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No tech No life 企業博物館に行ってみた Vol.6 「正確さ」を超えて「喜び」をつくる、時計の技術
腕の上の小さな空間に置かれた、精密機械技術の結晶。しかも誕生以来、機能の進化とともに装身具としてのファッション性も磨いてきたのが、腕時計である。日本を代表する時計メーカーのひとつ、シチズン時計株式会社の時計資料室を訪ねた。〔タイトル写真:前身である尚工舎時計研究所時代からの製品が収められた資料室の全景〕
(文/川畑英毅 総研スタッフ/根村かやの)作成日:08.12.11
「10万年に±1秒」の原子時計で誤差を補正
 携帯電話やポータブル・オーディオ……今でこそ、日常持ち歩く機械はいろいろあるが、それらの多くは、まだまだ新参者である。その一方で、およそ100年の歴史と伝統をもつのが、腕時計。しかも単に「携帯」するのではなく、しっかり「身に着ける」ほぼ唯一の機械であるという点でも、今なお別格の存在といえる。
 源流の懐中時計が誕生したとされるのは、17世紀。下って、19世紀後半から20世紀初頭にかけ、いちいちポケットから取り出さずに使える腕時計が、まずは兵士や飛行士の間で使われ始め、デザインも洗練されて、民間にも普及することとなった。それからおよそ100年。ぜんまいを動力とした手巻き、次いで自動巻きの純メカニカルな時計から、電池式、さらにクオーツ制御と、腕時計は進化を遂げてきた。

「テクニカルな面からいえば、『正確』で『止まらない』というのが時計の2大要素。そして、特にその正確さについていえば、現在、最先端といえるのが『電波時計』です」(時計開発本部 時計設計部・部長 樋口晴彦氏)

 電波時計とは、国や国際機関が時刻および周波数の基準とするために送信している「標準電波」を受け、これによって自動的に時刻や日付を修正する機能をもった時計のこと。送信局から送られる信号は、誤差が10万年に1秒といわれるセシウム原子時計をもとにしているため、電波がきちんと受信できる環境であれば、ユーザーが時刻合わせなどをしなくても、常に正確な時間を指すのである。

 シチズンは、1989年に電波時計の研究開発をスタート。そして1993年、ついに世界初の多極受信型電波時計〔写真1、2〕を発売する。当然ながら、標準電波を受信するには、そのためのアンテナが必要。当時はまだそのアンテナを目立たぬように小型化・内蔵するのが難しく、文字板の中心に縦一文字にアンテナを配し、その右側に時刻、左側にカレンダーと、送信局(地域)の表示を付けた独特のデザインとなった。

「内蔵できないなら、むしろそれを時計の“顔”に据えてしまおうという、いわば“開き直り”のデザインだったと思います。この最初の製品は限定生産のコンセプトモデルで、価格も約10万円と高め、国内では約300個が販売されただけ。その希少さと、電波時計であることを前面で主張しているデザインがマニア的に魅力らしく、今でもプレミアムが付いて取り引きされているようです」
“顔”をより普通の時計らしくと、2代目の電波時計はアンテナを側部に収納〔写真3〕。その後さらにアンテナの高感度化、小型化を進め〔写真4〕、現在では小さな女性用でも、ムーブメントの中に無理なく収納できるまでになった。
写真1、2
▲写真2
写真3
▲写真3
写真4
▲写真4
「100W」で1億個以上の腕時計が動く!
 先述の時計の2大要素のうち、「正確さ」を追求する最先端が電波時計なら、「止まらない」ための技術進化が、シチズンが「エコ・ドライブ」と呼ぶ、光発電機能である。
 シチズンが光発電・充電式の腕時計を手掛け始めた歴史は古く、1974年には試作モデルを完成〔写真5右〕。1976年には、世界初の太陽電池充電式アナログ水晶腕時計「クリストロン ソーラーセル」〔写真5左〕を発売している。このときはまだ結晶シリコンのソーラーセルを使い、それも文字板にそのままメタリックブルーのセルが露出している形態だった。

「初期の製品は『太陽電池ですよ、電池交換なしで止まりませんよ』ということを前面に打ち出せば、商品の魅力がアピールできていました。ところが当たり前の機能として定着してくると、それだけではいけない。ソーラーセルの発電性能の向上や時計に使用できる2次電池の実現に伴い、90年代以降、改めてエコ・ドライブの開発を推進。単に光発電時計であることだけではなく、機能や性能追求を進めました。現在は、電波時計とエコ・ドライブの組み合わせを中核として製品の展開をしています」

樋口晴彦氏
樋口晴彦
シチズン時計株式会社
時計開発本部 時計設計部 部長
 現在のエコ・ドライブでは、光を透過する文字板の下にソーラーセルを敷いたり、カバーガラスと文字板の間に、透明のソーラーセルを置いたり、あるいはカバーガラスの下、ケースの内周にリング型にソーラーセルを置くといった方法で、多様なデザインに対応させている。
「その結果、今のモデルでは、一見して『太陽電池?いったいどこにあるの?』というデザインになっています。『エコ・ドライブビトロ』〔写真6〕は透明ソーラーセルを使用したタイプ。当社最新のモデルのひとつ、世界初の電波受信ダイバーズウオッチの『プロマスター』〔写真7〕では、文字板の下に仕込んであります。
 こうしたことが可能になったのは、もちろんソーラーセルや2次電池の性能効率向上もありますが、時計そのもののモーター、ICの徹底した省電力化の賜物でもあります」

 現行の製品では、白熱電球をともすのと同等の100Wの電力があれば、1億個以上の腕時計を動かすことができるとか。「止まらない」だけでなく、電池を消費・廃棄しない、“クリーン”な時計として、エコマーク商品にも認定。また、使用していないとき、光が当たらない場所に保管していると針を停止し、光が当たり発電が開始されると、自動的に現在時刻に合わせてくれる「パワーセーブ機能」が搭載されている商品もある。

「太陽の光でなく、電灯の明かりでも十分に時計を動かす発電量が得られます。しまってある時計を取り出して、時刻合わせの機能が動くと、目覚めて慌てているようで、愛着がわきますよ(笑)」
写真5
▲写真5
写真6
▲写真6
写真7
▲写真7
「技術」を駆使して「美しさ」を支える
「『世界の国々のなかでも、日本とドイツは特に時間にうるさい』とはよく言われること。実際、当社の電波時計も、世界市場のなかでは、やはり日本とドイツで高く評価されています。
 とはいえ、普段の生活で『正確な時間』が必要となるのは、例えば電車に乗るときなどだと思いますが、電車の発車時刻は、正確にダイヤに従って運行されている場合、ブレはだいたい15秒程度だといいます。つまり、日常生活で必要とされる“時間の正確さ”は、15秒以内に収まっていればほぼ事足りるわけです。

 10万年に±1秒という正確さの原子時計に準じた電波時計は、はるかにそのレベルを超えてしまっているわけで、完全にオーバースペック(笑)。単に道具としての領域で考えれば、時計はクオーツでも十分と言っていい。
 けれど、時計はそれだけじゃない。正確であるという安心感、ほかのどんな時計よりも正確なものを身に着けているといううれしさ。止まらない信頼感、常に『動き続けている』という、生き物を見ているのと同じような愛着。そして、機能と結びついた“美”がある。
 時計は単なる道具ではなく、情緒的な価値をもつ、いわば『喜びのギア』なんだと思います」

 資料室には、前身である尚工舎時計研究所時代の、最初期の製品も展示されている。
 尚工舎時計研究所は1918年に創立、懐中時計などの研究開発をスタートさせ、1924年、初の製品を完成させる〔写真8〕。後に社名となるCITIZENのブランド名は、その当初から。時の東京市長、後藤新平氏が「市民に愛され親しまれるように」と名付けたものという。
 懐中時計に続き、同社は腕時計も開発〔写真9〕。もちろん、純機械式のものだが、そのデザインは今の目で見ても、決して古めかしさを感じない。

「『技術と美の融合』――技術で美しさを支えるというのが、当社のモットー。その考え方は、創業当時から変わっていないと思います。時計というのは、正確に時を刻み、教える機能を持つ機械でありながら、ファッションでもある。
写真8
▲写真8
写真9
▲写真9
写真10
▲写真10
エコ・ドライブ電波時計のムーブメント部。時計の大きさに応じてムーブメント全体の大きさも変化する。
 男性の場合、フォーマルな場所に行くとき、スーツというのはある程度の定型があって、あまりそこから逸脱できませんよね。そんななかで、かなりの自由度でファッション性を出せるものといえば、ネクタイと時計くらいじゃないかな、と思うんです。
 それだけに、何か新しい画期的な機能が出てきた当初は別ですが、機械としての完成度が高くなればなるほど、単に機能だけのアピールでは通用しづらくなってくる。ますます“表現”の部分が強く問われてくるんです。そこが、時計の設計の難しさでもあり、面白さでもありますね」
「腕の上に存在する意味があるもの」を求めて
 基本の機能を研ぎ澄ますことは、同時に、デザインの自由度や付加機能の多様化にもつながっていく。
 登場当初は文字板の中央で存在を誇示していた電波時計のアンテナはムーブメントの中に。世界最小のエコ・ドライブ電波時計、「エクシードEBD75-2793」では、ソーラーセル、充電用の2次電池、電波受信用のアンテナも内蔵して、そのムーブメントはほぼ1円玉に等しい大きさ〔写真12〕。「エクシードEBG74-2813」は電波時計/エコ・ドライブで世界最薄のムーブメントを搭載している〔写真13〕

「さらに、時計の基本要件を高レベルで支えるエコ・ドライブ、電波時計という2つの技術に加えて、最近のモデルで搭載しているのが、『パーフェックス』と名付けた補正機能です。
 ICのレベルでどんなに正確な電波時計でも、針そのものがずれてしまってはどうしようもありません。その原因となるのが、各種電子機器や健康機器などから出る磁気や、ぶつけたり落としたりといった衝撃。パーフェックスは、耐磁機能と、衝撃を検知して針ずれをブロックする機能、そして万一ずれてしまった場合に、それを自動で補正する機能からなっています。
 日常の使用において発生しうる誤差は、従来のクオーツ時計であれば数秒程度なら気になりません。パーフェックスは、1秒のずれも許されない電波時計であるがゆえに必要になった機能であるといえます」

 携帯電話の普及に伴って、単に「時間を知る」という機能なら携帯電話の時刻表示で代用、腕時計を持つのはやめてしまった、という人も増えている。それだけに、ますます「あえて時計を持つ楽しさ」の追求が大切になってくる。
「2つの道があると思うんです。まず、時計としての基本性能の追求。これは、メカ、クオーツ、光発電/電波時計と、『正確で、止まらない』という本質技術をますます研ぎ澄ましていきます。そしてファッション性の向上――時計が本来もつコンセプト自体は今後も変わらないと思います。
 一方で、単に正確に時間を知るだけではない『腕情報機器』としての進化もあるでしょう。われわれには、時計会社として蓄積してきた『腕に装着する機器』のノウハウがあります。それは、例えば家電メーカーなどが一朝一夕に得られるものじゃない。腕の上の場所は、ほかには譲りたくない。『腕の上に存在する意味があるもの』を、もっと広い視野をもって模索していく。そんな挑戦も必要だと考えています」
写真11
▲写真11
現行の代表的エコ・ドライブ電波時計。左からダイバーズ「プロマスター」、従来の日米欧に加え中国地域の標準電波も受信可能な「アテッサ ジェットセッター」、ソーラーセルを文字板の外周に沿ってリング状に置いた「コンプリケーション トリプルカレンダー」、「エクシード」の薄型・および最小モデル。手前はインダイヤル部にソーラーパネルを仕込んだ「カンパノラ」。
写真12
▲写真12
写真13
▲写真13
見学情報
シチズン時計 時計資料室
公開・非公開の別
非公開(法人・団体等につきましては個別にご相談ください)
所在地
〒188-8511 西東京市田無町6-1-12
電話番号
042-468-4694
HPアドレス
http://citizen.jp
最寄駅
西武新宿線 田無駅
取材協力
シチズン時計株式会社
連載「企業博物館に行ってみた」は今回が最終回です。2009年1月15日からは新連載が始まります。
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根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ 根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
「時計の技術はじんわりと面白い」というのが取材直後の担当ライターの感想でした。このレポートで「じんわり」をお伝えできたでしょうか。1月15日からの新連載でも、豊富な写真とともに技術の面白さをお伝えしていきます。

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No tech No life 企業博物館に行ってみた

企業のロビーや展示ホールに飾られた、歴史的な逸品の数々!会社の歴史であり、その分野の「発達史」ともいうべき展示品を通じて、技術史と技術者の姿を追います。

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