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最近、ITエンジニアのビジネス交流会や勉強会が盛んだという。セミナーなどに参加するだけでなく、自身が企画し講師となって情報発信することで、スキルアップや人脈拡大につなげる事例も増えてきた。学習し続けるITエンジニアの勉強会に潜入し、それが流行るワケを探った。
(取材・文/広重隆樹 編集/宮みゆき 撮影/佐藤聡)作成日:10.08.16
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株式会社ディー・エヌ・エー
ソーシャルメディア事業本部 ソーシャルゲーム統括部 システム第二グループ 藤井 正義氏
株式会社コンテンツワン 取締役
川井 健史氏 |
猛暑の余熱がまだじっとりと残る7月末の東京神田、夜7時過ぎ。インターネット広告代理店オプト本社の入るビルの1階大会議室に続々と外から人が吸い込まれていく。オプト主催の「ソーシャルアプリケーションコンテスト2010」とタイアップする形の、IT業界向けの技術セミナーが開かれるのだ。5月から連続して開かれてきたセミナーの今日が最終日。「DeNA流エンジニア主導ソーシャルアプリケーション開発秘話」と題して、ディー・エヌ・エー(DeNA)で「セトルリン」などの内製ソーシャルアプリの立ち上げに携わった経験をもつエンジニア、藤井正義氏がメインのスピーカーとなった。 DeNAではソーシャルアプリのほとんどを、Perlと独自フレームワークによって開発している。今回のセミナーでは、なかなか表には出ないその開発や運用の裏話を聞けるとあって、SAP(ソーシャルアプリケーションプロバイダー)業界を中心にセミナーの参加者は約100名に上った。講演そのものは1時間ほどで、その様子はUstreamやTwitterで実況された。講演が終わると、軽食を囲んでの懇親会だ。これが実は今日の眼目。ヒットアプリを次々に生み出すDeNAの秘密を探ろうと、藤井氏を取り囲むように、幾重もの輪が生まれた。
「今回のセミナーも、講師には講演料を払っていない。参加費も無料なので、私たちも直接の収益にはつながらない。でも、こうしたセミナーをきっかけに、エンジニア間の交流が生まれ、人脈がつながり、ビジネスが活性化すれば、それが長い目では私たちのビジネスを広げることになると思います」 「会社から派遣されてくるというだけでなく、会社ではその仕事はやっていないけれど、自分はソーシャルアプリやWeb技術に将来性を感じていて、そのための勉強のつもりで、自主的に参加する人も少なくない」と川井氏。 異分野への技術の関心が高じれば、転職という行動にもつながる。リーディングカンパニーの“中の人”と知り合いになれる勉強会の場は、実は転職情報の交換の場でもあるのだ。 |
最近、インターネットやWeb業界では、こうしたカジュアルなスタイルのエンジニア向けのセミナーが増えている。 「技術者向けのセミナーだったら、昔から大手ベンダーや新聞・雑誌社が主催する見本市やイベントに併設して、たくさん開かれていたよ」という声もあるだろう。もちろんそうした大型イベントは今も隆盛だが、時間帯が平日の昼間だったり、業界の偉いさんが長々と講演したり、参加費が万円単位だったりで、敷居が高かった。それに対して、インターネット業界では、もう少し少人数で小回りの効くオープンなスタイル、文字通りの「勉強会」が流行っているようなのだ。 参加費は無料か、または低額。参加者の規模も100〜200名規模を集めるものもあるが、たいていは数十名規模まで。業界団体が主催するもの、企業が主催するもの、エンジニア仲間が自主的に企画するものなどさまざまな形態があるが、共通するのは壇上に上がった偉い人の話を、聴衆が拝聴するという上意下達スタイルではないということ。質問や議論は大歓迎。突っ込んだ話は懇親会の場で、ダイレクトにできる。懇親会も、名刺交換してハイさようならではなく、納得いくまで情報を共有化しようという感じが濃厚だ。 米国の「DEFCON」のように、いわゆるハッカーたちがノートPCを抱えてフロアに座り込み、その場で即座にコードを書いてハッキングするというようなダイナミックさこそないものの、これまでのどちらかというと受動的なスタイルから、より能動的なスタイルにセミナーの様子が変わってきているのだ。 UstreamやTwitterなど最新のWebサービスを使った情報共有の姿勢も、これまでのセミナーとは違うところ。企業が参加者を囲い込んで自社製品の宣伝に努めるというクローズドなスタイルから、企業の垣根を越えて技術を共有化していこうというオープンなスタイルへの変化ともいえる。このあたりは、オープンソースの考え方が浸透しているWeb業界ならではかもしれない。 |
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株式会社リクルート
メディアテクノロジーラボ 小林 賢司氏 |
イベントの告知や参加のスタイルも変わってきた。大規模な有料イベントなら専門誌や技術系サイトにバナー広告を打って募集してもペイするが、小規模なイベントでは採算が合わない。冒頭に紹介したコンテンツワンのソーシャルアプリセミナーも参加募集の媒体として使ったのは、リクルートがWeb上の実験サービスとして無料で公開している「ATND(アテンド)」だ。 ATNDはリクルートのメディアテクノロジーラボ(MTL)が2008年JavaScript系のセミナーに協賛するにあたって開発を進め、同年9月から公開しているイベント運営者・参加者のためのWebサービス。HTMLやブログの書式によらずとも、誰でも簡単にイベント告知のページが作成でき、参加者へのアンケート機能なども利用できる。mixi、はてな、Yahoo!Japanなどのアカウントでも登録できるOpen IDによる認証方式も特徴の一つ。8月のアップデートでは、Twitterからのログイン機能も加わった。 「Open IDログイン機能の実装という技術実験も兼ねているが、サービスとしてはIT業界だけでなく、あらゆるイベントを運営する人にシンプルに使ってもらえるものをめざしています」というのは、ATND開発にあたったシステム開発チームの小林賢司氏だ。登録されたイベントはこの2年間で約7000。やはりIT系の技術・ビジネスセミナーの告知が多く、企業主催で400人規模のセミナーに使われた例もある。 ATNDそのものの存在は、最初エンジニアのクチコミから広まったが、その簡便さが受けて、次第に「Web系技術者のイベントではデファクトスタンダード」と目されるようになった。今ではTwitterでATNDに登録されたイベントが紹介され、人が集まるというパターンが増えている。人気のあるイベントは、定員が埋まるのも速い。とあるクラウド・コンピューティングに関するセミナーでは、正午にATNDでイベント登録したところ、4時間後には定員60人に達し、急遽、会場を調整してキャパを増やしたという。 ITエンジニアの勉強熱がセミナーの隆盛を生み出し、ATNDのような簡単なイベント紹介ツールがさらにそれを加速する。情報流通の波に乗った好循環が生まれているようだ。 |
もちろん、こうした勉強会の盛況が上辺だけのブームに終わるのでは意味がない。勉強会を持続的かつ意義あるものにするためには、それを仕掛ける縁の下の人の地道な努力が欠かせない。 7月に横浜で開催された「仮想化インフラ・ワークショップ05 -XaaS DAY-」。仮想化技術の運用を行うエンジニアに議論の場を提供すべく、2008年2月に設立された「仮想化インフラストラクチャ・オペレーターズグループ(VIOPS)」が主催するワークショップだ。平日の開催にもかかわらず150人が集まった。参加者はワークショップ運営費一人3500円を負担する。当初は無料だったのを有料にしたのは、会場費用を捻出するための苦肉の策だったが、「有料化でむしろ参加者の意識が高まった」というのは、VIOPSの運営にあたる、さくらインターネット研究所・上級研究員の松本直人氏だ。 今でこそ仮想化はサーバー技術のキーテクノロジーだが、2008年の設立時には「技術は多くあるものの、それを議論する場が少なかった」(松本氏)。「サーバーの管理者やオペレータの立場から議論できる場をアレンジし、業界を盛り上げていきたい」という熱意から、手作りのワークショップや交流会が始まった。クチコミや業界のつながりから規模を拡大し、今では総務省も後援に名を連ねるほど。最近では、クラウド・コンピューティングも議論のテーマに加えたことで、Amazon Web Servicesのユーザーグループや富士通、ライブドアといった大手企業からの参加も増えてきた。 「私たちのような試みも含め、いま技術者の交流会は非常に活発です。あたかも生物の爆発的な細胞分裂のような状況が生まれている。そうした動きに、たしかな場を提供することが大切。私が手弁当でこうしたイベントを主催するのも、そのことによって、私自身も勉強し、成長していけると思うからなのです」(松本氏) 単に勉強会に参加するだけでなく、ときには、どんなに小さくてもいいから自分で仲間を集め、勉強会を主催してみる。そのことで自分の知識の足りなさに気づき、その限界を突破することもできる。「自ら発するものこそ、より多くの情報を得ることができる」──この知的生産のための鉄則は、もちろん勉強会にも通じるものなのだ。 |
さくらインターネット研究所 上級研究員
松本 直人氏 |
株式会社リクルート
メディアテクノロジーラボ チーフアーキテクト 川崎 有亮氏
海外のハッカーたちにも情報発信
Shibuya.pm in Taipei OSDC.TW 2010(台北)で 台湾のオープンソース開発者とカンファレンス開催。 |
エンジニアにとって、ふだんの知識吸収こそが生命線であることはあらためて言うまでもないこと。生涯にわたって勉強し続けることは、エンジニアの宿命でもあり、習性でもあるのだ。むろん最終的に勉強の成果とは個人に属するものだが、習得・習熟の過程では他人とのコミュニケーションや協働も欠かすことができない。だからこそ、勉強「会」が重要なのであって、それをどのように組織し、活性化させるのかは、エンジニアとしての成長を左右するファクターの一つになりつつある。
「まさに勉強会をどうやって効果的なものにするかは重要で、最近はそのことを議論する“勉強会の勉強会”のような集まりさえあるぐらいです」というのは、リクルートメディアテクノロジーラボのチーフアーキテクト・川崎有亮氏だ。 「必ずしも左側を否定するわけではないんですが、右側のほうが相対的に大事だということ。例えば最初の『勉強よりも学習』というのは、一人でこもってシコシコ知識を詰め込むことを成果とするのではなく、持続的に学習し続けることが大切だという意味。あるいは、Ustreamはたしかに会場に来られない人には便利なツールだけれど、それを流し見するだけでは知識はなかなか身につかないことを忘れないで、ということです」(川崎氏) 勉強の方法には個人のやり方があるように、勉強会のお作法もこれに限らずいくつもあるはず。そのあたりは一人ひとりが試行錯誤しながら身につけていけばいい。ただ勉強会という知識のやりとりのなかで忘れてはならないのは、知識そのものや知識をもつ人への敬意。そして、情熱をもってアグレッシブに課題にかかわり、それを倦むことなく継続する姿勢だろう。いかに勉強会の開催や参加がカジュアルになったとはいえ、これだけは寺子屋の昔から変わらぬもの、いまも尚はずせないポイントなのだ。 |
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