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ビジュアルTech絶景技術アルバムをめくれVol.7 宇宙産業から飲料缶まで。へら絞り加工の職人技
金属板を回転させながら“へら”を使って型に押し付け、自在に形を作り上げる「へら絞り」。究極の“多品種少量生産”、しかも高精度で、先端の技術を支える職人の世界を訪ねてみた。
(文/川畑英毅 総研スタッフ/根村かやの)作成日:09.08.24
パラボラ=放物面を正確に絞り上げる職人技、その全工程!
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 橋やお寺で見かける欄干(らんかん)の擬宝珠(ぎぼうし)に、半導体製造装置の洗浄槽、遠心分離機の胴部分、飲料缶の試作品にパラボラアンテナ、圧力容器、果てはロケットや人工衛星のパーツまで……。
 一見脈絡のなさそうな品々だが、その共通点は“へら絞り”。主に円形の金属板を回転させ、“へら”と呼ばれる工具で型に押し付け、成型していく、スピニング加工とも呼ばれる加工法である。単純な皿状のものはもちろん、「いったいどうやったらこんな形に?」と思えるものまで、要するに薄肉の回転体形状のものであれば、ほとんど自在に作り上げてしまう。

 一つひとつが手作りだから大量生産には向かないが、熟練の職人の手にかかれば、複雑な形状のものも高い精度で製作が可能。基本的に型は片側ひとつだけなので、製作コストもそのぶん低い。試作品製作や、ごく少量の生産には、決して欠かすことができない、先端技術を支える“匠技”なのである。
 そんな“へら絞り”の技術の高さを誇る一社が、東京都大田区の株式会社北嶋絞製作所。社員二十数名ながら、名だたる大企業もその技を頼って訪ねてくる。そんな現場を取材してみた。
金属を相手に自由自在の“ろくろ細工”
 この日の“相手”は、直径2mのパラボラアンテナのディッシュ。厚さ3mmの大きなアルミ板〔写真2〕をクレーンで吊って、金型にセット。当て金で強く押さえつけ、スイッチを入れると、モーターが唸ってアルミ板が回転を始める。

「ぐゎらんぐゎらん……」

 まだ真っ平らなアルミ板は、回転の振動でわずかに波打ち、縁が治具に当たって大きな音を立てる。
 そんな素材に向き合っているのは、松井三都男氏。18歳でこの仕事に就き、40年以上の経験をもつ、北嶋絞製作所でもいちばんのベテラン職人である。

 まずは絞る前に、加工時の抵抗を減らすため、素材表面に潤滑のための石鹸と油〔写真3〕を丹念に塗りつける。
「石鹸と油を合わせることで、ちょっと粘り気を出すんですよ。ただ、素材によって油とワックスのことも、油かワックスだけのときも、3つとも使うときもある。材料に合わせてそれぞれですね。油よりもワックスのほうがもちがいいんで、硬い素材のときはワックスかな」(松井氏)

 端まできれいに塗り終わると、横向きの取っ手を加えた棍棒のような工具を手にする。これが加工に使われる“へら”〔写真4〕。ほぼ腰の高さ、素材表面に沿って突き出た治具〔写真5〕の突起にへらの窪みを合わせると、当て金で押さえた中心からおもむろに絞り始める。
 もちろん十分な力をかけているのだが、動きの滑らかさは、まるで金属の表面をなでているかのよう。そんな動きに合わせ、ついさっきまでただの平板だったアルミ板が、金型の表面に沿って徐々にきれいな曲面を描き始める。回転軸が縦か横かの違いはあれ、ちょうど、ろくろを回して陶器の皿や壷を作っているようなイメージ。比較的軟らかいアルミとはいえ、相手は弾性もある、厚さ3mmもの金属板。それが、まるで粘土のように素直に型になじんでいく。

 終盤になると、軽くへらの先でたたいて型から浮いていないか確かめつつ、すでに絞った部分に修正を加えるのもごくわずか。こともなげに見えるが、場所によってへらを使い分け、力加減も変えてと、技を駆使しているのが素人目にもわかる。そんな手際に見とれているうち、いつのまにか直径2mもあるパラボラが仕上がっていた。
写真2
パラボラに絞られる前のアルミ板。型にセットするために、中心にドリルで穴あけ加工中。
写真3
絞る前に潤滑目的で表面に塗る固形石鹸(中央)と油壷(左)、油を塗る刷毛(手前)。油壺も“へら絞り”で作ったお手製。
写真4
先端が耳かきの先のような形状のものや、ローラー状になったものなど、一つの絞り加工でも、場所によって数本の“へら”を使い分ける。
写真5
真横に差し渡された治具。上部に並んだキノコのような突起に、へらの軸に並んだくぼみを合わせ、それを支点として、てこの原理でへらの先端を材料に押し付ける。
型もへらも、職人自身が手掛ける
写真6
先端にローラーが付いたへら。このローラー形状にも、写真のように平らなもの、そろばん玉のようにとがったものなど種類がある。治具にセットするためのくぼみの列が確認できる。
写真7
工場の隅に積まれた、さまざまな金型や木型。多くは自社で旋盤加工。木型の場合は、絞る技術者が自分で、現場で作ってしまうことが多いという。
写真8
飲料用アルミ缶の試作品。最近は、細かいくびれなど意匠をこらした飲料缶が多く、その検討用試作品の依頼も多い。
 工場の片隅には、さまざまな長さや先端形状の“へら”がズラリ。大別すると、先端が平らなまさしくへら状のものと、ローラー付きのもの〔写真6〕があるが、
「ローラーのほうが材料の“伸び”がいいんですよ。あとは、表面に極力“へ目”を入れたくないときにも使います。けれど、形を作るときには単に伸びればいいというものじゃない。“伸び切れ”を起こしてしまうこともあるから、あまり伸ばさずに作りたいときには“へら”ですね」(松井氏)

 既存のへらで間に合えばもちろんそれを使うが、常に新しい形状、難しい素材が持ち込まれるのがこの仕事。品物に合わせ、図面とにらめっこして加工をイメージし、自分なりに工夫したへらを新調することもしばしばあるという。
「一品だけ」の注文が多いため、型はたいてい新しいものが必要になる〔写真7〕
「金型はたいていNC旋盤で自製します。精度はそれなりでいい、コストを下げたい、というときは、絞る本人が木型を削っちゃうことも。昔はサクラの木を使ったものですが、今はサクラの大木も少なくなったし、輸入材のブビンガを使っています。テーブルなどにも使われる硬い木なんですよ」(松井氏)

 この日加工していたパラボラアンテナは直径2mだが、直径4m以上の「超大物」を手がけることも。そんなときはさすがに力技も必要。2人がかり、多いときには6人がかりで絞ることもあるとか。
「しかし、大きいからといって難しいわけじゃない。むしろ、小さくて薄いもので技術を要する場合も多いですね。そう、例えばこれなんか、なかなか難しかった」(松井氏)
 と取り出したのは、アルミ飲料缶の試作品〔写真8〕。カップ状にプレス加工された素材から、薄く、深く絞って、くびれを付け、写真はまだ途中の段階だが、さらに縁の丸めまでへら絞りで行ったのだという。
望む形を目指しての真剣勝負
「材料も、アルミや銅、鉄の中でも性質はさまざまだし、モリブデンやタングステン、耐熱合金のハステロイなどの特殊なものを頼まれることもある。数え上げれば、30やそこらの種類があるんじゃないかな。どの材料はどんな性質を示すのか。そこはもう、数をこなして、慣れて、覚えていくしかない」(松井氏)

 特殊なへらを使ってねじ山を作ったり、型表面に細かい彫刻をし、それを材料の内面に成形したり、絞る過程で材料の肉を寄せ、望む個所だけ肉厚に仕上げたりといった特殊な加工も行う。精度が必要なら、100分の1mm単位まで手作業で突き詰める。
 難しい素材、難しい形状の加工のときは、どうへらを当て、どんな手順で作るか、緊張を強いられる真剣勝負。一手間違えれば、材料が割れたり、伸び切れしてしまったりすることもある。

松井三都男氏
松井三都男氏
株式会社北嶋絞製作所
「もちろん、なんでもかんでもへら1本で、というわけじゃない。そこは技術も適材適所、求める形になるならば、プレスや溶接とも組み合わせる。無理難題を持ち込まれるのがわれわれの仕事ですが、今度はこっちが板金屋さんに無理を言うことだってあります(笑)」(松井氏)
 それでも、最終的には自分の手の先で、まさに望むように形が作られていく。そこに、いちばん充実感を覚えるとか。
「10年かかって覚えるか、20年かかるか、それはその人の要領。しかしいずれにせよ、モノづくりには、どうしても人の手による仕事が必要になる。どんな難しい加工も来るなら来てみろ、そんな職人がこれからも育ってほしいですね」(松井氏)
取材協力 株式会社北嶋絞製作所
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根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ 根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
硬い金属が、ろくろにかけた陶土のようにやすやすと曲げられていくさまは、「魔法のよう」と表現できるかもしれません。でもそれは違います。「職人技」とは、人間の技術のことだから。私たちがここで見ているのは、魔法使いが描く幻影ではなく、技術の絶景なのです。

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ビジュアルTech 絶景技術アルバムをめくれ

機能美あふれる技術製品を、表から裏から、遠くから近くから、多数の写真で徹底的にご紹介。百聞は一見にしかずです。

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