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世界最低粘度の油性ボールペン、日付を印字できる名刺入れ 終わりなき進化!開発者が語る”最新文具”の技術力
ボールペン、シャープペン、消しゴム、ハサミ、ホッチキス、カッター、セロテープ……毎日使う文具がどれだけ「進化」しているか、知っていますか? ぜひ、文具店に足を運んで、手に取ってみてください。私も驚きました。そんな最先端の文具を開発したエンジニアを紹介します。
(取材・文/総研スタッフ 高橋マサシ 撮影/平山 諭)作成日:10.07.12
ボールペン すべりすぎるくらい書きやすい”世界最低粘度”の逸品
 今、ボールペン市場では「低粘度」が大流行。インクの粘り気を下げることでなめらかに書き味になり、その書きやすさがユーザーを急増させているのだ。火付け役となったのは三菱鉛筆の「JETSTREAM」。それを超える低粘度のぺんてる「VICUNA」が、7年の開発期間を経て、今年2月に登場した。
書き味を体験してほしい、ぺんてるの「VICUNA」(ビクーニャ)
VICUNA
低粘度でなめらかな書き味が特徴の油性ボールペン。その粘度は従来製品の約40分の1となる240ミリパスカル秒で世界最低。
また、従来製品より紙との摩擦係数を約15%ダウンさせて、書き始めのカスレを「限りなくゼロに近づけた」。
ボール径は0.7mm、インク色は黒、赤、青の3色、軸色は全部で8色。157円(本体価格150円)。
「なめらかな書き味」を求めて油性インクの粘度に注目
 大学工学部の合成化学科を卒業した高岸氏はぺんてる株式会社に入社。主にインクの開発に従事してきた。2003年から依頼されたのは「用途は限定せずに、油性ゲルの応用を考える」。ゲルとは液体と固体の中間のような状態の素材で、高岸氏をチームリーダーとする4人は油性ゲルを集めては溶かすことを繰り返していたという。
 半年後に「そろそろ案を」と言われ、検討の結果「書き味のなめからさ」に注目する。しかし、油性ゲルを使うメリットはさほどないため、油性インクでの「低粘度」に方針を切り替えた。

 ボールペンには油をベースにした油性ボールペンと、水をベースにした水性ボールペンがある。油性の特徴は耐水性や耐光性の高さ。また、インクの粘度が高いのでにじみや裏移りは出にくいが、粘り気が強いので書きやすさは水性に劣る。古くからあるタイプで、価格帯は安めだ。一方の水性は粘度が低いので書きやすいが、耐水性や耐光性では油性に劣る。日本ではあまり普及しておらず、価格帯も多少高めだ。

「水性ボールペンが出たときは感動しましたよ。その後はゲルなどの開発が進むのですが、油性のゲルは水性と違って粘度が下がらないんです。そこで、ゲルではなく油性インクで粘度を下げることを考えました。使う先はボールペンに決まりました。面白い書き味が出せそうだったのと、どこもやっていない分野だったからです」
 ぺんてるは「サインペン」、シャープペンシル用「ハイポリマー芯」、「ペンタッチ式修正液」など世界初の文具を開発しており、「人のまねをしない」が社風。低粘度ボールペンへの挑戦にはこんな下地もあった。
 その粘度はパスカル秒(Pa・s)、特にミリパスカル秒(mPa・s)で表わされる。従来の油性ボールペンの粘度は1万mPa・sほどで、水の粘度は1mPa・sだ。これをどれだけ下げるかだが、値を低くするだけなら難しくないと高岸氏は語る。ただ、粘り気がなくなるとインクが垂れてしまうし、書き味以外にもインクの寿命や耐久性など重要なテーマは数多い。

「インクの作り方にさほど差はないので、耐水や耐光のための顔料、溶剤、ペン先のボールを回転させる潤滑剤など、材料の選定と配合がカギとなります。低粘度でも漏れない、乾燥を早めるといった目標は常にトレードオフの関係にあるので、新技術でそれらのバランスを取っていくことの繰り返しでした」
 最終的にVICUNAは、ボールペンのインクには珍しい10種類以上の材料を掛け合わせた、「新ブレンド」で完成する。
高岸郁夫氏
ぺんてる株式会社
中央研究所 技術部

高岸郁夫氏
他社の先行販売、社内の反対……を乗り越えて販売
 開発途中の2006年、チームをショックが襲う。三菱鉛筆が低粘度の油性ボールペン「JETSTREAM」を発売したのだ。なめらかで書きやすいこのボールペンは文具関係者を驚かせ、価格は約150円と高めなのに大ヒット商品となる。
 先を越された形の開発陣には「これですべて終わりか……」という空気が流れたという。ただ、インクの粘度を調べてみると、ぺんてるが目標とする数値のほうがはるかに低いとわかった。しかも、当時のJETSTREAMの粘度は「限界」と言われていた。これを知った社内には、「150円のボールペンで低粘度の市場をつくってくれた」と歓迎する声も出てきたという。
 こうしてインク開発は続行されるが、ペン先のボールを受ける「チップホルダー」の開発もスタートしていた。インクとペン先の開発は別のチームで、通常はそれぞれの成果を徐々にすり合わせていく。既存のペン先を活用する場合もある。ただ、今回はVICUNAのインクに設計を合わせることになった。
 そんな中、試作品の社内モニターでは意外な結果が出た。「インクが出すぎるかもしれない」との前提で使ってもらったのだが、20人ほどの社員のうち約8割が、「使えない」と商品化に反対したのだ。しかし、調べてみると彼らのコメントには共通点があった。「なめらかすぎる」「ペンがすべりすぎる」「落ち着いて書けない」など、これまでのモニターでは「聞いたことのない言葉」が並んだのだ。
「この言葉を聞いた社長が『方向性はこれでいい』と判断してくれました。ただ、ペン先のチームには苦労をかけました。インクが出すぎやカスレの防止などのためにチップ内部の構造を新規設計し、ボールにも特別な加工を施してくれました。その結果、従来の油性ボールペンより紙との摩擦係数を15%下げることができたのです」

 VICUNAのこだわりはほかにもある。ゴムとプラスチックで一体成型させた胴軸(ボディ)は、デザイン性を高めると同時にコストダウンも図っている。10年以上研究を続けている「指紋ピッチ」は、グリップに溝を付けて握りやすくする手段。リフィール(インクの芯)交換時のスプリング落下を防ぐため、外す部分は先端部ではなくクリップのある後部にした。転がり防止のために中央部分を四角くしたのも、小さな気配りだ。
「VICUNAの粘度は240mPa・sで、従来の1万mPa・sに比べると約40分の1。油性ボールペンでは世界最低粘度です。ただ、私たちの求めたのはあくまで『なめらかな書き味』。この数字は結果でしかありません。VICUNAを一度使っていただければわかると思います」
 商品の品質は機械的に数値化もされるが、商品化の前には社内と同時に社外モニターも依頼する。VICUNAの場合は約100人の社外モニターに1カ月弱使い続けてもらった。「長時間使ってもらってこそ文具のよさがわかる」という理由からだ。
日々の小さな喜びがエンジニアを続けさせる
 今年2月に発売されたVICUNAは、当初の目標の3倍以上の勢いで売れ続けているという。年間の目標だった500万本も2カ月たたないうちに達成し、4月に予定していた海外輸出も夏期に延期した。国内市場への投入を優先させたのだ。VICUNAの開発チームも7人に増員された。
 三菱鉛筆の「JETSTREAM」、パイロットの「アクロボール」、最近ではゼブラが「スラリ」を発売したばかりで、低粘度のボールペンが一大ブームとなっている。市場拡大が見込まれる中、VICUNAはボール径0.5mmや1.0mmタイプの開発、インクの多色化、インク自体の改良も進める予定だという。

「製品化されて世に出るのは楽しい。今までにない技術を開発するのもうれしい。ですが、小さな問題点を見つけて、仮説を立て、予想どおりに的中させて解決する。こうした日々の小さな喜びがあるから技術者を続けられるのだと思います。そうでないとプレッシャーにつぶされます(笑)」
名刺入れ プリンター設計30年の「メカ屋」が生んだ”日付の印字”
 社会人にとって名刺は必須のアイテムだ。ただ、集まった名刺を整理するのは至難の業。そこで、「名刺に日付が入る名刺入れ」を考えたエンジニアがいた。医療機器メーカーに勤めるが、開発の源になったのは大手電機メーカーで培ったプリンター機構設計の経験。たったひとりの挑戦には4年の年月が必要だった。
ワンプッシュで名刺に日付が入る、メディカルサポートの「Dater」
Dater
日付を印字する機能が搭載された名刺入れ。日付を印字して名刺を渡すことも、受け取った名刺に印字することも可能。
日付の変更は手動で、ボタンを押すことで印字される(電源や電池は不要)。約500枚の印字が可能で、通常サイズ(4号)の名刺を約10枚収納。
サイズは70.5×108.5×15.8mm。4095円(本体価格3900円)。
完成した1号機は、大きすぎて内ポケットに入らない
1号機の印字部分。ロールにゴム印があり、その上にインクリボンが乗る
1号機の印字部分。ロールにゴム印があり、その上にインクリボンが乗る
 大手電機メーカーで30年以上プリンターの機構設計をしていた樋口氏。定年退職を前に転職したのは医療機器メーカーだった。この会社でこれまでにない医療用特殊針を発明するなど活躍し、現社の社長である林裕之氏と知り合う。樋口氏が開発した製品を営業職の林氏が販売していたのだ。

 林氏は5年ほど前に退職して株式会社メディカルサポートを設立。あるとき、以前からの悩みを樋口氏に打ち明けた。
「携帯できて、名刺に日付が入れられるものはないかな?」
 営業職や経営層など、名刺を交換する機会が多い人の悩みはその管理だ。名刺が何十枚、何百枚とたまっていくと顔と名前が一致しなくなり、なぜ交換したのかさえわからなくなる。有効なのは名刺に日付を入れる方法だが、相手の面前で書き込むのは失礼。林氏は「便利な道具はないか」と尋ねたのだが、その瞬間に樋口氏はひらめいた。

「プリンターの技術を使えばいい、プリンターを小さくすれば名刺入れに組み込めると思いました。そこで退職を決めてこの会社に転職し、『印字できる名刺入れ』の開発を始めたのです。ただ、その時は思いつきませんでしたが、日付印が打てるはんこがあります。それを買ってもらってもよかった(笑)」

 こうして4年も続く、ひとりきりでの開発がスタートする。日付は年、月、日の数字。ゴム印の数字を筒状のロールに巻き、その上に油性のインクリボンを置いて、名刺に押し付けて印字する仕組みだ。使用時に当日の日付を合わせ、印字をすると、リボンが巻き取られて新しい部分がセットされる。この設計からスタートした。
 半年ほどしてようやく1号機が完成するが、いきなり壁にぶつかってしまう。ロールの直径が20mmあるので奥行きが広がり、ロールの下に名刺を入れる構造なのでサイズが縦に伸びた。名刺入れのはずが大きすぎて、内ポケットに入らないのだ。樋口氏は、サイズを小さくすることが最も難しかったと振り返る。
樋口昭夫氏
株式会社メディカルサポート
顧問

樋口昭夫氏
円盤やカーボン紙で「できるだけ小さく」を実現
 試行錯誤の末に考案したのが、平らな円盤を使うことだった。薄い円盤に溝を切って、その中に活字(数字のゴム印)を入れ、溝の中を滑らせて日付を合わせる。ただこの方法でも、インクリボンを巻き取る機能の分だけはサイズは大きくなる。思いついたのがカーボン紙だ。円盤の上にカーボン紙を置いて、転写で印字させる方法。日付のセットで活字に触っても、指にインクが付かないというメリットも出た。

「入手できるカーボン紙はすべて買いました。その中でもっとも発色がよく、弱い力でも印字できた赤色のカーボンを選んで、カーボンセットを開発しました。同じ個所で転写を続けると印字が薄くなるので、カーボンセットを回転させて場所を少しずらします。最適だったのが円盤1回転で47回でした」
Daterの内部。名刺と円盤の間にカーボンセットがある
Daterの内部。名刺と円盤の間にカーボンセットがある
 Daterは日付を合わせた後で本体を閉じて、上部のシャッターをスライドさせてロックを外し、前面のボタンを押して印字する。シャッターがカーボンセットと連動しており、スライドさせるたび、つまり印字のたびに動作して、転写の場所を変えているのだ。

 こうして2号機は完成したが、樋口氏はまだ小さくできると考える。収納できる名刺は周囲の意見も聞いて10枚にした。1枚の厚さを0.25ミリとして10枚で2.5ミリ。ただ、ボタンの厚みは出てしまうので、この部分だけを膨らませる。当初はスライド式やてこを使ったレバーで押すことも考えたが、薄さとシンプルな機構を優先させて指で押す方式にしたという。
 これらの機能を入れた3号機では月を英語表記にした。2010年7月12日なら「10 JUN 12」となる。そして、最終的なDaterのサイズは70.5×108.5×15.8mmとなった。通常の名刺のサイズは4号で55×91mmだ。
カーボンセットの周囲には回転のための歯車がある
カーボンセットの周囲には回転のための歯車がある
「実は『隠し技』もありまして、円盤の活字は時計回りに動くのですが、逆には動きません。先に進んだ活字が平たいばねを持ち上げる構造にしたため、次の活字がばねにぶつからずに進むからです。逆に動かすとばねに引っ掛かります。また、日付は斜めに印字されるようにしました。横書きだと名刺の文字と混同してわかりにくくなるからです」

 Daterは昨年7月の「第18回日本文具大賞」に出品されて絶賛を浴び、今年3月から同社のWebサイトで販売された。テレビ番組などで紹介されたこともあり、東急ハンズなど一般店舗からのオーダーが増えたという。ちなみにDaterの色を決めたのは社員。それぞれが好きな色を指定し、林社長は赤、若手営業マンは白、樋口氏が指定したのはオレンジだった。
ペンと方眼紙で設計、昔の同僚の協力で部品を発注
 Daterの完成には社外のエンジニアも協力している。大手家電メーカー時代の樋口氏の同僚だ。樋口氏の設計は、0.3mmのペンシル、コンパス、定規を使って方眼紙に書く。CADは使えない。
 この設計図を元に、昔の同僚たちのつてで試作機の部品を発注し、3号機までをつくった。量産のために設計図を3D-CADで起こしたのも仲間たちの協力による。林社長とも、毎週ディスカッションを繰り返したという。

 当の樋口氏は毎日が開発。顧問なので出社は週に2日だが、自宅でもアイデアを考えて手を動かし、家族と出かけた旅行先の宿でも続けていたという。
左から試作機の1号機、2号機、3号機
左から試作機の1号機、2号機、3号機
「お客さまからのクレームは全くと言っていいほどありませんが、私としては改良点を感じています。ボタンと強く押した後で少し動かさないと、印字が薄くなる場合があるからです。今年の日本文具大賞には、軽く触れただけで印字できるタイプを出品したいですね」
 73歳のベテランエンジニアの歩みは、まだまだ止まらない。
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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ 高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
取材で欠かせないのがペンとノート。私は以前から油性ボールペンを使っていて、今回VICUNAを試してみました。おおっ、ペン先がすべる! 予想した距離よりペンが先に進んでしまう! 文字がたくさん書ける! VICUNAとDaterでビジネス武装できます。

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