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技術者たち、ニッポンの未来をよろしく Vol.2 姜尚中/まじめな技術者たち、自分を投げ出せ
姜尚中/まじめな技術者たち、自分を投げ出せ
新連載2回目のゲストは東京大学教授の姜尚中(カン・サンジュン)さんです。大学はもとよりテレビや雑誌などでの発言が常に注目される姜さんに、経済不安に揺れる日本の将来、エンジニアへの思いについて、たっぷりと語っていただきました。何らかの部分で、あなたの参考になるはずです。
(取材・文/総研スタッフ 高橋マサシ 撮影/栗原克己) 作成日:09.02.24
姜尚中 姜尚中
早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。ドイツのエアランゲン大学留学後、明治学院大学講師、国際基督教大学准教授を経て、現在は東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授。専門は政治学・政治思想史。舌鋒鋭い論客だが、その奥にあるのは愛と情(と思う)。1950年熊本県生まれ。
不況が深刻化する前に、エンジニアはリストラに備えよ
経済悪化は今後も続き、3月期決算は最悪になるか
 ご存じのように、日本は今、とてつもない大不況に襲われています。日本を代表する自動車や電機の大手メーカーが軒並み純損失を計上する中、昨年10〜12月期の実質的な国内総生産(GDP)は、前期比の年率換算で12.7%の激減と発表されました。同じデータで不況の震源地である米国が3.8%減、深刻な金融不安を抱えるEU(ユーロ圏)が5.7%減ですから、日本のダメージはどれほど大きいか。エンジニアの方々への影響も計り知れないものがあると思います。

 残念なことですが、この状況はまだまだ続くと考えます。それくらい世界経済の収縮の拡大は早いのです。今年1〜3月期の結果を見なければわかりませんが、下手をしたら同様の換算で、GDPが10%代の後半まで下落するかもしれません。10%以上であればGDPの10%減が半年間続くことになり、これは史上空前の出来事です。昨年のリーマン・ショックの際には「日本の実体経済への影響は少ない」と政府やエコノミストは発言しましたが、完全な読み違えだったわけです。

 なぜなら、日本経済がこれまで好調だったのは、円安と金利安に加えて、経済全体の多くを外需に頼ってきたからです。世界経済の影響を受けないわけはない。そして、今起こっているのは、外需依存型産業構造の反転現象なのです。1997年にも不況期があり、翌1998年の3月決算では多くの企業が赤字となりましたが、この3月の決算はその額を上回るひどさになると思います
日本の景気が上向くのは、少なくとも3年先の2012年から
 そんな中での唯一の頼みは中国の内需喚起策です。中国の経済成長も8%見込みから6.8%へとダウンしましたが、外貨準備高で2兆ドルありますし、金融化が進んでいなかった分だけ欧米よりダメージは少ない。だから内需喚起で現状をしのごうというわけですが、どこまで日本がその「おこぼれ」にありつけるかは不透明です。

 また、アジア全体で新しい相互依存の貿易・分業体制が出来上がったと言われていましたが、結局その完成品を買っていたのは米国です。その米国市場が崩壊していますから、ここにも期待はできません。

 では、オバマ新政権の米国はどうでしょう。予算が通った72兆円で速やかに景気対策を行うとしても、米国経済に薄日が差すのは早くて今年の下半期からだと思います。日本の経済回復への効果はずっと先になります。

 このようなことから私は、日本の景気が上向くのは少なくとも3年先になると見ています。2010年の下半期からと言う人もいますが、楽観的に考えても3年先の2012年くらいからでしょう。なぜなら、外需依存型の日本の景気回復には、世界経済の再生を待たなければならないからです。
世界経済回復までの「つなぎ」に真水で20兆円
 大切なのはそれまでの「つなぎ」をどうするかです。以前から言っていることですが、 (実質的な支出額である)「真水」で20兆円規模の財政出動が必要だと考えています。今の日本の財政赤字や財政均衡を考えればとんでもない暴論と思われるでしょうが、最近では同じ声が聞こえてくるようになりました。

 日銀がCP(コマーシャル・ペーパー)まで買い上げるなどこれまで考えられなかったことですが、そうまでして市中にお金をジャブジャブと流しても、お金を使う需要がないわけです。現状でも限りなくゼロ金利に等しい状態ですから、金融政策でもう打つ手はないのです。

 一方で、デフレスパイラルのどつぼに入ろうとしている状況からは、早く脱却しないといけない。オイルショックと比較されることも多い現在の不況ですが、オイルショックのときはデフレではなかった。デフレスパイラルは最悪です。お金は動かないし、モノはつくれないのに、物価が下がっていく。在庫はだぶついているから自動車や電化製品は投げ売り状態になり、新しいモノをつくる必要もなくなるから設備投資にも熱が入らず、結果として余った人員が削減されていく。

 世界経済の回復までは財政均衡論はいったん脇に置いて、20兆円規模の予算を使って内需を拡大させるべき。それくらい厳しい状況ということです。
エンジニアはリストラに備えて転職先候補を見つけるべき
 ですので、エンジニアの方、大変な時期が3年は続くと考えてください。何とかなるといった、甘い考えは捨ててください。特に輸出に依存している自動車、電機、精密機器、機械などの業種で働くエンジニアの方は注意をしたほうがいい。3月決算の結果次第ですが、大手から中小を含めた数多くの企業で、大胆なリストラが始まると思うからです。

 こうした不況期は、優良な中小企業やベンチャー企業にとって、優秀な人材を確保できる好機でもあります。これを逆に利用したい。親方日の丸的な考えは捨てて、大企業への寄らば大樹でもなく、ポテンシャルの高い中小企業などを見つけておいたらどうでしょうか。

 現在の勤め先にしがみついて、最後の最後にリストラになっても、そのときにはすぐに手は打てません。自分の身を守れるのは自分だけですから、事前に自分から動いて、転職先候補くらいは見つけておくべきだと思います。

 また、新しい産業の芽もあります。ひとつは日本のお家芸である環境技術やクリーンエネルギー関連で、オバマ大統領もグリーン・ニューディール政策を進めるようです。中長期的に伸びるとは思いますが、当然のことながら皆がそこに走っていくわけです。それよりも私は、日本で最も弱い産業と思われている、農業がいちばんの狙い目だと思っています。
農業、サービス業、デザイン……活躍の舞台は数多い
技術を使って「新農業」のフロントランナーに
 現在、日本政府は農家に減反の選択を迫っています。しかし、仮に減反を受け入れて保護政策下に入り、米価を高値で安定させても、将来的な展望はないと思います。リスクは大きくても、米価の下落に甘んじて、庇護の外に飛び出したほうがはるかに可能性はある。そのカギはテクノロジーの導入です。技術やアイデアを用いて、日本の新しい農業スタイルを確立できるかどうかです。

 大量生産大量消費の時代は終わりました。今後は発想を変えて、環境制約要因を含めた内包的な成長を目指すべきだと思います。石油に象徴される外延的な経済成長においては、例えば自動車産業のオンデマンド生産方式がよしとされました。部品在庫をもたずに、市場のニーズに合わせて車種を変え、事故の少ないクルマを量産していく。いわば大量生産のひな型だったわけです。

 しかし、今後の多品種少量生産社会では、規模は小さくてもキラリと光る製品を提供できる企業がお客に受け入れられます。農業についても同じです。広大な面積を耕す工業的な農業は土地の少ない日本では無理ですから、米にいくつかの穀物や作物を組み合わせた、小規模で優秀な農業スタイルになるでしょう。

 課題として考えられるのはやはり価格。しかし、高品質で、安全で、個々の消費者の嗜好に合った米や穀物であれば、値段が少し高くても購買意欲は起こるもの。後ほど話しますが、富裕層を狙うという方法もあります。

 この新しい農業モデルがどうあるべきかの答えは、まだ誰も出していません。いずれにせよテクノロジーが不可欠となるのですから、農業を含めた第一次産業の分野にエンジニアがどんどん参入して、技術と知恵を出してもらいたい。有望な新しいマーケットの開拓者になれる可能性大です。
人がお金を使う「情動的なサービス業」にも技術を
 別の有望な産業は第三次産業、特にサービス業です。欧米と比べて生産性が低いと言われる日本のサービス業ですが、今後のライフスタイルにマッチするのは、医療、社会福祉、心身のケアといった、人間の情動にかかわるサービス業だと思います。感情労働といった働き方へのニーズが増えてくるのではないでしょうか。

 米国アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した、「おくりびと」という映画があります。遺体を棺に納める「納棺師」と呼ばれる人が主人公ですが、以前なら単なる葬儀の一部だった行為が、遺族の情動を満足させる付加価値になっているんですね。こうしたサービスはあらゆる場面で求められてくると思います。

 一方、脳生理学や脳科学の分野では、脳を可視化するなどして人間の感情を解析する研究も進んでいます。こうした研究と技術を組み合わせて、友人のいないひとり暮らしの老人のためにバーチャルな人間を投影させ、いつでも話し相手になれるような環境を開発する。これは一例ですが、情動的なサービスは多様な広がりがあり、エンジニアの経験やアイデアを生かすチャンスも十分にあるということです。

 日本には1500兆円と言われる個人金融資産があります。タンス預金だけでも数十兆円になるでしょう。経済が収縮していますからなかなか消費には回りませんが、人生をコーディネートしたり、欠落した部分を埋めてあげたりする、情動的な分野にはお金を使うものだと思います。
多品種少量生産を支える日本のクラフトマンシップ
 話は変わりますが、先日、東京都美術館に「生活と芸術−アーツ&クラフツ展 ウィリアム・モリスから民芸まで」を見に行ってきたんです。学生時代にウィリアム・モリスが好きだったからなのですが、(昭和初期の)日本の民芸運動の作品も展示されていました。そこで改めて感じたのは、日本には職人的なクラフトマンシップの伝統があり、それを日常の美とドッキングさせて、まさにアーツ&クラフツを育ててきたということです。

 多品種少量生産を支えるのはこのクラフトマンシップであり、新興のBRICsではまねのできない分野。値段は高くてもほかの製品とは違った価値を求める顧客ニーズは、彼らなしではなし得ないのです。また、この価値を富裕層向けのビジネスに展開することもできます。

 今、フェラーリがとても売れているようですね。その一方では、若者のクルマ離れが進み、値段が安くてコンパクトな小型車が売れている。市場が二極化しており、この中間層の下落率がいちばん激しいと感じています。中間層には日本の中級車だけでなく、BMWやメルセデスベンツも入ります。同クラスのレクサスの販売台数が減っていることからも察せられますし、BMWとダイムラーの共同開発もここに理由があるのかもしれません。

 今までは品質がよい大衆車が売れ、その上のクラスとしてBMWやベンツも人気だったのですが、現在ではどちらもいけなくてフェラーリが売れているのは、フェラーリを買える層が全然別のところにいるからです。私も買えませんからどこにいるのかはわかりませんが(笑)、彼らはこの金融破たんにも動揺していないのかもしれません。
大田区の工場をリフォームしてデザイン村に開放も
 差別化による価値向上のキーワードになるもうひとつは文化力、デザイン力です。日本はデザインに対する評価が低いので、ここは伸ばしたいものです。パリではデザイナーの卵を育てるような場所を安価で提供していますが、日本でも同じことができると思います。

 東京23区であれば大田区が狙い目で、例えば廃屋になった工場を修復して若手デザイナーのための工房や、ソフト産業のための開発施設をつくったらどうでしょう。コンテストのための小さなホールを建ててもいい。デザインといってもファッションだけでなく、高付加価値の工業デザインなども含まれますから、何かに限定せず幅広い分野の人たちに提供します。

 日本はゲームソフト、マンガ、映画などのソフトパワーは定評があり、私もこの分野はある意味で楽観視しているのですが、力を付けてきたとはいえデザイン力はまだ足りない。国や地域を上げて人材を育てるべきだと思います。
技術者たち、私は「まじめ」が好きだ
踊らされていた「コミュニケーション」神話
  まじめな人。私はエンジニアの方に対してそんなイメージをもっています。多くの人がそう思っていると思います。真偽のほどはわかりませんが、「まじめ」という言葉はあまりいい意味で使われていないようです。ただ、『悩む力』(集英社新書)にも書きましたが、実は私はこの言葉が好きです。

 いわば「躁」の状態が続いていたこの間まで、ちまたでは「コミュニケーション能力」が叫ばれていました。妄想的に「コミュニケーション能力を身につけろ」、あるいは「コミュニケーション能力がないのはダメな人間だ」などとまで言われていました。しかし、その弊害として、大切な何かが抜け落ちてしまったのかと思います。それが「まじめさ」です。

 まじめな人はあまり人づきあいがうまくないかもしれない。面白みのない人間に思われてしまうかもしれない。しかし、仕事でこのまじめさは非常に重要なことで、特に技術の世界ほどまじめさが要求される分野はないと思っています。「まじめ」は誇らしいことなのです。
今こそ、自分を投げ出すまじめさをもってほしい
 ただ、「まじめ」と「頑固一徹」とは違います。仕事でもプライベートでも他者との関係は必ず生じますから、自分中心でいいというわけではない。場合によっては「自分を投げ出す」力も大切になってくるのです。コミュニケーション能力を表層的な部分のテクニックとすれば、自分を投げ出すとはもっと本質的な行動であり、私を含めて簡単にできることではありません。

 なぜなら、投げ出すほうも投げ出されるほうも非常にシリアスになりますから、はっきり言えば重たくて腰が引けてしまうのです。特に30代を超えると家族や友人や会社の同僚など、自分に付随する人たちも増えますから、なおさら困難になります。

 しかし、100年に一度と言われるこの不況は、笑ってすませられる問題ではありません。守りに入ってもいけません。まじめに悩み、まじめに人と向き合うことで、突破口が見つかることもあるでしょう。自分を投げ出すまじめさも、エンジニアの方にもっていただければと思います。
姜尚中さんから
まじめと自己チューは違う。自分を投げ出すまじめさも大切だ。姜尚中
姜尚中さんの最新情報
『悩む力』(集英社新書) 75万5千部を突破したベストセラー『悩む力』(集英社新書)。

文豪・夏目漱石と社会学者のマックス・ウェーバーをヒントに、
「悩み」と「生き方」に向き合った一冊。

記事で触れた「まじめ」は、漱石の代表作『心』に出てくる「先生」の言葉を引用に使っている。姜さんの語る「まじめが好きだ」という意味を再確認できる。
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高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ 高橋マサシ(総研スタッフ)からのメッセージ
話の内容が濃くて思わず聞き入ってしまった。姜さんの素敵な笑顔と相手を気遣う優しさがそれに拍車を掛けた。おかげでメインカットの撮影時間をすっかり忘れてしまった! 最後にバタバタと撮影してもらった栗原カメラマン、付き合っていただいた姜さん、本当にありがとうございます! でも、いい写真でしょう。

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