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マツダは既存のエンジン自動車の燃費改善を地道に積み上げ、その蓄積をベースに近い将来、HV・EVを展開する事業戦略をもっている。「ビルディングブロック」と呼ばれるその戦略と、常に世界の頂上を目指す技術者風土について、現場の技術者たちが語る。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/スタジオケンゾー)作成日:10.10.27
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環境負荷の少ない自動車づくりに向けて、日本の各メーカーはいっせいに舵を切っている。消費者の間でも、減税措置という追い風もあって、エコカーへの転換が、まるでブームのように進行してきた。カーユーザーの間で環境意識が醸成されることは、決して悪いことではない。それを受けて、より大気汚染物質の排出が少なく、環境への負荷が少ないクルマづくりに精魂を傾けるのは、自動車メーカーにとっても、そこで働くエンジニアにとっても当たり前のことではあるのだから。
ただ、マツダでパワートレイン開発の総指揮をとる人見光夫の顔は少し憂鬱気だ。
「電気自動車は、環境対応の決め手のように言われながら、実はまだまだ課題がある。今は発電のところで結局CO2を出しているわけですからね。発電でCO2を出さないような時代が来て、すべてが電気自動車になるまでには、実はものすごく時間がかかる。じゃあ、その間、クルマは何で走るのかといえば、やはりエンジンでしょう。つまり、内燃機関の時代はまだしばらく続くんです。現在の内燃機関を放ったらかしにしていたら、環境も何もない。電気の時代は来るだろうけど、今すぐにではない。だからこそ我々は、それまでの間、内燃機関を改良していくのが現実的かつ合理的な道だ、一見回り道のように見えて実は最短の道なんだ、と訴えているわけです」
その道筋を示すために、マツダは次世代パワートレイン開発コンセプト「マツダ スカイ コンセプト」を提示し、それに基づいたエンジンSKYACTIV-G(スカイアクティブ ジー)を開発した。2011年からグローバル市場に投入されるこのエンジンの、人見は開発責任者でもある。
しかしこの、現実的なコンセプトが、一般ユーザーに理解してもらえるか、少々不安があると言う。顧客に「マツダはもっと早くHVを出すべきだ」という声が大きいためだ。
「要は考え方なんですよ。HVも、これから先、ずっと効率をよくしようと思ったら、やっぱりエンジン技術が鍵になるんです。だから、電池やモーターありきのハイブリッドからいくか、エンジンをよくしておいてから、その後で高性能の電池やモーターを付けて、全体としてコストの安いハイブリッドにいくかといった時、我々は後者を選ぶべきだと思っているんです」
HVなら、例え高価なものでも燃費に関わらず100%減税、内燃機関だといくらよい燃費でも75%のみ減税。そういう制度もあるが、これは手ごろな価格で燃費のよい車を、より広く普及するという考え方には反すると感じているのだ。
クルマの基本性能となるエンジンやトランスミッションなどのパワートレインの効率改善や車両の軽量化、空力特性などの「ベース技術」の徹底的な改善を行って、その極限を求める。この革新的な環境性能をもつベースエンジンに、段階的に、アイドリングストップ機構、バッテリーマネジメント技術、減速エネルギー回生システム、モーター駆動技術などを積み上げ、より高効率燃費のHVを作り上げる。これが、マツダのビルディングブロック戦略(ブロックを積み上げる)と呼ばれるものだ。
HVやEVへ、華麗に一足飛びするわけではない。愚直なまでに技術を積み上げる中で、最終的には誰もが満足する環境性能を達成する。それが技術の本筋だということを、マツダは、エンジニアたちの誇りにかけて提示しているのだ。

世の中の流れにはなかなか抵抗できないが、エンジニアとしての技術の筋道は合理的に考え抜きたい。そのジレンマは、クルマのもう一つの本質である「走る喜び」に忠実だからこそ生じるものだ。
「クルマを走らせる喜びって何なんでしょう。クルマ好きの人にはあのエンジン音や心地よい振動さえも、快適なドライビングの条件なのです。そういう人は電気自動車の時代になっても、きっとスピーカーをつけてエンジンの音を出すんじゃないかな(笑)」
マツダのクルマがどのようなユーザーを魅了しているかについて、人見はよく知っている。だてに30年、パワートレインをいじってきたわけではないのだ。
「単なる移動手段としてしかクルマを使わない人には、マツダ車に振り向いていただけないのはしょうがないなと思うわけですよ。マツダは世界でも2%くらいのシェアの会社ですが、我々のお客さまはクルマがほんとに好きな人たちです。内燃機関の音や振動、加速や減速のメリハリ感を堪能していて、その楽しみが大げさにいえば自分のライフスタイルの一部になっている」
「もちろん、いくら楽しいからといって燃料をジャブジャブ使っていたら、人から後ろ指さされちゃうでしょう、これからの時代は。だから、我々のクルマを楽しんでいるお客さまには、けっして環境のことで後ろ指差されるような思いはさせたくない。だから、我々は快適さと環境、さらに経済合理性を全部兼ね備えたクルマづくりを、<サステイナブル“Zoom-Zoom”>という言葉に込めたんです」
人見にとっての“Zoom-Zoom感覚”を言葉にするとこうなる。
「イメージとしては、ロードスターで人馬一体と言っていますけど、結局、自分とクルマが一体化したような感じになるかどうかなんですよね。直線だけとにかくぶっ飛ばせばいいんなら、重たいクルマでも大排気量、大出力エンジンでいいわけです。でも、コーナーになると違います。慣性力が違うんで、コーナーをきびきびと走れと言うなら、やっぱり200馬力で2トンよりも100馬力1トンのクルマのほうがいいんですね。ゴーカートのような、ピッピと走るこの感覚。アクセル踏んだら踏み込みに応じて速く行きたい時はグッと行く。自分の意図通りにクルマが動いているなっていう感じ。コーナーも自分の思う通りに上手に曲がったような気になる。そういう感覚を目指しているんです。これは、カタログにスペックとして書けるようなものじゃない。可能な限り、定量化しようとは思うけれど、やはり感性評価の部分はまだまだ大きいですね」
キュッと停まる。ピッピと曲がる……。人見の言葉のはしはしに出てくる感性的表現。まさしくこの人は、クルマに強いこだわりを持ったエンジニアなんだと思わせる一瞬だ。

燃費や有害排気ガスの量という数値と、走る喜びという感性によって、同時に評価されるクルマづくり。しかし、これはけっして楽な道のりではない。マツダは、「サステイナブル“Zoom-Zoom”」宣言によって、より高いハードルを自分たちに課したということがいえる。どのような技術者が、そのハードルを越えていけるのか。
「一口で言えばクルマのメカニズム、技術の合理性ということを、しっかり理解して取り組める技術者です。当社の中にも“他社がハイブリッドやEVを急いでいるけれど、うちは大丈夫か”なんて一般の素人に戻ったようなことを言う連中はいるんですよ。だから、そういう連中には、クルマを駆動させるエネルギーの原理、内燃機関のもつ課題と可能性をしっかりとひもといて、こうじゃないかと説明する。そうすると技術者はわかりますよね。
素人の人に説明するのは難しいのですが、技術者はさすがにそこはわかります。それを納得して、だから我々は迷わずこれにいくんだと言ったら、みんな一生懸命にやりますからね。ちょっとしたことでも、メカニズムを知ってやるということが大事。理屈が必ず通るように考え、実験を重ね、コンピュータでモデル化できるように設計し、試作で試し、量産に移す。そこまでやってはじめて仕事が終わる。その考え方を一貫してやりぬくところにこそ、エンジニアの魂ってものがあるんだと私は思います」
人見は技術を山登りにたとえる。
「個々のメカニズムも大切ですが、それ以上に重要なのは、全体感をもつということです。技術がめざす全体像をつかんだ上で、その中の今ここを自分はやっているということを理解すること。つまり、山の天辺を見て山登りをしていますか、ということなんです。もしかしたら頂上にはたどり着けないかもしれない。けれども、頂上が見えているのと、そうじゃないのは百万歩もの開きがあるんです。内燃機関の究極の理想像を自分たちは知っている。そこに行き着くために、一歩ずつ歩んでいく。たとえ眼前に絶壁が立ちはだかっていたとしても、その先に頂上があるとわかったら、そこをよじ登るしかないんです。これを越えるしか他の道は絶対に無いと思ったら、それを行くしかないんです」



――今、どんな開発に取り組んでいるのですか?
スカイエンジンの次に来る、2015年以降の次世代エンジンの開発です。その中でも、エンジンの一番の肝となる燃焼コンセプトの開発が我々のチームのテーマです。チーム内での私の担当は実験業務で、実際にエンジンを回して、仮説通りになっているかとか、新しい現象を見つけたり、やろうとしていることがどうやったらできるか、そういうことを見極める仕事です。
――どんなふうなものになるかというイメージはありますか?
スカイエンジンでは従来のエンジンからすると15%の燃費改善ができたわけですが、スカイでもまだ詰め切れなかった課題があります。そこを解決する事でそれをさらに倍にする感じですね。
――倍にするというイメージがわき難いのですが。本当に可能なんですか?
今までの開発のやり方ですと、現状を1にして、次は何%改善するかというやり方だったんですが、今回はそのようなやり方ではなくて、まずは最初に数学、物理学的にこれ以上の効率は望めませんよという理想状態を描き、その後、実際にエンジンにする時に出てくる異常燃焼とか耐久性などの制約を考慮した上でのベストな燃焼を実現させるというアプローチを取っています。従って、これに近い燃焼が実現できれば達成できると考えています。
――エンジンというのは、もうすでに完成された状態で、これから飛躍的に向上するものではないというイメージが強いのですが?
確かに理想の内燃機関という姿があるとすれば、多分今は8割くらいまでは来ていると思います。でも、残りが2割もある。もう8割まで来たのだからもういいやと、エンジンの研究開発から降りるメーカーもこれからは出てくるでしょう。でも我々はそこの頂上までたどり着こう、登り切ろうとするわけです。
――ただ、山というのは8合目まで来ると、どんどん急峻になって、一瞬でも気を抜くと、転落する危険性も増しますね。
そう、今はもうどんどん絶壁に近づくような状態です(笑)。

――その燃焼なのですが、どこをつめると上に行けるのでしょうか?
燃焼には4つの制御因子があって、その一つが空気過剰率(供給された混合気の空燃比を理想空燃比で割った値)です。スカイエンジンでは、ここがまだどうしても制約があって、甘んじているところがあった。で、そこをブレイクスルーすることでほぼ山の9合目まで行けるのではないかと考えています。
――スカイエンジンで、空気過剰率をつめ切れなかったのはなぜですか?
空気過剰率の高い(リーンな)状態で燃焼させると更に効率を上げる事ができるのですが、その場合、通常では専用のNOx触媒など非常に高価な触媒が必要になってしまう。使わないと浄化できない。全てのお客様にそういう高い触媒を付けた車を提供するわけにはいきませんので、そこのところはコスト的にバランスを取ったわけです。
そこをブレイクスルーするためには、高価な触媒を使わずに、かつNOxの出ない領域で運転できるような技術を燃焼源で見つけることが肝心です。もちろん、それは教科書通りの理論ですので、当然、世界中の技術者が取り組んでいます。その中でいち早く実用化するというのが非常に大きな課題になります。
──次世代エンジンには、マツダが世界初という技術がいくつも込められていくわけですね。
そうなるように、現在取り組んでいる課題をブレイクスルーする努力をし続けています。
――エンジン技術のこの先について、不安になったことはないですか?
今は確かに内燃機関の転換期です。これからHVやEVが本格化すると、せっかくエンジンの勉強をしたのに、仕事がもうなくなるかもしれないので不安がないわけではない。でもそうならないように、自分を食っていけるようにするためには、まさに今が正念場なんです。会社の命運がかかってる、まさにその要衝を、我々のグループが任されているわけですから、我々がそこで手をあげて、会社が掲げているビルディングブロック戦略にブレーキを掛けることのないようにしなければならないのです。
我々が一歩前進できて、実際にこれだけいい効率になりましたよというのを、みんなにいち早く見せる。それが社内の他の技術者へのモチベーションに直結してくるので、その点はプレッシャーも大きいですが、やりがいが有り、非常にありがたい環境で仕事をやらせてもらっていると思います。

――自分の関わっている仕事が、会社の運命を左右するというのは、エンジニアの中でもそうはいないでしょうね。元々、長津さんはずっとエンジン屋さんなんですよね?
自分は2007年にこの開発本部に異動しましたが、それまでは入社以来、ずっと13年間ほど、生産ラインで量産準備など生産技術を担当していたんです。
──もともとは生技畑のご出身なんですか。
入社した当時は、開発を希望していたんですよ。だから一度は開発、しかもエンジン開発に携わりたいとは思っていました。ちょうど、スカイエンジンのプロジェクトがスタートしていろんな部署から人が集められようという時期でした。このチャンスを逃したらもう二度はないと思って、会社のフリーエージェント制度を利用して異動しました。そういう意味では転職したようなものですね。
最初は勝手がわからなくて、燃焼についても最初は全然わからない状態でしたね。でもいま思えば、あのとき決断してよかったと。チャレンジしなかったことに一生悔やむよりは、これから先、大きな苦労を伴っても、チャレンジした自分を誇りに思えるエンジニア人生を送りたいと思います。
――フリーエージェント制度などを利用した異動の自由があるというのはよいことだと思います。ほかにもマツダの技術者風土で、これはいいと思うことはありますか。
規模的に他のメーカーと比べてそこまで大きくないということが、一つの利点になるんじゃないでしょうか。エンジンの製造現場から開発領域まで、1つの敷地に収まっていますので、やろうと思ったら、いつでもフェイス・トゥ・フェイスで技術者たちが議論できるんです。私たちPT系の開発屋も1つの建物に設計、開発、解析などがいて、階段を一つ上がれば、すぐに打合わせをはじめることができる。こんなふうにふだんのコミュニケーションが活発だというのは、これはこれから転職する人たちにとってもよいことだと思いますよ。人の交流を通して、新しい環境に慣れることができますからね。
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