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No tech No life 企業博物館に行ってみた Vol.1 HDDは洗濯機大の7.25MBから手の上の1TBへ
企業のロビーや展示ホールに飾られた、歴史的な逸品の数々!会社の歴史でありながら、その分野の「発達史」も追える展示を紹介する、シリーズ第一弾。日立グローバルストレージテクノロジーズ(日立GST)に、ハードディスクドライブの歩みを訪ねた。〔タイトル写真:日立製作所のハイビジョンAV機器「wooo」シリーズに搭載された日立GSTのHDD。CMに出演した黒木瞳さんのサイン入り。〕
(文/川畑英毅 総研スタッフ/根村かやの)作成日:08.07.17
「ダウンサイジングの戦い」に火を付けた機種
 いろいろな取材で企業を訪ねると、ロビーやギャラリーに、その会社の昔からの製品が飾られていることがある。立派な「博物館」をもつ企業もある。そこが業界を代表するような企業なら、展示品を見るだけで、その製品ジャンル自体の歴史を大まかにたどることもできる。しかも、それが時代をつくった「ホンモノ」なら、手掛けた人の情熱までが漂ってこようというものだ。

 今回訪ねた日立グローバルストレージテクノロジーズ(日立GST)は、2003年、日立製作所と米IBM、それぞれのハードディスクドライブ(HDD)事業部門が統合して誕生した会社である。日立製作所は、日本のHDD創生期から、それを手掛けてきた企業。片やIBMは、まさにHDDそのものを生み出した企業。IBMが世界で初めてのHDD、「RAMAC」を登場させたのが1956年。日立のHDD第1号は1967年の「H-8564」〔写真2〕。洗濯機ほどもある装置だ。今回訪ねた藤沢事業所にはそれらの「初号機」はないが、それでも、初期の“巨大”な装置から現在に至るまでの数々のHDDが、技術を解説するパネルとともに展示されている。

 まるでジュークボックスの中身を取り出したような歴史的機種のなかで、特にエポックメイキングな製品としてまず紹介したいのが、1988年に登場した日立の「Q-3」〔写真1〕。「容量は1.26GB。これが1ユニットで、装置(H-6586)としては、筐体の中にこれが8基入ります。それまでの機種がACモータのベルトドライブが主流だったのに対して、DCブラシレスモータを使うことで駆動部を小型化。ディスク自体も14インチから9.5インチへと小径化しています。これひとつで30kgはありますが、それでも、当時とすれば格段の小型化で、当時“主戦場”だったメインフレーム用HDDにおいて、ダウンサイジングの戦いの火ぶたを切った機種なんですよ」(企画管理部 部長 森部義裕氏)〔写真3〕
写真1
▲写真1
写真2
▲写真2
写真3
▲写真3
「世界最高速」を実現した技術
 その10年後の1998年、1万2000回転(rpm、分速回転数)という、当時「世界最高速」のタイトルをひっさげて登場したのが、「DK3F1」(容量6GB)〔写真4〕。F1の名は、“速さ”をアピールしたもの。間の3は3.5インチクラスのユニットの大きさを示したものだが、ディスク自体は高速回転のために2.5インチを使用している。

「当時、パフォーマンスリーダーとして売り出している他社があり、日立はその後塵を拝していた。『それに勝とう、よし、それには世界最高速だ』と開発をしたのがこの機種なのです。
 HDDのパフォーマンスを上げるには、回転数を上げる、ヘッドの動きを早めるという2つのアプローチがあります。2つを比べると、回転数を上げる方が技術的には効率は高い。実を言えば、F1は性能はよかったものの価格が高くなってしまい、あまり数は出なかったんですが(笑)。そこで、性能はF1より落ちるものの容量が大きく、安価な機種と組み合わせ、データの種類によって使い分けるようにした装置を作って売ったりもしました。『どう使うか』まで考えないとヒット商品は生み出せないということがわかったのも大きかったですね」(森部氏)

森部義裕氏
森部義裕
株式会社日立
グローバルストレージテクノロジーズ
企画管理部 部長
 その「最高速」実現の元になったのが、中小型機用に87年に開発された「DK711S」〔写真5〕
「これは、私自身が手掛けた機種として思い出が深い。これも当時3000〜3600回転が主流だった中で、5000回転を実現した機種なんです。回転数を上げるには小径の円板が必要、そこで記憶容量を保つには多数の円板とヘッドが必要になります。このDK711Sには当時としては驚異的な26本のヘッドを搭載しましたが、製品の歩留まりを保つためにあらかじめ予備ヘッドを組み込んで、たとえ不具合が出ても所期の性能を出せるようにしてあるんです。そんな経験が、F1の開発にも生かされています」(森部氏)
写真4
▲写真4
写真5
▲写真5
写真6
▲写真6
1990年代から2000年代初頭にかけてのメインフレーム用HDD群
小型・高密度化が進んだHDD
 今の目で見れば恐竜並みに巨大で重く、しかも容量の少ないQ-3のような「古典機」でも、改めて考えれば、登場したのはたった20年前。どれだけこの世界で、急速に小型・高性能化が進んだかがわかる。

1956年に登場した最初のHDD、IBMの「RAMAC」は24インチの巨大なディスク50枚で容量はたった5MB。その後、コンピュータ自体のダウンサイジングが進み、HDDにとっても“主戦場”はPC用へとシフトしたが〔写真7、写真8〕、それらPC用も、現在は数百GBが当たり前。現行の「Deskstar 7K1000」(2007年)〔写真9〕では、記憶容量はついに1TB(3.5インチでディスク枚数は5枚、7200rpm)にも達している。この50年あまりで、単純計算で容量の増大は20万倍だ。
装置の大きさが格段に小さくなっていることを考えると、記録密度はさらに天文学的な性能向上で、5000万倍以上という。現在ではディスク上、1平方インチあたり約250Gbit(ギガビット)もの記録が可能になっている。
ちなみに、メガバイトあたりの価格でいえば、RAMACの場合は1万ドル(装置全体で5万ドル)。それに比べて現行のPC用HDDは50セント以下になる。

現在、PC用のHDDは、デスクトップ型では3.5インチクラス、ノート型では2.5インチクラスが主流。ただし、これはあくまで装置としてのサイズで、3.5インチクラスであっても、内部のディスクには2.5インチが用いられていることもある。
小型化には、ディスクの記録密度向上ももちろんだが、そのほかの装置・部品の超高精密度化も不可欠だ。
記録を読み取るヘッドは、垂直方向では、静止時はディスク面と接する高さにあるが、ディスクが回転すると表面の空気の流れによってごくわずかに浮き上がる仕組みになっている。その間隔は約10nmで、タバコの煙の粒子以下。これはヘッドの大きさやディスクの回転速度から考えると、「ジャンボジェット機を、滑走路上1o未満の高さで高速飛行させる」のと同じくらいの精度が必要になるのだという。
水平方向でも、許容される誤差は10〜20nm。追従性をよくするため、ヘッドを支えるアクチュエータは小型軽量。しかも横方向に空気や振動でずれないよう、十分な強度をもっている必要もある。これをVCM(ボイスコイルモータ)と呼ばれるモータで動かす。

装置が小型になったぶん、持ち運びできる機器に組み込まれること、あるいはHDD自体をカセット化して持ち運ぶことも増えたが、HDDは、精密な装置であるだけにもともと衝撃には弱い。特に、ヘッド部分のディスク面への接触による破損は、HDDにとって大きな弱点といえた。
しかし、旧来はヘッド部分の停止時の「定位置」(シッピングゾーン)はディスク内側にあるのが普通だった〔写真10左〕が、その後、「ヘッドロード/アンロード機構」が編み出され、現在では一般化している〔写真10右〕。これは、ディスクが停止している状態では、ヘッドが円板の外側に退避(アンロード)、ディスクが安定回転を始めるとヘッドはディスク上に移動 (ロード)、データの読み出しや書き込みを行うという仕組みである。これによって、HDDの耐衝撃性は大きく向上した。
写真7
▲写真7
写真8
▲写真8
写真9
▲写真9
写真10
▲写真10
近い将来、さらにひとケタの性能向上も
「あるところで聞いた話だと、人の一生を、もし動画で全部記録していったとすると、平均して5PB(ペタバイト。テラバイトのさらに1000倍の単位)が必要なのだそうです。これは起きて活動している時間だけ、夢は含まず、だそうですが(笑)。将来は、お墓にHDDがセットしてあって、お参りに行くとその人の生前の思い出にいつでもアクセスできる、なんてことも……。
 それは冗談としても、記憶媒体の必要性、容量増大へのニーズは、ますます増えていく。もともとHDDを含め、記憶媒体といえばコンピュータ用だったわけですが、現在ではテレビ用や車載用、その他家電など、民生用にもさらに拡大中です。
 今後、放送もすべてデジタルハイビジョン化すると、1時間の番組を録画するのに10GBが必要になるとか。日常生活の中で、まさにべらぼうな容量が必要とされるようになってくるわけです」(森部氏)

 小型の情報端末機器や、AV機器、カメラ用などにも、小さなメモリカード大のHDDも実用化。これには、径1インチ以下の小型ディスクが用いられている〔写真11、写真12〕。その後、特に小型の記憶媒体としては半導体メモリも普及。半導体メモリは、HDDに比べ、ドライブ機構を持たないために利便性が高く、読み込み・書き込みも早いのが利点で、最近の価格低下により、HDDの強力なライバルとなっている。
 しかし、大容量で、容量あたりのコストも低いというのは、HDDの当分揺らぎそうにない強みである。特に、ディスク面の記録密度を上げる垂直磁気記録方式の実用化で、近い将来、HDDはさらにひとケタ上の大容量化が可能になるという。HDDへの期待と、その進化はまだまだ終わらない。
写真11
▲写真11
写真12
▲写真12
写真13
▲写真13
日立GSTのPC、サーバー用HDD現行製品
見学情報
株式会社日立グローバルストレージテクノロジーズ 藤沢事業所
公開・非公開の別
非公開(学校等につきましては個別にご相談ください)
所在地
〒252-8588 神奈川県藤沢市桐原町1
電話番号
0466-45-1888(代表)
HPアドレス
http://www.hitachigst.com/portal/site/jp/
最寄駅
小田急線・相模鉄道線・横浜市営地下鉄 湘南台駅
取材協力
株式会社日立グローバルストレージテクノロジーズ
次回予告 次回の掲載は8月21日、「ASIMOの祖先・兄弟10体が休息する空間」(仮題)です。
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根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ 根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
本社の受付横、ショールームの1コーナー、工場の前庭。歴史的な技術製品の展示は企業内のいろいろなところで見かけます。博物館という看板や、パネルや模型を使った親切な説明の有無にかかわらず、実物の力が「この製品の技術を知りたい」「技術史を学びたい」という気持ちにさせてくれる。この連載ではそんな場を「博物館」と呼びたいと思います。写真を多数使って、モックアップやレプリカにはない「ホンモノの力」をお伝えしていきます。

このレポートの連載バックナンバー

No tech No life 企業博物館に行ってみた

企業のロビーや展示ホールに飾られた、歴史的な逸品の数々!会社の歴史であり、その分野の「発達史」ともいうべき展示品を通じて、技術史と技術者の姿を追います。

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