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1カ月の間に訪れるユーザーは実に1200万人を超える。まさに日本最大の料理サイト「クックパッド」。Ruby on Railsをはじめ、先進の技術を積極的に活用する国内最大級のテクノロジーカンパニーでもある。最高技術責任者・橋本健太氏に、クックパッドの技術を聞いた。
(取材・文/上阪徹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/佐藤聡)作成日:11.08.22
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クックパッド株式会社
執行役 最高技術責任者 橋本 健太氏 |
今や1200万人のユーザーが利用する、料理レシピの投稿や検索ができる超巨大サイト「クックパッド」は、ますますその支持を拡げている。中でも圧倒的な支持をしているのが、女性たちだ。その多くが普通の主婦たち。食事の準備や子育ての合間に見る主婦たちが、これほど評価をしているのは、何より使い勝手の良さゆえ、である。
驚くほどの早いレスポンス、求めていたレシピと出会える確率が高い検索機能、楽しみながらできるレシピ投稿システム、ユーザーがまた投稿したくなる仕組み……。これらを可能にしているのが、先進的なテクノロジーだ。もとより技術を強烈に意識してきた会社なのである。そしてそこには、明快な哲学がある。最高技術責任者の橋本健太氏は語る。 |
そしてもう一つ、クックパッドはシステムをどんどん新しくしていく。容赦なく、過去に作ったものを壊してしまうのだ。
「作ったものを壊すのは、当たり前のことだと思っています。なぜなら、そうすることで、もっといいものが生まれるはずだから。むしろ、クックパッドの場合は、壊しやすくなるような仕組みを作ったりしています」と、橋本氏は語る。
この半年ほど、力を入れてきたのが、まさにそんな仕組みづくりだったのだという。
「普段、作っているプログラムから切り離し、プラグインのような形でクックパッドの中に新しい技術を追加できるようにしました。こんなことができたら、と言っているだけでは何も起きません。周囲にもどういうことなのか、理解してもらえない。であるなら、まずは作るべきなんです。そして実際に、本番のクックパッド上で使える状態にして使ってみる。公開したいユーザーだけに公開できるようにもできる。こういうことが、かなり簡単にできるようにしています。そうすることで、やってみたらすごく良かった、あるいは、使ってみたらそうでもなかった、ということがわかる」
本当に価値があるかどうかは、作ってみなければわからない。
「最もやってはいけないのは、壊すことを恐れて作らないことです。プログラムでもサービスでも、作って初めて価値があるかどうか、判断できるものもある。だからこそ、壊しやすくて、作りやすい環境を作る必要があると考えています」
では、役に立つ技術を作り出すために何が必要なのかといえば、まずは問題を発見することだ。もっといえば、ユーザーを知る、ということである。クックパッドは、この「ユーザーを知る」というプロセスにおいて、凄まじいまでのパワーをかけてきた。だからこそ、ユーザーの問題に気づき、それを解決することで支持を獲得することができたのだ。ただし、それだけで終わらなかったのが、クックパッドだった。ユーザー志向を極限まで貫くことで、ユーザーの問題を先回りし、「どうして私が欲しいと思っていた情報が出てくるの?」とユーザーを驚かせるようなサイトづくりに成功したのである。
例えば過去は、ユーザーの匿名性は完全に守った上で、アクセスログを徹底的に解析した。また、ユーザーがどのような経路でクックパッド内を“歩いて”いったかがわかる再現プログラムも作った。それが「ウォークスルー」。クックパッドにジョインする前は、大学の博士課程で遺伝子配列の意味を分解する細胞コンピュータシミュレーションの研究を行っていた橋本氏の手によるものである。
数十万件、数百万件のレベルでユーザーの意外な動線を見つめ、そこからサービスを発想していったのだ。橋本氏はいう。
「アクセスログの解析は今も続けていますが、同時に力を入れているのが、新しい機能などを少数の特定のユーザーの方に直接、使ってもらうこと。想定した動線をユーザーがどう捉えるか。少数だから見えてくることもあるんです。その上で何度も直接のインタビューをさせていただく。ユーザーを知る取り組みは、変わらず力を入れていることですね」
そんなクックパッドの開発体制は、今や大きく3つに分かれている。まず一つ目が、サービス開発。
「お金を払ってでも使いたいサービスを作る。あるいは、食品メーカーを中心としたクライアントと、一緒に料理を楽しくしていくことを考える。次々と見切り発車されていくサービスに対して、ユーザーの使いやすさを改良していく。もしくは、すでにあるクックパッドのサービスや機能を再定義して、その意味を他のエンジニアたちに伝えていく。レシピを載せる作者がいかに楽しくアップできるか考えていく、などのさまざまなミッションを持ったチームが活動しています」
二つ目は、インフラ。例えば、クックパッドの高い支持の理由の一つに、レスポンスタイムが驚くほど速いことが挙げられる。ユーザーの主婦たちは、夕方の忙しい時間にクックパッドを利用する。なかなか画面が出てこない、では話にならないのだ。
「インフラエンジニアの仕事は、実は直接、ユーザーメリットにつながるんです。重くて使えないのでは申し訳ないですから。また、サービス開発エンジニアが、もっといいモノを作りたいと考えたときにも、インフラは重要な意味を持ちます。こんなインフラだから、こんなサービスしか作れない、と言わせてはいけない」
そして、三つ目が開発基盤。Ruby on Railsを取り仕切っているグループだ。クックパッドがこだわるユーザーとのコミュニケーションを密に行うためには、不可欠なのが、開発スピード。Ruby on RailsでPDCAのフレームワークを作ることにより、それを実現させている。
最近の注目といえば、ユーザーが急拡大しているモバイルやスマートフォンへの対応だろう。
「いろんな取り組みが進んでいますが、エンジニアが自発的に、こういうことをやったらユーザーに喜んでもらえるはずだ、とモノづくりを進めていくスタイルはスマートフォンでも同じですね。でも、やれることは本当にたくさんある。私が驚いたのは、レシピにアップする画像の大きさを素早くリサイズするプログラムを、一人のエンジニアが開発してくれたこと。スマートフォンの性能が上がって、画像がとてもきれいなものになっていました。保存してある画像をアクセスするたびにリサイズして送り出し、スマートフォンでもきれいに見られる新しいプログラムを作ったんです。どうしてもやりたい、と手を挙げてくれて」
スマートフォンだから、とあえて肩に力は入っていない。世の中も変化は大きいが、クックパッド自体もどんどん変わっている、という認識があるからだ。スマートフォンへの対応も当たり前の流れだった。しかも、ここでもクックパッド流は徹底している。
「クックパッドは、アジャイル開発であるべきだ、という意識が強いんです。スマートフォンは、しっかり作り込むイメージがありますが、それでいいものが本当に作れるのか、という疑問があります。だから、iPhoneアプリにしても、クックパッドは2週間で作ろうと考えました。実際には3週間かかったんですが、じっくり考え過ぎて大きなものを作るのではなく、2週間で作れる範囲にこだわったんです。小さなものでも一番価値が高いものを作り出す。ベストに集中するということ。実際、公開したアプリは何度もバージョンアップを重ね、今や250万ダウンロードと、生活部門で上位にランキングされることができました」
何より大事なことは、ユーザーが何を求めているか。料理が楽しくなるために何が必要か、ということ。スマートフォンでも、そのスタンスはまったく変わっていない。
現在、エンジニアは35名。個々人のエンジニアの開発現場では、興味深い取り組みが行われている。例えば、エンジニアは短期の目標だけではなく、長期の目標も追いかけていることだ。
「社内の目標設定は2段階で行っています。18カ月からそれ以上の長期の目標と、今何をするべきか、という短期的な目標です。長期の目標を持ってもらうのは、それぞれのエンジニアが独自性のある優れたエンジニアに育ってほしいから。それこそ今、名刺の肩書きを自分で定義しよう、というアイディアを出しているんです。例えば“レシピ検索をいい状態にするジーニアス”でもいいんですが、何を得意として、何で会社に、あるいはユーザーに貢献するのか、はっきりしていたほうが本人も目指す道が明快です。自分はこれをやるぞ、という自主性も出るし、言われたことをやるのではない、やる気も出る。そしてそういうエンジニアが集まって協調したチームというのは、間違いなくすごい価値を生み出せると思っているんです」
そしてもう一つが、エンジニア同士の交流である。ユーザー志向で目標意欲の高いエンジニア同士のコミュニケーションは刺激的だが、橋本氏はさらにイベントも加える。例えば、テックランチ。
「ランチの時間にみんなでランチを持ち寄って食べるんですが、1人が1時間かけて自分が最近本当に役に立ったと感じる技術について語るんです。これがものすごく盛り上がるんですね。クックパットのエンジニアには、価値を作る力を高めてほしいと思っています。そのための取り組みの一つです」
今後は、エンジニア100人体制を目指したい、という橋本氏。では、どんなエンジニアが求められてくるのか。
「ユーザーの問題を解決するために技術を使いたい人ですね。そして、そのために、こんな得意なものがある、という人。また、エンジニア間でお互いの生産性を上げ続けることに喜びを持ってくれる人です。要するに、相手に喜んでもらうこと、人を幸せにすることや便利にすることにうれしさや愉しさを感じる人、といってもいいかもしれません」
どんなモノを作ってきたか、それがどうユーザーの役に立ったか、は問われても、必ずしもRuby on Railsなどの技術や経験について、問われることはないという。
「必要なことは世の中に価値を提供すること。むしろ、価値を提供するためにRuby on Railsが必要だとなれば、あっという間にマスターしていくんです。何を作りたいか、何を実現したいか、ということが大事で、人を喜ばせたり便利にするためにRuby on Railsを勉強しようとしたなら、ただ勉強するよりも何十倍も技術力は上がります」
実際、そういう意識を持てる環境がクックパッドにはある、と橋本氏。
「電車の中で自分が作った印刷フォームで出力したレシピを持っている人に遭遇したり、居酒屋で「オレはクックパッドをやっているんだ」と合コンで自慢している男性の声が隣から聞こえてきたり、そういうことが何度もありました。世の中の人たちが、自分たちが作ったもので楽しんでくれているのがわかると、これはワクワクしますよ。アドレナリンがどんどん出てくる。そもそも、人間にはいろんな楽しみがありますが、人を幸せにしたり、楽しませること以上の楽しみって、ないと思うんです。それは、群れの動物である人間の本能でもあると思っています。その本能が満たされるのは、楽しくてしょうがないことです。クックパッドという場所は、それがものすごい勢いで実現される場所なんです」
1974年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。同博士課程在籍中に、研究員として細胞のコンピュータシミュレーションの研究を行う。2004年、クックパットの前身である有限会社コイン入社。有料サービス立ち上げに従事。06年、サイト全体のリニューアルを成功させ、最高技術責任者に就任。08年、クックパットをRuby on Railsに全面リニューアル。
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