカーなどさまざまな分野から人材が集まってきた。 |
ネットとの常時接続が前提のスマートフォン他では所謂「ソーシャルゲーム」が流行しているが、これまでも「人と人とを繋ぐソーシャルな娯楽」を創造し提供し続けて来たという任天堂は、実はネットワークへの取り組みも昔から積極的に行っている。1980年代末にはすでに「ファミコン」で、証券会社と電話回線をつなぎ、株式取引に使う「ファミコントレード」というサービスを提供していた。当時はビジネスとして成功したわけではないが、PCやインターネットの普及よりもはるか前の時代に、家庭用ゲーム機をネット端末として使うという発想は画期的なものだった。 「スーパーファミコン」では、放送衛星からのデジタル放送データを受信・活用する取り組みも行われた。「ゲームボーイカラー」と「ゲームボーイアドバンス」には、「モバイルアダプタGB」というアダプタを装着して携帯電話経由で遠距離通信のゲーム対戦を行うサービスも行われた。こうした社内に蓄積されたネットワーク技術が、今ネットの時代に本格的に花開きつつある、と見るべきなのだ。 同社のネット対応がより広く知られるようになったのは2005年からということになる。前年暮れに発売したニンテンドーDS本体にWi-Fi通信機能が搭載され、2005年11月と12月に相次いで発売された対応ソフト「おいでよ どうぶつの森(以下、どうぶつの森)」と「マリオカートDS」は、遠くの人とつながることで拡大するゲームの面白さを、それまではネットに無関心だった世界中の人々にまで広げた。 |
ネットワーク事業部
東京ネットワークシステム開発グループ サブマネージャー 中村 大輔氏 |
このニンテンドーDSおよびWiiでのネットワークサービスを任天堂は「ニンテンドーWi-Fiコネクション」と呼び、「カンタン・あんしん・無料」の3点を重視した。とりわけ、IDやパスワード不要にも関わらず、セキュアなネットワーク通信が楽しめるという点には力を注いだ。無線接続拠点「ニンテンドーWi-Fiステーション」を介して接続する場合は、接続設定が一切不要。家庭用の無線LANルーターに接続する場合も、AOSSなどの技術を利用すればワンタッチで接続が可能だ。
2009年にはマクドナルドやセブン-イレブンなどの店舗や新幹線の駅などで、ニンテンドーDSでネット接続し、さまざまなコンテンツをDSの画面内で楽しめる街頭ネットワークサービス「ニンテンドーゾーン」もスタートしている。任天堂は最新機種のニンテンドー3DSと今年発売予定の「Wii U」ではネットワークを利用する一連のサービスを「ニンテンドーネットワーク」と呼んでいるが、元となるWi-Fiコネクションやニンテンドーゾーンの開発に当たったのが、前出の中村氏だ。
「普段それほどゲームをしないユーザーも、このゲームだけは遊んでくれるという話を聞きました。チャットのやりとりも友達に限定するなどして、親御さんの安心感にも訴え、それが功を奏したのでしょう。ユーザーはネットにつなぎたい、同時に『カンタン・あんしん・無料』であって欲しいという願いが強いのだと思いました」
中村氏は2005年リリースの「どうぶつの森」の手応えをそう語る。そこで実証された「カンタン・あんしん・無料」というコンセプトをぶらすことなく、さらにネットワーク対応を強めることが、任天堂の方向性になった。
任天堂製品のゲーム機は、複数のゲーム機との間でP2Pネットワークを構築し、通信する。P2Pはスケーラビリティの高さや耐障害性というメリットがあるが、家庭内ルーターからはうまく動かない場合もある。
「慣れた人がポートを設定すれば大丈夫なのですが、ユーザーに難しい操作をさせないというのが私たちのコンセプト。そのための調査や検証には時間をかけました」
ニンテンドーDSは現在世界で1億5000万台以上売れ、その数は携帯型ゲーム機史上で最大のものである。つまりユーザーは世界中津々浦々に広がっている。スケーラビリティの高いP2P通信とはいえ、一斉に通信を始めたときにはネットワークの状態がどのようなものになるかは、未知の課題だった。
「世界中にプログラムをばらまき、それを動かしてネットワークの負荷を検証しました。実際に端末間の遅延がどのぐらい発生するという実験もずいぶん行いました」
逆に言えばこうした未知の課題への挑戦は、エンジニアとしての仕事の喜びにもつながる。
「実証テストでは私が通信をオンにすると、それが全世界にあっという間に伝播して、その状況がすぐに分かる。これはワクワクしますよ。ネットワーク対応のゲームが増えてくると、ユーザーの利用状況をこちらで把握できるようになりました。ネット上のコミュニティでの評判は高いけれど、実際には利用ユーザーは多くないとか、その逆の場合もあるとか、ゲーム利用の実態がリアルタイムに把握できるようになり、それが次のゲームソフト開発にも活かされるようになりました」
世界のユーザーを相手に、ダイナミックなネットワーク通信を提供し、そこでのユーザー体験を共有する醍醐味。これは、Webサービスの開発者たちがよく口にする楽しさと共通するものだ。
後継機のニンテンドー3DSは、発売後一時販売が伸び悩んだ時期もあるが、大胆な本体価格値下げ後に対応ソフトのラインアップが充実したお蔭で、昨年末の商戦以降は日・米・欧・豪各市場で販売を大幅に伸ばし、中でも日本市場ではこれまでに発売されたどのゲーム機よりも早く500万台の市場セールスを最近記録した。ニンテンドー3DSには、ネットに繋ぐことで魅力が更に広がる仕掛けが数多く施されているという。
また、今年年末には、Wii Uの発売が予定されている。ニンテンドー3DS/Wii Uを包含する「ニンテンドーネットワーク」への期待は大きい。
東京ネットワークシステム開発グループを強化するにあたり、中村氏はエンジニアの採用面接にも携わっている。ユニークなのがその入社試験。応募に当たっては事前にプログラミングの課題を課し、面接当日にも簡単なコードを書いてもらう。当日はコーディングの様子を、面接官でもある中村氏が自分のPCでモニターして観察するというのだ。かなりプレッシャーのきつい試験である。
「コードを見ればエンジニアのスキルは一目瞭然ですが、それ以上にどうやって解を導き出すかというプロセスに関心があります。以前は応募者の背後に回って、画面を眺めていましたが、最近はプロジェクターに映して見ています(笑)」
こうして選抜されたエンジニアたちだが、普段から彼らに技術的な刺激を感じてもらうための仕掛けも欠かさない。実は任天堂の一部のエンジニアの間でも、最近「ハッカソン」的な技術者勉強会が流行っていると聞いて驚いた。
ハッカソンとは、特定の開発テーマに興味のあるプログラマたちが、会議室などにノートPC持参で集まり、ソフトウェアをHackしまくって楽しみ、最後に開発したアプリケーションやサービスを参加者全員の前でプレゼンするという試み。Web業界では馴染みのあるものだが、まさか任天堂でも行われていようとは思わなかった。
「以前、はてなさんの開発合宿に参加させてもらったことがあります。その時ハッカソンを経験し、これは面白いからうちでもぜひやるべきだと上司に提案しました。昨年の夏からは定期化しています。Webやソーシャルネットワーク企業のエンジニアの文化で、面白いものはどんどん任天堂も吸収していきたいと思っています」(中村氏)
これまで任天堂のハードウェアやゲームソフトの素晴らしさはよく語られてきたが、エンジニアが開発ストーリーを語ることはあまり多くはなかった。
「少数のスーパープログラマだけを持ち上げるという傾向には反対。無名だけれども、腕の確かな技術者はたくさんいますし、彼らにもっと光を当てたいですね」と中村氏は言う。
無名だが凄腕エンジニアたちの存在には、転職してきたばかりの荻原氏もすぐに気づいた。
「新しいことには部署の垣根や専門技術の枠を超えて飛び込む。常にサービスのことを考えて、モノをつくっている。たしかにすごい人が多いです」──彼らが、社内の随所で“地上の星”として、いぶし銀のように輝いているというのだ。
明治年間創業の日本のエンタテインメント産業の草分けで、京都でまったりと開発を続ける会社という任天堂のイメージは、もはや過去のもの。新しい技術の波を感じながら、絶えず革新を続けなければ、老舗企業は老舗にはならなかったのだ。
P2Pネットワークの実装や、ニンテンドーゾーンなどの取り組みは、すべてこうしたチャレンジ精神から生まれている。ニンテンドーDSに実装され、2009年にスクウェア・エニックスから発売された「ドラゴンクエストIX」で社会現象にまでなった「すれちがい通信」も、任天堂の独創的な技術だった。
「お客様を楽しませることなら、なんでもやってしまおうという、エンタテインメントの極意みたいなものが社内にありますね」とは、SIer出身の島岡氏の印象だ。流通・物流産業向け大規模ネットワーク構築の経験者は、今そのノウハウを世界のゲームユーザーの楽しみのために振り向けている。
もちろん技術は一つの手段にすぎない。新しい時代のエンタテインメント・ワールドの構築こそがエンジニアの究極の目的であるべきだ。
「技術の何がイキで何がヤボなのかがわかる、そういうエンジニアに来てほしいですね。僕らが動かしたいのはコンピュータではなく、結局、人々の心なのですから」
中村氏の言葉が印象に残った。
大手総合研究所で大手企業のネットワーク、サーバーシステム構築に関わる。2010年任天堂へ転職。ニンテンドー3DSのローンチに関わる。現在は東京でニンテンドー3DSのネットワークライブラリ開発や外部ディベロッパー企業の対応に従事。 |
大手ネット企業で決済サービスのフロントエンドを開発。PHP言語のサポート業務等も担当。Web業界での経験をベースに、2010年任天堂に転職。ニンテンドー3DS向けのネットワークライブラリ、サーバサービスの開発や、ディベロッパーのサポートに従事。 |
大学院修士修了。2000年任天堂入社。情報開発本部で「ゲームキューブ」のシステムを開発。「ルイージマンション」「スーパーマリオサンシャイン」などのゲームソフトや、ニンテンドーDS本体のソフトも開発。その後、インターネット対応を強化するネットワーク事業部に異動。2010年、東京ネットワークシステム開発グループの発足に伴い、サブマネージャーを務める。 |
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