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パナソニックがスマートフォン向けキーデバイスの事業を強化している。無線通信にかかわるSAW(弾性表面波)デバイスや静電容量方式のフィルムタッチパネルなどで、研究開発投資を強める。今回は同社のデバイス開発の現状と採用ニーズを紹介する。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/濱野哲也)作成日:11.07.29
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パナソニックは7月、世界的に需要が拡大しているスマートフォン(高機能携帯電話)向け電子部品の2013年度売上高を、2010年度比で約3倍の1200億円に引き上げる計画を発表した。同社は、スマートフォンの世界市場が、2013年には2010年の約2.7倍に拡大すると予測。それに使われる電子部品の旺盛な需要に応えるために、内外で設備投資を急ぐ。
パナソニックグループで、携帯電話向け電子部品を主に開発するのは、パナソニック エレクトロニックデバイス株式会社(以下PED)だが、その2011年度の設備投資額も、その約6割をスマートフォン向けデバイスに集中するなど、パナソニックのスマートフォンへの技術シフトはここに来て鮮明になっている。
PEDは、グループの中核部門として、自社製品はもとより、世界の企業に最先端の電子部品を供給する社内カンパニー。中でも情報通信分野では、スイッチ、LCR(コイル、コンデンサ、抵抗等の総称)、高密度プリント配線板などのデバイス開発が、携帯電話の高性能化、小型化に大きな貢献を果たしてきた。単なる部品開発ではなく、セットメーカーの戦略パートナーとして、製品の価値向上に貢献するという事業戦略をとっている。今回は、スマートフォン向けキーデバイスの一つ、SAWデバイスの開発にかかわる技術者に話を聞き、スマートフォン・デバイス市場でのパナソニックの優位性、将来性を語ってもらった。
パナソニック
エレクトロニクスデバイス株式会社 開発本部 材料デバイス開発センター チームリーダー 博士(工学) 中村 弘幸氏 |
特定の物質に圧力を加えると、圧力に比例する形で表面電荷が表れる。この現象を示す物質は圧電体と呼ばれる。この圧電体表面に交流電圧を加えることにより弾性表面波(Surface Acoustic Wave:SAW)が生じる。固体表面を伝搬する機械的振動の波だ。こうしたエネルギー変換を行うためには、圧電性基板の上に櫛形電極(Interdigital Transducer : IDT)をつくり、電気信号を振動エネルギーに変換する。この特性はタッチパネルなどにも応用されている。この特性を利用して開発された、無線通信用のフィルタ、デュプレクサ(アンテナ共用器)などを総称して「SAWデバイス」と呼んでいる。 SAWデバイスは、以前はテレビ受信機のIF(中間周波)フィルタやポケベル用としても使われていたが、近年の用途は主に携帯電話などの高周波機器だ。SAWフィルタは、移動体通信に使われる幅広い周波数帯からそれぞれのシステムに応じた信号を取りだす。SAWデュプレクサは、周波数の異なる送信信号と受信信号を分け、一本のアンテナで送受信号を共用させる役割をもつ。SAWデバイスの大きさは、例えばデュプレクサで2.5mm×2.0mmほど。現在は主に、チップ単体と同程度のサイズで実現されたCSP(Chip Size Package)としてパッケージングされている。
このように微少なデバイスだが、無線基地局とモバイル機器本体との信号のやりとりには、不可欠なデバイスなのだ。 |
SAWデバイスの小型化は近年めざましい進歩を遂げている。デュプレクサも10年ほど前から比べると1辺のサイズがおおよそ半分までに小さくなった。さらにこれを一回り小さくすることを目指す。そのためには、チップの設計と材料の両面でのアプローチが欠かせない。
「小さなCSPの中には極限と言えるほど細かい回路が設計されていますが、まだ空きスペースはある。このスペースをいかに詰めていくかが重要。さらに、材料面での改善も不可欠です。SAWデバイスの基板材料には現在、リチウムタンタレート(LiTaO3)やリチウムナイオベート(LiNbO3)が使われていますが、電極の上に二酸化ケイ素(SiO2)の誘電体薄膜をつけることでさらに高性能化するような試みが進んでいます」
回路設計と材料プロセスをいかにバランスよく調和させるかが、目下の課題というわけだ。
スマートフォンも、フィーチャーフォンも、複数の通信方式に対応する無線通信端末という意味では基本的に変わることはない。ただ、スマートフォンは多機能端末だ。デジタル音楽プレイヤーやGPS端末として、あるいは本格的なネットワーク端末、スケジュール・個人情報を管理するPDAとしても使われる。
「現在の携帯電話端末は、国内でも海外でも通話ができる、デジタルTVが見られるなど多機能を実現しているわけですが、機能が多ければ多いほど、端末に収容される部品点数が増えることになります。となると、当然個々の部品にはいま以上の小型化・高性能化が求められる。その要求に応えなくてはなりません」
10年以上にわたってSAWデバイスの研究開発に従事してきた中村氏には、市場のニーズが痛いほどわかる。と同時に、スマートフォン市場が世界的に急伸する中、SAWデバイスにおいてパナソニックの優位性を示すことができれば、事業的な意味合いは大きい。
パナソニックはパナソニック モバイルコミュニケーションズ株式会社がこの夏の携帯電話市場で初のスマートフォン端末を投入するが、デバイス開発者たちの視線は自社端末だけでなく、最初から世界のスマートフォン・セットメーカーに向けられているのだ。
もちろんライバルは多い。日本のデバイスメーカーはSAWデバイスに関して世界トップの技術を誇るが、パナソニックは残念ながら現時点ではその中のトップとは言えない。
「材料開発や設計技術を強化することで、近年はトップメーカーの背中が見えるようになってきました。チャレンジャーとしての勢いを保ちながら、技術的にもビジネス的にもトップを目指すには今がチャンスなのです」
「SAWに限らず、高周波デバイスというのは、物理的な波を扱いながら、電気のことも考えないといけない難しさがあります。それが同時にこのデバイスの面白いところ」
と中村氏は言う。
デバイスの特性改善を進める上で何がネックになっているかを考えるとき、さまざまな角度からの検討が必要になる。弾性表面波自体の問題なのか、電気回路から発する回路設計の問題なのか、あるいは素子を小型化することによる電磁界的な結合が生じ、それが性能の劣化につながっているのではないか。厳密な切り分けが必要になるのだ。
「デバイスの構造が複雑化すればするほど、波のふるまいも複雑になります。あらためて工学で言う波とは何なのか、その原理に立ち戻って考えなければならないこともよくあるんです」
自分たちが新しい発見だと思っていたことも、古い論文を読み返すとすでに何十年も前に理論的に指摘されていたことに気づくこともある。理論的に予想されていたことが、材料プロセスの進化で何年か後に現実のものになったりする。しかし、開発者としてその気づきはけっして無駄なことではない。
「工学的な理論を現実化し、それを製品に落とし込むのは、やはりメーカーのエンジニアにしかできないことですからね。科学の原理原則に沿って開発が進められているという気づきは、むしろ私たちを勇気づけるものです」
PEDにおけるSAWデバイスの開発チームでは、それぞれデバイス設計、材料プロセス開発と担当が分かれるが、SAWデバイスはこのようにそれぞれが密接にからみあった技術なので、お互いの技術内容をカバーし合いながら、トータルな特性改善を進めていく必要がある。
「高周波回路設計を専門にやってきた人、材料プロセスを専門にやってきた人というのは世の中にたくさんいると思うんですが、その両方をやってきた人は少ない。ただそれぞれの分野で高度な専門技術があって、なおかつ関連分野の興味・関心、吸収力や発信力のある人であれば、キャッチアップすることは容易だと思います」
もちろん今すぐでも欲しいのは、SAWデバイスの設計をトータルで経験してきた人だ。
「単に設計だけというのではなく、作ったものを自分で計測して、特性をチェックし、そこでの課題を解決するというPDCAのループを回してきた人が望ましいですね。設計を基軸に材料プロセスの担当者に明確に指示を出せるようなことができれば、ベストですね」
と、中村氏は求めるエンジニア像を語る。
こうした要件は、材料プロセス技術者にも言えるもの。
「プロセスを軸にしながらも、設計までを見通した新しい提案ができる人が必要です。SAWデバイスの開発ではつねに設計シミュレーションと実際のモノとでは特性のズレが生じるものです。理論上はこの特性が出るはずなのに、実際は出ない。そこには材料上の問題が孕んでいることが多いのです。実験を何度も繰り返しながら、未知の領域を一つひとつ既知のものにしていく。それは材料技術者にとっても、非常に面白いところだと思いますよ」
そうした課題を解決するためには、研究開発者としての執念が欠かせない。なんとしてでも、SAWデバイスの特性を高め、スマートフォンをはじめとしたモバイル・ブロードバンド端末の需要に応えていくのだという、こだわりだ。
SAWデバイスは意外と古い技術だが、無線通信端末の多様化で、それが受け持つ技術領域は広がっている。一方で、SAWの一部を代替するデバイスとして、バルク弾性波を利用するFBAR(Film Bulk Acoustic Resonator)を用いたデバイスも登場している。SAWとFBARは、どちらかで互いの技術領域をカバーして乗り越えようとしのぎを削る関係にある。つまり、パナソニックにとってはSAWデバイスメーカー同士の競合だけでなく、FBARデバイスとの競合もこれからは欠かせないのだ。
「この競合に打ち勝つための執念。それに加えて、コストとスピードですね。これはもう毎日のようにトップから厳しく言われています。それだけ私たちの仕事に期待がかかっているということだと思うんです」
まさに社運をかけたスマートフォン向けデバイスへの投資戦略。のしかかる期待と責任のプレッシャーを、むしろ快感だと感じて軽く跳ね返すだけの「胆力」のようなものも、これからのパナソニック・エンジニアに求められる要件の一つかもしれない。
1995年大学院修了後、松下電器産業(現パナソニック)に入社。本社R&D部門で、高周波回路設計、SAW技術によるIFフィルタ開発、高周波フィルタ、デュプレクサ開発などを経て、2005年よりパナソニック エレクトロニックデバイス株式会社に異動し、現業務のSAWデバイスの研究開発を推進する。
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