• はてなブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに登録
小型化、低コストの課題を乗り越え、開発プロジェクトを推進
燃料電池を本格普及させるパナソニックの技術革新とは
2009年から一般発売が始まった家庭用燃料電池システム「エネファーム」。この技術開発においてパナソニックが果たした役割は大きい。家庭用燃料電池の可能性を世界に示してきたプロジェクトリーダー尾関氏に開発の裏話と、今後の本格普及のために不可欠な人材像を語ってもらった。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/濱野哲也)作成日:11.02.23
固体高分子形を商品化。一般発売で本格普及の兆し
尾関 正高氏
燃料電池開発プロジェクト
プロジェクトリーダー

尾関 正高氏

 都市ガス、LPガス、灯油などのエネルギーから水素を取り出し、燃料電池のセルスタックで空気中の酸素と化学反応させ、水の電気分解の逆の原理で発電する家庭用燃料電池コージェネレーションシステム。通称「エネファーム(ENE・FARM)」。ご家庭の使用電力に合わせてその場で発電するため送電ロスなどの無駄が少なく、発電時の排熱も給湯に利用する。その結果、総合的なエネルギー利用率は従来のシステムが35〜40%のところを、家庭用燃料電池では70〜80%に達する。同時に、従来のシステムに比べ最大で約4割の二酸化炭素を削減できる。

 燃料電池そのものは、アポロ宇宙船やスペースシャトルにも使われている技術で、それを環境技術として住宅用機器に転用する研究は世界中で進められてきた。日本では小泉首相が2002年の施政方針演説で「3年以内の実用化をめざす」と発表したことが研究に拍車をかけた。各メーカーは技術革新と共に、発電設備に関する規制緩和にも積極的に取り組んだ。いま日本はこの家庭用燃料電池システムの開発で世界の先頭を走っている。

 2009年5月に世界で最初に商業販売がスタートし、09年度分の販売台数は業界全体で5000台強に上った。まだ価格は高く、マンションなどの集合住宅への普及にも壁があるが、今後の低価格化と小型化が進めば、2020年度には累計普及台数が約140万台に達するという試算もある。

 東京ガスと共に、固体高分子形(PEFC)で1kw級の家庭用燃料電池システムの開発に取り組んだのがパナソニックだ。これまでエアコン、給湯器、ヒートポンプなどでエネルギー関連技術の蓄積はあったが、燃料電池そのものを開発した経験のある人は少なく、社内からさまざまな専門技術者を集めてチームをつくらざるをえなかった。現在は、パナソニック・ホームアプライアンス社技術本部で燃料電池開発プロジェクトのプロジェクトリーダーを務める尾関正高氏もその一人だ。
「もともとはビル用空調システムの制御をやっていました。ただ、隣の部署で進められている燃料電池の初期開発には興味をもっていました。省エネも大切ですが、燃料電池はエネルギーを生み出す“創エネ”技術。技術者にとってチャレンジしがいのあるテーマです。1997年7月に燃料電池開発のプロジェクトに移ったときは、ワクワクしましたね」

こちらを立てればあちらが立たず。システム制御からみた燃料電池の難しさ

 水の電気分解の逆の原理と説明されれば、意外と簡単な技術と思いがちだが、人工的にエネルギーをつくり出すのはそう簡単なことではない。燃料電池システム自体が、炭化水素を600℃前後の高温で反応させながら水蒸気改質し水素ガスを製造する燃料処理装置(FPS)、その水素に酸素を反応させ直流電力を発生させるスタック、さらに直流から交流への変換を行うインバータ、熱を回収し温水をつくる熱交換器など、いくつかの装置から成り立つ複雑なシステムなのだ。

 これらの構成要素は、それぞれに動作原理が異なる。全体のエネルギー効率やコスト効率を高めようとすると、こちらを立てれば、こちらが立たずという二律背反の難所が随所にはだかっているのだという。システム制御という観点からみた燃料電池の難しさを、尾関氏はこう語る。
「例えばスタックのコアにある電解質膜は常に濡れていないといけないので、水素と空気は加湿して濡れた状態で送ります。燃料処理装置は600℃まで温度を上げるから、そこで水を蒸発させて水素を濡らせばいいんですが、今度は水素の加湿用に余分なエネルギーが必要になります。水素を濡れた状態で送ることでスタックの発電効率は上がるが、そのために余分のエネルギーが必要。これは二律背反の課題。トータルにみてどうなのかを考えないといけないんです」

 さらにこういう問題もある。
「スタックは積層体になっており、流路を細くして空気と水素をすみずみまで均等に分配することでスタックの発電効率を上げることができます。ところが、流路が細ければ細いほど、そこに空気などを送るためにたくさん圧力をかけなければならない。つまりファンを多く回さなければならないわけです。そのための内部の消費電力が増えて、逆にシステム全体の発電効率は下がってしまいます」(尾関氏)

 燃料電池のライバルメーカーには、内部の消費電力増大には目をつぶり、それを上回る発電効率をもつようにスタックの性能を上げる、という方向で開発を進めていたところもある。つまりガンガン、ファンを回して水と空気を送り込み、スタックの発電効率を最大値までもっていこうということだ。これはこれで一つの解ではある。

■家庭用燃料電池コージェネレーションシステムのしくみ
家庭用燃料電池コージェネレーションシステムのしくみ
各担当者が火花を散らすパーツ開発。トータルな発電効率を追求

「しかし、私たちはそれぞれのパーツの運転効率を多少落としてでも、内部の消費電力を極力減らすことで、トータルとして発電効率を高めるという思想で開発を進めました。結果的には、ポンプとファンに負荷をかけない分、パーツの耐久性が向上しました。騒音対策もしやすくなった。結果的にはその思想でよかったのだと考えています」(尾関氏)
 工場などではなく、住宅用に設置する装置では、耐久性や騒音も重要なポイント。いわば家電づくりの発想が燃料電池システムにも活かされているのだ。

 もちろん、今でこそ「トータルな改善で性能を上げた」ときれいに言えるが、開発当初のチーム内は、各担当技術者が火花を散らして、混乱を極めることもあった。
「誰もが自分が担当するパーツは最高のものにしたいという思いがあります。スタック開発者にしてみれば、多少の圧力損失があっても発電効率を極大化するのは至上命題。FPSの担当者にしてみれば、最大効率で水素を製造しようとするのは当たり前。それぞれの主張がぶつかってケンカみたいになることはしょっちゅうありました」と、尾関氏は明かす。

 しかし、その混乱も次第に収まる。パーツ開発からセットとしての装置開発に進み、実証実験を繰り返すなかから、商品としての家庭用燃料電池システムが浮かび上がり、その像が開発者の間に共有されていったからだ。パナソニックならではの商品を世に出す、という思いは全員がもっていた。ただシステム全体の最終形が見えない間は、個々の主張がぶつかりあった。もちろんこの衝突は無意味ではない。それがあるからこそ要素技術はブレークスルーを遂げる。その試行錯誤を経て初めて、商品としてのカタチやそれを使うユーザーの姿が視界に捉えられるようになる。こうしてようやく技術開発と商品開発が一致する地点に到達できるのだ。

「きれい好きの燃料電池」──小型化、低コスト化の課題は山積み

「将来は、日本の全世帯がエネファームを使っているようにしたい」
 というのが、尾関氏の夢だ。日本の世帯数は約4000万。その「将来」時点を10年後とすれば、これから年間400万台は売らなければならない。現状でははるかにケタが届かないが、それでも不可能ではないと尾関氏は思う。

「『あれ、このお宅では燃料電池を使っているんだ』というように、もっと外から見えるところに燃料電池システムが置かれるのがまず重要です。一種のプロモーション効果といいましょうか。ただ現状ではどうしても戸建て住宅の、しかも物置があるような裏庭にしか設置してもらえない。玄関前に堂々と設置するにはまだ装置が大きすぎます。もっと薄く、小さく、柔軟な置き方ができるようにしないといけない。今のシステムでは200リットル程度の貯湯タンクが必須ですが、住宅の浴槽や洗濯機などのシステムと合体させることで、お湯を貯めずに必要なときだけ供給する壁掛け型の燃料電池をつくることも不可能ではないと思います」(尾関氏)
 ただ、玄関前に据え付けて隣近所の視線にさらして“宣伝”してもらう効果も考えると、極端な小型化も痛しかゆしだ。理想的なのは、玄関脇の壁にかけられるようなシステムということになりそうだ。

 普及にあたっての最大のネックは、価格である。
「現状では補助金で販売が成り立っている状態であり、これを100万円を切るところまで下げないと、普及は難しいと思っています」(尾関氏)

 コストダウンのための課題は数多いが、なかでも大きなハードルとして尾関氏があげるのは「燃料電池がきれい好きであること」だ。 「燃料電池システムの箱のなかには、車と同じぐらいの点数の部品がつまっていますが、その中を循環する水や空気や水素は、きわめてきれいなものです。水は、そこに空気中のCO2がちょっとでも溶け込むとすぐに酸性を示すほどの純度を保っています。空気も、塵埃だけでなく化学物質も濾過するフィルターが必要。なぜそこまでするかといったら、化学反応にあたって不可欠の触媒が汚れに弱いからなんですね。触媒が汚れると反応速度が落ちて発電効率が落ちてしまう。だからきれいにするための弁や配管、フィルターなどの装置が必要なんですが、そこが逆にコスト的にネックになっている。将来、水や空気に多少ゴミが混ざっていても大丈夫になれば、周辺装置の負荷が下がるので大きなコストダウンにつながります」

 新規触媒の開発を含む、次世代燃料電池の研究はいま、大学や他社と共同の国家プロジェクトで進められている。逆にいえば、国家プロジェクトにしなければならないほどの難しい課題だということだ。いま燃料電池に限らず、自動車などでも触媒材料にはプラチナが使われているが、プラチナに替わる新材料が発見されれば、ノーベル賞ものとさえいわれている。こうした最先端領域に、燃料電池の開発者たちは触れざるをえないのだ。

■従来よりも最大で約1/2に。改良が進む設置スペース
従来よりも最大で約1/2に。改良が進む設置スペース
普及のためのハードルを越える、技術者の“思い”に期待

 幸いにも環境技術に対する市場の反応は好意的だ。エネファームをすでに導入しているお客様の中には「データを提供するので、開発のプロセスに参加したい」と言ってくれる人もいる。そうした反応に応えるためにも、技術者たちにはいま一層の奮闘が期待される。尾関氏がこれからのエンジニアに期待するのは、燃焼、熱流体、熱力学、システム制御などの専門技術を踏まえた上で、それらをトータルにとらえることができる総合的な視点だ。
「これまで空調機、給湯器、ヒートポンプ、自動車などを開発してきた人は技術的には最も近いと思います。要素技術のエキスパートも必要ですが、それ以上に、たくさんの複合的な要素を制御するという視点でモノを開発してきた人がベストでしょうね。そうした人の中から、プロジェクト内の次のキーマンを育てる、というのが私の役目になります」(尾関氏)

 プロジェクトのキーマンに求めるのは技術的バックグラウンドだけではない。なによりも、「自らの技術をカタチにする、それを通して環境に貢献していくという強い思いが欠かせません。とりわけ燃料電池のような新しい技術では、課題そのものを発見することが必要。問題を解くだけでなく、自ら問題をつくることができる力というべきでしょうか」と語っている。

 燃料電池の商品化までこぎつけた、これまでの技術開発自体が困難の連続だったが、商品として普及させるための困難はそれを上回ることが十分に予想される。
「つらいことも多いと思いますが、つらいだけではやっていけない。燃料電池の全世帯への普及、全地球への普及という大きな夢と志をもつエンジニアなら、きっとそのつらさを楽しみに代えていけると思います」(尾関氏)

燃料電池開発プロジェクト プロジェクトリーダー 尾関 正高氏

1989年大学院修了後、松下電器産業(当時)に入社。技術部門配属。くらし環境開発センターのFC事業開発室を経て、2007年4月からホームアプライアンス社技術本部にて燃料電池開発プロジェクトを担当。2008年12月から現職。1999年からの基礎技術開発をベースに、2003年には商品化に向けた開発がスタート。2005〜2008年の大規模実証を通して、家庭用燃料電池の可能性を世界に示してきた。

  • はてなブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに登録

このレポートに関連する求人情報です

パナソニック株式会社 ◎東証一部上場

募集職種組込・制御設計エンジニア(車載・ロボット)

  • 正社員
仕事の概要
パナソニック製品(車載・ロボット等)のソフトウェア設計開発(組込・制御設計開発)
対象となる方
ソフトウェア開発経験(組込・制御)★家電、車載、FA製品など幅広く経験を活かせます/高専卒・…
勤務地
大阪、愛知、東京、滋賀 等※勤務地はご相談の上で決定します
年収例

このレポートに関連する企業情報です

エレクトロニクス関連機器(情報機器・通信機器・計測機器等)、家庭用電化機器、住宅関連機器及び産業用機器等の開発・生産・販売・輸出続きを見る

あなたを求める企業がある!
まずはリクナビNEXTの「スカウト」でチャンスを掴もう!
スカウトに登録する

このレポートの連載バックナンバー

人気企業の採用実態

あの人気企業はいま、どんな採用活動を行っているのか。大量採用?厳選採用?社長の狙い、社員の思いは?Tech総研が独自に取材、気になる実態を徹底レポート。

人気企業の採用実態

このレポートを読んだあなたにオススメします

「暖房」が電気自動車の鍵になる!

快適エコカー実現に「熱」技術で取り組むパナソニック

人気企業の採用実態「創」「蓄」「省」のエネルギー技術を車に応用展開することで、エコカーの未来と快適な電気自動車づくりを先取りするパナソニック。現在…

快適エコカー実現に「熱」技術で取り組むパナソニック

世界トップの環境革新企業を目指し、エンジニア採用を強化

省エネ革命の切り札!パナソニックのヒートポンプ開発

人気企業の採用実態環境革新企業を目指すと宣言した2010年のパナソニック。中でも世界的に注目され、中核技術の一つが「ヒートポンプ」だ。家庭用冷蔵庫…

省エネ革命の切り札!パナソニックのヒートポンプ開発

週刊 やっぱりR&D 求人トレンド解析室

風力発電/日本の気候風土に合った“国産”登場

求人トレンド解析室輸入製風車が市場を席巻していた風力発電業界だが、ついに日本製がお目見えするようになった。風向、風力ともに一定しないとい…

風力発電/日本の気候風土に合った“国産”登場

週刊 やっぱりR&D 求人トレンド解析室

太陽光発電/専門技術を活用して地球を救助する

求人トレンド解析室太陽電池を屋根に取り付ける家屋が増えるなど、太陽光発電ブームは定着に向かっている。その太陽光発電で世界最先端を行くのは…

太陽光発電/専門技術を活用して地球を救助する

発見!日本を刺激する成長業界

電力分散ニーズで脚光!燃料電池“エネファーム”

発見!日本を刺激する成長業界エネルギー安全保障の重要性が再認識されるなか、水素から電気を得る燃料電池が注目を浴びている。特に日本が強みを持っているのは、小規…

電力分散ニーズで脚光!燃料電池“エネファーム”

やる気、長所、労働条件…人事にウケる逆質問例を教えます!

質問を求められたときこそアピールタイム!面接逆質問集

面接時に必ずといっていいほど出てくる「最後に質問があればどうぞ」というひと言。これは疑問に思っていることを聞けるだけで…

質問を求められたときこそアピールタイム!面接逆質問集

この記事どうだった?

あなたのメッセージがTech総研に載るかも

あなたの評価は?をクリック!(必須)

あなたのご意見お待ちしております

こちらもお答えください!(必須)

歳(半角数字)
(全角6文字まで)
  • RSS配信
  • twitter Tech総研公式アカウント
  • スカウト登録でオファーを待とう!
スマートグリッド、EV/HV、半導体、太陽電池、環境・エネルギー…電気・電子技術者向け特設サイト

PAGE TOP