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東京都の職員が日々使う巨大な情報システム。4万5千台の業務端末で、毎日20万件以上のメールがやりとりされる。その運用管理と次世代技術に対応した改修等を行うのが、総務局情報システム部の仕事。民間企業でスキルを磨いたITのプロがいま求められている。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/栗原克己)作成日:11.06.08
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東京都 総務局
情報システム部 情報システム課長 山口 真吾氏
昭和60年、東京都入都。産業労働局、福祉保健局、病院経営本部などを経て平成21年より総務局情報システム部へ。
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東京都は本庁と事業所で約5万人の職員が勤務する巨大組織。新宿の都庁だけでも、約1万人がいる。都庁舎の新宿への移転は1991年のことだが、そのころから建物は最先端のインテリジェントビルとして構想され、行政情報ネットワークやカードシステムの導入など、いわゆる「OA化」が進められてきた。その後、ITの急激な進展やインターネット人口の増加などの社会環境の変化に対応するため、2001年からは電子都庁推進計画がスタート。職員1人1台のPC端末体制の整備や、電子申請・電子調達の導入が進んだ。 本庁と、庁外に約600箇所ある各事業所を網羅するシステムはTAIMS(Tokyo Advanced Information Management System=東京都高度情報化推進システム)と呼ばれる。1Gbpsの幹線LANと全庁サーバなどからなる庁内スーパーバックボーンによって支えられ、端末数は現在4万5千台に及ぶ。
「4万5千台という端末の数は、民間企業でそうお目にかかれないものではないでしょうか。TAIMS端末を使う職員が外部とやりとりするメールの総受信数は1日20万件にも及びます。一般企業でも同様だと思いますが、うち4分の3が迷惑メール。こうしたセキュリティ対策も私たちの仕事の一環ということになります」 TAIMS端末はメールだけでなく、電子掲示板や電子会議室などのグループウェア機能をもち、また各局の業務システムのポータル機能も合わせ持つ。これなしでは職員の仕事は一歩も進まない。この巨大システムを日々、安定運用するのが情報システム部に課せられた第一の仕事だ。安定運用には、自然災害や感染症蔓延時のBCP対策や、外部侵入からの防衛対策も含まれる。 |
これだけみると民間企業の情報システム部門の仕事とそう変わらないように見えるが、実は地方公共団体の情報システム部門として、民間企業にはない仕事もある。都には、区市町村と連携して電子自治体の構築や地域の情報化を進める役割がある。例えば、電子手続きによる幅広い都民サービスを提供するための「東京電子自治体共同運営システム」もその一つ。これによって区市町村が独自に電子申請・電子調達を作り込んだり、運営する必要がなくなる。
地方公共団体が相互に接続する行政専用のネットワークは「LGWAN」と呼ばれるが、都は、都道府県で構成する「総合行政ネットワーク運営協議会」で、 LGWANに関する審議や情報交換を行うとともに、区市町村からの問い合わせに対応し、関係各機関との連絡調整などを行っている。これもまた情報システム部の仕事なのだ。
「システム構築のための技術は、民間企業の情報システム部門とほぼ同じと考えていただいてよいのですが、その技術や知識を、一企業の利益追求のためにではなく、公共の福祉のために活用するというところは違いますね。私たちの仕事では、住民サービスの向上など公共のためにというマインドは欠かすことができません」と、山口課長は強調する。
ただ、公共の福祉のためとはいえ、システム拡張に無制限の投資が行われていいわけではない。システム投資の原資はすべて税金だ。行財政改革が進むおり、東京都もまた財政のスリム化に励んでおり、情報システム関連予算も、1992年度の約730億円をピークに、現在は年間500億円程度に抑えられている。人員も同様だ。団塊世代の職員の大量退職時代を迎えているが、安易に人は増やせない。実際のシステム構築にあたっては外部のベンダーを活用するとはいえ、情報システム部自体は約40人体制で、これは「数ある都の部の中でも最小に近い」(山口課長)人数だという。
限られた人数、限られた予算で実効性の高いシステムを構築する。つまり、情報システム投資と業務の効率化を共に実現する、よりスマートなIT戦略が求められているのだ。
「IT化のステージでいえば、都は情報技術の活用により部門内の最適化が実現され、特定業務の改善は進んだという段階です。これからは組織全体の最適化を進める必要があり、それを通して業務の高付加価値化を求めていかなければなりません。システム運用コストについても、我々の認識では高止まり。これをいかに縮減していくかも課題になります」
そのためにこそ、民間企業で経営的視点に立ちながら、実務をこなしてきたITエンジニアの経験がいま求められている。IT人材の育成は、2007年9月に策定され、現在も実効性をもつ都の「今後のIT化取組方針」における重点目標の一つだ。そこでは「技術的な知識に加え、経営戦略の一環としてIT利活用の戦略を進めることができる力をもった人材を計画的に育成していく」ことが明確にうたわれている。
具体的には、発注仕様書の作成や予定価格の積算が適切に行え、新しい情報技術や製品の知識をもち、委託業者に対して対等に交渉できる人材ということになる。
「実際のシステム構築にあたっては民間のベンダーさんと協働するわけですが、簡単にいえばその“言いなり”にならない知識を身につけて欲しいということです」と、山口課長。
そのため、職員の内部研修はもとより、選抜された人材を首都大学東京が設置する専門職大学院に研修生として派遣するなど、教育研修体制が強化されてきた。大学院では高度なシステム開発手法やITマネジメントを学ぶことになる。
とはいえ、IT技術の進展はスピーディで、ますます複雑になる一方だ。地方公共団体もシステム開発のオープン化やWeb2.0の流れと無縁ではいられない。次世代ネットワークNGNへの取り組みも急を要する。またアウトソーシングや情報セキュリティについても、2〜3年前の技術ではとうてい間に合わない。高度な専門性と即戦力のスキルが求められており、そのためのキャリア採用が必要となってきたのだ。
東京都の技術職キャリア採用制度で採用されたITエンジニアは、総務局の情報システム部以外にも、税務や会計管理、交通・上下水道など各局のシステム部門に配属されることもある。ただ総務局以外の配属でも、それぞれの局が所管する情報システムや業務システムにかかわることになるため、人材要件は変わらない。
「企業の情報システム部門の経験者などは、私たちの仕事に最もフィットすると思います。SIerやITベンダーで担当顧客をもちSEやITコンサルタントとして仕事をしてきた人の経験も重要です。都に移れば、受託開発者の立場から発注者の立場に変わるわけですが、受託者のことがよくわかっていることは大いに強みになります。とはいうものの、必ずしもベンダーで公共システムを経験した人に限定しているわけではない。地公体の仕事の経験はマストではなく、むしろ金融でも製造業でも、幅広い経験を望んでいます」
と、山口課長は求めるエンジニア像を語る。
クラウドコンピューティング、大規模サーバ管理、仮想化技術、Webアプリなど、いまどき流行のシステム技術への関心と知識は欠かせないが、何かに特化したスペシャリストというよりは、ジェネラリスト的な視点、とりわけベンダーコントロールを含むマネジメント能力が強く求められている。
「奇抜な発想というよりは、地に足のついた常識力が必要です。とはいえ、けっして決められたことをこなすだけの仕事ではない。新しいシステム企画のために部内で交わされるディスカッションは、民間企業に劣らないぐらい活発です。なにより、都に入れば、5万人の職員と1300万人の都民をエンドユーザーとした規模の大きな仕事ができます。都庁ではあらゆる分野の業務システムが稼働しており、ITエンジニアとしての視野が広がることは請け合います」
と、山口課長は新天地での仕事のやりがいについて太鼓判を押す。
都の技術者には、先にも述べたように、公共の福祉に自らの技術を活用するというマインドが求められる。先の東日本大震災では、情報システム部からも被災地自治体の応援のために職員が派遣された。中にはキャリア採用で都に転職してきたばかりのエンジニアもいたという。狭い私的な利益のためではなく、広い公的なニーズのために働く。そうした視点転換は、もしかすると、3.11大震災以降の日本で、いま一番エンジニアに求められているものかもしれない。
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