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発見!日本を刺激する成長業界20 ジャパンオリジナルの食品機械、世界を駆ける
人間に代わって野菜を刻んだりパン生地をこねたりといった作業を行う食品機械。繊細な料理文化が特徴の日本で考案された装置が今、世界で注目されている。円高にもかかわらず輸出実績は年々増加。注目の成長分野に育ちつつある。
(取材・文/井元康一郎 撮影/関本陽介 総研スタッフ/高橋マサシ)作成日:11.10.17
輸出実績は10年で2倍、国内主体からグローバル産業へと飛躍中!
 各産業の中でも人件費の比率が高い部類に属する食品産業において、切る、こねる、焼くといった手間のかかる工程を機械化するというニーズは非常に高い。そのニーズに応える食品機械の需要は、もともと人件費が高い先進国はもとより、経済成長によって人件費が上昇傾向にある新興国などでも飛躍的に高まってきている。
 そのトレンドの中で注目度を上げてきているのが日本の技術力だ。ただ作業をするだけでなく、美味しく調理することへの日本のエンジニアならではの創意工夫やこだわりが、世界で評価されている。輸出額は2000年から10年までの間に、年間約150億円から280億円超へと2倍近くに増加した。円高にもかかわらず、販売実績は今後も当面、上昇傾向が続くと予想されている。
食品機械の輸出額推移
ドリマックス/野菜を美味しく、素早く切る独創の野菜スライサー
 キャベツの千切り、玉ねぎのみじん切り等々、食品産業に欠かせないカット野菜をプロの料理人のような品質で高速生産したい――そんな「無茶なニーズ」に独創技術「新・丸刃遊星回転方式」で応えたのが株式会社ドリマックスだ。販路は今、世界に広がりつつある。
欧米、中国、インド、イスラム諸国……野菜カットは万国共通のニーズ
マルチスライサーミニ「DX-50」(手前)と「DX-100」の構造
マルチスライサーミニ「DX-50」(手前)と「DX-100」の構造
 野菜を機械で美味しく切るのは難しい。一般的に、人間が包丁で野菜を切る場合は、洋包丁なら押し方向、和包丁なら引き方向にスライドさせながら切るため、切り口がなめらかになる。これに対して、カッターで一方向に「ぶった切る」食品機械の場合、切り口がささくれたり潰れたりするのだ。そこで野菜を包丁のようにきれいにカッティングできるよう考案されたのが、丸い刃を回転させてスライスする従来の方式なのだが、機構が複雑でコストが高く、清掃や整備にも手間がかかるなどの弱点を持っていた。
 その丸刃回転スライサーを、遊星ギアを使ってシンプルにつくる方法を実用化したのが、埼玉県の食品機械メーカー、ドリマックスだ。
 機構が簡単なため整備性がよいのに加え、業務用でも数分で作業を止めて機械を休ませなければいけない製品が多い中、同社の厨房用スライサーは数十分からフルタイムの運転時間を確保。食品工場向けの大型機は全モデルが連続運転対応である。カットした断面がきれいであるため、菌の繁殖も抑えられるなど多様なメリットがあり、国内市場ではすでに多数の食品会社が機材導入している。

「欧米の先進国、アジアや中東の新興国など、世界各地の展示会に出展したり商談を行ってきましたが、ここ1〜2年の感触はかなりいい。野菜加工機の潜在ニーズは思った以上に高いという実感を持っています」
 同社の松本英司社長は、野菜加工機の世界市場展望について語る。丸刃回遊星転式フードスライサーを、創業者である実父の松本英夫前社長とともに考案した人物だ。
「食習慣というのは世界各国、本当に千差万別です。イスラム圏やインドのように肉をあまり食べない地域があれば、反対に肉料理が主体の国もある。ところが、野菜を食べない国というのは、実はほとんどない。肉の消費量が少ない地域では、野菜が主食級となっているところも多い。そこによいものを紹介すれば、必ず売れる」
 地域によって、引き合いの動機は異なる。先進国では高速回転丸刃による味のよさや加工の自在さが注目され、経済成長に伴う人件費高騰が悩みの新興国では、作業効率のよさが主な売りになる。
「例えば中国の食品会社では、これまでは野菜のカットや皮むきなどは人海戦術で押し通していました。しかし、人件費が上がるとそれでは競争力が落ちてしまいますし、餃子への毒物混入事件のようなリスクも出てきます。それを解消するための機械化は非常に有効なんです」
 人口11億以上を擁するインドや新興国が続出しているイスラム圏などは、菜食中心ということもあって、中国以上に期待が持てるという。

「野菜料理が主体の地域は、野菜の消費量が膨大というだけでなく、野菜の食べ方のバリエーションも多彩。同じ野菜をスライス、みじん切り、擦りおろしなどと、本当に色々な形に加工して食べるんですね。だから高性能機へのニーズがすごい」
 かつては国内向けが大半を占めていたドリマックスだが、今やセールスの目は広く世界に向けられている。餃子包み機、寿司握り機など、不可能を可能にし続けてきたことで知られる日本の食品機械産業は、実力は世界トップクラスでありながら、日本独自の食習慣に視野が向いてしまったために、長らくその力を発揮できないでいた。高品質かつ高効率に野菜を加工できる野菜加工機のように、万国の食生活にフィットするものはすぐにでもグローバルな商品になり得るということを、ドリマックスの事例は示している。
株式会社ドリマックス 代表取締役 松本英司氏
株式会社ドリマックス
代表取締役

松本英司氏
プリウスの動力分割機構から始まった「料理人の動きの再現」
大型機のスーパースライサーF-2100S
大型機のスーパースライサーF-2100S
人参用縦型皮むき機「F-3300C」
人参用縦型皮むき機「F-3300C」
 ドリマックスの原点と呼べる製品が、1996年に発売した長ネギのスライス装置「マルチスライサーミニDX-50」と、キャベツなど大きめの野菜をスライスする「マルチスライサーDX-100」だ。円盤状の褶動面が回転し、押し当てられた野菜が盤面に設けられた回転式丸刃によってスライスされていくのだが、類似品と異なる大きな特徴がある。褶動面、丸刃の動力が同じひとつのモーターから取られていることだ。
 DX-50のカットモデル(上の写真)を見ると、その仕組みは実に簡単。シャフトに設けられた固定ギアが丸刃の軸の遊星ギアと噛み合わされており、褶動面が回ると丸刃も回るという原理だ。その考え方はトヨタ自動車のハイブリッドカーに採用されている、動力分割機構によく似ている。
「実は先代社長は、『プリウス』の動力分割機構にも使われている遊星ギアの特許のひとつを、以前から持っていたんです。クルマの排気管にタービンを設けて、それを過給ではなく、直接動力として取り出す研究をしている過程で考案、特許申請したものでした。結局それはクルマではなく、野菜スライサーとして脚光を浴びましたが(笑)」

 1960年に創業した同社がフードプロセッサーを手がけるようになったのは1976年。当初はコンベンショナルな方式を採用していたが、なぜ遊星ギア方式による丸刃スライサーを開発しようと考えたのか。動機は「食品産業の加工工場や料理店の厨房に立つプロの声を聞いたこと」だった。
「機械にスライスされたネギやキャベツがまずいという話を聞きました。当時は『美味しくするには手切り』が常識でしたが、自社の持つ遊星ギア駆動技術を使ってはどうかと、ふと考えたのです」
 野菜を美味しくするには包丁で引き切りをするように切る。固定刃ではどんなに鋭利に研いだところで、植物繊維の硬い部分が当たって切断面が潰れるのだ。そうならない回転丸刃もあったが、自転の回転速度に限界があり、大量加工には向かなかった。
「ところが遊星ギアを使った場合、理屈の上ではギア比の設定次第でいくらでも丸刃の回転速度を上げることができます。うまくいけば、品質と作業効率を両立できるスライサーができるぞと思いました」
 原理的には簡単に動くはずだったが、試作は失敗の連続。そのたびに工夫を重ねた末に完成させたDX-50では褶動面が毎分1500回転、丸刃はその4倍の6000回転するという、従来品では考えられなかったスペックを実現させた。1ミリの極薄に切っても1分間に1.5m分の長ネギが切れ、2ミリならその倍となるのだ。
「それがそば屋や調理加工会社などに納品され、少しずつ注目を浴びるにつれて、刺身のツマの大根を美味しく切れないか、酢漬け用生姜をきれいに千切りにといった声が集まるようになりました。それらのニーズに対応しているうちに、ラインナップは70モデルくらいに増えちゃいました」
 ドリマックスの現在のラインナップの多くは、「板前の包丁技の機械化」を目指したという「スーパースライサーF-2100S」などの大型機を含め、遊星ギア方式を応用したものとなっている。
 プロのニーズに応えた製品の大半は、一品物に終わらず、そのまま正規モデルとして販売が続けられている。困難な要求に応えた製品は、そのまま他の現場でも通用するということを、モノづくりの過程で実感したという。海外向け輸出もすでに拡大しており、工場では新たな取引先となるインドの食品工場向けにつくられた、人参を毎時1000〜1500本のスピードできれいに剥ける皮むき機、「F-3300C」のテストを繰り返していた。
 このように、グローバル商品として注目度が高まっている食品機械。その開発に携わる人材像についてだが、松本社長は「大事なのは専門的な技術レベルの高さより創造性」と言い切る。
「私自身、アメリカの自動車部品メーカーで機構設計を経験しましたが、工業デザインの出身で最初から機械に詳しかったわけではありません。イマジネーションと興味関心があれば、そういうキャリアでもできてしまうんです。もちろんCADができる、電気に詳しいなども役に立ちますが、大切なのは『料理人は美味い料理をつくるときに何でこう動くのか』、『それを機械で再現するにはどうしたらいいか』を考えられることです」
株式会社ドリマックス 代表取締役 松本英司氏
株式会社ドリマックス
代表取締役

松本英司氏
世界市場への伸びしろに期待、エンジニアの参入障壁は意外に低い?
世界に向かう食品機械だから「相手国の事情」も考慮したい
 食品機械とひと口に言ってもその中身は多種多様だ。ドリマックスの野菜スライサーのように特定の工程を担当するものもあれば、食材を入れれば料理が出てくるようなトータルラインもある。扱う食べ物も肉、野菜、魚、菓子など、実にさまざまだ。
 日本メーカーのグローバル進出という観点では、まず単一工程をこなす高性能品が野菜に限らず有望視されている一方、ライン全体のプラント輸出は中国メーカーなどの新興勢力に押される傾向がある。ただ、こちらも餃子製造機やインスタントラーメン製造ラインなど、日本のノウハウがバックにある分野では競争力があり、シェア拡大が期待できる。

 食品加工の視点では、加工する食品や料理がどれだけ世界で広く食べられているかが、今後の成長を考えるヒントとなる。例えば野菜と穀物は万国共通の食品で、それらの加工機は低コスト化はもちろん、味や効率化といった価値も求められる。ポテトチップスやパンなどの製造工程はその一例だろう。

 肉加工品は先進国での消費量が多く、魚介類は日本や中国などのアジアに一大市場があるが、欧州メーカーが燻製機で圧倒的に強かったりと、各地に強力なライバルがいるため、日本企業が世界で戦うには工夫がいる。難しいのは菓子製造機など嗜好性の強いもの。煎餅やまんじゅうなど、日本独特のものが多いからだ。だが、日本の食文化は世界で比較的受けがよいため、流行によっては世界進出の機会も得られそうだ。
メカトロ、機械、冷熱、生産技術……スキルを生かせる職種が多彩
 世界展開が期待される食品機械の開発や生産に求められるエンジニア像は、比較的明快だ。スキルの高さもさることながら、食品素材や料理に関して高い関心があり、その加工法へのイメージを豊かに持ち、さらに国ごとに著しく異なる食品関連の規制などについて勉強熱心であること。
 自動車や家電など数十人、数百人が細分化された仕事を行うのではなく、少ないときには数人で開発を行うケースが多いだけに、開発全体を見渡せる柔軟性や視野の広さは欠かせない。雑学が豊富、ゼネラリストといった自負のあるエンジニアにとっては、格好の活躍場になる可能性がある。

 具体的なスキルも多様。刃物やへらを扱う一次加工用機械はモーターやレギュレーターなど、メカトロニクス色の強い機構設計となるので、電気回りの設計経験があるととっつきやすい。蒸す、焼く、揚げる、冷やすといった二次加工分野では、ヒーター、ボイラー、冷凍・冷蔵などの冷熱関係の経験が生きる。
 また、温度条件の厳しい中で食品を自動的に裏返したりといった機構を盛り込む必要があるため、自動車や重電分野での動力設計経験も生かせる。ライン設計では製造業全般の生産技術の経験があると転職しやすいだろう。

 とはいえ、ドリマックスの事例でも見たように、多くの食品機械メーカーの関係者は、スキルの高さ以上に視野の広さや教養を重視するのではないか。永遠に需要が尽きることのない食品に携わる仕事がしたい、創意工夫で新しい味を実現する機械をつくりたいといったエンジニアは、ぜひ門戸を叩いてみたい。
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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ 高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
食品機械は以前から興味がありましたが、実は国内市場は横ばい状態。「成長業界」では無理かと思っていたら、何と輸出額が上昇中。食文化の違い、食品ごとにカスタマイズが必要などの理由から内需が中心だったのですが、業界全体で海外志向に変わったようです。毎年開催される「FOOMA JAPAN」も楽しいですよ。ぜひ!

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