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醍醐寺「土牛の桜」、長興山紹太寺「瓔珞桜」、仁和寺「御室桜」

エンジニアなら桜!
技術が日本の名木を守っていく

今年は花見に行きましたか? 日本人の「桜の花見」は、豊臣秀吉が京都の醍醐寺で盛大に開いた「醍醐の花見」に始まったといわれます。樹勢が弱ったその桜の子孫はクローンとして再生され、今年も満開の花を咲かせました。技術で名木がよみがえりつつあります。

(取材・文/総研スタッフ 高橋マサシ 撮影/平山 諭)作成日:10.04.12

20年間越えられなかった「なぜか枯れる」

渋谷区にある山種美術館で、「生誕120年 奥村土牛」という個展が開かれている(5月23日まで)。ここで展示されている「醍醐」は、京都市伏見区にある醍醐寺の枝垂れ桜を描いた土牛の代表作で、このため実物の桜は「土牛の桜」と呼ばれている。そして、その桜は正面入り口で咲き誇っていた。
醍醐寺は世界遺産であり真言宗醍醐派の総本山。まさか桜の枝を切って持ってこられるはずもない。この桜はクローンなのだ。住友林業がクローン技術による桜の再生に挑み、2004年に世界で初めて成功した桜だ。醍醐寺の境内に移植して2005年に開花させた桜と同じものを、同社の筑波研究所の庭に植え、花開いたものを、「コラボレーション」として美術館に運んできたというわけだ。

この偉業を達成した筑波研究所の中村健太郎氏は、上司からの依頼を最初は断ったという。クローンの組織培養では桜の枝にハサミを入れることになるが、昔から「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」といわれ、下手に切ると桜を枯らせてしまうのだ。
「普通の桜でもそうですが、相手は醍醐寺の『土牛の桜』。どうしてもと説得されて着手しました」

組織培養法によりクローンの苗木づくりが行われた。桜の冬芽を採取して、芽の分裂器官である茎頂(けいちょう)部を摘出する。それを試験管の培養液の中に入れて芽を出させ、その上にまた芽を出させるようにして「多芽体」(たがたい)をつくる。多芽体から芽を伸ばし、伸長した大量の芽を1本ずつ切り分けて、人工培養土に植えて根を形成させる。ここまでは無菌下で行われ、植物体となったら温室で育苗して順化させ、畑に移植するという手順だ。

実は枝垂れ桜の組織培養は、約20年間にわたって多くの研究者が取り組んできたテーマ。そして、皆が同じ壁にぶつかっていた。多芽体になって何カ月かすると、なぜか枯れてしまうのだ。中村氏は「まずは先人の失敗を知ろう」と同じ方法で培養したところ、やはり4〜6カ月で枯れていったという。
あるとき中村氏は、同じ研究所で土壌開発などのために花や野菜を育成しているメンバーの話を思い出す。それは「培養液が使えていない状態」で野菜の育成に失敗したというものだが、それが今の症状が似ていたからだ。しかし、培養液に入れる糖分を変えるのはタブーとされていた。普通はショ糖を使うのだが、他の成分は変えても糖の種類は変えないというのが不文律だったのだ。


クローン技術により再生した醍醐寺の桜(他同じ)


奥村土牛「醍醐」 1972(昭和47)年 紙本・彩色 山種美術館蔵

一度冬を経験させないとバラは育たない


住友林業株式会社
筑波研究所 資源グループ
グループリーダー 主任研究員
中村健太郎氏

ただ、中村氏には、インドネシアの熱帯樹木で植林の苗を育てていた経験があった。そこでショ糖以外の糖で成功したことがあり、糖を変えることに抵抗がなかったという。
「片っ端からさまざまな糖を試しました。糖だけで13種類、濃度も変えるので全部で50条件ほどですね。栄養分がなくなってから糖を使い始めるので、枯れるかどうかの判断まで3カ月ほどかかります。与えられた期間は1年でしたので、同時進行で進めました」
その結果、植物には使えないといわれていた「トレハロース」で成功。ただ、枯れることはなくなったが、葉の色と形が奇形っぽく出てしまっていた。野菜の窒素不足の状態とそっくりだと考えた中村氏は、さまざまな窒素を試す中で有機窒素を思いつく。扱いやすく判断しやすい無機窒素を使っていたが、ココナッツを絞って精製したもので試すと奇形の症状が一切出なくなったという。

次は1つずつ芽を伸ばし、人工培養土に植えて根を出させる段階だ。よい条件を検討するわけだが、中村氏には植林で培った絶対的な自信があった。実際に根は出たのだが、試験管から出して外の「ポット」に植え付けると、全部の苗の葉が落ちて「冬眠」してしまう。この過程で失敗したことがなかった中村氏は、「春なのになぜ冬眠するんだ」とショックを受ける。タイムリミットは迫っていた。
全く解決できずに1カ月を過ごした中村氏は、バラを育種している温室の中を「ぼうっと」歩いていた。そこで、ある農家から聞いた「バラは一度冬を経験しないと芽も花も増えない」とう話を思い出した。桜もバラ科だ。
「芽が出て根が出て苗になるまで、温度や光は同じ条件なんですね。つまり、春のままで冬は経験していないんです。すぐに戻って全部を冷蔵庫の中に入れました。2週間ほどして出したらすくすくと育っていましたね(笑)」

紹太寺、仁和寺の名木も再生させ、8案件が進行中



2回目の成功は、神奈川県小田原市の長興山紹太寺だ。2009年に枝垂れ桜のクローン苗増殖に成功し、現在は苗を大きく育てている最中だという。紹太寺は徳川家光の乳母として知られる春日局が眠る寺。その桜は見事な枝ぶりから江戸時代に「瓔珞桜」(ようらくざくら)とも呼ばれ、小田原市指定の天然記念物であり「かながわの名木百選」だ。
同じ枝垂れ桜なので醍醐寺と同じ方法が使えると思った中村氏だが、醍醐寺の樹齢は約150年、紹太寺は約340年で、組織の衰えがずいぶん違ったという。実際に反応が悪かったのだが、何とか実現させる。

今年2月、3回目に成功したのが、京都市右京区の仁和寺にある「御室桜」(おむろざくら)だ。仁和寺は世界遺産であり、樹齢360年を超えるといわれる御室桜は、人の背丈ほどまでにしか成長しない桜として有名。ただ、これまで庭師以外の誰にも触らせたことがない桜で、しかも枝垂れ桜ではなく八重桜だ。
「何の情報もなかったので一から始めました。ベースの組織培養は同じですが、桜の原種が違うので糖、窒素、加える植物ホルモンの種類や濃度などの条件は全く異なります。それを一から設定していくわけです。それがノウハウにもなるのですが、約2年をかけて成功し、これから畑に出す予定です」

中村氏は今、桜でない樹木も含めた8件のプロジェクトを進めている。ほとんどが弱った樹勢を再生させるもので、こうした名木は日本には多数あるという。樹齢が高くなると挿し木や接ぎ木での増殖が難しく、突然変異も起こり得るため、クローン技術を用いた再生が期待されている。
ちなみに、筑波研究所で育った醍醐寺の桜は、病院など公共の場所に約200本が植えられている。入院患者が窓の外から「土牛の桜」を愛でることもできるのだ。
「文化と歴史のある国でないと古木は残りませんから、こうした仕事ができるのは日本人冥利に尽きますね。これからもできるだけ多くの名木を残すつもりです」

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