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現場がこだわる独創的で革新的な技術と、開発スタイルを探る
マツダの新・環境技術“i-stop”が生まれた開発舞台裏
「第6回エコプロダクツ大賞 エコプロダクツ部門 国土交通大臣賞」「2010年次 RJC テクノロジー・オブ・ザ・イヤー」など、数々の受賞を果たしたマツダの新・環境技術“i-stop”。「走る喜び」にこだわりながら環境性能も高い独自の先進技術だ。“i-stop”が世に生まれ、評価を受けるまでの開発舞台裏をレポートする。
(取材・文/広重隆樹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/スタジオケンゾー)作成日:10.10.20
「エコカー」を作るつもりはない。ワクワクする走り、それを突き詰める結果としての環境性能だ
猿渡 健一郎氏
マツダ株式会社
プログラム開発推進本部 主査
猿渡 健一郎氏

「Zoom-Zoom」──マツダのクルマづくりを象徴するキャッチフレーズだ。日本の子供が「ブーブー!」なら、英語圏の子供は「Zoom-Zoom!」と叫びながら、オモチャのクルマで遊ぶという。動くモノへの尽きない好奇心。風を切って駆け抜けていく爽快感。そんな遊び心をいつまでも失わない大人たちに向けて、心ときめくドライビング体験を提供したい。そんな思いがこの言葉には込められている。

 2007年3月、マツダは「サステイナブル“Zoom-Zoom”宣言」を発表する。これまで通りワクワクするようなカーライフを提供するのは変わらないが、持続可能な環境への配慮も同時に進めていくというのだ。しかし、それは性急な「脱ガソリンエンジン」宣言ではない。2020年時点でも、自動車の主要なエネルギーは石油資源であり、動力は内燃機関であるという現実的な予測を踏まえて、車両特性、燃料特性などのさまざまな側面を考慮した、複数の解決策を準備するというのがマツダの立場だ。

 マツダは、「エコカー」ブームに安易に便乗する会社ではない。「減税もあるし、なんとなくエコカーがいいよね」といったユーザーに媚びて品揃えだけ急ぐような会社でもない。エコを考えることはもちろんだ。しかし、エコのためにクルマを走らせる喜びを犠牲にしたら、何のためのクルマなのか。そういう思いが、マツダのエンジニアたちにはある。

 猿渡健一郎氏もその一人だ。信号待ちなどの際に、エンジンを自動停止・再起動させるアイドルストップ装置「i-stop」を開発したエンジニア。現在は、マツダの主力車「アクセラ」開発の総指揮をとる。
「颯爽とクルマを走らせることで、子供のころのときめきが蘇る。クルマは単なる移動手段ではなく、人生に活力をもたらす楽しみ。道具へのこだわりであり、ファッションの一部なのです。私には今でも、エコカーを作っている気はさらさらないんですよ。まずはクルマを運転する楽しさありき。その上で、無駄なところ、効率が悪いところを徹底的につぶして、その結果として燃費が向上することが理想。それをめざしているだけなんです」

技術の本道を極めよ。直噴エンジンの利点をアイドルストップに活用

「サステイナブル“Zoom-Zoom”宣言」では、2015年までに世界で販売するマツダ車の平均燃費を、2008年比で30%向上させるというコミットメント(約束)が発表された。走る喜びを体現しながら環境と安全にも配慮した技術を同時に追求するという宣言。具体的な数値目標を示したからには、もう後へは引けない。

 燃費向上の目標達成のために、何か奇策があるわけではない。これまでの開発もそうであったように、「クルマのもつ本質を突き詰める」しかないのだ。その本街道まっしぐらの過程で素朴な問いが生まれる。
「クルマが動くためには燃料を消費するのは当たり前。でも、停まっているときになんで燃料を使わなくちゃいけないの」
 これがアイドルストップの発想だ。技術の歴史は古く、1950年代には九州地方の路線バスにすでに導入されている。自動車排出ガス規制や近年の環境問題への意識の高まりを受けて、アイドルストップ機構を搭載する車種も増えてきた。

 しかし、これまでのアイドルストップ車は、再発進時にタイムラグがあったり、その際の振動や音がドライバーの快適性や安心感を損なってしまうという問題を抱えていた。一瞬でも違和感や不快感があれば、ドライバーは最初からアイドルストップを使わなくなる。低燃費・低排出ガスに貢献できるせっかくの技術。広く普及するためには、ドライバーや同乗者に違和感なく使用してもらうことが大前提だったのだ。

 タイムラグや不快感は、エンジン再発進をスターターモーターのみに頼ることから生じる問題だ。そこで、マツダはスターターだけを用いる方法ではなく、シリンダ内に直接燃料を噴射して爆発させ、ピストンを押し下げてエンジンを再始動させるシステムを開発した。つまり直噴エンジンの利点を、アイドルストップにも活用しようというのだ。これが2009年6月「アクセラ」に採用されて話題を呼び、その後数々の技術賞を受賞した「i-stop」(アイストップ)だ。

 マツダの直噴エンジン開発の歴史は、他社に比べてけっして早かったわけではないが、制御機構では優れたものを持っていた。エンジンの回転数が落ちる間に、最適な位置にピストンを制御し、かつ燃料室内の掃気を十分に行うことで、迅速に再始動できるようにする技術を確立していた。これをアイドルストップ機構に活かせば、停止後の再起動がスターターを使わず、燃料を噴射するだけでできるようになる。

 技術研究所のアイデアをもとに、2005年の東京モーターショーに試作品が発表されたときは、無音でエンジンがストップ、再発進することを実感した社内マネジメントから「マジックのような技術」とまで称賛された。

i-stop
「手段が目的になってしまってはだめだ」社内の猛反発を前に信念を貫く

 “マジック”をいかに商品にまで高めるか。これが猿渡に与えられたテーマになった。直噴エンジンを使ったアイドルストップ装置の商品化。猿渡に任務が発令されたのは、2007年初めのころ。前モデルに比べて10%の燃費向上が目標とされた。
 しかし、それは猿渡にとって、胸をかきむしられるような苦悩の始まりでもあった。ドライビングの快適性・安全性と環境性能の両立。それが簡単な道ではないことを、すぐに思い知らされることになる。

 スターターを使わないもともとのアイドルストップ機構では、ピストン位置を正確な位置にコントロールするために、車速が落ちるのと同時に、じわじわとアイドル回転数を上げるという逆の制御を行っている。ドライバーに違和感を与えないための細心のこだわりではある。
「しかし、ちょっと待てよと思ったんです。低速とはいえアイドル回転数を上げるためには、そのぶん燃料を噴いているわけですよ。燃費向上10%をめざすのに、その動作で2%ぐらいロスしているんです。我々は、アイドルストップで燃料のぜい肉をそぎ落とそうとしているのに、なぜこのシステムのために、2%余分に食わせないといけないのか」
 猿渡がこだわったのはそこだ。「手段が目的となってしまってはだめ」。それは技術の本道ではない、というのだ。

 やはり、ここはスターターモーターに頼るしかない。ピストンを逆転するための補助に使うだけだから、それほどの電気は食わない。燃費向上10%は十分に達成できるはずだ──猿渡が下した結論だった。
 社内からは猛反発があった。アメリカから帰国後、猿渡は新型エンジンの開発にすべて関与している。理想の技術を追い求め、なかには、直前のところで問題点を指摘し、対策のために量産時期を遅らせた機種もある。
「おまえはなあ、いつも技研から出てくるいい技術を潰しよって……。今度も、このマジックを葬るんかい」
 研究サイドから突きつけられたその言葉は重かった。

「まさに罵りに近い言葉でしたよ。マジックな技術を活かすのか、殺すのか。会社が真っ二つに割れました。我々は2007年秋の東京モーターショーにも再度、試作品を出すんですが、その時点ではまだスターターを使わないことを売りにしていた。その陰で実はいろんな試行錯誤を続けていたんです」
 と、今では笑顔で振り返るが、ここでもし「快適性と環境性能を共に実現する」という信念を曲げ、ぎりぎりの選択を放棄していたら、i-stop の今はなかっただろうと言う。

「アスリート」をめざす美学。マツダのクルマづくりの原点

 2008年5月、経営会議で商品化が正式に承認されると、猿渡はその意義を全社に説くエバンジェリストとして活動を始めた。「やさしいアイストップ」という解説書を自分で書いた。
「最新機能は実際に使ってみなければわからない。とにかく搭載車に乗ってください。停止・発進を繰り返して、そのよさを実感してください」と誰彼となく説きまくった。

 まずは社内の人間をその気にさせなければならない。全役員に試乗モニタになってもらった。
「燃費向上というと、それはエンジン・トランスミッションの仕事、車両担当の人はそんなの知らないよっていう顔をすることが多いんです。しかしこれからの燃費向上技術はクルマ全体で取り組まないといいモノができない。部門間の意識の壁を破らなくちゃだめだ。だから車両の人も、どんどん試作車に乗せました」

 新しい目標に向かって、「エンジニアをどう焚きつけるか」が技術マネージャーの役目だ。技術の合理性に裏付けられたロードマップを提示し、働きやすい環境を整え、小さな成功体験を積み重ねて、高い目標に向かっていく。
「いかに優れた技術や組織があっても、それを機能させるのは結局、個々の人間の力」と猿渡は言う。現場の技術者同士の激しいディスカッションから生まれる信頼感。それをまとめるのは、将来のクルマのあるべき姿への夢と信念をもつマネージャー。根強いファンをもつマツダのクルマづくりの原点には、こんな人たちがいるのだ。

 マツダの他の開発者が、標準の作業服を着用しているのに、猿渡ばかりはチェックのスラックスに仕立てのよいシャツ。そのセンスの良さを指摘すると、「だって、僕らはユーザーが、そのデザインや機能でワクワクする乗り物をつくっているんですよ。自らが身の回りのそういうものにセンシティブにならなくっちゃ、だめでしょうよ」という言葉が返ってきた。
 猿渡のクルマづくりの理想は「アスリート」だ。西欧美術におけるダビデの像のような、均整の取れた無駄のない筋肉美。不要なものを削ぎ落としていくと、研ぎ澄まされた本質が残る。本質は、常にシンプルで美しく、そしてタフである。「エンジンも、よくできているもの、よく走るものは、美しいんです」というところに彼の美学がある。

 そんな“洒落者”の猿渡にも、人情にもろい一面がある。
 2009年6月、「i-stop」を搭載した新型「アクセラ」の発売から1カ月経った打ち上げの会。海外でのローンチイベントで出張していた猿渡は、エンジニアに向けてメールを送り、それを代読してもらったという。開発の苦労がまだ、まざまざと全員の記憶にあるときに書いた、真情あふれる文章だ。

「“会社に入って20数年。これだけあなたたちと腹割って話したことなかったよな。この技術が納期通りできたのは、ひとえにあなた方が努力してくれたおかげ。やっぱり技術は人間があればこそなんだよ。これができたんだから、次もできるぞ。頑張ろうぜ”──まあ、そんなメッセージなんですけれど、これをね、この前、開発秘話を話してほしいと頼まれたとある講演会では自分で声に出して読み上げたときに、不覚にも私、泣いてしまったんですよね」
 つらくもあり、楽しくもあり、対立も融合もあった開発の現場。それが走馬燈のように再び蘇るのか、猿渡の瞳がまたうっすらと潤むのを、私たちは見逃さなかった。

マツダ株式会社 プログラム開発推進本部 主査 猿渡 健一郎氏

1965年長崎県生まれ。九州大学農学部卒。87年、ロータリーエンジンへの憧れからマツダへ入社。マツダが開発したロータリー以外のほとんどのエンジン・トランスミッション開発に参加。1997年、米国赴任。事務所閉鎖という専門外の業務を経験。2007年より、i-stop 商品化を指揮。2009年5月から現職。

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