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エンジニアの価値を高めたキャリアの軌跡
グリーCTO藤本氏が語る「理屈抜きにおもしろい仕事」
ソーシャルアプリに携わるエンジニアで、知らない人はいない「GREE」。その国内有数のサービスを技術面で支えるのがグリーCTO、藤本真樹氏だ。オープンソース「PHP」のコミッターとしても知られる藤本氏に、エンジニアのキャリアと仕事の醍醐味を語ってもらった。
(取材・文/上阪徹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/栗原克己)作成日:09.12.09
大学時代のアルバイトがきっかけでプログラミングに傾倒

藤本真樹氏
藤本真樹(ふじもと・まさき)
取締役 執行役員CTO
プラットフォーム開発部長
2001年、上智大学文学部卒。株式会社アストラザスタジオを経て、2003年、有限会社テューンビズに入社。PHP等のオープンソースプロジェクトに参画しており、オープンソースソフトウェアシステムのコンサルティング等を担当。2005年、グリー入社、取締役に就任。

− 編集部:そもそもどんな形でコンピュータと出合われたのですか?

 私はファミコン世代なんですが、我が家にはファミコンがありませんでした。だから、家でゲームをするということにずっと憧れていました。中学1年の終わり頃、たまたま父親がパソコンを買ってきたんです。それを使って勝手に遊んでいるうちに、PCゲームはファミコンのゲームとは違うことにやがて気づきました。自分でプレイするだけでなく、プログラムを書いて遊ぶこともできる。こんな世界もあるんだ、ということを知りました。それこそ親が寝静まった深夜に起き出して、朝までゲームをしたりプログラムを書いたりして遊んでいることもありました。それが、理屈抜きにおもしろかった。あの頃はコンピュータを触っていれば、それだけで良かったですね。

− 編集部:中学時代には、もうプログラマになることを決めていたそうですね。でも、大学では理系にも行かずに、文学部で英文学を専攻されます。

 中学生だった当時は、世の中にあるビジネスのシステムや組み込みソフトのことなんて、当然知らない年頃でした。なので、プログラマになる=ゲーム会社に勤める、くらいしかイメージがわかなかったんです。だから、プログラミングを仕事にしたいと決めていましたが、一方で、果たして自分に面白いゲームが作れるのだろうかなどと勝手に悩んだりもしていました(笑)。
 結局、大学で専攻したのは英文学でした。いずれプログラミングを仕事にするんだったら、むしろ大学での専攻は違うものをやったほうがいいんじゃないかと思ってました。その方が人間の幅も広がるし、英文学の勉強をしながらでも大好きなプログラミグは出来ますからね。今にしてみれば体系的に情報工学を勉強しておいた方が良かったかな、とも思うこともありますが、「たら」「れば」を考えても仕方ありません。ひとつの選択をしたら、それを後悔しないよう必死で頑張ろうというのはいつも考えていることです。

オープンソースのコミュニティでの発信が転機に

− 編集部:大学に入って、アルバイトを始められたことが、実質的なキャリアのスタートになります。一流企業から高度な仕事が舞い込む小さな会社だったんですね。

 大学に入ってからインターネットにも触れることになって、一人でいろいろ新しい技術を試していましたが、全く飽きることはなかったですね。それで1年生の秋頃に、実際に仕事でプログラミングしている人達に興味がわいて、そろそろ自分でもやってみようと考えたんです。見つけたのは大学のアルバイト募集の掲示板でした。プログラマ募集に、1年生、しかも英文科の学生が応募してきたわけですから会社はびっくりしたみたいです。面接でいきなり簡単なプログラムを2〜3個書かされたりしましたが、必死に考えてなんとか採用されました。そのアルバイト先で恵まれていたのは上司が優秀な人だったことです。しかも、手取り足取り教えるのではなくて、頑張ってついてこい、みたいな空気でした。ついてくるヤツだけ来ればいい、エンジニアはそんなもんだ、というスタンスでしたね。厳しいけれど、自分の成長にとってはいい環境でした。

− 編集部:大学卒業後に就職してからオープンソースの世界、とりわけPHPの開発で知られるようになっていきます。社会に出たことで、仕事ぶりは変わったんですか?

 まず、アルバイトの頃よりも働く時間が長くなった分、会社にどう役に立てるのか考えるようになりました。どんな価値を出せるか、どううまく時間を使うか、いつも必死に考えていました。そういった中でオープンソースソフトウェアという世界にもっと関わってみようと考えるようになりました。学生時代は、限られた時間で第一線のベテランエンジニアの方々についていくのに必死で、なかなかそういった余裕はありませんでしたが、一方でオープンソースソフトウェアというものは仕事で自然と利用していたし、技術者向けのMLで発言したりはしていました。最初から興味はあったんでしょうね。

 それで就職してから、本格的にオープンソースという世界にコミットしてみようと思ったわけです。様々な言語があった中で、当時一番時間を割いたのはPHPでした。英語のドキュメントの翻訳なんかもやったり、趣味の延長でパッチを書いたりしました。そういったコードをコミュニティに「こんなのありますけど」と公開すると、意外に「これ悪くないじゃん」という反応が来て嬉しかったのを覚えています。当時は牧歌的な時代でしたから(笑)。実はPHPという言語も、私は最初使っていなかったんです。でも、自分の書いたコードが次第に開発者コミュニティの中で広まって、海外からも反応が出始めて、だんだんワクワクするようになるわけです。いろんな人にも会えるようになって、「雑誌の記事を書かない?」なんて誘われるようにもなりました。それはもうひたすら楽しくて夢中になっていましたね。


コードを見てもらう機会は、多いほうがいい


− 編集部:PHPでは、日本語対応のプログラムが正式版として採用されるなど、知名度が少しずつ上がっていきました。どうして実績を出すことができたんでしょう?

 偶然とかタイミングとかが半分以上だと思っています。エンジニアとして私よりもすごい人はたくさんいます。実績を上げている人も大勢います。私は特別優れたことをしたわけではありません。たまたまそのときに多少若くて、まわりの人にも恵まれていた。それだけだと思っています。

 ただ、肩に力は入れないで、というのは大事かもしれません。中学生のときに、一人で家にこもってプログラムを書いていたところから、日本の開発者コミュニティに参加できるようになり、世界中の人に自分のコードが使われるようにまでなりました。それだけでも嬉しかったし、みんながどんな反応をするのか興味がありました。それが何かの役に立てば使われるし、役に立たなければ使われないし、ただそれだけのことです。だから気楽にチャレンジしてみればいいんだと思います。

 オープンソースの世界は、それぞれが遠慮無くやりたいようにやって、遠慮無く議論もしつつ、というのが心地良い世界です。だから、自分の書いたコードを公開しないでおくのはすごくもったいないことだと思います。もちろん、仕事の都合上そう簡単にはいかない場合もあるとは思います。でも、プロダクトもソースコードもオープンにして、みんなに見てもらう機会を作ることが大切です。経験上、ひどい反応というのはあまりありません。むしろ、ここはこうしたほうがいいんじゃない、とか、素直に納得できる有意義なアドバイスが大半です。変に自分から押しつけたりすることがなければ、オープンソースの世界では楽しくやっていけるんじゃないかと思います。私自身も常にそう心掛けてきました。

どことやるかよりも、誰とやるかが重要。問われるのは自分の仕事。

− 編集部:当時はどんな意識で仕事に取り組まれていたんでしょう? また、2社目の会社に転職をされますが、それはどんな理由からだったのですか?

 とりあえず、与えられた環境の中で最大限頑張るしかない。これは大前提でしたね。そうやっていれば、自分の頑張りに応じた何かが得られると思います。こうなりたいと思って想像を膨らませているだけより、日々目の前の課題に取り組んでいこうと考えていました。もちろん、10年後のおぼろげなイメージは持っていましたが、それは転職などの大きな決断をするときに判断基準にしていた程度です。エンジニアのキャリアで大切なのは日々の経験の蓄積ですから。

 なので、私の場合はそんなに戦略的な転職ではなかったかもしれませんね(笑)。その時、一番強く求められたところに行った、というのが事実かもしれません。もちろん、誘ってくれた人が面白かったというのはありました。また、それまでが居心地が良すぎたので、もうちょっと自分をハードな環境に置くのもありかな、という思いはありました。

 でも、実際に転職して2社目の会社へ飛び込んでみたら、けっこう大変な所でしたね(笑)。個人事業主の集まりのような組織で、すごいエンジニアも何人もいました。パフォーマンスを出していれば自由度はどんどん上がるけれど、仕事の結果やお金を稼ぐということに対してかなりシビアだったと思います。そういう意味では、普通にサラリーマン・エンジニアとして働くのとは全く違う目線を経験できたのは貴重でしたね。


プログラミングが理屈抜きに楽しかった


− 編集部:そしてこの会社で楽天のプロジェクトに携わり、後にグリーを立ち上げる田中社長と出会われるわけですが、当時の楽天は藤本さんへ高額な報酬を支払っていたとか。

 当時、たまたま楽天からのオープンソースに関する技術コンサルティング依頼が来て、私が担当することになったんです。それで、最初のプロジェクトが終わった後も継続的に仕事の依頼を頂けるようになって、いつのまにか常駐のような形で関わることになりました。その時も、お金を頂いてこの場にいるのだから、最大限自分が出来ることを突き詰めていく、ということしか考えていませんでした。コンサルティングですからお客さんから「もういいです」と言われたらそこまでですからね。

 自分一人で勝負しないといけない環境でした。なので、プロフェッショナリズムについても考えることが多かったです。自分でどれだけの価値を出せたか。自分には何があって何が足りないのか。エンジニアとしてどうか。コンサルタントとしてどうか。ITだけではなく、ビジネスや経営についても理解ができているか。そう考えると足りないことのあまりの多さに気がついてきた時期です。

 ちょうどRubyがはやり始めた頃で技術の動きも激しかったですし、Webアプリケーションがどんどん一般的になり始めていた頃だと思います。本を読んだり雑誌を読んだり、人と話したり。そうすると、自分の足りないところ、弱いところがまた見えてきて。そういったことをメモに取ってこっそり勉強していました。ひとくちにWebアプリケーションと言っても必要な知識はネットワーク、アプリケーション設計、ハードウェアなど、幅広いですから、知らなければとにかく勉強するしかありません。時間が限られる中で何をできるか、常に考えて行動していました。

− 編集部:どうしてそんなに仕事に夢中になれたんでしょう?

 プログラミングが理屈抜きに楽しかった、ということでしょうね。突き詰めると、そこかなと思います。中学生のときにプログラミングに出会えて慣れ親しんで来られたのは幸せでしたし、天職なんだと確信しています。 私の発想というのはかなり右脳寄りのようです。大体こんな感じかな、と適当にイメージを描き始めてなんとなく形にしていく。そんな思考プロセスでプログラミングをしています。もちろん勉強してロジカルに積み上げていくことも重要なのですが、私の場合それは後から付いてきたものですね。そもそも理屈以前に好きだったので、興味を持って調べているうちに技術が自然に身についていることが多かったです。

 先ほども話しましたが、オープンソースでの評価にしても、エンジニアとしても、プログラムもプロダクトも、もっと目立ってもいいのに、もっと評価されるべきなのに、という方もいっぱいいます。私は今、日本のインターネット業界の中でもかなり注目されるポジションにいると思いますが、これは非常に恵まれたケースだと感じています。だからこそ、そうした環境に感謝して、努力しないといけないと思っています。

 これからエンジニアを目指される方に意識してもらいたいのは、まずは楽しく、好きになることでしょうね。それがなければ、始まらないと思います。気になったことがあったり、分らないことがあったら、興味を持って片っ端から調べておく。そういうことの積み重ねでしかエンジニアの成長は無いと思います。その探求心が無くなったら危ないなと思っています。

サービスの急成長を支えるインフラを作るための試行錯誤

− 編集部:グリーへの入社は、田中社長に誘われたところから始まったのだそうですね。それをきっかけにコンサルティングではなく、一つの会社にフルコミットして自分の力を試してみたいという気持ちが強くなっていった、と。でも、創業間もない時期での参加には苦労も多かったでしょう。

 Webサービスではよくあることですが、一番きつかったのは、サービスが伸び始めてサーバ負荷が上がるタイミングと、事業のキャッシュフローが回り始めるタイミングにタイムラグがあることでした。ある程度、資金があればサーバへの設備投資を行うことも可能でしたが、それが出来ない。なので、技術的に解決するために試行錯誤が必要でした。「GREE」のようなコンシューマ向けサービスでは、いかに速く、低いコストで、サービス開発を実行できるかが競争力の源泉だと考えています。サービス規模が大きくなるほどプラットフォームを改善し続けていかないといけないわけですが、インターネット業界のスピードは予想をはるかに超えて速いですし、そこにグリーは追いつけていかないといけないので、今でも重要な経営課題の一つです。

 もうひとつは、個人的な話です。この会社に来るまでは、個人のエンジニアとしてどうパフォーマンスを出していくか、という視点ですべてを考えていました。それがいきなり組織としていかにパフォーマンスを出すか、ということを考えざるを得なくなりました。マネジメントはド素人でしたから苦労しましたし、まだまだ勉強中です。グリーは若い会社ですから、ロールモデルもいないし、誰かの背中も追いかけられない。しかも、私自身それまでほとんど放置されて育った人間でしたから、今は答えを模索する毎日です。

− 編集部:そしてモバイルシフトで大きくブレイクするわけですが、ここでも苦労があったのでは?

 苦労とは少し違いますが、技術的な工夫はかなり行いました。モバイルにシフトしていく中で、モバイルに特化したフレームワークやライブラリを作りました。さらに、アバターやソーシャルアプリのFlash画像表示には、オープンソースを組み合わせた独自の画像合成技術を採用しています。スクラッチで書いた部分も多く大変だったかと思いますが、そこはグリーの優秀なエンジニアが頑張ってくれまして、なかなか面白いものが出来たと思っています。

 また、モバイルでサービスを展開してみて、自分の見ていた世界の狭さを実感しました。モバイルのユーザは、日本全国に分散していますし、年齢構成も幅広いのが特徴です。それまで、自分の行動範囲や年齢をベースにサービスを考えていたということに改めて気づかされました。エンジニアのみんなも、街頭インタビューを繰り返したり、女性誌やファッション誌を読んだりしながらサービスの企画を考えていました。あれは楽しそうでしたね(笑)。


開発規模が大きいというのは、かなり勉強になる


− 編集部:実は創業当初はなかなかうまくいかなかった時期があります。ご自身には技術力はあったわけですし、もう辞めちゃおうか、と思うことはなかったんですか?

 それは無かったですね。少なくとも私の立場は会社を束ねるのが仕事でしたし、最後の最後まで、責任があると思っていました。そもそもグリーに参加するときから、途中で辞めるのだけは無いな、と思っていました。やるからには120%やって、それでもダメならしょうがない。ただ、その限界まではやらないと意味がないと思っています。途中で辞めて、あのときにもっと頑張っておけばよかった、みたいに思うのはけっこうダサいなと考えていました。
 今振り返れば、最初うまくいかなかったことは、むしろ良かったかもしれないですね。自分には出来ないことでもそれを出来る人が徐々に入社してきてくれて、化学反応が起きるのがとても面白いです。一人では実現できないことを実現するのが会社という仕組みですからね。


− 編集部:でも、大変な時期を乗り越えられたことは、グリーという会社、あるいは開発にとっても自信になったのでは?

 1500万人規模のサービス作りを支えるプラットフォームが出来た、というのはありますね。アクセスの負荷を分散する仕組みやアプリケーションを作るフレームワーク、モバイルのフレームワーク、画像合成の仕組みなど、いろいろなものを少しずつ積み重ねてここまで来ることができました。また、Webサービスを作り続ける中で、サービスのノウハウが蓄積されてきたのも大きいと思います。うまくいかない時期もあって、失敗も繰り返してきましたが、会社として得られたものも大きかったと思います。

 今後はもっと多くのユーザにサービスを提供することを引き続き目指していきたいです。そのためにも、もっと多くのデバイスで「GREE」を使ってもらいたいですし、もっと楽に、速く開発できるようにプラットフォームの改善もしていきたいです。そしてサービスとしてのプラットフォームも拡大させないといけないと思っています。その結果、何千万人、何億人というユーザ数になっても、スピーディに動いていく仕組みを作っていけたら、非常にチャレンジングなことだと思います。

− 編集部:積極的な採用活動を進められていますが、グリーで働く魅力を教えてください。

 自分自身やってみて思いましたが、サービスの規模が大きいというのは、それだけで得るものは多いです。月間数百億ページビューのサービスの開発をできる会社は日本ではそこまで多くないですし、特にグリーはまだ少人数の会社なので体験できる幅は広いのではないかと思います。ですので、同じ大規模サービスでも、数百人、数千人の組織とはまた違った体験、面白さがあると考えています。

 なによりこのソーシャルアプリの分野は、インターネット業界の中でも間違いなく熱いタイミングにあると感じています。それを肌で感じて、体験することはなかなかできないことだと思いますし、そういう状況を楽しめるような方とぜひ一緒に働いていきたいです。また、グリーとしてもオープンソースソフトウェアや勉強会、その他イベントを通じてサービス以外での貢献も少しずつですが進めていますので、そういったことが好きな方にとっても刺激的な環境を提供できると思います。


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2004年2月に、ソーシャル・ネットワーキング・サービス (SNS) 「GREE」を公開、日本だけでなく米国・欧州などグローバル展開を進め、世界で億単位のユーザー数を目指すソーシャルメディア事業をはじめ、ソーシャルアプリケーション事業、プラットフォーム事業、広告・アドネットワーク事業等を展開しています。続きを見る

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