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1/100秒のスピードアップにこだわるアスリート
CNCタッピングセンター開発を支えるブラザー工業のDNA
ブラザー工業の産業機器、中でもCNCタッピングセンターと呼ばれる小型工作機械が、全世界におけるITや自動車部品の需要の高まりを受け、販売を拡大している。生産性・加工能力・信頼性向上をめざした25年の開発物語。現場のエンジニアに「ブラザー流モノ創りの思想を聞いた。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/早川俊昭)作成日:10.01.12
小型で俊敏なマシンが、新しいマーケットを切り拓いた

 中国など新興国市場を中心に需要回復が進む工作機械業界。中でもパソコンや携帯電話などIT機器産業向けの小型工作機械の売れ行きが目をみはる。ブラザー工業もその中の一社だ。同社、マシナリー・アンド・ソリューション(M&S)カンパニーの工作機械はアジア向けを中心に増産を続けている。

 ブラザーの工作機械は、「CNC(コンピュータ数値制御)タッピングセンター」と呼ばれる。タッピングは狭義には、タップ加工(ネジ加工)のことだが、同社のタッピングセンターは、タップ加工のみならず、ミーリング加工やファインボーリング加工も行える点に特長がある。1985年の第1号機からすでに四半世紀の歴史を持つ。販路は全世界に広がり、その累計販売台数は6万台に達する。「タッピングセンター」の名称自体は同社の登録商標で、「30番」サイズの主軸径の領域に特化し、工作機械業界でのシェアを飛躍的に伸ばしている。

松岡 信之氏
M&Sカンパニー 開発部
開発設計2G グループ・マネジャー

松岡 信之氏

 タッピングセンターは、既存のマーケットを侵蝕してシェアを広げたというより、新しいマーケットそのものを開拓した製品だ。初期の製品は、万能の工作機械が主流の中で、余分な機能を削除し、穴開けタップに的を絞るという、逆転の発想から生まれたものだ。85年当時は、展示会に出品しても「なんだ、この機械は。いったい何ができるんだ」という目でみられたという。そこでまずは顧客に、自由に図面を描いてもらい、それを目の前でプログラムして、瞬時に削ってみせるというデモンストレーションを繰り返した。プログラミング時間、加工時間ともに、あたかも「早送り」しているようなスピードに顧客の多くが驚いたといわれる。

 今でもそうだが、同社の開発担当者は、顧客の工場に足繁く通い、実際に工作機械が使われているシーンをみながら、顧客も気づかないような新しいニーズを感じ取っていた。30番という小さなマシンでも、40番機に匹敵する加工ができるように、周辺機器メーカーが工具などを開発し、進化したタッピングセンターと組み合わせて使用することで、加工能力はさらに向上した。
このマシンを導入することで、今よりも加工時間が短縮し、精度も向上し、何よりラインへの設備投資が安くなるというブラザーの提案は徐々に顧客に受け入れられていった。
 生産性・加工能力・信頼性を高めるための技術蓄積──これがブラザーの工作機械のDNAを形成してきたのだ。

スピードとコストを重視。お客様が「儲けることができる」製品づくり

 そのDNAを引き継ぐエンジニアの一人が、M&Sカンパニー開発部の松岡信之グループ・マネジャーだ。松岡氏は、タッピングセンター(TC)については、その開発だけでなく、営業部門で顧客に直接接し、個別仕様の設計や加工技術の研究を担当したこともあった。ドイツ・フランクフルトのテクニカルセンターでは、欧州市場の責任者を務めた。20年にわたるTCとの関わりを一言でいうと、「お客様にいかに儲けていただくかを突き詰めていくプロセスだった」と振り返る。

「最初は穴開けとタップしか出来なかったのが、その限定された機能のなかでスピードや機能を突き詰めた結果がヒットにつながりました。今ではタップ以外の用途にも広く使われています。アルミ加工のお客様が多いのは事実ですが、鉄でもなんでも削れますし、顧客基盤も広がっています。私たちがこだわったのは、お客様が必要とする工程では、ブラザーのTCが一番だねと言っていただける製品を作り続けることでした」(松岡氏)

 生産性へのこだわりはとりわけ強い。生産性向上のポイントは、スピードの最大化と、お客様のコストの最小化だ。2台のマシンで加工していたところに、従来の2倍の生産性をもつ機械を1台導入すれば、より安くモノがつくれることになり、生産性は向上する。加工時間の短縮と、マシンに対する投資金額の低減をめざして、常に前モデルより10〜20%の生産性向上を積み重ねてきた。とりわけ加工時間については、まるで短距離アスリートのように「0.01秒単位」で、性能を向上させてきた歴史がある。

 それでも、コストとスピードに対する要求は、年々強まる一方だ。金属部品加工業の顧客自体が、常に発注先からコスト削減を求められている。私たちが安価なハードディスクや携帯電話、スマートフォンを手にできるようになったのも、ハードウェア部品の加工費の低減効果が影響している。安くモノをつくれる高性能の工作機械を求めて、顧客の側も必死なのである。その競争に敗れて、市場から撤退した企業も少なくない。

 30番クラスという小型の機械へのこだわりも、こうした生産性向上に大きく寄与したと、松岡氏はいう。「小型なので、小さいものを動かすのは入力するエネルギーが少なくて済む。加速度を高めるにも小型であることは有効に働く」からだ。このTCの省エネ性能は、近年あらためて注目されている。加工物1点あたりの消費電力やCO2の削減を、マシン導入にあたっての重要な判断材料とする顧客が増えてきた。TCの新たなアドバンテージが生まれてきているのだ。

顧客のクレームから、新しい製品ニーズをくみ取る
石橋 伸晃氏
M&Sカンパニー 開発部 開発設計2G
石橋 伸晃氏

 松岡氏の部下にあたる石橋伸晃氏(M&Sカンパニー開発部)。2002年の入社以来、TC一筋で仕事をしてきたが、最近は次期モデルの商品設計のリーダーを任されるようになった。自分が成長するターニングポイントになったのは、市場対応の仕事だったという。
「入社5年目のことでした。アルミ加工をする欧州のお客様から切り粉がはさまって機械が止まってしまったという連絡を受け、急遽、欧州に飛びました。壊れた機械を前にして、一人で原因を特定しなければならない。もちろんあらかじめ仮説を立てて赴くんですが、なかなか仮説通りにはならない。工場の片隅で、実際に壊れた部品の破断面を見て、再現テストを繰り返して、原因を追及していくわけです。工程がストップし、立ち往生しているお客様の厳しい表情が隣にあります。緊張感を強いられる現場でした」(石橋氏)

 顧客の困惑顔を目の前にすることで、自分たちの製品の重要性が本当の意味で理解できるようになる。開発チームでは、入社2〜3年目の若手も、どんどん顧客のところへ行かせるのが通例。顧客現場で起こっていることを直視することで、エンジニアは大きく成長することを知っているからだ。
「現場をみると、こうすれば機械は壊れるという道理がわかってくるんですね。クレームだけでなく、もちろん感謝の言葉もいただくし、お客様の新しいニーズもつかめるようになる。そこで見たこと、聞いたことは、すべて次の商品開発に活かせます」(石橋氏)

 ブラザーの工作機械が、市場からの評価において、そのスピードやコストだけでなく、操作パネルのインターフェイスの使いやすさが特長として挙げられるのも、顧客の現場に寄り添い、オペレーターにとっての使いやすさを徹底的にリサーチしてきた結果といえる。

 もちろん顧客のニーズをすべて採り入れる必要はない。すべて採り入れれば、製品の設計思想は揺らぐし、できあがった製品はお化けのように膨らんでしまう。顧客の言葉の裏にある、真のニーズを見抜くことが必要なのだ。真のニーズをとらえて、顧客が驚くような新設計を打ち出す。そのことが競争力の源泉になるのだ。

ときには切り粉にまみれることも。専門分野に閉じこもらない、幅広い好奇心

 次期商品開発に向けて、生産性向上の課題は続く。
「例えば、工具交換時間をゼロにするにはどうしたらよいか。切削しない時間をどれだけ短縮できるのか」(石橋氏)
 到達点はあるが、それは常に最終のゴールではない。到達点がつねに通過点に変わっていく世界で、ゴールのない挑戦が続く。

 マシンのスピードアップにあたっては、ハード的な設計技術と共に、ソフトウェアの改善効果も大きい。ソフトウェア開発者が、ハードウェアを含めた全ての動作を把握/計測できる環境の中で、マシンを高速に動作させるための処理シーケンスおよび演算アルゴリズムを開発することで、「0.01秒」単位のスピードアップが図れる。こうしたことが可能なのも、同社が伝統的に“機電一体型”の開発を貫いているからだろう。

「工作機械メーカーは、数値制御装置(NC)を外部から購入しているところが多いのですが、ブラザーは伝統的に機電一体開発、つまり制御盤やそのソフトウェアを自社開発しています。機械の動作をオーバーラップさせるような制御も、きめ細かく行うことができるし、チューニングも自社で行えます。なによりハードとソフトを同時に開発することで、全体の開発スピードがアップします」(松岡氏)

 M&Sカンパニーでは、製品の企画段階から、装置全体の設計、メカ機構設計、電気設計、ソフト開発、品質保証、さらには営業や製造の各担当が一堂に会し、ワイワイと議論をしている。エンジニアが、「機械屋だ」「電気屋だ」と自分の専門領域だけに閉じこもっていると、顧客ニーズに対応した画期的な製品はつくれない。

「エンジニアは図面を書くだけが仕事ではない。図面をじっくり書いている時期もありますが、ある時期は顧客の現場を回っているし、試作段階になれば、製品評価も人任せにせず自分たちでやります。実際に機械を操作して、マシンの振動や切り粉の具合を肌身で感じながら、新しい設計のアイデアが飛び出すこともあります」と、石橋氏は開発現場の様子を楽しそうに語る。

 単一の専門知識はもちろんのこと、前後の工程をコンカレントにカバーする多機能な能力が、ここでは求められているのだ。
「一言でいえば、エンジニアは好奇心の塊であってほしい。好奇心のある人間には、どんどん仕事を任せる。一つ二つの失敗は気にしない。任せることで、人は育つ。私もそうやって育てられてきましたし、これから採用する人も、その原則は変わらないと思います」と、松岡氏は語っている。

M&Sカンパニー 開発部 開発設計2G グループ・マネジャー 松岡 信之氏

1985年、大阪大学工学部精密工学科卒。社内加工設備の生産技術担当を経て、歴代の多くのタッピングセンター開発に携わる。工作機械の営業技術、新商品市場導入、欧州責任者として海外赴任などの経験もあわせ持ち、現在は工作機械事業開発責任者として、タッピングセンターの生産性、環境性能を極め、世界中にさらにタッピングセンターワールドを広げることを目指している。

M&Sカンパニー 開発部 開発設計2G 石橋 伸晃氏

2002年名古屋工業大学大学院修士課程修了。入社以来、タッピングセンター一筋で仕事をしてきた。商品開発では主に機構設計、評価、設計変更等を担当し、その後は世界中のユーザーへ訪問する既出荷機の市場対応や、ブラザー独自のパレットチェンジャーを搭載した「TC-R2B」の商品開発のリーダーを務める。現在は次期モデルの商品設計のリーダーを任されている。

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