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No tech No life 企業博物館に行ってみた Vol.5 昭和30年代のコンピュータの大きな稼働音を聞いた
日本を代表するコンピュータ・メーカー、富士通。その沼津工場の一角に、実働状態では“世界最古”とされるコンピュータが保存されている。「日本のコンピュータ」の源流と、その後の進化の歴史を沼津に訪ねた。〔タイトル写真:リレー式コンピュータFACOM128B全景〕
(文/川畑英毅 総研スタッフ/根村かやの)作成日:08.11.13
「夜11時以降は使用禁止!」
「IT立国」やら「e-Japan構想」やらといった言葉はすでに古臭く感じられるようになってしまったが、それでも、コンピュータやネットワークの技術が、今の日本を支える基幹のひとつであることに変わりはない。誰もが身近にコンピュータを使う――というよりも、身近で使うすべてのものが、そうと気付かなくても何かしらコンピュータとつながっている、そんな今の世の中。
 俗に「世界最初のコンピュータ」と言われる「ENIAC」が米ペンシルバニア大学で完成したのは1946年。コンピュータは、そこから数えて、たかだか60年ほどの歴史しかもっていない。知識としては知っていても、改めて考えると進歩の速さに頭がくらくらしそうになる。

 そんな、コンピュータの黎明期を実際に感じることができる1台が、今もなお可動状態で保存されているのが、富士通沼津工場の池田記念室である。
 1959年製造の「FACOM128B」〔写真1〕こそが、そのコンピュータ。Computerを、日本語では「電子計算機」と訳すのが定番だが、これはむしろ「電気計算機」――電話の交換機などに使われていた「リレー(電磁石式のスイッチ)」を使った、リレー式計算機である。
 富士通のコンピュータの生みの親、故・池田敏雄氏が初めて、自由にプログラミング可能な本格的リレー式コンピュータ「FACOM100」を完成させたのが1953年。これはいわばプロトタイプで、その後改良を加え、初の商用機「FACOM128」になる。池田氏の名を冠したこの記念室にある「FACOM128B」は、その小改良型である。

「では、電源を入れます」

 灰色のロッカーのようなものが前後2列に並んでいるのが、いわば「筐体」。低いうなりを感じたかと思うと、その“ロッカー”の列の中から、バシャバシャバシャと、けたたましい響きが巻き起こる。無数のリレーの電極が、電磁石によってぶつかり合う音である。FACOM128Bが当初納められたのは日本大学理工学部だが、あまりの騒音に、夜11時以降の稼働は禁止されていたという。確かにうなずける音量である。
写真1
▲写真1
電話交換機が“化けた”コンピュータ
 FACOM128Bの中央演算装置にあたる部分には、5000個のリレーが使われている〔写真2〕メモリ部分〔写真3〕には、クロスバー方式(多数の直交する金属棒と、その交点にリレーをもち、リレーが作動すると金属棒が接続される方式)で、リレーがさらに1万3000個。

 富士通といえば今では世界でもトップクラスのコンピュータ・メーカーだが、当時の社名は「富士通信機製造」。さらにたどれば、古河電気工業と独シーメンス社(ドイツ語でジーメンス)が提携、両者の頭文字を取って設立した富士電機の電話部門が独立した会社である。

「当時、世界のコンピュータの主流は真空管式でした。しかし、富士通だけがリレー式を採用した。これはまさに電話交換機に使われたリレースイッチそのものでした。
佐藤邦治氏
佐藤邦治
富士通株式会社
沼津工場 シニアスタッフ
 コンピュータの基本は1/0。電気的にon/offがわかればいい。電話設備のメーカーだけにリレーはいくらでも転がっている。『あるもので作ろう』ということと同時に、当時、世界のコンピュータの主流だった真空管式に比べ、機構的に信頼性が高い部分もある。真空管は寿命があるし、それ以前に、気を付けて使わないとすぐに切れてしまいます。リレー式も接触不良による故障はありますが、メンテナンスとして、手でグイグイと電極を曲げて直せたりする(笑)。それが、リレー式を選んだ理由だったのでしょう。
 私は1971年の入社ですが、当時の研修には、電話のクロスバー式交換機の組み立てもありました。このメモリ部分は、ほとんどそのころの交換機のままです」(富士通株式会社沼津工場シニアスタッフ 佐藤邦治氏)

 デモンストレーションしてもらったのは、「nの2乗」「n分の1」「ルートn」「sin-n」「cos-n」「tan-n」の6種を、n=1〜50について計算せよ、という指令〔写真4右〕である。
写真2
▲写真2
写真3
▲写真3
写真4
▲写真4
周辺機器も「機械遺産」候補
 装置の前列には操作卓と、“出入力装置”類が並ぶ……といっても、もちろん、今のようなキーボードやディスプレイなどはない。入力装置にあたるのは、何やら小型のプレス機のようなもの〔写真5〕。印のついた厚紙に、昔風の切符ばさみのオバケのような器具(写真5中央、装置に乗っているもの)を使ってパンチ穴をあけたものが「プログラム」。これを金属板に挟む形で装置にセットすると、穴の部分だけ電極が接触し、読み取られるという仕組みである。

 そして、計算結果が出力されるプリンタ〔写真6〕もまた、当時の製品である。
 動力は下部にあるモーターがひとつだけ。のぞき込むと、ゆっくりとカムが回り続けている。印字も用紙送りも、同じ1つのカムから動力が伝達される。計算結果の信号が届くと、1行が同時にバシャッと印刷されて、1行分、用紙が送り出されてくる。つまり、行幅いっぱい1文字分ごとに、0から9までの活字が用意されていることになる。
 打ち出された用紙には、先の6つの計算のうち半分ずつの結果が1行になって並んでいく。例えばn=3に対応する2行は……。

+9.0000000 +00 +3.3333333 -01 +1.7320508 +00
+5.2335958 -02 +9.9862954 -01 +5.2407781 -02

 それぞれの「答え」のあとの±2桁の数字は、小数点の移動を示す。つまり、「3分の1」の結果を示す「+3.3333333 -01」なら0.33333333、という具合である。計算の様子を眺めていたのは3分ほどだっただろうか。その間に、数値nは1から19まで進んだ。

「この大きさで、能力から言えば今の関数電卓にかなうかどうか。しかしそれでも、従来は何カ月もかかっていた計算が1週間でできる。当時としては画期的な計算機だったのです。
 実はこのプリンタも、日本機械学会が選ぶ『機械遺産』に登録申請中。FACOM128B本体や、電源装置〔写真7〕ともども、社員やOBがボランティアでレストア、メンテナンスを行っているのですが、特にこのプリンタに関しては、当時開発にかかわった方がご健在で、大いに助けていただきました」

 ちなみにこのFACOM128B、日本大学理工学部で15年間、現役にあったという。大学の厚意で返還してもらい、移設・修復をしたが、内部の複雑で大量の配線がどこかで切れてしまえばもう動かない。
「もう、おそらく移動は無理だろうと言われています」
写真5
▲写真5
写真6
▲写真6
写真7
▲写真7
人の手が編んだ“高密度メモリ”
 記念室にはさらに、今に至るまでの論理回路やその素子、基板などが並ぶ。
 コアメモリ・プレーン〔写真8〕は、メモリとしてリレーの後、1970年代初めごろまで使われたもの。3本の交差する導線の交点一つひとつにドーナツ型の極小のフェライトコアをはめたものだ。
「環を磁化させるかさせないかで、情報を記憶させるのです。当然、その密度が記憶量になるわけですから、編み目と環はどんどん細かくなる。しかしこの当時は、すべて工員の手作りだったんですよ! このコアは径が70ミル。これを顕微鏡をのぞきながら“編で”いくわけです」
 1ミルは1/1000インチ、つまりコアの径70ミルは約1.78mmとなる。展示品上にはルーペが置かれており、のぞいて見たそれは、ほとんど伝統工芸品のよう。

 素子は、FACOM128Bにも使われているリレー〔写真9〕に始まり、真空管やリレーと、半導体との橋渡しとなった「パラメトロン」、シリコン&ゲルマニウム半導体、さらにSSIやMSIを経て、LSIへと進む。

 1978年1月、当時としては世界最大、最高速の汎用コンピュータとして発売されたFACOM M-200に使われたのがMCC(マルチ・チップ・キャリア)〔写真10〕。手のひらを目いっぱい広げたほどの大きさに、LSIがタテヨコに42個並ぶ。このMCCが縦3段×横7列のLSIゲートに両面実装され、最大42枚がひとつのCPUとなる。M-200は4CPUのマルチプロセッサ構成が最大であった。

「当時は、プリント基板ではまだ、完全に信頼性を得るには至っていない時代でした。さらに細かな設計変更に対応するためにも、“タッチアップワイヤ”が不可欠。そこで、ご覧のように、基板の裏側は髪の毛のような極細の配線がびっしりです(笑)。これも両方の手でピンセットを持ち、顕微鏡をのぞきながらマイクロはんだ付けを行っていくんです」
 そんな工芸品のようだったデバイスも、今や電子顕微鏡レベルの高密度に。一つひとつの部品をくるんでいたパッケージも、ベアチップ(裸のチップ)を複数搭載するMCM(マルチ・チップ・モジュール)化も進んだ。

「もちろん、今は単にハードウェアの性能だけでなく、システム全体を含めたソリューションの時代。しかし最近は『ソリューションだけでもだめ』ということがはっきりし始めている。ハードの技術革新も、製造・生産技術の進化も怠れない。リレーのような『電気・機械』から『電子』へと進み、飛躍的に集積度が上がったコンピュータですが、今後はさらに『化学』や『光』も密接にからんでくるでしょう。
 現在、スパコンの演算速度で日本はアメリカの後塵を拝していますが、再びトップの座を取り戻そうと、われわれ富士通もペタスケールコンピューティングの技術開発を進めています。挑戦はまだまだ続くんです」
写真8
▲写真8
写真9
▲写真9
写真10
▲写真10
写真11 1994年に発表されたメインフレーム、M-1900の水冷式CPU。
▲写真11
1994年に発表されたメインフレーム、M-1900の水冷式CPU。
見学情報
富士通 池田記念室
公開・非公開の別
公開(要予約)
公開時間
月曜〜金曜 9:00〜16:00
利用できない日
土曜、日曜、祝日
利用料
無料
所在地
〒410-0396 沼津市宮本140番地
電話番号
055-924-7200
HPアドレス
http://jp.fujitsu.com/museum/ikeda/
最寄駅
JR 沼津駅
取材協力
富士通株式会社
次回予告 次回の掲載は12月11日です。
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根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ 根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
写真1には「灰色のロッカーのようなものが前後2列に並んでいる」うちの前列しか写っていませんが、後列も前列と同じぐらいの大きさで、どの“ロッカー”も、扉を開けると写真2・写真3のようにリレーがぎっしりです。当時のコンピュータは「ブラックボックス」ではありませんでした。

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