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Tシャツオンデマンド印刷の新市場を、独自技術で切り拓く
「ミシン屋」が作ったブラザーのガーメントプリンター
2005年、ブラザー工業が発売したガーメントプリンターは、欧米のTシャツオンデマンドプリント市場で高く評価されている。元々は工業用ミシンをつくっていたエンジニアたちが、斬新な発想で取り組んだ布専用の高速・高画質プリンター。顧客のニーズをダイレクトに取り込む開発現場の醍醐味を聞いた。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/早川俊昭)作成日:10.12.22
高い生産性と高画質を誇る業務用布地プリンター
酒井 淳氏
マシナリー・アンド・ソリューションカンパニー
開発部 開発設計3グループ
グループ・マネジャー

酒井 淳氏

 大学のサークルやコンサートなどのイベントで、Tシャツやトレーナーに、同じ柄のプリントをして配った経験をもつ人もいるだろう。ガーメントプリンターは、衣類に印刷できる業務用プリンターの総称だ。かつては、版画の一種であるシルクスクリーンによる印刷が一般的だったが、シルクだと版の制作に手間がかかり、多品種少量印刷するにはコストがかさむのが大きな課題だった。ガーメントプリンターは紙に印刷する通常のオフィス用プリンターと同様に、PCの画像をデジタルで印刷するため、版の作成が不要。小ロットの受注を低コストで印刷できるようになった。

 ブラザー工業がガーメントプリンターの1号機「GT-541」をアメリカで発売したのは2005年のこと。アメリカは日本以上に、Tシャツプリントのニーズが高く、数千万円以上もする機械を導入する業者も少なくない。GT-541は約1分でTシャツにオンデマンド印刷できるなど、高速・高画質といった基本性能に優れ、価格も200万円台とリーズナブル。後継機の「GT-782」と共に、市場ではその登場が驚きをもって受け止められた。YouTube で両機種を検索すると、高速プリントの様子を紹介するビデオ画像がたくさんアップされている。
 日本では同年の愛知万博にGT-541を参考出展し、撮影した写真をその場ですぐにTシャツにプリントしてプレゼントするというデモンストレーションを行って好評を得、2007年から市場に投入されている。
「圧電素子(ピエゾ素子)を使ったヘッドを用い、インクジェット方式で吹き付けるという点では、従来のオフィス用プリンターと原理は同じ。ただ、外観ではTシャツなどを装てんするためプラテンが特殊で、大型であることが違う。これにTシャツを1枚1枚手動で装てんして印刷をする。また、布地を洗濯してもインクが落ちないように、一般のオフィス用プリンターとは異なるインクを用いている」
 と、概要を説明するのは、同社マシナリー・アンド・ソリューションカンパニー開発部の酒井淳グループ・マネジャーだ。

 ガーメントプリンター開発の基本方針は、高い生産性と高画質だ。色を出すために何度も重ね塗りするのでは時間がかかる。一度に多くのインクを吐出できるよう、同社はヘッドを自作。圧電素子の構造を新たに設計・加工した。それによってワンパスで濃い色を印刷できるようになり、生産性が高まった。

 さらに、後継機のGT-782ではプラテンと、ヘッドを搭載するキャレッジをそれぞれ2つ搭載し、よりスピードを高めている。キャレッジの一つは白インク専用。濃色系の布地では一度白インクを塗布しないと、図柄が映えないためだ。

 また、重要なテーマであるコスト削減に対しては、 「ヘッドを内製するにしても、社内の資源を活用できたし、オフィス用プリンターとの技術の共通化も進めることで、コスト削減と開発期間の短縮化を図れた」と、酒井氏は言う。

新規インクの開発──サラサラとドロドロをどう組み合わせるか

 業務用製品であるため、耐久性の指標はコンシュマー製品以上に高いレベルが求められる。プリンターで特に高い耐久性が求められるのはヘッド周辺。目詰まりが起きて、ドットが抜けてしまうと、仕上がりにムラができてしまう。ヘッドとその周辺機構の耐久性を高めるうえで重要だったのは、ヘッド周辺部分の機械的・電気的設計と共に、新しいインクの開発だった。

 ガーメントプリンターでは、プリント後に洗濯しても落ちないように、顔料を含むインクが必要だ。さらに布地にインクを熱定着させるために、熱に反応する特殊な糊材も混ぜている。インクは血液のようなもので、常時サラサラとしていないといけないのだが、定着のためにはドロドロの糊が不可欠。サラサラとドロドロをどう両立させるか。
「組み合わせは無数にあり、その決定が難しかった。既存のポスター用顔料インクでは、洗濯すると落ちてしまう。糊材が適切でないとヘッドの目詰まりを起こす。実験室に洗濯機を持ち込み、100を越える組み合わせを試した」(酒井氏)

 酒井氏自身は、前職でインクジェットプリンター開発に従事していた経験者だが、もともとガーメントプリンターの開発チームは、マシナリー・アンド・ソリューション(M&S)カンパニーで、工業用ミシンをつくっていたエンジニアが母体だ。もちろん社内のオフィス用プリンターの設計者からノウハウは共有されているが、基本的には「ミシン屋がつくったプリンター」だ。
「ミシンの設計はソリッド・ステート(固体)が対象。ところがプリンターではインクというリキッド(液体)も扱わなくてはならない。最初は面食らう人も多かったようだ。逆に、プリンターの経験がないからこそできた常識外れの冒険もあった」(酒井氏)

 例えば、白インク使用時のメンテナンス。白インクはその成分である白色顔料が沈降しやすいため、定期的なインク流路とヘッドの洗浄が必要だ。しかし、洗浄液を単純に流す洗浄方法では、多くの洗浄液と洗浄時間がかかるため、それらの低減が求められた。
そこで、気泡を多量に含む洗浄液をインク流路とヘッドに流し洗浄する機構を開発した。インクジェットの「常識」としては、インク流路やヘッド内に気泡を入れることは御法度だったが、あえてそれを選択。従来のプリンターの固定観念にとらわれない柔軟な発想が、画期的な新製品開発につながった。

顧客先での意外な使われ方に触れる、生産財開発ならではの楽しみ

「私たちはTシャツプリンターという用途を想定して開発してきたが、実際に使われるお客様のところを訪ねると、意外な使われ方をしていて驚くことがある」と、酒井氏は言う。アメリカでは、トートバッグ等に印刷できるように、プラテンに自分で工作している業者があることを知った。セラミックのコースターやマウスパッドに印刷する例もあった。いわゆるパパママストアの小さな店舗にも、大規模な印刷工場にもブラザーのガーメントプリンターは徐々に浸透している。

「M&S事業では業務用の生産財を開発しているが、それは1台1台機械の納品先が把握できているということ。消費財と違って、エンジニアが直接顧客のもとを訪れ、製品の評価を聴けるというダイレクトな面白さがある」と、酒井氏は生産財開発ならではの醍醐味を語る。

 とあるアメリカのTシャツプリント業者は、他社製品を一度導入してみたものの、故障が多く、事業拡大を断念しそうになったことがある。そんな時にブラザーのガーメントプリンターが登場し、それに賭けてみる気になった。期待以上の生産性で事業は発展。いまでは事業拡張を考えるまでになった──そうしたユーザーのサクセスストーリーが社内報に紹介される。
「そんな話を聞くと、まさに技術者冥利に尽きる。もちろん、お褒めの言葉だけではなく、耳が痛くなるようなクレームもあるが、それもまた次の設計にフィードバックするための一つの材料として受け止めている」(酒井氏)

プリントヘッド、駆動系機械の設計、FPGA経験者に熱い期待

 多品種少量・低コストの布地印刷というニーズに応え、新しい市場を開拓しつつあるガーメントプリンター。今後も高生産性、高画質をキーワードに開発が続く。印刷できる対象物/材質の拡張も新たな課題の一つだ。開発部ではこれからの製品ラインナップを増やすためにも、機械、電気、ヘッド系エンジニアの中途採用が必須のテーマになっている。むろんガーメントプリンターそのものを扱ったことのあるエンジニアは日本では多くない。しかし転用可能な技術はいくつもある。

「機械系技術者であれば、駆動系のメカを設計したことのある人なら基本的に歓迎。プリンター設計の経験はなくても、例えば切符発券機などのような、搬送機構を持つ機械の設計者も十分にその技術が転用可能だ。電気系では、FPGA・ASICによる設計業務、リアルタイムOS搭載のCPU周辺回路設計業務がメインになるので、その経験があれば。もちろん製品のコア技術であるプリンターのヘッド周りについては、経験者がいればすぐにでもお会いしたい。とりわけインクジェットプリンターにおける液体流路のシミュレーション経験などを併せ持っている方は高く評価したい。こうした専門技術への造詣だけでなく、数年後には、チームのリーダーになれるようなマネジメント力もあればベスト」と、酒井氏は人材要件を述べる。

 マインド部分で求めるのは、チャレンジ精神だ。 「先にも述べたように、ソリッドとリキッドを同時に扱う経験は初めてという人ばかりでこのプリンターを開発してきた。未知の技術との遭遇を恐れず、困難に直面しても背中を向けることなく、突き進んでいく。若手にどんどん仕事を任せ、そこでは一度や二度の失敗は許されるというのが、ブラザーの企業風土。それにふさわしい元気のあるエンジニアが欲しい。欧米市場を視察するチャンスも多いので、グローバルな視野が広がるはず」(酒井氏)

 2005年に生まれたガーメントプリンターという新しい製品を、タッピングセンターや工業用ミシンと並ぶ第3の柱に育てるというのは、M&Sカンパニーの事業方針でもある。伸びしろの高い技術と市場で、自分の力を活かせる喜びがそこにはきっとあるはずだ。

マシナリー・アンド・ソリューションカンパニー 開発部 開発設計3グループ グループ・マネジャー 酒井 淳氏

名古屋大学工学部応用化学科卒。大手電器メーカーに就職、インクジェットプリンター開発に従事。その後ブラザーに転職し、インク・トナー等記録材料の開発に携わる。ガーメントプリンター開発の担当後は、装置開発、商品・事業の企画も経験。一貫して「ブラザーのインクジェット技術を紙印刷以外の分野に展開する」ことに取り組んでいる。

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